河琉君の学園無双 1
学生にとっての長期休みが終了して神正学園に登校する生徒達。その表情は新学期が始まってさあ意気揚々とは言い難かった。大半の生徒達は長い休みを終えて今から始まる学校生活に憂鬱な顔をしていた。
勿論全ての生徒がそんな残念そうな顔をしている訳でもない。中には久方ぶりの学園生活に胸をワクワクとさせている生徒も少数だがいるだろう。
「……今日からまた学生生活の再始動ですね」
神正学園の校門前で立ち止まって目の先に映る母校を眺めているのは転生戦士、武桐白。
彼女は自らの絹の様な滑らかで美しい白い髪をかき上げる。そんな仕草を両サイドを通り過ぎる男子達はそのどこか魅惑的な彼女の仕草を横目でこっそりと見とれている。
彼女の周りを歩いている生徒達は知りもしないだろう。この可憐な少女が日夜身を粉にして世界の闇に潜むゲダツと言う感情から生まれる魑魅魍魎と戦っている事など。
だがこの学園には彼女の他にゲダツと戦う力を兼ね備えている人物がもう一人いる。
「………」
もう一度髪をかき上げて後ろを振り返る白。
彼女が鷹の様な鋭い視線を突き付けている先には1人の男子が欠伸をしながらこちらへと歩いてきている。
「くあ…ねむ……」
薄黄色の男とは思えぬ自分と同じように柔らかそうな髪質に小動物を連想させる顔立ちの少年が欠伸交じりに自分の横を通り過ぎて行く。
彼は白とすれ違う通り過ぎ様に小さな声で一言話し掛けて来た。
「おはよう先輩」
それはとても小さな声で普通の人間の聴力では聞き取れないだろう。だが超人と化した転生戦士には十分聴こえる音量であり、相手の少年も彼女にはちゃんと今の言葉が伝わっている事を理解して顔を向けて小さくふっと笑って来た。
「……久しぶりに顔を見ましたがやはりどこか胡散臭いですね玖寂河琉」
この学園で唯一自分の裏の顔を知っている同業者の少年に対して彼女はそう独り呟くのであった。
挨拶を交わしながら白の前を通り過ぎて行った河琉はもう一度欠伸をして下駄箱を開ける。すると玄関で靴を履き替えているクラスメイトの女子数人にいきなり囲まれる。
「おはよー河琉君! 今学期もよろしくね♪」
「ねーねー夏休みはどう過ごしたの?」
馴れ馴れしく話し掛けて来る女子連中に内心でウザいと思う河琉。
彼はこの学園では今の様に女子に絡まれる事が多々ある。どうやら自分の外見は女受けが良いらしいが〝今の河琉〟からすれば面倒をしょい込む要因でしかない。
「朝からテンションが高いな。まだボーっとしているからあまり騒がないでくれよ」
そう言いながら河琉は自分を取り囲んでいる女子の包囲網を突破した。
夏休み前の彼はこういう時にはオタオタと狼狽えて初々しかった筈なのにまるで手慣れた応対に驚く女子連中たち。しかし学園のアイドル的存在のそんな振る舞い方は少し新鮮だったようで……。
「何か夏休み明けで大人びたと思わない?」
「うん…でもあれはあれで良いんじゃない?」
何だか未だに背後からキャッキャッと黄色い声が聴こえて来る気がするが無視無視。
最後にもう一度大きな欠伸をすると眼の端に涙を溜めて自分のクラス前へとたどり着く河琉。
「ここで合っているはずだな…」
何故そんな事をわざわざ確かめる必要があるか? いくら長期の休み明けとは言え自分のクラスを忘れる事など普通は無いだろう。だが彼の場合は自分がどのクラスに所属しているのか、その事に対しての記憶はあるがこのクラスには、いやもっと言うなら学園に足を運んだのも初めてだ。
そう…何故ならこの夏の休みの間に彼の中身は〝入れ替わっている〟のだから……。
彼は一度首をコキッと鳴らしてから教室へと入って行く。
「あ、河琉君おはよー」
「あはは、何だか眠そうにしてるねー」
教室に踏み込むとすぐにクラス内の女子達が話しかけて来る。
それを適当に対応して片付けながらまだ授業も始まっていないのに溜息を吐く河琉。こんな風にいちいち女子に群れられるのは自分的にはただ面倒なだけであった。
もっとも今の状態を面倒くさがるのは彼個人の話だ。クラス内の男子達は面白くなさそうな顔をしている。
「またちやほやされてるよアイツ」
「本当だよな。どこがいいんだよあんなひ弱なヤツ」
クラスに居る十数人の男性陣の嫉妬に満ちた声はちゃんと河琉の耳にも届いており、彼は小さく舌打ちを一つした。
「(たく…オレに見苦しく嫉妬をする暇があるならお前等こそこの女共に話しかけるくらいの度胸を持てよ)」
正直この先もこんなパンダみたいな扱われ方をするくらいなら命懸けでゲダツと戦っていた方が気楽だと思った。
もしかして表側の自分と入れ替わったのは早計だったかと少し後悔する河琉であったのだった。
◆◆◆
「あーようやく解放されたわ」
両肩を回して体をほぐしながら河琉は昼には外へと出ていた。クラスの中だけでなく学校内のどこでも女子に話し掛けられるので辟易して独りになれる場所を探しているのだ。
玄関を出てそのまま花壇のある校舎裏まで足を運んでみる。別に花を見て癒されたいと言う気分でもないのだが要は何となくだ。
「それにしてもあの不良が居ない事に誰も気付かなかったな…」
河琉のクラスには本来であればもう一人の乱暴な不良生徒が所属していたのだが、その生徒がクラスに不在であるにも関わらず誰も関心を払わず授業を始められた。まるで初めからそんな生徒は自分達のクラスには居なかったかのように生徒も教師も気にも留めず疑問の声も出さず。
かつて自分をイジメていた男子の傲慢剛は夏休み中にゲダツに喰い殺された。いや、自分がこの手でゲダツに処理させたと言う方が正しい解釈だろう。ゲダツに喰い殺された者はそれまで生きて来た足跡を消し去られる。だから学園もあの男の親も傲慢剛と言う人物を憶えていない。
「はん、まああんなクズが居なくても何も問題は無いがな」
そう鼻で笑ってからものの数秒後には彼の頭の中には傲慢剛と言う人間の事など完全に忘れ去られてしまった。所詮は彼にとってクラスメイトの1人などその程度の人物に過ぎなかったのだ。
「……あん?」
花壇の方へとたどり着くとそこには既に先客達が居た。
だが見た感じでは仲の良い友人同士と言う訳ではなさそうであった。その場に居る人数は全部で4人、だがその内の3人は残る1人の男子を校舎の壁に押し付けて睨みを利かせている。
「おいおいありきたりな…」
よく漫画などで見かけるワンシーンに少し呆れてしまう。よくもまぁこのご時世にこんな化石の様な行いを実行する連中が居たもんだと感心すらしてしまう。
「まあ暇つぶしにはなるかな?」
そう言いながら彼は首をゴキゴキと鳴らしてあの楽しそうな現場へと赴いて行く。
自分たちのカツアゲ現場を面白そうに観察されているとは思いもしていない3人組は校舎に詰め寄っている男子を脅していた。
「おい休み前に約束したよな。新学期が始まったらあと未払いの3万は持ってくるようにお願いしていたよな?」
「そ、そんなこと言われても……それに夏休み前に3万円も渡したじゃないか。これまでだって度々お金を取って来たんだからもう十分でしょ」
脅されている少年は体を震わせながらそう言い返すと男の1人が軽く腹部を殴って来た。
相手も本気で殴りかかって来た訳ではないので痛みは大してないが、アッサリと手を出してくるその凶暴性を感じて口元が震えてしまう。
「あのなぁ、俺たちは1人2万円って最初はお願いしていたよな。でもお前は1人1万円ずつしか渡さなかったから残り3万円足りないんだよ」
「ちゃんと計算できてますかー?」
下品な笑い声と共に3人は軽く小突いて来る。
そんな陰湿な行為に目を伏せてじっと耐える彼であったが、ここで救世主が現れる。
「随分と小狡い真似をしているんだな。そんなにカツアゲって楽しいのか?」
小馬鹿にするかのような笑いを含んでいる声が聴こえてきて3人組は揃って声の聴こえて来た方に視線を移す。
そこにはニヤニヤと自分たちを見て笑う小柄な男子が立っていた。
「ああ…何だお前は…?」
「通りすがりの通行人Aでーす」
低い声で質問する男子に対して不真面目そうに返答を返す河琉。
おちゃらけた態度に分かりやすく苛立ちを顔に浮かべる3人組。そして標的が変わった生徒はその隙を見て急いで走り去って行く。
「あ、おいコラッ!」
獲物に逃げられてその中の1人が叫ぶがそのままその男子は逃げ去って行く。
自分たちの小遣い稼ぎの現場を目撃され、しかも金を回収も出来ず当然彼らはターゲットを河琉へと変更する。
「おいてめぇなに邪魔してくれてんの? お陰でお小遣い回収し損ねたじゃないかよ」
そう言いながら坊主頭の男が自分の目の前まで来ると顔を近づけて来て睨みを利かせる。
「くだらねぇ横やり入れて来やがって。代わりにお前が俺たちの小遣いを払ってくれるのかよ?」
そう言いながら河琉の肩を力強く握って来た。
決してこの場から逃がさないつもりなのか、男はガッチリと肩の肉を爪が喰い込むほどに掴んでおり、更には他の二人も背後へと回り込んで逃走の経路を潰してきている。
だが河琉は一度ニヤリと笑うと自分の肩を掴んでいる男子の腕を掴んだ。
「離せよ三流。人の肩を気安く掴むなって」
そう言いながら男とは比較にならない程の万力の様な力で男の腕を握りしめる。その華奢な見た目からは想像できない強力な握り力に苦悶の声を漏らす坊主男。
「いだだだだだだ!?」
「なんだぁ? この程度で随分と騒ぐな。脆い奴だ」
「て、てめぇ!!」
河琉の言葉に激怒した坊主男は拳を握って容赦なくパンチを入れて来た。
だが一般人の拳など取るに足らず、ひょいっと回避すると更に強く彼の腕を握ってそのまま彼の体を振り回してやった。
「そおぅら、飛んでいけ!」
「うわあああああああ!?」
河琉は軽やかな声で笑みを浮かべながら男を腕を掴んだ状態で何度か振り回し、そのまま背後に居た二人の方へと身柄をぶん投げてやった。
投げ飛ばされた男は悲鳴を上げて仲間の二人と衝突し、そのまま3人は地べたへと転がる。
「こ、コイツ化け物かよ!」
見た目に反した剛力ぶりに慌てふためく男子たち。
そんな反応が面白く彼は近くに落ちている石を拾うとソレを目の前で握りしめて粉々にしてやった。
「どうする? お前らの頭もこんな感じに砕いてやろうか?」
河琉の人間離れした力を目の当たりにした男たちはそのまま脱兎のごとく悲鳴を上げて逃げて行くのであった。
「け…つまらないな。もう少し遊んで行けよ」
そう言いながら河琉は砕いた石の破片をパッパッと落とす。
もう間もなく午後の授業が始まりそうなのでクラスへと戻る河琉であったが、そんな彼を離れた校舎の陰から覗いている生徒が一人いた。
「……最近ウチの部員がカツアゲじみた事をしているって聞いていたから様子を窺いに来たが……まさかあんなヤツがウチの学校に居たなんて」




