忍び寄る者
加江須に対して恋心を抱いている事実を自覚した仁乃は彼と少しでも距離を詰められるように多少強引にでもアタックしようと決心をする。他の誰かに彼の隣を取られる事を考えると胸が苦しくなり、とても我慢できない、いやしたくなかった。ただの同じ転生仲間ではなく、恋人として隣に立ちこの先も一緒に居ようと決意を決めた仁乃。
そんな恋心を抱いている少女は今、一体何をしているのかと言うと……。
「こっちの方が良いかな? あ~でも派手すぎるかな? でもこれなんかは地味だと思われそうだし…」
両手にそれぞれ洋服を持ち、ソレを鏡の前で自分と合わせてどちらを着ようか選んでいる最中であった。
今日は待ちに待った約束の日、約束の時間までまだ大分余裕をもって起床をした彼女であったが、かれこれ30分以上も着ていく服選びに時間を割いていた。
「黒は少し派手だけど…かといってこっちの色や装飾は地味と言うか……ああもうっ、たかだか服選びに何を悩んでいるのよ私は…」
いつもは外出の服装などよほど奇抜でない限り特にこだわってなどいない仁乃であるが、恋している乙女たる今の彼女は意中の相手に少しでも自分を良く見てほしく、そしてできる事ならば褒めてほしいと思ってしまうものなのだ。
ひとりで悩み続けていると、横から別の服を差し出された。
「こっちの方が良いんじゃない? お姉は黒の方が似合っている気がするからさ」
「ええそう? 私はこっちの方が……」
そこまで言うと彼女は横を振り向いた。
そこには自分の妹である日乃が床に落ちている洋服の1つを拾い、それを差し出していた。
「あ、あんた何時から居たのよ!? ノックして返事を待ってから部屋に入れって何度言わせる気よ!」
「そうカッカッしないでよ。アドバイスしてあげてるんだからさ」
そう言うと彼女は部屋の床にいくつも並べてある服を一通り見た後、仁乃の肩を叩き、親指を立てて妹として応援を送ってあげる。
「頑張ってねデート。妹として心の中で応援しておいてあげる」
「ば、ばかデートじゃないわよ! こ、これはその…と、友達と買い物に出かけるために…」
「友達と買い物ねぇ。その割には熱心に服の吟味をしていたようだけど」
日乃がそう言って床にいくつも並べてある洋服の数々を指さす。
思わず言い返すことが出来ず言葉を詰まらせてしまう仁乃。そんな姉に対して日乃がニマニマと意地の悪い笑みを浮かべながらからかってくる。
「念のために服だけじゃなく下着もじっくりと選べばぁ? ショッピングだけで終わらないかもしれないわよぉ~」
日乃がタンスから下着を取り出して仁乃に投げ渡す。
手元まで飛んできた下着を受け取りしばし呆ける仁乃であったが、日乃の言いたいことの意味が分かると顔を真っ赤にして洋服の1着を思いっきり投げつけようとする。
「何を想像してるのよこのバカァッ!!! 私と加江須はそこまで一気に大人の階段を上る気はないわよ!!!」
「へー加江須さんって言うんだ」
「うるさい、あっち行きなさいバカッ!!!」
日乃の顔面目掛けて洋服を投げ飛ばす仁乃。
ソレを軽く避けて日乃は舌を出して『退散退散』と言って部屋を出て行った。
肩で息をしながらドアを思いっきり閉める仁乃。
「本当にあのバカ妹は…もぉ…」
投げつけた洋服を拾い上げると日乃がタンスから取り出した下着が目に入った。
その下着を拾い上げて仁乃がボソッと呟いた。
「でも下着も選んだ方がいいかなぁ……。確かに子供の様なパンツなんて履いて行ってもしもの展開になったら……ハッ!?」
そこまで思考が行くとブンブンと首を振って頭の中に浮かんだ淫らな考えを捨てる。
「と、とにかくコレはしまってまずは服装からしっかりしないと」
◆◆◆
時刻は朝の10時を迎えており、今の時刻を備え付けの腕時計で確認しながら加江須は数日前にゲダツと戦っていた公園のベンチで仁乃が来るのを待っていた。
「10時半に集合予定…まだ30分も時間があるな」
今日は仁乃に迷惑を働いた償いで集まっているので、これでもし遅刻でもしようものなら更に奢らされる羽目となる事は目に見えている。そう思い時間前に到着したが、想像よりも早く着いてしまい暇を持て余す。
「しかし女の子と二人で遊びに行くなんて何時ぶりだ」
思い返してもそんな経験などほとんどなく、あえて挙げるならあの幼馴染の女と出かけたくらいか。
「まあ、あんな奴なんて今や他人同然。いちいち昔の記憶に今更振り回されてたまるかよ」
そう思いながら仁乃が来るのを待っていると公園の入り口から待ちわびていた少女がやってくる。
「お、お待たせ」
「おお、お前も結構早く来たんだな」
まだ約束の時間前にも関わらずにやって来た仁乃。
彼女は黒を基調としたワンピースを着ており、少し照れ臭そうに加江須に感想を聞く。
「ど、どうかしら?」
「ん、何がだ?」
そもそも質問の意味が解らず聞き返す加江須に仁乃が膨れ、ズンズンと加江須に近づくとそのままむくれ顔でいつもの様に頬を引っ張った。
「いぢぢぢぢ!? どうしたんだよ仁乃!」
「どうしたじゃないわよ。普通は男はこういう時に女の服装を褒めるべきでしょ」
「それならそうと言えよ。漠然と『どうかしら』なんて聞かれても分かるかよ」
そう言いながら摘ままれている頬を解放し、改めて仁乃の服装を見てから褒めに入る。
「いいじゃん、凄い似合っているぞ。なんか服装変えるだけでも随分と印象って変わるもんだな」
「そ、そう…」
特にからかわれることもなく純粋に褒められて少し照れ臭くなり、髪の毛先を指でクルクルと巻きながら返事をする仁乃。
「(変な風に見られたらそれはそれで嫌だけど…こう、素直に褒められたらそれはそれで恥ずかしい……)」
複雑な心境の中で葛藤している仁乃とは違い、加江須は特に変わった様子も見せずに素のままでおり、二人そろった事なので早速出かける事とする。
「じゃあ行こうぜ。お前の要望で今日は甘い物を色々と御馳走しますよっと」
「そ、そうね。じゃあ行きましょうか」
加江須の言葉に頷き公園を後にし、街の方の甘い物が置いてある店が密集している方角へと歩き出す二人。
並んで一緒に歩いている最中、仁乃はチラチラと加江須の手を何度か見る。
「(こいつと少しでも距離を近づけたいならここは手を握って……)」
ごくりと唾を呑みこんでからそーっと腕を伸ばし加江須の手を取ろうとするが、もうあと僅かで彼の手が握れる距離まで近づくと、緊張のあまりガタガタと手が震え始める。
中々最後の踏ん切りがつかずにそのまま手を引っ込めて小さく呼吸を繰り返す。
「(落ち着きなさいよ私、たかだか手を繋ごうとするだけで緊張しすぎでしょ!? これじゃあ先が思いやられるわよ)」
よく見ると緊張のあまりに手のひらからは手汗が出ている。
手のひらを綺麗に拭いてから、もう一度彼の手を取ろうとする仁乃。震えの止まらない手を強引に静かにさせ、そしてついに加江須の手を握る事に成功した。
いきなり手をつないで来た仁乃に対して少し驚く加江須。
「ん…? 何で手なんて握ってるんだ?」
「いや…なんとなく……」
握ったまではいいが理由の方が思い当たらず言いよどんでしまう仁乃。いっそのこと加江須と手をつなぎたかったからだと素直に言ってしまおうかと思ったが、やはり照れくさくて口にできずにもごってしまう。
「まあいいけどさ。じゃあこのまま行くか」
「え…ああ…うん…」
深く追及をしてこなかったのでとりあえず助かったが、少しは照れるぐらいしてくれてもいいとは思う。女の子が自分から手を握って来たのだから何かしらのリアクションはあってもいいはずだと思うのだが、特に慌てる事もなくすました顔をしている加江須を見ていると少し腹が立ってきた。
「(こいつめぇ~、もうちょっとこう…何かしらのリアクションくらいとりなさいよね。私がひとりで緊張している方がバカみたいじゃない…もう…)」
理不尽とは分かっていてもついそんな事を考えてしまう仁乃。やはり意中の相手には自分の事を特別見てほしいと言う願望が芽生えてくるものだ。
むくれつつも加江須の手を握って歩く2人。少し腹を立てていたがすぐに今のこの状況に緊張がまた高まってしまう。
「(加江須の手…暖かいな。それに私の手よりも大きくて落ち着く…)」
好きな男の子の手を握りながら歩いている今の現状を意識すると、仁乃の心臓の鼓動音は高まり出した。
そんな彼女の気持ちなど知らず、加江須はこの後の目的地について話をし始める。
「それで色々甘い物を奢れと言っていたけど、どこに向かおうか決めているのか」
「え? ……ああ、うん。勿論よ」
正直仁乃にとっては今の二人で一緒に時間を過ごすことが大事なので甘い物を食べる事は建前であるが、一応は下調べをしてお店も選んでいる。
会話をしていると彼女の緊張も解れるので、目的地まではできる限り会話を続けようと思い色々と話しかけながら歩く仁乃であった。
◆◆◆
加江須と仁乃が二人でおしゃべりをしながら歩いている頃、彼らの頭上、電柱の上からはひとりの少女がその行動を観察していた。
細い足場に綺麗に立っており、全くバランスを崩すことなくその少女は二人の後を追う。
「休日に二人でデートかよ。いいご身分だな」
距離が離れるたびに次の電柱に飛び移り後を追い続ける少女。常人離れした跳躍で電柱の上を飛び乗り移動する様は人間業ではなかった。
そう、それは加江須や仁乃と同様に神力により肉体面を強化された人間の動きであった。
「さて、この後だけどあの男へどうやって近づいたもんかな?」
そう言いながら黒髪の少女は空中から仲良さげに話している二人を見て不敵な顔で笑っていた。




