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制裁のはずが返り討ち


 「おいおい冗談きついぞ坊や。誰が誰を倒すって言っているんだ?」


 先程まで含み笑いをしていた袴田は額にビキビキと血管を浮き出して怒りを形相にありありとして曝け出している。その迫力に直接怒気をぶつけられた訳でもない周りの部員達の顔までもが青ざめる。それもそうだろう。何しろ河琉が侮辱と受け取れる様な言い方をした相手はインターハイにも出場した優秀な一流のボクサーだ。そんな相手をコケにするかのように扱うなど彼等からしたら自殺行為に等しかった。

 その思いは河琉を部室まで連れて来た先輩も同様であり、慌てて彼は河琉に口には気を付けるように注意を入れて来る。


 「おい玖寂君、もう少し言い方を考えろ。君の才能は認めているが相手を誰か知った上でそう口にしているのか?」


 「知るわけないだろう。そもそもあんたがしつこくて無理に此処へ連れてこられたようなもんだ。こっちはさっさとこの部のエースを片付けて約束果たして帰りたいんだよ」


 悪びれることなくそう言いのけてしまった河琉。

 周りの人間は全員、もうそれ以上は口を開くんじゃないと目で訴える。


 「……ふふ…ふふふ……」


 そして軽く見られている袴田はと言うと顔を俯かせると急に小さく笑い始めたのだ。

 てっきり烈火の如く怒り狂うかと思っていた周りの人間は彼の反応に内心で首を傾げる。


 「ははは………あっははははははは!!!」


 周りの怪訝そうな視線など気にせず袴田は笑い続ける。だがその笑い声は次第に大きくなっていき、最初は怪訝そうに首を傾げていた周りの連中は次第に不気味さから顔が青くなっていく。

 そしてやがてピタリと袴田の笑い声は唐突に止まり、床へと俯かせていた顔を持ち上げて河琉の方へと向ける。


 「いいじゃないか自信家で。皆も見どころのある後輩だとは思わないか?」


 河琉の事をイキのいい奴だと口にはしているが完全に袴田がぶちぎれている事はもう明白であった。

 

 「や、やばいぞ。あいつ殺されるんじゃ…?」


 「俺、あいつの事ちょっと知ってますよ。女子受けが良いらしいヤツですけど…」


 直接会話をした事はないが河琉の事を知っている男子が彼について話始める。どうやら女子受けがとても良い男子らしいが決して腕っ節が立つ男ではないらしい。それどころか噂話ではいじめなども受けていたらしいが……。

 

 そんな周りの会話など全く耳に入ってこない袴田はニコッと不気味なほどいい笑顔をすると、部屋の中央にあるリングを指差して河琉を自分のスパーリングの相手に誘う。


 「そんなに腕に自信があるなら俺と勝負して見ないか? こっちも丁度スパーリングの相手を募集していたところだしさぁ」


 「な、何を言っているんだ袴田!」


 彼が河琉の事をスパーリングの相手に選んだ事にトレーナーが驚いて声を上げた。

 それもそうだろう。相手はボクシング経験がどうみても皆無そうな男なのだ。そんな相手に対して彼の様な一流の選手とスパーリングなんてまともな試合になるはずもない。下手をすればあの少年の命が本当に危ない。


 「お前では相手に大怪我を負わせかねない。とてもじゃないが許可できないぞ」


 「大袈裟ですね。心配しなくてもグローブとヘッドギアは着装しますよ。死にはしないですって」


 「それでもな…」


 「それに…ウチを、いやボクシング選手を愚弄するかのような態度を取られて見過ごすのも納得できないんですよ。少しはこの部が、ひいてはボクシングがどれだけキツイのかを身をもって知ってもらわないと」


 確かに先程の彼の態度はこの場に居る全員も腹が立ったのは事実だ。だがそれでも他の人物が相手を務めた方が安心できると思い、トレーナーはなんとか彼を宥めて他の部員に声を掛けようとする。だがせっかく波風立てずに穏便に済ませようとしたこのトレーナーの努力は河琉のせいで無駄となってしまう。


 「いいからさっさと相手を決めてくれないか。どうせ誰が相手でも勝ってしまうんだから同じことなんだし」


 まるで空気を読まない傲慢不遜の態度に袴田の、いやこの場に居る全員の神経が逆撫でされた。何とか穏便に済ませようと努めていた筈のトレーナーですら一瞬怒りで声を失ってしまう。

 そして更に彼はとんでもない事を言い出したのだ。


 「はいはい分ったよ。それならここに居る全員とスパーリングすることにしよう。それで勝てばもう十分すぎるっしょ?」


 このセリフでこの部の生徒達は一気に怒りを爆発させる。部室内は怒りの感情で満ち溢れ、そして袴田は顔中に血管を浮き出しながら笑顔で皆にこう言った。


 「おーいみんな、どうやらこの坊やは俺たち全員と戦ってみたいそうだ。それならリクエストに応えてあげようじゃないか」


 その言葉に他の男子達は全員が揃って頷いた。

 そしてこの場で唯一平常心を保ち続けている河琉の事を勧誘した先輩は不安げに河琉を見つめている。

 そんな心配そうな視線や怒りの視線を全く気にせず彼は呑気に欠伸をしていた。




 ◆◆◆




 リングの上には河琉と男子部員の1人が向かい合って立っていた。だが男子部員の後ろには他の部員がずらりと並んで待機している。その長蛇の列も当然だろう。この部に所属している全員が憤りを感じているのだ。間違いなくこのスパーリングで自分の拳で叩きのめしてやりたいと思っている事だろう。


 「さーて、じゃあ早速始めようか新人君。この部がどれだけ厳しいのか教えてやるよ」


 「断っておくがオレはまだ入部は決定してないぞ。負けたら入ってやるって言っているんだ」


 「へぇ…まだそんな口を叩くのか」


 どこまでも減らず口を叩く小僧にそろそろ怒りを抑え続ける事が難しくなる男子部員であるが、ここで更に河琉は相手を刺激してしまうのだ。

 

 「あー…このヘッドギアはいいや。頭がゴワゴワして気分良くないし」


 スパーリング前に二人はグローブとヘッドギアを着用していたのだが、どうにもヘッドギアが気に入らなかった河琉は頭部を守る大事な防具をリングの外へと放り捨てる。

 その行為は完全に河琉を目の敵にしていた部員達の沸点を超えてしまい、とうとう我慢して来た口汚たない言葉が漏れてしまった。


 「そうかいそうかいじゃあ着けたくないなら着けなくていいぜ。頭蓋骨が陥没しても知らねぇぞこのもやし野郎が」


 「いいから始めようぜ。もうおしゃべりはうんざりだ」


 「~~~~~~!?」


 怒りでとうとう声すら出なくなる男子部員。

 試合開始の合図が出された瞬間にはもう彼は一気に河琉へと飛び掛かって行った。

 相手はボクシング経験なし、しかもヘッドギアも装着していないのだ。普通に考えれば狙うとしても頭部以外だろう。だが彼は相手がどうなろうと知った事ではないと言わんばかりに必殺の右ストレートを河琉の頭部へと放つ。


 「オラァッ!!!」


 掛け声とともに稲妻の様な拳は河琉の頭部まで伸びて行き――ソレを避けた河琉のカウンター気味の拳がモロに相手の男子の顔面を打ち抜いた。

 まともすぎるカウンターの直撃を受けた男子の身体は吹っ飛び、そのままリングの端まで吹き飛んだ。


 「……え?」


 それは部員の中の1人が呆気に取られて思わず漏らした声であった。

 これからあのクソ生意気な男子を懲らしめようと思っていたのに、たった一撃で逆に返り討ちにされた部員の姿を信じられない顔で全員が見つめる。しかし倒れた男子は鼻血を出しながら倒れたまま起き上がろうとしない。顔を見れば明らかに意識がトンでいるのは明白であった。


 「おーい次の相手、はやく上がってこいよ」


 周りが呆然としている様子などお構いなしにマイペースに次の相手に早くリングに上がるように促す。

 その言葉にハッとなる部員たちはノビている男子をリングから降ろし、次に控えていた部員がリングへと上がった。


 「……どうやら少しは出来るようだな。まぐれとは言え入部して長い部員を倒すとは」


 「ああそう? 正直まるで本気なんて出してなかったから褒められても微妙な気分だけど」


 その言葉にギリッと歯を食いしばる相手ではあるが先程の二の舞を踏まない様に気分をクールダウンさせる。

 恐らくさっきの男子は怒りに任せて拳を振るってしまったからあのような結果になったのだろう。傍から見ていても杜撰なパンチでもあった。だからカウンターがああまで綺麗に決まってしまったのだ。


 「(俺は違うぞ。冷静に対処してこの鍛えぬいたパンチで顔面を打ち抜き……)」


 だが試合が開始された瞬間にはすでに河琉は自分の目の前まで移動を終えており、慌てて対応しようとするが自分がガードするよりも早く河琉はやる気のない顔で閃光の様なアッパーで下顎を打ち抜いてきたのだ。


 「あえ……」


 下から撃ち込まれたアッパーカットで体が少し宙に浮く男子部員。しかもその一撃は彼の頭蓋骨の中で脳を激しく揺らし、当然彼の意識は一瞬で飛んでしまう。

 下から打ち上げられた彼はそのままリングの上で仰向けで白目をむいて倒れる。


 「はい次のかた~」


 ふああっと欠伸をしながら倒れている男をリングから降ろすと早く次の対戦相手に上がるように口にする。

 それまで相手をどう痛めて思い知らせるてやろうかと考えていた彼らはゴクリと喉を鳴らす。一度ならず二度までも見せた瞬殺劇にもう偶然でなく実力でやられた事を全員が理解する。

 

 「よ、よし…次は俺だ…」


 それまで余裕を持っていた部員達は全員が緊張した面持ちとなっていたが、その中で唯一、袴田だけは覇気を一切失っていない強気な瞳のままリング上に立っている河琉の事を見つめていた。

 そんな彼の視線の先ではまたしても瞬殺される部員が崩れ落ちて行く姿が映っていた。



 

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