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やる気のなくなる戦闘狂


 「いやー色々とありがとうね運転手さん。お陰で大分この周辺の地理とかも把握できたし、人が凡そ集まる場所も把握できたよ」


 「それはどうも。それにしてもお客さん、色々と動き回りましたけど結局何が目的だったんですか?」


 駅前近くからタクシーに乗り込んで来たこの美女は結局人の集まりそうな場所まで車を走らせはしたが、目的の場所に到着するとしばし車の中から外の様子を眺めるだけ。それが終わるとまた別の場所へと車を走らせる。これではまるで目的地の為の足ではなくドライブでもしているようだ。だが例え自家用車を持っていなくてもドライブならバスなどの方を利用した方がいいだろう。まあバスの場合は自分の行きたい場所を優先出来はしないが。


 「あのお客さん、色々な場所に行ったり来たり、それなりの料金が発生しているんだけど…」


 「うーん…あっ、ギリギリ足りないかも…」


 財布を取り出して中身を確認しながら女性は呑気に料金が足りないと馬鹿正直に口に出す。正直者ではあるがだからと言ってそれで片付けられる問題ではない。こっちだって趣味ではなく商売で車を動かしているんだ。金が足りないからと言って別段料金を格安にする気はない。


 「…お金足りないの?」


 「うーん…千円だけオマケできない?」


 にゃははと困り顔でそう言う女性に対して運転手の中年はしばし彼女の事を舐めまわすかのように見つめ、そして下劣で最悪の解決策を提案して来た。


 「それじゃあ足りない分の料金は俺が出してあげるよ。でもさ、少し俺に付き合ってくれないか?」


 彼はそう言いながら女性の身体を見つめて下品な笑みを浮かべる。どう考えても料金の不足しているお客を庇っての発言でなく、見返りを彼女へと求めている事は明らかであった。

 普通の女性からすれば男の表情から相手の狙いは丸わかり、間違っても首を縦には降らないだろう。


 「んー……まあそれでいいかな」


 しかしこの女性は相手が何を考えているのか把握したうえで頷いたのだ。


 「それでどうするの? 人気の無い所まで車を走らせる?」


 「おお…おねえさんも乗り気じゃないか……じゃあ少し車を動かして望み通り人気の無い所まで行こうか」


 「いいよー。私にとっても都合が良いからねそれ。そろそろ人間の食べる食事だけじゃなくて〝人間のご飯〟も食べたいところだったし~」


 「?? ま、まあ何にせよおねえさんも乗り気なら早速行こうか。もう今日はこれで仕事もお終い!」


 女性の言っている事がいまいち理解できない部分もあったが、それでも女性にまるで縁がなかった男はそんな些末事などどうでも良い。それよりもこの極上な美女とこの後に控えているお楽しみの方が重要だ。


 そのまま男はタクシーを人目の付きにくそうな場所を目指して動きかし始める。


 「ふふ……久々の人間のお肉、いっただっきまーす……」




 ◆◆◆




 パトロール終わりの帰り道で現れた転生戦士の狂華。

 彼女は口元に大きな弧を描き、ドロドロに濁っている瞳を自分に向けている。明らかに殺る気満々と言った感じだ。


 「時間を停止してからのナイフの投擲、普通なら脳天にサクッと突き刺さっている所を間一髪で避ける。流石……流石なんだけど少し気が抜けているんじゃないの? 最初に私に付けられている事を気付いていながら一度見過ごすなんて」


 狂華から受けた指摘は悔しいが言い返す事は出来なかった。今にして思えば一度は何者かの気配に気付いていながら大して調べもせず背を向けていた。少し気が抜けすぎだと言われても無理ない事だろう。

 だがもうそんなヘマはしない。様子見などこの女には不要である事は十分理解している加江須は即座に妖狐へと変身、そして身構えるのだが……。


 「あれぇ…?」


 戦闘態勢に移行した加江須を見て狂華は構えるどころか顎に手をやって首を傾げる。

 

 「……ねえ、あんた本当に久利加江須?」


 「どういう意味だそれは……」


 相手の質問の意図が掴めず眉を寄せる加江須。

 何を言っているのだろうか? 俺が久利加江須以外の人物に見えるか? それとも双子の兄弟とでも言う気か?

 彼女が何を訊きたいのか分からないでいると……。


 「何だかあんたが久利加江須に見えないなぁ。確かに容姿は瓜二つ、それに狐に変身する能力も間違いない。でもさぁ…何だかいつもの覇気がない気がする」


 その言葉に思わずドキリとしてしまう加江須。


 「まあいいや。とりあえず戦いましょうか」


 そう言うと同時に狂華の姿は目の前から一瞬で消える…と同時に尻尾に凄まじい激痛が走った。


 「ぐっ…!?」


 痛みの発生した尻尾を見てみると外壁に突き刺さっているナイフとは別のナイフが深々と喰い込んでいる。

 すぐに喰い込んでいるナイフを引き抜く。その際に線が抜けたかのように鮮血が舞い顔に自身の血液が付着した。


 「ぐっ、そこだろ!」


 抜き取ったナイフを気配の位置を辿ってその場所へと投げつけてやる。

 彼がナイフを投げた先にはいつの間にか移動していた狂華が立っており、超スピードで飛んできたナイフをひょいっと首だけ動かして避けてみせる。

 だが加江須の攻撃はそれだけでは終わらない。ナイフを投げたとほぼ同時に最大の特徴である9本の尾を一気に狂華目掛けて振るっていた。


 「よっ、ほっ、あらよっと」


 だが狂華は涼しい顔で全ての尻尾を避けて一直線にこちらへと近付いてきた。

 

 「舐めるなぁ!」


 両手の拳を紅蓮の炎で纏うと超スピードのラッシュを繰り出す、が、それを全て躱して攻撃の隙間を狙って蹴りを放ってくる。その飛んできた回し蹴りを腕でガードし、もう一度ラッシュを繰り出そうとするがここでまた狂華の姿が視界から消える。そして同時に肩に激痛が走った。

 

 「ぐっ…この…」


 左肩にはまたしても別のナイフが突き刺さっており、ジクジクとした痛みと出血が新たに発生する。

 痛みを堪えながら前を向くとそこにはまたしても時間を停止して間合いを取った狂華が仁王立ちをしている。だがどういう訳か追撃を仕掛けてくる気配が無い。

 

 「……ねえ、やる気ある?」

 

 不満そうに頬を膨らませながら狂華は呆れたような顔でそう言って来た。


 「何だか今のアンタからはやる気が感じられないなぁ。必死に勝とうと言う気概がないって言うか…」


 「な…ふざけるなよ。何でそんな事をお前なんかに言われないといけないんだ」


 相手の狂華がどの様なタイプの人間なのかはもう理解している。戦いが三度の飯よりも大好きなイカれたバトルジャンキー、そんな奴相手に勝つ気概がない訳がない。そう自分では理解しているつもりであった。


 「……そんな事ない。自分は勝つつもりで戦っているんだって顔してるけど――やっぱりそうは思えないんだよね」


 気が付けば加江須の眼前に一瞬で移動を終えていた狂華はナイフを握っており、その切っ先が加江須の瞳の数センチ前まで突き付けられていた。

 

 「ほら、この程度の事も対応できていない。今までの久利加江須ならこの程度の事態に即座に対応は出来ていた筈でしょ?」


 そう言うと彼女はナイフを懐に仕舞い背中を向けた。戦闘中、それも敵である自分の目の前でだ。

 当然そんな対応を間近でされれば戸惑ってしまう。一体どういう事なのかを問い正そうとする加江須。


 「戦いの最中だぞ。どうして俺に堂々と背を向けれる?」


 「理由は二つ。1つは今のあんたにはどう無防備な姿を見せてもやられる気配がまるでない」


 こうまで堂々と言われると思わず腹が立ってくる。そう思うなら試しにここで不意打ちでもして確かめてみようか。

 拳をギュッと握りしめて力強い瞳をする加江須であるが、そんな彼の表情を見て溜め息を吐く狂華。


 「全然怖くないんだけど? 自分では私の事を睨みつけているつもりかもしれないけど、まるで恐怖を感じない。危機感すら抱けない。それもそのはず、何故ならアンタは私の事をまるで見ていないのだから」


 目の前で話していた筈の狂華の声は途中から背後から聴こえて来た。振り返ると時間を停止して背後に回り込んだ狂華が仁王立ちしている。

 不用意に後ろへ回り込まれた事に慌てて身構えるが、やはり狂華は攻撃を仕掛けてくる気配が無い。


 「今日はもう帰るわよ。これ以上続けても馬鹿馬鹿しいだけなんだもの」


 そう言うと彼女はまたしても無防備に背を見せて当たり前の様に歩き出す。その別れ際に『次はちゃんと気合を入れ直してね、でないと殺す気も起きてこないから』などと言う言葉を残して。

 自分の命を狙っている相手をみすみす目の前で逃がしてしまった加江須であるが、彼女を逃がした事よりも彼女に言われた数々の言葉が気になって仕方がなかった。


 ――『必死に勝とうと言う気概がない』


 ――『何だか今のアンタからはやる気が感じられないなぁ』


 ――『何故ならアンタは私の事をまるで見ていないのだから』


 最初は何を言っているのか分からない彼であったが、冷静に考えてみるとその言葉の真意を徐々に理解できて来た。

 先程までの彼女の戦闘は確かに自分には身が入っていなかった。だからこそ相手があの手練れの狂華とは言え一方的にやられてしまった。それに戦いの最中も自分の頭の中ではやはり黄美の事や恋人達の中で生じる亀裂の問題が片隅から離れなかった。


 「……何をやっているんだ俺は?」


 自分でも今の現状をどうすればいいか分からず途方に暮れる。挙句の果てには命を狙って来た相手にまで見抜かれて気を使われてしまう始末だ。


 「俺は……」


 しかしこの期に及んでも加江須には今何をどうすれば良いのか答えが出ない。ぐるぐると同じ場所をまるで歩かされている気分だ。しかし彼が何をすべきか、その答えを出してくれる相手はいない。

 それが加江須自身も理解できていたから拳を震わせて自問自答をする事しか出来なかった。



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