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お前たちは弱い、それは情が枷となるからだ


 形奈のピンと伸びきっている指先、その先端からは淡い金色の光が剣を型どって形成されている。神力によって物質を作り出す、それは同じ転生戦士でも仁乃と形奈とでは練度がまるで違う事をこの上なく証明していた。

 自分の両足を縛り上げていた仁乃の張った見えない糸を手刀から伸びた神力の剣で切り裂いた形奈は未だに顔からは余裕が抜けていない。

 それとは真逆に仁乃は両手の槍とハンマーを強く握りしめて渋い顔になる。


 「(加江須から形奈ってヤツの強さは聞いていたつもりだったわ。でもここまでとはね…)」


 なるほど、刀を奪われても余裕を維持し続けられる訳だ。体内の神力を肉体の外に放出して自在に操れるのだ。刀だのなんだのと武器なんて素手の状態からでも無限に生み出せるのならば刀1本程度奪われても痛手でも何でもない。

 

 仁乃が警戒しながら相手の出方を窺っていると背後から黄美が声を掛けて来た。


 「仁乃さん、愛理が気を失ってしまったわ」


 自分よりも僅かに後退して愛理の様子を窺っていた黄美からそんな言葉が送られてきた。どうやら微かに紡がれていた愛理の意識は完全に闇の中に沈んだようであり、その様子を確かめようと一瞬だけ顔を目の前から逸らして愛理の方へと視線を傾けてしまった。


 その一瞬の行動が仁乃にとって命取りとなってしまう。


 「隙ありッ!!」


 仁乃と黄美の二人の視線が一瞬、本当にごくごく短い刹那の間に形奈から離れてしまった。それは彼女相手では致命的な隙であった。

 形奈は自分から注意が削いだ一瞬の合間を見逃さず、神力の剣を勢いよく横薙ぎに振るい斬撃を飛ばしてやった。

 風を切りながら凄まじい速度で斬撃は仁乃の首元を狙い、殺気に反応した仁乃は咄嗟にハンマーと槍を殺気が叩いてきた首元をガードするかのように構える。

 

 「ぐっ、あ…!?」


 形奈の放った斬撃は重く首元を守る事は何とか出来た、だが衝撃を殺す事は出来ずに一気に吹き飛ばされてしまう仁乃。

 そのまま吹き飛んでいく仁乃を驚きながら見つめる黄美であるが、彼女は視線を向ける相手を間違えていた。凄い勢いで背後に吹き飛んでいった仲間が心配なのは無理もないが今は戦闘中なのだ。


 「間抜けに仲間の心配をしている場合か?」


 その声は自分のすぐ近くから聴こえて来た。

 顔を後ろに飛んでいった仁乃から前方へと向けるとそこには形奈が立っていた。


 「本当に甘いな。命懸けの戦いの中だぞ。ましてや格上相手ならば誰かひとりくらいは相手から目を逸らすべきではない」


 まるで出来の悪い我が子を叱りつける様な口調で呆れる形奈。

 その言葉に答えることなく黄美は神具から炎を発動しようとする、だがそれよりも先に形奈の伸ばして来た手が彼女の首を掴んで締めあげる。


 「う…が…あ…!?」


 指輪を付けている間は神力を扱える黄美であるがそれは通常の精神状態の場合、今の様に首を絞められ焦りと苦しみに襲われている彼女は指輪の力のコントロールをまともにできず足をバタバタと動かす事しか出来なかった。

 必死にもがいている彼女を嘲笑いながら首を絞め上げながら黄美の体を持ち上げて宙づり状態にする。


 「うくっ…あ…あ…!」


 苦し気に顔を青くしていく黄美を見て吹き飛んでいった仁乃は一気に跳躍して形奈へと迫って行く。


 「その手を離しなさい下郎!!」


 「おっとそれ以上は通行止めだ」


 あと僅かで手に持っている槍の先端が届きそうであったが、自分にその槍が突き刺さるよりも早く形奈は宙づり状態の黄美を自分の前へと突き出して盾のように扱う。

 もちろんそんな事をされてしまえば仁乃も攻撃を中断するしかない。危うく黄美へと槍が刺さりそうなところをすんでで急停止して免れたが彼女は安堵の表情を浮かべてはいない。


 「お前…おまえ…!!」


 仲間を肉壁とされて怒りを瞳に宿して睨みつける仁乃。

 そんな怒りの炎を燃え上がらせている彼女とは対極に形奈は氷の様な冷たい瞳を向けている。


 「どうしたんだ? まさかこの程度で手も足も出ないなんて事はないよな?」


 首を絞め上げている黄美をプラプラを揺らしながらそう言われ仁乃の中の怒りの炎は更に激しく燃え盛る。


 「……この人でなしめ」


 完全に追い詰められてしまった仁乃は悔し気にそんな言葉をぶつける事しか出来なかった。この女は転生戦士であるが同時にゲダツと手を組む敵なのだ。その気になれば人の命など信じられないほどあっさりと奪えるだろう。つまりここで下手に攻撃を自分が仕掛けようものならこの形奈は当たり前の様に黄美の事を盾として扱うだろう。


 その直後、仁乃の左脚を形奈の指先から伸びた神力の剣が貫いた。


 「いあっ!? う…あああ……!」


 盾として今も苦しんでいる黄美に気を取られ過ぎてあっさりと形奈の神力の剣をその脚に受けてしまう。自分の脚が金色の剣で貫かれ、凄まじい激痛と出血が仁乃を襲う。その激痛に耐え切れずに彼女は両手の武器を手放してしまいその場で膝をついてしまう。


 「本当に脆いなおまえたちは。仲間一人が捕まっただけでこの始末なのだからな」


 同じ転生戦士でも仁乃と形奈の違いは二つある。その違いの一つは単純な実戦経験数による実力だろう。ハッキリ言ってこんな人質などと言った姑息な手段を取らずとも彼女は仁乃たち相手に勝利を収める事も出来ただろう。

 そして二つ目、それは形奈と仁乃たちとの精神的な強さにあった。そもそも形奈には仲間と言う概念の存在は不在であるが、それでも仲間と呼べる存在が逆に人質に扱われても気にもせず自分の思うがまま暴れる事だろう。


 「戦いとは非情なヤツほど勝利を勝ち取る事が可能性が上がるものなのだ。お前たちの様な友情、愛情などを大切に胸の内に保管しているからこうまで醜くなれる。一時の情動に身を任せた結果がこれだ…」


 そう嘲りの言葉と共に形奈は苦悶に目をつぶっている仁乃の腹部につま先を思いっきり蹴り入れてやった。


 「うぶっ!」


 鋭く腹部に入って来た形奈のつま先は胃を圧迫して口の端から唾液を零しながら転がって行く。

 

 「ごほっ…ごほっ…!」


 形奈は蹴り入れた際に神力で脚力を強化しており、まともに腹部を攻撃された仁乃は腹を押さえながら咳き込んでいる。しかも咳と共に彼女の口からは僅かではあるが血も吐かれている。

 吐血しつつも彼女は汗を流しながらゆっくりと立ち上がる。


 「はあ…はあ…黄美さんを話しなさいよこのゲス…」


 「ははっ、痛みではなくこの女の安全面を考えての思いやりな言葉を口にするか。本当にお前たちは反吐が出そうな程に甘ったるい」


 そう言うと彼女はスッと表情から笑みを決して一切の感情を感じさせない能面となり黄美の首を絞め上げている力を増したのだ。一気により強く首を絞られて黄美の口からは一瞬だけ『カハッ』と空気を吐き出すとガリガリと自分の首を絞めている形奈の手を掻きむしる。だが神力で形奈は自分の手に薄い膜を張っており痛みも何も感じない。

 このままでは黄美が絞殺されてしまうと焦った仁乃は恥も外聞も捨ててその場で地面に手を着いて頭を下げながら懇願の言葉を口にする。


 「お願い止めて! アンタだって本来はゲダツを倒すために生き返った転生戦士なんでしょう。それなのにどうしてゲダツと手を組むのよ!? どうして同じ人間を殺せるのよ!?」


 心からの仁乃の訴えに対して形奈は今更何を言っているのかと呆れ果てていた。


 「おいおい私がゲダツ…ラスボと手を組んでいる理由なんて重要か? まるで私の中の情にでも嘆願するかのようなセリフだ。今お前がもっとも不安に思う事はこの黄美とかが生きるか死ぬか、という点だろう?」


 そう言うと更に形奈は黄美の首を絞める力を強めて行き、ついに黄美の口の端からは泡まで出て来る。

 持ち上げられている彼女は神力のコントロールも満足にできず、それどころか意識も薄れチカチカと視界が途切れ途切れに黒く染まる。


 「(ああ…何やっているんだろう私は…)」


 まだ何とか思考が働く脳内で黄美は自分の未熟さを嘆いていた。もしも自分がこの場に居なければ仁乃さんが足を負傷する事が無かったかもしれない。少なくとも今の状態の様な人質として牽制の道具に使われる事も無かった。


 ――ああ…私は本当に何をやっているんだろう?


 何も出来ない、それどころか足を引っ張ってしまっている自分に心底嫌気がさしてくる。


 「おっと締め過ぎたか。死んでもらったらまだ困るぞ」


 いよいよ絞殺される直前に力を緩めて宙づり状態から地面に片手で組み伏せられてしまう黄美。

 何故あのまま自分の事を殺さなかったのかとぼんやりと靄のかかった頭で考えていると形奈が口を開いた。


 「お前を生かしているのはそこの仁乃と言う女の牽制のためではない。今からやって来る男の為だからな」


 彼女がそう言い終わると同時に空から何かが勢いよく地上へと着地した。

 周囲にドンッと激しい衝突音と共に地面に降り立ったのは一人の少年。


 「とうとう来たな。やはり半ゲダツ達ごときではお話にならなかったか?」


 自分の前へと降り立った少年へと形奈は半笑いでそう問いかける。

 その投げられた問いに対して少年は答えようとしない。それは今の彼の目には形奈ではなく彼女が押さえつけられて地に伏している少女が真っ先に飛び込んで来たからだ。


 「おい…俺の恋人にそこまでの事をしたんだ。死ぬ覚悟は当然出来ているだろうな?」


 ゆっくりと落ち着きすら感じる声色はかえって不気味さが際立ち味方である仁乃すらも怖気を感じてしまう。それはどうやら形奈も同様であり、彼女も笑みを崩してはいないが汗が一筋零れ落ちた。


 「流石は化け狐だ。心なしか前回戦った時よりも強く見えるぞ」


 形奈がそう言い終わると同時に加江須の姿が変貌を遂げる。人の姿から恐ろしい化け狐の姿へと……。



 

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