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亀裂は広がって行く


 愛理からの言葉が加江須の頭の中から消えてくれなかった。何度も何度も脳内では彼女からの言葉が反復し続ける。それは精神的に追い込まれていた加江須の精神を少しずつ、少しずつ摩耗して行く。

 彼は今すぐにでも自分の家に入って腰を落ち着けたい気分に駆られていた。


 「もうすぐ家だな。はあ……」


 家に帰ればイザナミが笑顔で出迎えてくれるんだろう。だが今の自分は果たしてそんな彼女に対して同じように笑う事が出来るだろうか? とてもじゃないがそんな自信はない。自分の顔をグシグシとこするが当然の如く気は晴れない。


 そしてこういう沈んだ気分の時に限って〝奴等〟は現れる。


 「……はぁ」


 もう少しで自宅だと言うのに足を止めてしまう加江須。

 彼は足を止めた後に今まで歩いてきた道を振り返り、そして重い足を気の向かないまま動かして来た道を戻り始める――何故ならゲダツが近くに現れたからだ。


 何でよりにもよってこんな沈んでいる時に来るんだよ。もしもゲダツとまともな意思疎通が出来れば文句の一つでもやってやりたいぐらいだ。まあ相手が人型であればそれも出来るんだろうが感じる気配の大きさからして十中八九相手は下級ゲダツだろう。だが気配の大きさ自体は大した事が無いが、その数は明らかに複数であった。恐らくは動物の様に群れを成しているのだろう。


 道路を馬鹿正直に移動するのも面倒だと感じた加江須はいつも通り屋根伝いで現場へと向かおうとするが、ここで背後から良く知る人物の声が聴こえて来た。


 「加江須さーん、待ってくださーい!」


 「イザナミ……」


 後ろを振り返ると家のドアが開いてイザナミが出て来た。どうやら彼女もすぐ近くに居るゲダツの存在を感知したのだろう。まあ彼女は自分よりもハッキリ言って実力は上だ。気が付かない方がおかしいだろう。

 飛び上がろうとしていた自分の近くまで駆け寄って来た彼女は加江須の隣に着くとやる気に満ちた顔を向けて来た。


 「この近くにゲダツの気配を感じました。加江須さんもそこへ向かうつもりだったんですね」


 「…ああ、そのつもりだ」


 イザナミの言葉に頷いた加江須であったが、ここでイザナミは彼の様子の変化を敏感に察知したのだ。


 「……何か学校であったんですか?」


 「え…ああ…後で話すよ」


 黄美との問題はイザナミにも無関係ではない。あまり不安にさせたくない一心でこれまでは学園で彼女とひと悶着あった事を隠していたが、今日の出来事はさすがに話しておいた方が良いだろう。だがそれはゲダツを倒して全ての事が済んだ後にすることにした。まずは目下の化け物退治を優先すべきだろう。

 イザナミもまずは危険なゲダツの討伐からと言う考えを優先し、二人はそのまま周囲に人の目がない事を確認すると近くの家の屋根上に飛び乗りそのまま最短距離を目指して移動を始めるのであった。




 ◆◆◆




 加江須たちが目的のゲダツへと接近している頃、現場では氷蓮が既に先に到着していて戦闘を繰り広げていた。

 彼女の放った氷柱はゲダツを串刺しにして絶命させ、そのまま命尽きたゲダツは光の粒となり消えて行く。


 「たく…キリがねーぞ…」


 これで氷蓮が撃退したゲダツの数は5体目である。しかしまだゲダツは約20体近く残っており、相手の手数の多さに予想以上の苦戦を強いられる氷蓮。

 相手のゲダツは歴代戦って来た個体の中で一番サイズは小さく、体毛が全て真っ黒で兎の様な出で立ちをしている。だがそのスピードと跳躍力は本物のウサギとは比較にすらならない。一般人相手では目で追いきれない程の速度で自分の周辺を走り回っている。まあ普通の人間にゲダツはそもそも見えないのだが。


 生き残っているゲダツの1匹が飛び跳ねて氷蓮の肩に喰らい付こうと口を開けて牙をむく。


 「な、めんなぁウサ公が!!」


 すんでのところでゲダツの噛み付き攻撃を回避し、そのまま手に持っている氷の剣で串刺しにしてやった。腹部から背中を貫通したゲダツはまた1匹光となり地上から消え去る。だがこのままではいつかは喰いつかれかねない、そう思いながらどう対処するか考えていた時だ。


 上空から火の玉が流星群の様に降り注ぎ、一気に5体ものゲダツが黒コゲとなって死に至る。


 「たく、おせーよお前ら」


 炎の流星群が止んだ後に空から自分のすぐ近くに着地した二人の存在に安心を持って笑みを浮かべる氷蓮。コイツ等が大勢で襲ってくるのであればこちらも複数人で対応しても何の問題も無いだろう。


 「お待たせしました氷蓮さん。ここからは私たちも加勢させてもらいます」


 イザナミはそう言いながら武道家の様な隙のない構えを取り、そのままゲダツ達へと突貫していく。


 「プギィィィィィィッ!」

 

 真正面から突っ込んで来たイザナミに対してゲダツ達は声を荒げて一斉に飛び掛かって来た。確かに普通に考えれば格好の餌食に見えるのだろう。だが侮るなかれ、今喰いつこうとしている相手はこの3人の中でもっとも戦闘力を保有している元神様だ。


 「ちゃあッ!」


 短く鋭い意気込みと共に瞬速の蹴りを連打するイザナミ。

 彼女の放つ蹴りは飛び掛かって来たゲダツ達を悉く空中で撃退し、彼等がイザナミの肉体へと飛び移る事は無かった。それよりも先に閃光の様な蹴りがゲダツを弾くからだ。


 「うおっ、すんげぇ~…」


 普段の大人しそうなイメージからは似付かわしくない身体能力に思わず感嘆の声が漏れてしまう。しかもただ速いだけでなく威力もかなり強力だ。その証拠に蹴り飛ばされたゲダツは大ダメージを負っており、中には蹴りだけで光となって抹消しているゲダツもいるくらいだ。

 だが彼女とはその逆、どういう訳か加江須は少し危なっかしい戦い方をしていた。


 「くっ、ウロチョロと!」


 不意打ちで最初に撃ち込んだ火炎玉は物の見事に複数体のゲダツを撃退した彼であるが、どういう事かここに来て動きが明らかに悪い。その証拠に彼の拳はゲダツ達にはギリギリで避けられ、加江須も攻めあぐねているのだ。


 「(おいおいどうしたんだよ加江須。普段のお前ならこの程度の連中なんて屁でもないだろうが…)」


 こうして傍目から見ても動きが杜撰すぎる。訓練の際に仁乃と二人で戦った時などは2対1でも自分たちが圧倒されていたと言うのに、それが今は数こそ多いがあの程度の下級ゲダツに苦戦している。


 「ぐっ、らあッ!」


 加江須自身も普段の様な力が発揮できない事に苛立ちながらちゃんと気付いていた。そしてその原因も理解している。

 命がけのこんな戦闘時にも彼の頭の中では今日の黄美とのやり取りが抜け落ちてくれないのだ。


 「ぐわっ!?」


 ゲダツの1匹を撃破すると同時に反対方向から他のゲダツが加江須の肩へと飛びつき、そして齧歯類を連想させるような鋭く長い牙を肩の肉へと突き刺した。

 強力な顎の力で肩を抉られた加江須は痛みに片目をつぶり、一瞬で妖狐へと変身すると肩に喰いついているゲダツを鋭利な爪でバラバラに引き裂いてやった。更に9つの尾を使って強引に飛び跳ねているゲダツを串刺しにしてやった。


 「失せろおおおおおお!!」


 鞭の様に激しくしなる尻尾は次々にゲダツ達を肉片へと変えていき、最後は全てのゲダツが光の粒となって空へと舞って行った。


 「はあ…はあ…ぐっ…」


 牙で抉られた肩を押さえながら息を整えようとする加江須。

 すぐにイザナミが傍に寄って来て神力で止血をしてくれた。やはり彼女は自分よりも神力の扱いに長けている。少なくとも自分には神力をこのような扱いをする事は出来ない。

 出血が止まるとホッとするイザナミであったが、ここで先程の戦闘について質問をして来た。


 「あの加江須さん、やっぱり今日は学校の方で何かあったんですか?」


 「…どうしてそう思ったんだ?」


 「んなの見りゃ分かるぜ。今のあのグダグダの戦闘を見れば何かあったのか丸わかりだぜ」


 イザナミだけでなく氷蓮も加江須のあのお粗末な戦いぶりを見れば様子がおかしいことなど一目瞭然、どう見ても心ここにあらずと言った状態だった。

 その場で二人に問い詰められる形となってしまった彼は仕方なく今日の学園での出来事を話した。


 全てを話し終えると氷蓮はダァンッと地面を思いっきり蹴り込んだ。


 「アイツ…そんな下らねぇ事ほざきやがったのか?」


 彼女は学園で見せた愛理や仁乃以上に怒りの形相を浮かべており、ギリギリと歯を食いしばっている音が加江須の耳にも聴こえて来た。

 今にも爆発しそうな状態の彼女をイザナミが諫めようとする。


 「お、落ち着いて下さい氷蓮さん。お気持ちは分かりますけど…」


 「逆に何でお前はそんなに落ち着いていられんだよイザナミ? あいつは…あの女は俺たちを守るためにいつだって必死になって来た加江須を侮辱しやがった。別れたいなら勝手にすりゃいいだろ。だがコイツを馬鹿にする事は俺が許せねぇ……」


 そう言うと氷蓮は二人に背を向けてズンズンと地面を強く踏みしめて歩き出す。

 最初はこのまま今日は帰るのかと思ったイザナミであったが、すぐに嫌な予感が全身に走り反射的にこの場から立ち去ろうとする彼女の事を引き留めた。

 

 「待ってください氷蓮さん! どこへ…今からどこへ行くつもりですか?」


 「ああ、んなもん決まってんだろ。あの馬鹿野郎に今から会いに行くんだよ」


 今にも大爆発をしそうな顔をして平然とそう言ってのけた氷蓮であるが、今の彼女を黄美の元へなんてとても行かせる事は出来ない。そんな事を容認してしまえば彼女は黄美に何をするか分かったものではない。


 「だ、ダメですよ! 黄美さんに何をする気ですか?」

 

 「ああ、何で黄美の方の肩を持ってんだよお前? まさかお前は黄美のこんなクソみたいなやり方を納得する気じゃねぇだろうな?」


 てっきり自分と同じ想いだと思っていた彼女は黄美を庇うイザナミが癪に障り睨みつけて来た。そんな彼女の鋭い視線に少し戸惑う彼女であったが、そこへ加江須が助け舟を出す。


 「待ってくれ氷蓮。俺の為に怒ってくれた事は嬉しいが黄美に手は出さないでくれ。頼むよ……」


 「……チッ」


 加江須の頼みを無下にも出来ず舌打ち交じりに彼女は一応納得してくれた。

 だが明らかに渋々である。本音で言うならば彼女は間違いなく今すぐにでも黄美の元へと向かい、そして自分の中の不満を叩きつけたいのだろう。


 気のせいだろうか…どんどんと自分の大切な人達の間に〝亀裂〟が入りつつある気がするのは……。

 


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