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私はまた同じ過ちを繰り返す


 まさか自分の前に加江須が現れるとは思っておらず完全に虚を突かれてしまった黄美。そして気が緩んでいたのは彼女だけでなく加江須にも言える事であった。

 前回の狂華の件と言い今回と言い、これほどまでに近くまで接近していた敵意にどうして気付けなかったのだろうか? いや、気付けなかった理由はもう理解している。それは問題を先延ばしにしてダラダラとウジウジと胸の内で同じことを延々と考えて周りを見ていなかったからだ。その結果またしても大切な人を人質に取られてしまっている。一体何度同じ過ちを犯せば自分はきちんと理解できるのだろうか。こんな間抜けな自分を今すぐにでもぶん殴ってやりたい。


 そんな風に加江須が内心で後悔していると黄美の確保が成功した奥手が勝ち誇った顔で馬鹿笑いをし始める。


 「ぎゃははははは!! どうしたよ久利加江須! 攻撃してこねぇのか、ああん!?」


 黄美の首元に腕を巻き付けてホールド状態にする奥手。もうこれでアイツも自分が下手に手出し出来ない事を理解しているからこそあそこまで大口を叩けるのだろう。

 どうして自分はこうまで間抜けなのだろうか。一度ならず二度までもこのような状況を作る事を見過ごすなんて馬鹿すぎる……!


 「蓮亜…お前どういうつもりなんだよ?」


 元クラスメイトである彼に説得を試みてみる加江須であるが恐らくは自分の言う事など何も聞いてはくれないだろう。ならば少しでも会話を長引かせて隙を窺う。

 もしも相手が形奈であれば無駄な問答などせず聞く耳持たずで攻撃を開始しているだろう。だがお調子者の奥手は苦しそうな加江須の表情に愉悦を持ってしまい彼との会話を愉しもうと口を開いた。


 「どうしたんだよ久利。前に戦った時は俺の手足を容赦なくぶった切っていたじゃないか。俺が半ゲダツって事はもう分かっているなら同じように攻撃してこないのか?」


 「……」

 

 舌を出しながら加江須の事を嘲笑ってくる奥手。

 しかしここで手を出そうとすればあの男の事、せめて黄美だけでも道連れにしようなんて自暴自棄になりかねない。それならば侮辱されつつも相手の隙を窺い続ける事に専念するべきだ。幸いにもアイツは自分を馬鹿にして喚いている事に酔いしれている。


 「おーおー何も言い返してこないな。どうしましたかー? 久利加江須く~ん?」


 「……」

 

 「おーい俺の声が聴こえてますかぁ?」


 心底人を馬鹿にしていると誰が見ても明白な笑顔を向ける奥手に加江須は怒りを感じない。怒りを感じてはいけないと自身に言い聞かせる。もしもここで腹を立てた顔の一つでも零そうものならあの男の性格を考えて一気に逆上してしまう。そうなれば黄美の命が危機にさらされる。

 できうる限り波風を立てずに相手に刺激を与えぬように表情を困った顔でわざと固定化する。


 「ははは、良い顔してるぜ。そうそう、そう言う顔が見たかったんだ、よッ!!」


 足元に落ちている石を思いっきりつま先で蹴りつけて加江須の顔面目掛けて蹴り飛ばしてやった。

 顔面に飛んでくる自然石を避けようとはせず、そのまま無抵抗に受けてやる加江須。そのせいで右頬に石がぶち当たり僅かに皮膚を破って血を流す。勿論神力で皮膚を強化すれば出血などしなかったのだろうがそれではあの男が苛立つ可能性もある。だからあえて大袈裟に血を流す。すると予想通りあの馬鹿はそんな自分をキャッキャッと子供みたいに喜んで指差している。


 そしてこの状況、捕らわれの身である黄美は絶望から顔を青ざめていた。


 「う…うそでしょ……?」


 それは本心を殺しきれなかった彼女の心からポロッと出た言葉であった。

 加江須を痛めつけている事に愉悦を抱いている馬鹿な奥手は完全に聞き逃していたが、加江須の自慢の聴力はしっかりとその言葉を拾っていた。


 「(黄美…やはり2度もこんな目に遭うなんて…そりゃ俺なんかの傍を離れたいと思うのは当たり前だよな……)」


 自分と別れたい理由は危険な目に遭うのは御免だから、と言っていたがそれを自分は真実だと思えなかった。だが2度もこんな状態に陥っている事を考えるとあながち彼女の言っていた事を嘘だとは思えなかった。


 「(くそ、余計な事を考えている暇があるなら頭を振り絞れ! 今は彼女をどうやって救うかを考えろ!!)」


 またしても思考が余計な方へと傾いている事に気付き内心で首を左右に振って意識をしっかりと今現在集中すべき事に意識を注ぐ。

 

 だが加江須のこの時の考えは外れていた。黄美が青い顔をしてあんなセリフを言ったのは自分が危険な目に遭っている我が身可愛さではない。またしても自分のせいで加江須が苦しい状況へと追い詰められているからだ。


 自分のすぐ耳元で馬鹿笑いしている奥手の喧しい笑い声など全く耳には入ってこなかった。


 こんな…どうしてこんな事になるのよ!? 私はもう迷惑を掛けたくないから愛する人から自分から遠ざかる覚悟まで決めたのよ! それなのにどうしてこんなシチュエーションに巻き込まれるのよ!!??


 そう言いながら唇を震わせて黄美は自分自身の存在すら恨めしくて思えて仕方がなかった。やはり自分は彼の元を離れるべき存在だったのだ。そうでなければ今の状況の説明が付かない。この場に加江須が居る事も、そしてまたしても人質として盾にされている事もだ。

 もうこれ以上は彼の迷惑になるなんて真っ平御免だと黄美は神具の指輪を使って自力で脱出をしようとするが……。


 「(あ…そうだった。私…指輪をカエちゃんに返したんだっけ…)」


 視線を目の前に居る加江須へと向けると彼の指には自分が返した指輪がはめてある。

 どこまでも…どこまでも自分は救いようのない女だ。どうして指輪まで返してしまったんだ。そんな事をすれば今の様な状況に個人で対処できない、つまりまたカエちゃんたちに助けを求める事しか出来ない。

 自分の浅はかな頭を嘆いていると奥手はもう一度加江須へと石を蹴り飛ばしていた。しかも明らかにさっきよりも速度が乗っている。

 一直線に飛んでいった自然石は加江須の額へとぶつかり、そして石が剥がれ落ちると同時に彼の額からは出血が流れ落ちる。


 「う…うぅ……」


 その姿を見てもうこれ以上は彼女の心は限界であった。実際に痛い思いをしているのは加江須だけであるが、そもそも自分を守ろうとしているせいで彼は傷ついているのだ。黄美だってもうちゃんと気付いている。あの程度の石ころなど加江須ならば間違いなく至近距離からでも避けられるはずなのだ。これまでどれだけの怪物と戦って来たと思っている。それを避けずに馬鹿正直に受けているのはこの馬鹿の機嫌を損ねて自分に被害が及ばない様に気を使ってくれているからだ。


 ――もう…やめて……。


 再び奥手は手ごろな石を蹴りだし、そしてまた無抵抗に受ける加江須。


 ――もうやめてよ!!


 心の中から喉がかれんばかりの声を張り上げて黄美は叫んでいた。

 もうこれ以上はやめて欲しかった。自分の愛している人を傷つけるこの蓮亜はもちろんの事、自分を気遣って我が身を犠牲にする加江須にももうやめて欲しかった。

 

 「いい加減にしなさいよ久利加江須!! いつまでそうやって自分を犠牲にしているつもりなのよ!?」


 もうこれ以上は我慢できない黄美は自分の今の立場を弁えずに加江須へと叫んでいた。

 今まで無言だった彼女が突然大声を出したので目を白黒とさせる奥手であるが、そんな彼の反応など気にせずに言いたい事を全て吐き出す黄美。


 「あんたどうしてそんな無抵抗なまま案山子みたいにぼけーっと突っ立ているのよ! その気になればこんな卑怯者なんて一瞬で倒せるくせに!!」


 「なっ、てめぇ余計な事を喋るな!!」


 まさか人質の方から自分の事など気にせず自由に動いてヨシなどと言うとは思わず目に見えて慌て始める奥手。

 だが奥手が何を言おうが関係ない。これ以上加江須が傷つかない為と言うのならば自分が人質だろうが何だろうが遠慮なく言いたい事を言ってやる!!


 「私はもうアンタの恋人でも何でもないのよ! 今だってアンタに関わりを持ってしまったがためにこんな目に遭っている事を心の底から嘆いているんだから! そんな女の事なんて気にすることなくやりたいようにやりなさいよ!!」


 彼女の口から出て来た言葉は半分は本音であり、半分は偽りである。彼と関わりを持った事を後悔などするはずもない。彼との出会いは自分にとって幸福であり、そして彼とこれまで一緒に作って来た思い出は全てが掛け替えのない宝石だ。

 だがだからこそ自分の為を想って無抵抗に傷つくのは勘弁してほしかった。これではまるで自分は疫病神ではないか。それだけは嫌だ、自分の大切な人を苦しめる元凶の様な存在には決してなりたくはない。


 だが自身を見捨てろと口にする黄美であるが、そんな自分に対して加江須は首を縦には振らなかった。


 「待っていろ黄美。すぐに…すぐに助けてやるから…」


 これが彼の中で出た答えであった。

 例え嫌われていたとしても、やはり自分には彼女を見捨てると言う選択は出てこない。かつては心の底から関係を断ち切りたいと思った相手かもしれない。だがもう彼女の本心を知って恋人にまでなったのだ。そんな相手を無視して戦うなど彼にはとても出来なかった。

 

 その彼の優しさが、愛情がとても辛くて悲しい。そして……嬉しかった……。


 「バカぁ…どうして私なんかの為にそこまでするのよ。私はアンタを苦しめた、アンタの気持ちを踏みつけにしたのよ。そんな最低な女の命なんて気にせず戦ってよ……」


 偽りの虚勢は剥がれ落ちて弱々しい本当の彼女が溢れ出てしまう。

 ああとても嬉しい。こんな自分を見捨てくれないあなたが本当に愛おしい。でも、だからこそ自分を見捨てて戦って欲しい。

 二つの相反する感情が黄美の中ではぐちゃぐちゃとかき混ぜられ、もう黄美には自分が今どんな顔をしているのか判らなかった。


 そして自分の言葉を無視し続けて喋り続ける黄美の存在に奥手は心底腹が立っていた。


 「うるせぇなクソアマ…お前立場判ってんのかよ?」


 折角あのムカつく男で遊んでいる所に水を差された事に神経が逆撫でされて仕方がなかった。ましてやこんな戦う力なんて持ち合わせていないただの女に自分の幸福な時間を邪魔される事はうっとおしかった。


 「お前は黙ってアイツの動きを押さえ込む楔になっていればいいんだよ。ええ…?」


 「きゃあっ、い、いや!?」


 口ではいくら言っても聞こうとしない黄美に奥手は言葉ではなく行動で黙らせる事にした。

 彼は相手が美人な女子である事を良いことに肉体的な痛みでなく、彼女の体へと卑猥な行為を働いた。彼の汚らわしい手は彼女の胸を少し強い力で掴んだのだ。

 自分の胸を無遠慮に鷲掴みにして来た奥手に背筋が凍り吐き気を催す黄美。


 「さ、触らないで気持ちが悪いわ!!」


 「へへ、良い声で反応してくれるじゃん」


 自分の肉体をいい様に触れられる事に激しい嫌悪感から体を捩って思わず自力で脱出しようとする。

 そんな彼女の反応に奥手は口元を歪め、更にもう片方の手で黄美の身体をまさぐろうとする。だがその手が太ももへと伸びる途中でピタリと止まった。


 ――次の瞬間には彼の脳内では自分の首が跳ね飛ばされるイメージが流れた。


 「うおおおおおお!?」


 黄美の胸を鷲掴みにしている手を離し、絶叫と共に加江須へと視線を向け直す。


 そこには目を血走りながらいつの間にか妖狐の姿へと変貌していた怖ろしい怪物がこちらを無言で見つめていた。

 

 「おい…それ以上黄美に少しでも妙な真似を働いてみろ。その時は――ぶち殺すぞ?」


 今まで自分が軽々しく使って来た安っぽい『殺す』とはまるで次元が違う。どす黒い殺意に塗りたくられている本物の『殺す』に思わず奥手は過呼吸にすらなりかける。

 そして彼の黄美の首に通している腕の力が強まる。もしもこの腕の中に居る黄美を逃がせば今度こそ自分は殺されてしまう事が完全に理解できてしまったからだ。


 「(だ、大丈夫だ。俺がコイツを離さない限りは死ぬなんてない。お、落ち着け……)」


 息が詰まりそうな程の殺気に当てられつつも彼は冷や汗と共に不敵に笑い続けていた。



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