河琉VS烈火
目の前で不敵な笑みを浮かべている河琉を見つめながら烈火は激しい喜びを胸の内に表していた。何故なら自分はもしかしたらずっと待ち望んでいた人物と巡り合えるかもしれないと思ったからだ。
今回の戦いは烈火にとって転生戦士としての自分の今の力を確かめたいと言う狙いもあった。だがそれとは別のもう1つの狙い、これが成就されるかどうかは自分の勝敗で大きく変わる。もし自分が勝利してしまえばこのもう1つの狙い、それは叶わぬまま終わる。だがもし…もしも彼が自分に勝ってくれれば……。
烈火の中には期待と不安、その二つの感情がせめぎ合っていた。
学園終わりの河川敷で向かい合っている河琉と烈火の二人は両者口元には小さく笑みを浮かべている。
「中々いい場所だな。人気も少ないし戦うにはうってつけの場所かもな」
すぐ近くで流れている川を見つめながら河琉は口を開いた。
二人の立っている河川敷の周辺には特に人が集まりそうな建物や民家も無い。それに人が頻繁に通っている気配すらない。この場所ならば人目を気にせず存分に戦えそうだ。
思いっきり戦闘を行える準備が整っている事を確認すると河琉はとても嬉しそうに笑う。その笑みは彼の外見とは似付かわしくない程に好戦的なものだ。
中々にギャップを感じさせる貌を見ても特に慌てず烈火は構えを取っていつでも大丈夫だと構えで教える。
「断っておくが相手が女と言う事で加減はしないでくれ! 私は全力を尽くす君と戦いたいのだから!」
それに2つ目の自分の狙い、いや願いは河琉が全力を出さなければ判断できないのだ。
しかし彼女の不安は無用であった。相手が転生戦士である以上、彼の中に手加減と言う選択肢は存在しなかった。
「心配しなくてもそんな手心は加えない。さあ…さっさとやろうか」
「はは、中々に頼もしいセリフだ…なッ!」
地面を強く踏み込んで一気に河琉と距離を詰める烈火。
彼女が突き出した拳はやはり凄まじい速度だ。しかも学校の廊下での不意打ちの数倍は速く、しかも自分は目を離さず彼女の挙動をちゃんと見ており、その上馬鹿正直に真正面から来たにもかかわらずギリギリで何とか回避できた。
「あつっ…いいね…」
突き出された拳が頬を掠め、頬の部分からは熱を感じ、さらに痛みも一緒に走る。
お返しと言わんばかりに拳を固く握り振りぬくと、相手の烈火も撃ち込んだ拳を引いて反対方向の拳をぶつけてくる。
神力で強化されている者同士の拳はまるで硬質の物体がぶつかり合ったかと思わせるほどの大きな音を周囲へと響かせる。
「くお…硬…!」
ぶつかり合いで押されてしまったのは河琉の方であった。
拳に付与されていた神力の大きさはそこまで著しい差は無かったが、彼女の放つ拳の重み、つまり自力は烈火の方が上だったのだ。
「凄いな君は! 私の拳をまともに受け切った男は転生前でもいなかったぞ!」
「あん、それはどういう…うおっ!?」
烈火の口にした言葉に首を傾げる河琉であるが質問する暇はなかった。すぐに次の拳が飛び出して来たからだ。
最初の踏み込みで撃ち込んで来た時と遜色ない速さの拳を次々に顔面、腹部など至る所に打ち込んでくる。
「ぐっ…やっぱりボクシング部の一般人とは違うな…!」
まるで流れ続ける濁流の様に降り注ぐ事が止まない拳の連撃をガードし続けるがダメージを殺しきれない。少しずつ、そして確実にガードの上からダメージを蓄積させてくる拳は自分がワンパンで沈めた袴田なんかとは比べようもない。
だがいつまでも受けの姿勢を取り続けるつもりは無い。放たれる連撃の隙を見計らって烈火の側頭部に容赦なく蹴りを放つ。
「おっと危ない! 女性の頭部に蹴りを入れて来るとはえげつないな!」
横から叩きつけてこようとしてくる蹴りを腕でガードする烈火。その表情は非難めいたセリフとは裏腹にとても嬉しそうだ。
「手加減してほしくないって言っていたのはお前だ。まさか文句なんてないだろ?」
「ああ文句など微塵も無い! 容赦なく殺す気で来てくれ!」
物騒な言葉を心底嬉しそうな顔で口にする彼女。
どこか狂気染みている態度に内心で少し引いている河琉であるが、ハッキリと言って彼に烈火の事を気味悪がる権利はないと思う。と言うのも彼も戦いの熱に当てられ完全にこの肉弾戦を楽しんでいる事が表情から伺えるからだ。
二人は次第に拳を打ち合う速度が上昇して行き、もはや一般人では二人の腕が消えている様に見える程の速度に達していた。
「「しゃあッ!」」
打ち合いの最中に一際大きな声を出して拳をぶつけ合う二人。その際に生じた衝撃で周辺には土煙が僅かに宙へと舞った。
しばし拳をぶつけたままの姿勢で睨み合っていた二人は同時に後ろへと軽く跳んだ。
「本当に君は凄いぞ! ここまで思いっきり力を振るえるとはなんて目出度い日だ!」
「そうかよ、でもオレは少し面白くないがな…」
打ち合い続けていたせいでジンジンと痛む手にふーっと息を吹きかけながらどこか不満げな顔をしている河琉。
確かに彼女と同じくここまで自分の中で溜め込んでいた転生戦士としての力を使えるのはスッキリする。しかし転生戦士には神力以外にもまだもう1つ、普通の人間が持ち合わせていない力が有る。
「オレたち転生戦士には神力以外にもまだあるだろう。特殊能力ってやつが……」
ここまでの戦いで自分は一切ゲダツを倒した際に使ったあの変身能力を使用していない。それは出し惜しみと言う訳でなく相手も能力を使ってくる様子が見えなかったからだ。だが折角の転生戦士同士の戦いだ。このまま殴り合いだけで終わるのはあまりにも勿体ない。
「見せてくれよ烈火。お前の持っている全てを…」
その言葉を皮切りに河琉の姿が変貌していく。まるで虎の様な尻尾や耳、人間離れした爪と牙、彼の持っている『守護神の力を身に宿す特殊能力』を発動した姿であった。
今まで口元の笑みを崩していなかった彼女も彼の変身姿には度肝を抜かれたのか思わず口を開いてしまっていた。
「凄いな…それが君の特殊能力か…」
そこまで大きく容姿が変貌した訳ではない。耳や尻尾が生えても基本は人型のままであるが、身に纏う気の大きさが段違いだ。思わず一瞬だけ彼の放つ威圧に吞み込まれそうになる烈火だが、すんでのところで踏み止まり落ち着きを取り戻す。
「君が能力を使用すると言うのであれば私も披露しよう。自分の能力を……」
彼女がそう言った直後であった。
「ッ!!」
河琉は何故か今自分の立っている場所から一気に上空へと跳躍した。
何故突然宙へと飛び出したのか、それは動いた瞬間の彼にも分からなかった。ただ本能的とでも言うのだろうか、あのまま〝地面の上〟に立っていたら自分の身が危機にさらされていたと思ったのだ。
そして彼が上空へと跳んで眼下を見てみると自分が本能的に取った行動が正解であったと理解した。
「何だ…地面が盛り上がっているぞ…?」
自分が今まで立っていた真下の地面が盛り上がっているのだ。しかも普通の盛り上がり方ではなく丸い棒の様に地面の塊が突出しているのだ。もしもあのままあの場に立っていたら今頃あの不自然に隆起した地面に弾き飛ばされていただろう。
上空へと難を逃れた河琉を地上から見上げながら烈火が感心していた。
「本当に驚いたぞ! まさかまだ私の能力がどのようなタイプかも解らぬ状態にもかかわらず初手の攻撃を避けるとは! 君は本当に癇の鋭い男だな!」
攻撃を避けられたとは思えない程に嬉しそうな声で地上から話しかけて来る烈火。
そんな彼女とは対照的に渋い顔をして隆起している地面を見つめる河琉。いちなり不自然に盛り上がった足場、恐らくは地面、いや大地を操る能力なのかもしれない。
「私の特殊能力は『大地を操る特殊能力』だ! 君のその変身は何の動物なんだ?」
「……お前嘘が付けない性格だな」
どのような能力か探ろうとするよりも先に張本人に答えを言われるとは……。
普通ならばここまでご丁寧に能力の解説をされれば舐められているとも思えるかもしれないがあの女に限ってはそれはないと断言できる。決して親しい中ではないが短時間でも真っ直ぐすぎる程に馬鹿正直者だと思える言動や態度をずっと取り続けているし…。
「俺のコレは『守護神の力を身に宿す特殊能力だ』モデルは白虎らしいが…」
「白虎…確か中国では伝説とされる神獣、そして四神の1つだったな。東の青龍、南の朱雀 、西の白虎、北の玄武 だったか?」
「見かけによらず博識なんだなお前…」
どうやら烈火は自分以上にこの獣の事を知っているようだ。正直に言えば自分としては戦闘能力が上昇する変身と言う漠然としたイメージしかなく、このモデルがそこまで有名どころとは知らなかったし、知ろうとも思わなかった。
まあ今は自分の変身元の情報よりも相手の能力の方を解析する方が先決だ。
「(大地を操るか…中々に面倒な能力だ。今見たく空中へと跳んでいればそこまで脅威ではないが地面に降りれば格好の餌食だ……)」
空を自在に飛行出来ない身としては大多数の相手が苦戦を強いられる能力と言えるだろう。しかし特殊能力を使用すれば必ず神力も消耗する。それにもし大地を手足の様に扱えれるのであれば最初の不意打ちを自分の足元だけでなくもっと広い範囲で仕掛けられたはずだ。
空中から地上へと降下しつつ河琉は自分の着地地点を睨みつける。すると再び着地ポイントの地面が一気の隆起して河琉へと伸びて行く。しかも先程と違い飛び出て来た地面の先端が鋭利な形状に尖っていた。
だが自分に伸びて来る土の槍を鋭利な爪で切り裂いて回避する河琉。
「この感触…神力を使っているからか地面の硬度も変化出来るみたいだな。まるで石でも砕いた感触だったぞ」
そう言いながらニヤリと笑う河琉。
彼は特殊能力を用いていよいよ全力の戦闘を行える事に心の底から喜びを露わにしていた。




