彼女の本当の気持ちは…
狂華からの襲撃を受けた加江須であるが結局は彼女と決着をつけられなかった、どころの話ではなかった。それ以前の問題だったと言えよう。何しろ敵であるあの女に不安定な自分の心を見抜かれて呆れられたくらいだ。
そのままやるせない気持ちのまま彼は自宅へと戻った。その際には両親には隠しておいたがイザナミには肩の傷などで色々と慌てふためかれた。
だが彼は自分の肉体の負傷なんかよりも今の恋人たちとの関係の方が気が気ではなかった。
それから更に時間は経過し、亀裂の入った彼らの関係は修復するどころかドンドンと拗れて行ってしまう事となる。
親友同士である黄美と愛理の二人は口すら聞かなくなり、氷蓮も不満を募らせゲダツ討伐も単独で行うようになる。
イザナミや仁乃は時間が経てばいずれは元の関係に戻れると信じているみたいだが、失礼ながら本心とは裏腹に彼女たちが心からそう思っているとは加江須には思えなかった。
そして加江須もまた日に日に追い込まれていった。
「………」
今彼はかつて氷蓮と初めて共闘をした緑に溢れる自然公園に来ていた。
今日はイザナミもアルバイトへと出ており両親も居ない。自分以外の人間が居ない無音に包まれた静寂な家の中に居るのは息が詰まって仕方がなくふとこの場所を思い出した。
「はあ……」
一面に広がる芝生の上へと寝そべって空を見上げる。
頭上の景色はとても晴れ晴れで、自分の鬱屈している今の心境とはまるで正反対。そんな明るい空を見ていると逆に苛立ちすら滲み出て来る。
ああ…なんて綺麗な青空だ。それなのに自分はこの空の下でジメジメとしている。
「くそ、気分なんて晴れやしない。それどころかこんないい天気なのにストレスすら感じるなんてよ……」
結局はどこへ足を運ぼうが意味などない。自分の周りの今にも砕けそうな関係を放置した状態で何処へ出かけようが、何をしようが同じだ。
これ以上ここに居ても家に居るのと変わらないと気付いた彼はそのまま自然公園を出ようとする。
「……え?」
立ち上がって服についている芝を払っているとふと眼の端にある人物が映り込む。
最初は特に気にも留めなかった彼であるが、次の瞬間には視界の端に映った人物が誰か分かり思わず二度見した。
「な…あ……」
思わず口を間抜けに開いたまま視線の先を見つめるとそこには今自分を悩ませている最重要人物の姿が映り込んだのだ。
「よ…黄美……」
風になびく綺麗な金髪の幼馴染がそこには立っていた。
◆◆◆
私は家を出てこの自然公園へと足を運んでいた。その理由は今の砕ける寸前の心をどうにかして形を保たせておきたかったからだ。少しありふれているが緑に囲まれて気を落ち着かせたいと言う思いでこの場所に来たが微塵たりとも癒されはしない。
「もう…死んでしまいたい…」
和やかな景色にはまるで似付かわしくないセリフが涙声で口からでてくる黄美。
彼女は形奈との戦いを終えた後に最愛の人である加江須に対して信じられない程の罵声を浴びせ、そして遂には彼との関係を自ら断ち切ってしまった。しかもそれだけでない。親友である愛理とも仲違いをし、完全に仲間たちとは孤立している状態だ。
だがそれで良かったのだ。今のこの独りぼっちとなる状態こそが彼女にとってもっとも望んでいた展開なのだから。
「もうカエちゃんたちも私に話しかけてこなくなった。これで…これで――もうカエちゃんたちに迷惑を掛けなくて済むわ」
あの日の半ゲダツ達の襲撃の際に転生戦士の形奈に自分は間抜けにも人質とされてしまった。そのせいで加江須たちは窮地へと陥ってしまった。その時の事が悔やんでも悔やみきれなかった。
自分だけが危険な目に遭うのであればまだ良いだろう。だが自分のせいで仲間やカエちゃんが傷つくことは我慢できなかった。もしもあの時に花沢さんが乱入してくれなければ今頃あの形奈はカエちゃんをもっと痛めつけて弄んでいただろう。
「もう私のせいでカエちゃんを傷つけたくない。彼の迷惑になる位なら彼から離れて忘れられる方がまだマシよ」
あの形奈の一件は彼女にとってはあまりにも深い傷と後悔の念を心に植え付けていた。家へと戻った後は何度も何度も自分を責めた。どうしてあの時に自分はカエちゃんの言う通り学園に待機しておかなかったのだろうかと。どうしてあの時に戦いと言う物をもっと危険な事だと認識しなかったのだろうかと。ただ彼の、愛する人の力になりたいと言う短絡的な考えが前に出過ぎて自分がゲダツにやられる、ましてや人質として利用されるとは考えられなかった。
こんな甘い考えでこの先も彼の元になど居られない。きっとまた同じような過ちを繰り返してしまう。ただ彼の事が好きだと言い続け、彼の為と脇目もふらずに盲目的に動き続ける。だがそれは必ずしも彼の為になるとは限らない。
「ただ好き好きと言い続けて一人の人物の事を優先して行動する。でもそれがあんな風な失態を犯してしまう事だってある」
ハッキリと言って自分は久利加江須が大大大好きだ。かつての天邪鬼な自分は素直になれないあまりに彼に何度も罵詈雑言を浴びせて本音を必死に隠し通そうとした。だがそのせいで完全に見放されかけてしまった。それがきっかけでもう彼に対する愛を包み隠す事はやめた。そうして彼と結ばれ幸せの絶頂へとたどり着けた。
でも…でも自分が彼と距離を縮めたが為に彼が傷つけられた。あの時の形奈にいい様に身体を傷つけられる彼を思い出すと今でも胸が張り裂けそうになる。ああ、私のせいで彼が血を流している。そう考えるとますます胸が苦しくなった。
家に帰った後は今更罪悪感が襲い掛かって来て何度も何度も薄暗い部屋の中で彼に謝り続けていた。
「……でもこれで良かったんだわ」
空を見上げると爽やかな青い天空が瞳の中に入り込む。だがその全く曇りの無い自分の心象とは真逆な空模様を見ていると涙が眼の端に浮かぶ。
「はあ…でもカエちゃん中々食い下がって来たなぁ…」
彼にあえて嫌われようと酷い言葉を雨あられぶつけてやった。でもカエちゃんは見事に私の本音を押し隠している心を見透かしていた。だがそれでは困るのだ。だって私はあなたに夢中だったからこそあなたの役に立ちたいと奮闘し、それが空回りして命の危険にすら晒してしまった。もしもまた自分のせいで彼が瀕死の重傷など負ってしまえばショックで立ち直れない。
だから強引にでも彼から離れようと思った。だから彼に憎まれようとも距離を置いて私を忘れてもらおうと思った。
「ごめんなさいカエちゃん。でも…でも私はあなたが大好きだよ…」
勿論この言葉は本人に言って上げる事は出来ない。
自分は彼に嫌われてもらわないと困るのだから。
だが彼女は気づいてはいなかった。すぐ近く、この公園にはその想い人が本当に近くに居た事を。
公園内にある物陰の1つに隠れて黄美の様子をこっそりと窺っている加江須。
今の黄美の口から出て来た真実を彼が聴きとっていれば問題は一気に解決していた事だろう。突如の別れを切り出した黄美の理由、そして彼女の本心を聞けば加江須は今すぐにでも彼女の元まで駆け寄っていただろう。だがいくら転生戦士の聴力とは言え残念ながら加江須の耳には彼女の言葉は届いていなかった。ただ口元が動いている事しか分からなかったのだ。
「はあ……」
黄美は深々と大きな溜め息を吐くとそのまま歩き出す。
特に当てがあって歩いていたわけではない。ただせっかくこんな場所まで赴いたのだからせめて公園内を見て回って見ようと言う単純な考えだけが頭の中にあったに過ぎない。
そしてその背後をこっそりとつけることにする加江須。少しストーカー染みている行為だと一瞬だけ思うが、出来る事ならタイミングを見計らって声を掛けたいのだ。
だが彼は少しばかり黄美の存在に夢中になり過ぎていた。そのせいで普段であれば敏感に敵を察知してくれるセンサーが誤作動を起こしており、彼が黄美を遠巻きに見ている様に同じくそんな彼を離れて観察している人物に気付けなかった。
加江須よりも更に後方、彼と同じように自分の姿を見られぬように息を潜めて彼の後を尾行している人物が居た。
「随分と油断している様だな久利ぃ…ここまで近づいて来ている俺の存在に気付けないんだからなぁ…」
目を血走らせながら加江須の事を見つめていた相手は彼の元クラスメイトであり半ゲダツとなってしまった蓮亜奥手であった。
「こんな公園までやって来て日光浴かよ? くそが…舐めやがってぇ…」
怒りの業火に焼かれながら奥手は下唇を噛み切って血を滴らせる。
かつて形奈の命令によって自分と同じ半ゲダツ達と共にあの男を襲うように命じられ、そして実行に移そうとした際に返り討ちに遭って手酷い目に遭わせられたものだ。四肢を全て切断されまるで芋虫の様な惨めな状態で転がされ、そしてそのまま放置された。まるで生ごみの様に……。
「あの時の屈辱と痛みは一日たりとも忘れちゃいないぜクソ野郎が。てめぇは必ず俺がぶち殺してやるからなぁ…」
仮にも元クラスメイトである自分をあそこまで痛めつけた事を許せるわけがない。今度はこの半ゲダツの力で自分がヤツの四肢を引き千切ってやろうと目を見開いて睨みつける。
そもそも彼が一方的に加江須の事を妬み、更に半ゲダツとなったのも下らない我欲のためであるにもかかわらず理不尽に彼を敵視する奥手。それはもう逆恨みですらなく、本当に彼は救いようのないクズへと変貌してしまったようだ。ある意味では自分の為に半ゲダツと成る事を選択した彼らしいと言えばそうなのかもしれないが……。
「待っていろ久利ぃ。てめぇが隙を見せ次第最速でぶち殺してやるからよぉ…」
黄美の後を追う加江須、そしてそんな加江須の後を追う奥手。
奇妙な尾行劇が自然公園内では繰り広げられていたのであった。




