さようなら久利加江須
旋利津市からこの焼失市へと足を延ばして来た形奈を取り逃がしこそしたがどうにか追い返す事に成功したその翌日、加江須たちは学生らしく学園へと登校をしている最中であった。
あれだけの戦いを繰り広げた翌日は出来る事なら自宅で休養を取りたいところではあるが自分たちの戦いは世間一般では知られていない隠された事実だ。たとえ精神的に疲れが完全に取れていない状態でも一学生として学校へと足を運ばなくてはならないのだ。
「ふああ……眠いなぁ……」
欠伸と共に朝の日差しを感じるが正直に言えば眩しく少しうっとおしい。普通はこういう場合は爽やかな気分に浸れるものなのかもしれないが、まだ精神的には疲れが取り切れていない自分としてはまだ惰眠を貪り闇の中に沈んでいたかった気分だ。
昨日の出来事は自宅に戻った後にイザナミにも話をしておいた。
この話を聞いた時には彼女は少し悲しそうな顔をして俯いていた。世界に潜むゲダツを倒すために本来は手を取り合って一丸となる存在がゲダツを差し置いて転生戦士同士で争い合う、女神として幾人もの転生戦士を送り出して来た彼女の立場からすれば悲しい現実だろう。
現にこの話を聞き終えた彼女は悲痛な声でこんな事を言っていた。
――『どうして人と人が争わなければならないのですかね? 本当に戦うべき、倒すべき存在はこの世界の陰には大量にはびこっていると言うのに……』
まさにその通りだろう。そもそも転生戦士の神力と言う力はゲダツを倒すための武器なのだ。その武器の矛先を同じ人間に向けるなど愚行以外の何物でもないだろう。人類を守護する為に授けられた力を人を殺め、そして傷つける為に振るうなど神々からすれば呆れて物が言えないことだろう。
しかしこれは転生戦士だけに言える事ではないのかもしれない。この世界は有史以来、人と人の争いが延々と歴史に記されている。それも様々な形、合戦、戦争、内乱、反乱、他にも異なる呼び名で人と人は争い続けて来た。
「どこまで愚かなんだろうな俺たち人類は…」
よくもまぁ神界の神様方はこんな愚かな生き物を助けようと試行錯誤して転生戦士なんて作ろうと思ったものだ。
しかし昨日の1件もそうであるがここ最近では自分はヤバい連中と顔を合わせる機会がドンドンと増えていっている気がする。昨日戦った形奈に未だ対面こそは果たしていないがラスボと呼ばれる人型のゲダツ。その他にも狂華の様な戦闘狂にディザイアの様な願いを叶える為に手を結んでいる信用ならない人型ゲダツ。
「イザナミに蘇らせてもらった当初は今まで以上に楽に生きれるなんて考えていたもんだが」
自分の取り巻く戦いの環境に正直なところ気疲れを感じてしまう。それに自分の身の回りに対する不安もこの頃は大きくなった。
昨日の戦いで自分は恋人を人質に取られてしまったのだ。そのせいで黄美には精神的に不安と責任を負わせてしまった。
「……結局は全部俺の不甲斐なさが原因なんだけどな…」
自分がもっと戦いに対しての心構えや恐ろしさを黄美や愛理に教えておくべきだったと後悔した。自分と共に戦いたいと言った二人の想いを無下にできず一緒に戦おうなどと息巻いたがやはりまだ二人を実践に出すには早かったみたいだ。あの時に無理に止めて置けば黄美があそこまで追い詰められる事もなかっただろうに。
「愛理のやつも黄美とは喧嘩までしてしまったし…」
昨日の二人の喧嘩シーンを思い返して溜息を吐く加江須。
結局は仲たがいしたまま昨日は黄美と愛理の二人は別れてしまった。明日にはちゃんと謝ろうと愛理は言っていたみたいだが……。
「ちゃんと仲直りできていればいいけど…」
自分の大切な人同士の間に亀裂が入ったままと言うのは余りにも辛すぎる。
そんな一抹の不安を胸に仕舞いながら歩いていると後ろからトンっと軽く背中を押された。
「おはよ、加江須」
「おお仁乃か。おはよう」
挨拶をして来たのは仁乃であり、彼女は朝っぱらから自分と似たり寄ったりの複雑そうな顔をしていた。何かあったのかと尋ねるよりも先に彼女は口を開いて話しかけて来た。
「昨日は何だか気まずい感じで別れたでしょう。愛理と黄美さん…ちゃんと仲直り出来たのかしらね?」
「それだよなぁ。俺も不安で不安でしょうがないよ」
やはり仁乃も別れた後はこの事を引きずっていた様であり、家に帰った後も悶々として一夜を過ごす事となったのだ。
二人で黄美と愛理の事を心配していると前方に見知った人物が二人立っていた。
「ねえあれって黄美さんと愛理よね…?」
仁乃の言う通り自分たちの視線の先には黄美と愛理の二人が向かい合って立っており、何やら話し込んでいる様だった。
最初は昨日の事を互いに謝っているのかと思ったが様子が変だった。
「なに話しているだあの二人は…?」
離れた位置で会話を繰り広げている二人は表情が大きく異なっていたのだ。
今も口を開いている愛理はどこか焦りの色を浮かべており、それに対して口を閉ざしている黄美は冷静、いや冷めた様な表情を貼り付かせている。
雲行きの怪しそうな二人の行方を遠巻きに観察していると黄美が目の前の愛理から目を背けてそのまま先に歩いて行った。
加江須と仁乃の二人は互いに顔を見合わせた後に愛理の元へと小走りで駆けよって行く。
二人が近づいてきた事に気付いた愛理は挨拶と共に不安、いや混乱と言った表現が上手くできない複雑な顔を向けて来た。
「……仲直りできたのか?」
加江須がそう尋ねると愛理は何故か言い淀んでしまう。謝るどころか更に悪い方に発展したのかと不安そうな顔を向ける加江須であったが、彼女の口から出て来た言葉は予想外のものであった。
「昨日の喧嘩に関しては仲直り出来たよ。でも……」
「でも…でも何だよ…?」
どうやら仲たがいしたと言う訳ではないらしい。だとするならどうして彼女はこんなにも晴れない顔をするのだろうか? それに遠巻きに見ていた際の黄美のあの無表情も気になる。
そして愛理の口から出て来た言葉は加江須にこの上ない衝撃を与えたのだ。
「昨日の喧嘩の件をお互いに謝った後さ……黄美がこう言っていたんだよ。『私はもうカエちゃんと別れる』…そう言っていたんだ…」
「………え?」
愛理が何を言っているのかよく分らなかった。
「えっと…それってどういう意味だ?」
自分の聞き間違えかと思って愛理に確認の意味を込めてその言葉の意味を問うが答えは返っては来ない。仁乃の方も戸惑いの色が強く出ており加江須の顔を不安げに見つめている。
「ねえ加江須君さぁ、もしかして昨日の別れた後に黄美に電話か何かで話でもした?」
もしかして自分たちの知らない所で二人で何か話でもして言い争ったのかと尋ねるが首を横に振って否定する。確かに連絡を入れようかとも考えはしたが明日に直接顔を合わせて話をした方が良いと思い昨日は何もしていない。勿論彼女が何故急に自分と別れる決心をしたのかも分からない。
「と、とにかく仲直りは出来たんだろ? 俺との別れ話については昼にでも直接話してみるから気にするなって」
かなり内心では混乱していたがここで狼狽えれば二人をより一層に不安にしかねない。そう思い無理に笑みを作って3人でそのまま学園を目指して登校を再開する。
だが彼の心は突如の破綻にガタガタと情けなく震えていた。
◆◆◆
昼休みの休憩時間になると加江須は急いで黄美のクラスへと足を運んだ。その理由は今朝の登校時に愛理へと告げた自分との別れ話、その真意を確かめるためだ。
彼女の所属しているクラスに到着すると教室内を覗き込んでみるが黄美の姿は確認できず、その代わりに愛理がやって来た。
「やっぱり来たね加江須君。ごめん、黄美の事を呼び止めたかったけどあの娘ったらすぐにクラスを出て行ってさ…」
「いやいいよ。それならまた探しに行くから」
もしかしたら自分が昼にはクラスに来る事を察したのか授業が終わり次第すぐに教室を出たそうだ。
愛理に別れを告げて再び黄美の捜索をするとついに彼女を見つけることが出来た。屋上へと続いている階段付近に彼女はおり、その姿を見て加江須は彼女の肩を後ろから掴んで引き留めた。
「待ってくれ黄美。実はお前に聞きたいことが…」
「……触らないでよ」
自分の肩に手を置く加江須の手を乱暴に振り払う黄美。
その明らかな拒絶の反応に加江須は息をのみ、本当にどうしたのかを尋ねる。
「な、なあどうしたんだよ黄美? 愛理から聞いたんだけど俺と別れるって…」
「どうもこうもないわよ。もうあんたとは別れる、言葉のままに受け取れば良いわ。はいこれで話は終わり」
そう言うともう話す事は無いと言わんばかりに屋上に続く階段を登ろうとする。
だが理由も言わずただ別れると言われても納得など出来ない。ちゃんと理由を話して欲しいと言うと彼女はこう口にした。
「理由なんて簡単よ。あんたの近くに居ると私の命まで危ないじゃない。まだまだ華のある未来があるであろう私があんたの戦いに巻き込まれて死ぬなんて御免だからよ。はい、コレもあんたに返しておくわ。もういらないから。」
そう言いながら彼女は神具の指輪を外すと加江須へと放り捨てる。
投げ捨てられた指輪を受け取る事も出来ずコロコロと廊下の床へと転がって行く。
「じゃあね久利加江須。あんたとの恋人ごっこはそれなりに楽しかったわ。屋上で1人で食べたいから後を付いてこないでね。あともう今後は私を恋人と見て馴れ馴れしく接してこないでねウザいから」
そう言うと彼女は背を向けて屋上に続く階段をスタスタと登って行く。
その後姿を加江須は呆然とした表情で無言のまま眺める事しか出来なかった。
愛する者の突如の別れ…それは何故…?




