現れる戦闘狂
「……今日は仁乃だけしか来てないんだな」
「ええ…そうね……」
いつもは4人で楽しく食べるはずの屋上での昼食が今日は加江須と仁乃の二人だけ、黄美に続いて愛理までもがこの輪の中から外れてしまっていた。
誤解が無いように言うが愛理は別に黄美の様に加江須に別れを切り出してなどいない。しかし親友の豹変、そして加江須のどこかハッキリとしない対応にどこか釈然としない物があるのだろう。一緒に居る時間が最近は極端に少なくなった。現に今まで行っていた登下校でも合流せずに独りで澄ましているようだ。
「愛理からは昨日聞いたんだけどもうクラスでは黄美とは話していないらしいわ」
「そう…か……」
仁乃の言葉に対して加江須は覇気のない声で返事する。
黄美と愛理は加江須の眼から見てもとても仲の睦まじげな親友同士であった。それがここまで険悪な関係になるなんて思いもしなかった。それに愛理と黄美だけではない。氷蓮も黄美に対してはかなりの怒りを抱いており、イザナミがあの時に止めなければ今頃彼女の自宅やこの学園に乗り込んできてもおかしくなかっただろう。そして黄美の肩を持ったイザナミに対しても僅かに憤りを感じている様だ。
「…何だか私怖いわ。まるでドンドンと私たちの間に亀裂が入って行っているみたいで……」
そこまで口にすると仁乃は最悪の事態を一瞬想像してしまった。
黄美だけでなく、愛理も、氷蓮も自分たちから離れて行きバラバラとなって本当に修復不可能な事態にまで発展してしまうのではないかと思い始めたのだ。
気が付けば仁乃は加江須の隣にまで移動し、そのまま彼の腕を掴んでいた。
「加江須…私は…私は絶対にあんたから離れないから……」
それは加江須を安心させようとしている、と言うよりも自分自身を安心させるために言っている様なセリフだと仁乃は自分自身で感じ取っていた。
そんな微かに震えている彼女の頭を撫でて上げる加江須であるが、その表情は全く晴れておらずどんよりと曇っていた。
◆◆◆
「へえ~……結構居心地の良い場所じゃん♪」
焼失市にある大きな駅から一人の女性が出て来ると大きく伸びをして辺りを見渡す。
「前の狩場はあのイヤーなヤツのせいで居心地悪かったしぃ、今日からはここが私の狩場で決定!」
その女性はそう言いながら歩き出し始める。その際にすれ違う男はチラチラと女性を目で追っていた。その理由はこの女性の容姿にあった。
駅の外では電車を降りた者やこれから電車に乗る者と多くの人間が行き交っており、更に駅の近くにはバスやタクシーが何台も停車している。
「うーん…ここはタクシーで人の多い場所にでも下見のつもりで繰り出そうかしら」
そう言いながら女性は適当に一番近くに停車していたタクシーを拾うと乗り込んだ。
「おっじさーん、取り合えず人の多い所までお願いね~」
「…お客さん、そんな曖昧な場所を指定されても……」
まともな行き先を告げずにあやふやな注文をして来たお客に内心では呆れる運転手。しかし相手は料金を払ってくれる客ならば顔に不満を出すわけにはいかず、心の中では僅かに苛立ちながらも真顔で抗議をしようとする。
だが女性の顔を見て思わず運転手は頭が真っ白となり言葉を失ってしまった。
「(す…すげぇ美人じゃねぇか……)」
年齢は見た感じでは20代中盤と言った具合、顔立ちはとても整っており艶麗だ。髪の毛は茶髪のショートボブで更にスタイルの方もかなり抜群、引き締まっている身体にすらりと伸びている美しいシミ一つ無い長い脚、そして引き締まった肉体の中で唯一胸部だけは激しく自己主張をしている。つまり下品かもしれないがストレートに言えば爆乳と言う事だ。更に年齢以上にどこか大人の色香を感じさせる。ただ何故か口調は子供の様な部分もあるが。
突然自分を見つめたまま固まってしまった運転手に首を傾げる女性。
「あれどうかした?」
きょとんとした顔で何故固まっているのかと尋ねるとようやく意識が戻って来た運転手。
「あ、ああすいません。それで人の多い場所でしたね。えーっと……それじゃああそこ、近くに大きな電気街があるのでそこなんてどうでしょうか?」
「あ、それいただき。よーし、レッツラゴー!」
運転手の意見を採用とその場で子供の様に両手を上げて反応を見せる女性。その際にブルンと動く二つの果実に運転手がデレデレとバックミラー越しに鼻の下を伸ばしていた。
そんな下卑た男の顔など気にすることなく女性は車の窓の外から見える景色を子供の様に楽しんでいた。
◆◆◆
学校が終わると加江須は町のパトロールを行っていた。
普段であれば町に潜むゲダツを殲滅すると言う強い使命感から行っているパトロールであるが、今の彼はハッキリ言って転生戦士としての使命や、この町の人間を守りたいと言う正義心から動いてはいなかった。
「はあ……」
ただ何となく何か行動に移しておかないと居ても立っても居られない気分だったのだ。
もしも家に留まっていれば考えてしまうからだ。どうして黄美はああまでして自分を拒絶したのか、今のままでは愛理や氷蓮も納得しないのではないか、そもそも自分が複数人と恋仲にならなければ良かったのではないか、様々な考えに押しつぶされそうになってしまう。自分の周りに居る大切な人達へ募って行く不安、この事態をみすみすと招いてしまった自責の念。何もせずに自室に居たら次から次へとこんな感じにマイナスな考えが津波の様に押し寄せて来る。
「……情けねぇよな俺……」
今こうして見回りを行っていても結局は黄美の事をはじめ色々と考え込んでいる。つまりやる気のないこんなパトロールなどしても問題が解決するわけでもない。ただの現実逃避、それを自覚しつつも未だ足を止めずやる気のない顔をしながら町を見回り続ける。
「異常なし…」
それなりの時間をパトロールにつぎ込んだが特に異常もない。ゲダツの気配も感じられない。少なくとも今日は安心してこのまま家まで戻ってもいいだろう。まあ家に戻っても今の自分の曇天の様な気分は晴れてはくれないのだが。
気が付けば人通りの多い場所に来ていた事に気付き、後はもう帰るだけなのだが今更人の目が気になった。特にやましい事をしてはいない、だが今の心境からかあまり人の多い場所に居たいとは思えなかった。
訳の分からない理由だと思いつつも溜め息を吐きながら路地裏へと入り込む加江須。
「ここからしばらくは人の目がないな」
加江須の入り込んだ路地裏は物静かで人の気配も無い。
とても寂し気な風情であるが、今の暗く沈んでいる自分にはとても似合っていると思わず自分自身に皮肉を言ってやった。
そのまましばし寂しげな1本道を歩き続けていたが、ここで加江須は背後から人の気配を感じた。
「……誰だ?」
ゆっくりと振り返り少し大きめの声でそう背後の虚空へと問いかけてみる。
だが彼の言葉に対しての返事は無い。ただの気のせいかと思いそのまま再び前を向いて歩き出す加江須であるが、ここで彼は自分が普段なら行わない致命的なミスを犯していた事に気付いていなかった。
いつもの彼であれば気配を感知したら気のせいでしたと簡単には片付けはしない。たとえ姿が見えなくともゲダツには様々な能力を保有している。もしかしたら気配や姿を消せるゲダツがこっそりと後ろから付け回しているかもしれないのに……。
そして、もしかしたら〝時間を止めれる転生戦士〟がゆっくり背後から近づいているかもしれないのに。
――次の瞬間、何の前触れもなく加江須の後頭部にナイフが飛んできた。
「ッ! うがあ!!」
あと一歩のところで脳天を貫かれそうになる加江須であるが、ここまで戦い続け、そして生き延び続けた直感が働きギリギリのところでナイフを回避した。
屈んだ彼の頭上を凄まじい速度でナイフが通過していき、そのまま路地を挟んでいる建物の外壁に突き刺さった。
「くそ、どこのどいつだ!!」
やはり先程の僅かに感じ取った気配はもう気のせいでも何でもない。何者かがずっと後をつけていたのだろう。
ナイフが飛んできた背後に怒鳴る加江須であるが、先程と変わらず返答はない。だがあんな物が投げつけられたのだ。間違いなく自分にとっての敵となる存在が潜んでいる。
「……どこだ?」
加江須は辺りを警戒しながら壁に突き刺さったナイフを横目で見る。
飛んできたナイフは刃の半分まで外壁に刺さっており、明らかに一般人による投擲ではなかった。
「このナイフ……」
ふと外壁に突き刺さっているナイフを見て違和感を感じた加江須。それはこのナイフ、どこかで見た事があるなぁと言う印象を受けたからだ。
そしてそこまで思考が行くとこのナイフを投げた人物が誰なのかすぐに理解できた。
「なるほどな、お前だったのか…」
自分を狙っている相手が誰なのか完全に理解できた。確かに〝アイツ〟ならば気配を一切感知させずにナイフを投擲する事は可能だ。そしてナイフを投げた後も完璧に気配を消せるのも納得だ。そりゃあそうだろう、何しろ相手は止まった時間の中で動いているのだから。
「もう誰かは把握した。だからもうかくれんぼはやめて出てこいよ――仙洞狂華!!」
その名前を大声で告げた瞬間、自分の目の前に予想通りの少女が現れた。
「流石は久利加江須。私の存在をちゃんと認識してくれて嬉しいわ。だからこそ私が殺すにふさわしい愛しいお・と・こ・の・こ♡」
小憎たらしいウインクと共に最悪の戦闘狂と三度邂逅を果たす加江須であった。




