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安全を確保して得られる高揚感


 「お前は容赦なく慈悲無しに殺してやる!!」


 妖狐の姿へと変身した次の瞬間、加江須は怒号と共に一気に形奈の心臓目掛けて突きを放とうと考え、脚に力を入れて一気に憎いあの女目掛けて跳躍しようとした。

 だが彼が踏み込むよりも一手早く形奈は神力で剣を作り地面に押さえつけられている黄美の首元に刃を突き付けた。


 「ぐっ…!」


 形奈がそれ以上近づけば何をするのか理解した加江須は前に飛び出し掛けていた体を両手で地面を殴り急停止する。

 彼の地面に振るった拳は深々と地面に突き刺さり、アスファルトを無残に砕いた。その粉々に辺りへとばら撒かれた破片を見てクスクスと笑う形奈。


 「おお怖い怖い。この威力で人体を穿とうものなら風穴が比喩ではなく本当に空きそうだ」


 「てめえ…今すぐに黄美を解放しろや…」


 加江須は口からはあ~っと呼吸を吐き出しながら拳を固く握りしめる。変身した際に鋭利に伸びた爪が皮膚に喰い込み握った拳の隙間からはボタボタと血が地面に沁み込んで行く。

 

 「ふふ…怒り心頭だな。歪み切ったその顔、怒髪天を衝くとは正にこのことだ。だがだからこそ今私が取っているこの行為はお前にとっては致命的なのだろうな」


 指先から伸びている神力の刃の腹でペチペチと黄美の頬を叩いてやる形奈。

 そう、人質とされている黄美のためにここまで怒りを顕著に表す。それだけ彼女の事を大事に思っている証拠であり彼にとって弱みでもある。


 「どうしたんだ久利加江須。そう噛み付く寸前の狂犬の様に睨んでいるだけではない。本当に噛み付いてこればいいじゃないか」


 「………」


 もしもこの場に自分と形奈の二人だけの状況ならば言われずともそうしていただろう。だが大切な者の命の…生殺与奪を奪われてしまってはそうもいかない。ここで何も考えず自分の怒りだけで動けば黄美は間違いなく殺される。

 それは加江須だけではない。背後で苦痛に顔を歪ませている仁乃にも言える事であった。


 「アイツ…よくもあんな真似を堂々と…!」


 悔しさの余りギリッと歯を食いしばる仁乃、いや、と言うよりもそれくらいしか今の彼女には出来なかった。

 自分のクリアネットを使って見えない糸で隙を見て黄美を自分たちの方へと引き寄せようとは考えているものの、ああも密着していると黄美だけを引っ張る事は困難を極める。例え彼女の体に糸を引っ掛ける事が出来てもその体を引っ張れば形奈に気付かれるだろう。


 加江須と仁乃がどうすれば良いのか考えあぐねていた時だ。形奈は黄美の頬を叩いている方とは逆の空いている手で手刀を形作り、その指先を加江須へと目掛けてスッと突き出した。その状態で彼女は加江須へと短く呟いた。


 「動くなよ久利加江須。この娘が自分の命よりも大事だと言うのであればな」


 そう言った次の瞬間に彼女の指先からは神力で剣が形成され、その刀身が一気に加江須の方へと伸びて行った。

 咄嗟に自分へと伸びて来る刀身に対応しようとする加江須であったが、彼が動き出そうとするその刹那に形奈はこの上なく意地の悪い言葉を紡いだ。


 「動いていいのか? お前の恋人が人質になっているのになぁ…」


 彼女の口から出て来たその言葉に加江須は思わず体が硬直し、そして覚悟を決めた顔をするとその場で思いとどまったのだ。

 彼が回避の為の脚を止めてしまえば当然だが形奈が伸ばした神力の剣は加江須の左肩を当然の如く切り裂いた。


 「むぐっ…くっ……」


 肩の肉を切り裂かれて痛みと灼熱感、そして鼻につく鉄臭いにおいを感じ取る。

 

 「か、加江須!!」


 自分同様に肉体の一部分を斬られて出血する加江須の姿に仁乃は大きな声で叫んでしまう。


 「ふん…いくら強いと言ってもやはり割り切れないか。まさかここまで無抵抗に出来るとはな」


 久利加江須にとって恋人の存在が大きいとは理解できていたがここまで効果が絶大とは思いもしなかった。ここまで甘い男に以前煮え湯を飲まされたと思うと情けなさすら感じて来る。

 嘲笑いつつもう一度剣を振ってみると尻尾の1本を信じられない程にあっさりと斬り落とすことが出来た。


 「ぐがぁ……くそぉ……」


 美しい毛並みの尻尾が切り落とされて鮮血と共にボトリと地面に転がる。


 「ふふ、これで九尾ではなく八尾になったな。このまま1本1本斬り落としていこうか?」


 「くそが……」


 自慢の尻尾を斬り落とされて痛みで片目をつぶる加江須であるが、彼の中には自身の尾を切断された怒りは無く、それよりも黄美をどうにかして救出しなければならないと言う考えしか頭には無かった。

 形奈の足元では未だに黄美は意識が朦朧としているのか乾いた瞳をしている。


 形奈に人質として扱われている黄美は意識がまだ覚醒しきっていないのだが、薄れた思考の中で自分の瞳に映り込む現実に嘆いていた。


 ああ…カエちゃんが傷ついている。肩から血が出ている…。尻尾が切り落とされている…。本当はカエちゃんは強いのに…。


 自分の大切な人が無抵抗なまま傷ついて行く姿を見て黄美の心がドンドンと抉られていく。

 あそこまで人の大切な存在を蹂躙する真上に立っている女がこの上なく恨めしい。もし体が自由に動くのであれば一気に喉元の噛み付いて喉仏を食いちぎってやりたい。

 だが何よりも一番許せない人物、それは他ならぬ黄美――自分自身であった。


 「ごめんなさい…ごめん…なさい…」


 思考と同じように微かに動く口を動かして加江須へと謝罪の言葉を述べる黄美。その声は実際に口からちゃんと出ているのか疑わしくなるほどにかすれており、転生戦士となり聴力が強化されているすぐ間近の形奈にすら聴こえてはいなかった。

 地に伏して倒れている自分の瞳には更にもう1本の尾が切り落とされる加江須の姿が映り込む。


 ああまたカエちゃんが私のせいで傷ついている。私が愚図で人質になっているから彼があんな目に遭うんだ。こんな事なら私も彼の力になって一緒に戦いたいなんて思うんじゃなかった。力になるどころか迷惑しかかけていないじゃない。


 いや……そもそも私なんかが彼の近くに居なければ彼があんな目に遭う事も無かったのではないか?


 そんな思考が彼女の中に湧きだった時であった。自分の頭上でカエちゃんの事を弄んでいた彼女の体が前方へと吹き飛んでいったのは。




 ◆◆◆




 黄美の命を盾にしながら加江須の2本目の尻尾を斬り落とした形奈は言いようのない高揚感に満たされていた。それは以前自分に赤っ恥をかかせた相手に復讐が出来ただけではない。本来であれば自分と同じ強者に位置する者を一方的にえげつなく攻撃出来る事がとても快感だったのだ。

 視線の先で苦痛に顔を歪ませる彼を見て自分の口角が吊り上がっている事が自覚できる。それに少し興奮しているのか頬が熱くなり紅までさしている。


 「ふふ…ははは……」


 ついには笑い声まで口から零れ出てしまった。

 今まで味わった経験の無い信じられない程の圧倒的な快感だった。思い返せば今までの自分はこんな卑怯な戦法を取った事もなければそもそも頭にすら浮かんでいなかった。だからこそ相手をいたぶると言う行為を経験する事もこれが初めて。

 よく猫がネズミを喰い殺す際に最初はしばし弄んでいる動画をいつぞや見た気がする。その時には何故さっさとネズミを食べないのだろうかと考えた物だが、今ならあの動画内の猫の気持ちが少し分かる気がする。


 「自分が安全を確保している事を自覚しつつ相手をなぶるかぁ。これは…これは中々に快感だぞ!」


 そう語句を強めながら彼女は興奮に任せて加江須の片脚を貫いてやった。

 かなりのスピードで伸びて行く神力の刃、だがあの男の力量なら防ぐことも避ける事も出来るはずだ。だがその凶刃をあの男は何もせずに黙って受け止める。

 鮮血が舞い散り、そして剣を放出している指先には肉を突き刺す感触がたまらなく生々しく、そして手に残る感触が心地よく感じてしまう。


 「これは…もう少しくらいは遊んでもいいよな?」


 たった今突き刺された脚からダクダクと出血する彼の姿を見て小さく身震いしてしまう形奈。

 だが苦痛と怒りを表情に宿していながらも未だにこちらへと攻め入ろうとはしない彼を見ると益々興奮を覚えてしまう。


 「ぐ…くそ……」


 脚を突き刺された方の膝から一瞬だけ力が抜け落ちそうになるが踏ん張って立ち続ける加江須。

 ここまで一方的になぶられても彼は未だに動けないでいた。ここで我慢を振り切って形奈へと飛び掛かってしまえば間違いなく黄美が死んでしまうかもしれないからだ。

 どうにか彼女の足元から黄美の事を引きはがさなければ自分だけでなく皆があの形奈に殺されてしまう。こんな卑怯な戦法を当たり前の様に堂々と選んでくるのだ。無抵抗な相手を殺すなど訳が無いだろう。

 加江須の背後に居る仁乃は目の前で立っている彼の負傷に目をつぶりながらも同じく黄美を一刻も早く救出する方法を考えていた。

 だが無情な事に加江須も仁乃も現状を打破する方法を思いつかずただ憎らし気に形奈を射殺さんばかりに睨む事しか出来なかった。


 そんな悔し気にしている二人を眺めながら形奈は嘲りと共に笑い声を上げる。


 「ははははははッどうしたどうした! このままでは何も出来ずに後悔しながら死ぬぞ! そんな結末で満足できるのかな!」


 相手が手を出せない事を理解しているからこそこんなふざけた発言も出て来る。そして何より彼女自身も自分が無茶を口にしている事を重々承知している。あまりにも気分が高揚している余りに我ながら無茶を口にしていると分かりつつも言わずにはいられないのだ。


 そんな風に自分の行為に酔いしれていたせいだろう。次の瞬間には彼女は背後からモロに何者かの飛び蹴りを受けて間抜けに前方へと吹き飛んでしまったのだ。



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