余羽のファインプレー
学園の外から近づきつつあるゲダツの気配を辿って学園を抜け出した余羽は物陰で繰り広げられている凄まじい光景に震えていた。
彼女が現場に到着して飛び込んで来たその視線の先では1人の男性が突如として表れた女性に頭部を刀で貫かれている場面であった。
「う…うそ。ひ、人殺し…」
最初は見知らぬ女性が学校の近くで殺人を起こしたのかとばかり勘違いしたのだが、その場に居合わせた仁乃たちの話を聞いて殺された男性が〝半ゲダツ〟である事を知った。
かつてとある空きビルで半ゲダツの浮浪者を見ているので彼女も半ゲダツの知識は持ち合わせている。
そこからは仁乃たちとあの片目の女性が戦いを繰り広げ互角の戦闘を行っていた。しかし仁乃たちは3人がかりに対して相手は1人と言う事で相手の力量の高さが伺える戦況であった。
「(そもそもこれってどういう状況なの? あの片目の女の人ってゲダツとかじゃなくて転生戦士だよね?)」
仁乃たちは同じ学園の生徒かつそれなりに交流もある相手だ。自分と一緒に同居している氷蓮の友人でもあるので間違いなく味方ではあるのだが、相手も相手でゲダツではなく転生戦士の様なので変にあの中に飛び込んで良いのかどうか判断できないでいた。
だがこの時の彼女の躊躇いは後に正解だったと言えるだろう。
しばし状況の様子を窺っていた余羽であるがここで片目の女性が愛理を倒し、黄美を人質にし始めたので流石にヤバイと感じて仁乃に加勢に加わろうとする。だが彼女が動き出すよりも早く信じられない程の殺気を感じて体が意思とは関係なく硬直してしまった。
「こ…この気配って……」
憶えている、そう自分はこの濃密な殺気を憶えているのだ。忘れたくても忘れられない体育祭でのあの虐殺。あの時の出来事が脳内で再生されると同時、仁乃の前にはその殺気を放つ加江須が現れた。
ここからでもハッキリと分かる憤怒の形相を見て相手がまた酷く惨殺されるかと思ったが事態は予想外の方向へと傾く。
「ひ…人質……」
そう、今口にした通り相手は黄美の事を人質として扱い加江須の行動を制限しているのだ。
如何に強大な力を有している妖狐とは言え恋人を盾にされてしまえば抵抗できず、自分の視線の先では加江須が良いように攻撃をされている。肩や脚を貫かれ、尻尾を切断されて痛々しい光景が目の前で映し出されている。
「ひ…酷い。あれじゃあ嬲り殺しじゃない…」
このままでは加江須が殺される、いやあの場に居合わせる皆が殺されてしまうだろう。
もしも以前の彼女であればこの場から逃げ出して無関心を貫こうとでもしたのだろう。だが加江須達と共に特訓を行ったお陰で以前の彼女よりも心根が強くなっていた。
「よし…ヨシッ!!」
自分の頬をパァンッと大きく叩いて気合を入れる余羽。
ここで昔の自分と同じく戦いを避ける様な事をするなど、これでは自分が何のために特訓したのか分からない。何よりも彼等を見捨てるなんて真似、同居している氷蓮にどう話せと言うのだ。
相手はどうやら加江須をいたぶる事にお熱の様だ。とてつもない屑、そんな相手には一切の容赦は必要ナシッ!!
自分を鼓舞すると彼女は両足に神力を一気に集約し、魂の叫びと共に黄美を人質としている女性へと飛び蹴りをかましてやった。
「その人から離れろこの腐れ外道めえぇぇぇぇ!!!」
まるでロケットの様に一直線に片目の女性、形奈へと飛び掛かって行った。
彼女が伸ばした蹴りは綺麗に形奈の後頭部へと直撃し、完全に油断していた彼女は前方へと大きく吹き飛んでいった。
顔面から地面に激突した彼女はそのまま回転しながら地面を転がって行く。
「はあ…はあ…はあ…」
自分如きの不意打ちが面白い様に決まった事で興奮冷めやらぬ余羽であったが、すぐに我に返り彼女は自分の足元で倒れている黄美の身柄を確保すると叫んだ。
「今がチャンスだあぁぁぁぁ!!」
いきなりの乱入には不意打ちを受けた形奈だけでなく加江須と仁乃も呆気に取られていた。だが余羽の叫びにハッとなり二人は即座に行動を起こした。
加江須は残っている7本の尻尾に炎を纏わせ神速と言える速さでその7本の炎の鞭を振るう。
「ぐっ、まだ仲間が居たのか!?」
顔面から地面に激突した形奈はすぐに起き上がって体制を整えようとする。だがもうすぐ目の前には7本の炎を纏っている太い尻尾が振り下ろされていた。しかし不意打ちを受けてしまったとは言え実践慣れしている彼女はすぐに自分に迫りつつある脅威に対してに最適解を叩きだす。無駄に大きくその場から動かず、必要最低限の動きだけで攻撃を受け流そうとする。まるで柳の様に捉えどころのない動きで7本の尻尾を全て紙一重で回避し、両手で神力の剣を作り受け流す。その動きは敵ながら流石と言わざるを得ないだろう。
しかし不意打ちを受けた事でやはり彼女はまだ動揺を消しきれなかったようであり、彼女は加江須だけに意識を集中し続けう愚行を犯してしまった。
この場にはまだもう一人の身動きの取れる転生戦士が居るにも関わらずだ。
「私の事を忘れてるんじゃないわよ!!」
「ぐはあッ!?」
加江須と同時に動き始めていた仁乃は近くに転がっていた先程作った糸の束ねたハンマーを拾って大きく回り込み、渾身の力で大きく腕を振るって形奈の背後から糸の束で作り上げた鈍器で思いっきり横っ腹辺りを叩きつけた。
まるでトラックにでも衝突したかのような衝撃に形奈の体は空中へと投げ出される。もちろんそれだけの衝撃、彼女は空中で大量の吐血をする。
「ぐあ…あ、あばら骨が3本は逝ったぞ…あの女め…!」
ハンマーで殴られると同時に激突部からバキバキと嫌な音と感触、そして自分の予想を裏切らない激痛に襲われる形奈は血を吐きながらも空中から仁乃の事を睨む。
だが自分に致命的なダメージを与えた相手よりも一番警戒すべき相手は加江須の方であった。
すぐに顔を加江須の方へと向けるがいつの間にか地上には彼は居らず、目を見開いて加江須の行方を探ろうとするが反射的に彼女は首を左に傾ける。
「チッ、避けやがったか!」
完全に身体が勝手に動いたとしか言いようがなかった。
彼女が首を左に傾けた直後に自分の頭部があった場所に貫き手が通り過ぎる。もしもあのまま加江須の行方を目で追い続けていれば今頃は頭部が貫かれてお陀仏であっただろう。
「殺す気満々か! 上等だこの妖怪が!」
「人を盾にして殺そうとするその性根、お前の方がよっぽど妖怪だぜ。人でなしな行為を平然と行える時点でな!」
7本の尻尾と両手に炎を纏い殺す気で攻撃を繰り出す加江須。
それに負けず劣らず両手と更には両脚から神力の刀剣を生み出し4本の剣を巧みに扱い猛攻を捌く形奈。
「うおおおおおおお!!」
「舐めるなぁぁぁぁ!!」
遥か頭上では雄叫びと共に超スピードでしのぎを削っている二人に余羽は呆気に取られてしまう。
「は、速すぎるって……」
空中戦を繰り広げる二人に対してとてもついていけないと一瞬で理解する余羽。
二人の攻撃を繰り出す手は余りにも高速で目で追うのがやっとであった。もしあの場に居ても対応など自分如きでは不可能だ。
黄美の事を介抱しながら頭上でぶつかり合う二人、しかもあの二人は一向に地上へと降りてこないのだ。
互いに攻撃をぶつけ合う事で生じる衝撃、更に空を蹴る事で降下して行く二人の体を再び空へと投げ出すのでいつまで経っても二人は空中から降りてこないのだ。
人知を超えた激闘に思わず目を奪われている余羽の元に仁乃が近づいてきた。
「花沢さん…。あなたが来てくれて助かったわ」
「い、伊藤さん、脚からすごい血が……」
片脚をひょこひょこと引きずりながらこちらへと近付いてきた仁乃の片脚は先程に剣で貫かれたため大量の出血をしている。脚から流れ出た血液は垂れさがりその下の靴下と靴を真っ赤に染め上げている。
しかも痛む脚の警告を無視して形奈を空へと殴り吹き飛ばした際、無理に負傷している脚を動かしたせいで出血は一層酷くなり今も血が噴き出ている。
「お願い花沢さん。あなたの能力でこの傷を修復してちょうだい。すぐに加江須の方へと加勢に行きたいの」
「分かったわ。そっこーで修復するから!」
頼まれずともこんな大怪我を無視できるわけがない。
両手で仁乃の穴の開いている箇所を握りしめるとビデオの逆戻しの様に傷は消えて行き、さらに出血で汚れた靴下や靴も元の綺麗な状態へと戻る。
仁乃の治療を行いながらも余羽は空中で戦っている加江須の身の方へも不安を感じていた。
「(伊藤さんも酷い怪我だったけど久利君の方が不味いんじゃ。だって脚だけでなく肩だって貫かれていたんだし…)」
今も激闘を空で繰り広げている加江須は仁乃以上に負傷している状態なのだ。そんな負傷した肉体であんな無茶をし続ければ……。
そこまで考えていると仁乃の傷の修復は完全完了し、急いで自分も跳躍して加勢に加わろうとする仁乃であるが、彼女が視線を上へと向けると同時に何かが降って来た。
「か、加江須!」
空から降って来たのは加江須であり、彼は地上に激突する直前に尻尾を垂直に伸ばして地面に突きたてて地上への激突を防いだ。少し奇抜ではあるが見事にダイレクトに激突を防げはした彼であるがその顔は晴れない。その理由は視線の先に居る形奈の存在だ。彼女は加江須に競り勝つと追撃はせずにそのままこの場を離脱し始めたのだ。
「くそ待てよテメェ!!」
「待つのはアンタの方よ! 出血が酷すぎるわ!!」
再び飛び出そうとする加江須を止めたのは仁乃であった。
自分よりも負傷していた肉体を酷使していた為に彼の傷口からは大量の出血をしており下手をしたら致死量だ。そんな状態でこれ以上戦えば命の危険も伴う事は明白であった。急いで余羽は加江須の傷口を修復し始める。
「くそ…また逃げられちまった…!」
一度ならず二度までもおめおめと逃げられてしまった事に悔しく地面を殴りつける加江須。
砕けて散らばったアスファルトの破片を虚しさと共に見つめる事しか彼には出来なかった。




