妖狐に逆鱗に触れた元クラスメイト
数を頼りに加江須へと向かって行く半ゲダツの男達だが蓋を開けてみればまるで勝負などになってはいなかった。目の前の転生戦士は一騎当千の強さを見せつけ敵を次々と一瞬で葬り去る。倒す、ではなく葬っているのだ。
「ぐがぁッ!?」
「あづいいいい!?」
奥手の耳には炎で焼かれ、炎で貫かれ、炎で殴打されて次々と散って行く仲間達の悲鳴と悲惨な姿を見て足が動かなかった。
凄まじい熱気とは真逆に自分の背中が冷えていく事が自覚できる。自分の心が目の前の本物の怪物に鷲掴みにされている証拠だった。
「あとはお前だけだな…」
気が付けばあれだけ居た仲間達は皆全滅しており、残ったのは奥手だけとなっていた。
自分の眼前に黒い巨大な炭の塊と化した死屍累々の仲間達を呆然と見つめる奥手。
「ふん…」
加江須は小さく鼻を鳴らして周辺に転がっているまだ人の形を保っている男達の炭となった体を更に焼き尽くす。そして炎が納まると炭が完全な灰と化していた。
手に炎を宿しながら奥手へと指を差しながら加江須が睨みを利かせる。
「お前も灰になって風に流されたくないなら洗いざらい目的を吐いてもらうぞ」
連中の狙いを訊くために加江須は初めから一人は確保しておくつもりだった。戦っている最中に一番怯えて手を出そうとしてこなかった奥手から事情を聞こうと考えていたのだ。
ゆっくりと奥手へと距離を縮めていく加江須。それは奥手からすればさながら死神の足音の様に聴こえ、一瞬の躊躇いの後に一気に背中を向けて逃げ出そうとする。
「じょ、冗談じゃねぇ!!」
自分は元々命を懸ける気なんて微塵も無かったのだ。ただ元の人間に戻りたいが為に形奈のヤツに協力をしていただけだ。その願いを叶えられる事もなくこんな所で死んでしまうなんて御免被る!
「俺はこんな所で死にたくねぇんだ!!」
敵である相手がすぐ背後に居るにも関わらず命乞いを籠めた叫びを上げる奥手。
だが彼が僅か数メートル先に進んだだけで片脚に強烈な衝撃と痛みを感じ、そのまま体勢を崩してゴロゴロと無様に転がる。
「ぐ…ああ……」
痛みを感じた左脚を見てみると切り裂かれており、近くには切断されたであろう脚が転がっていた。
「ひっ…ひっ…」
急いで切り裂かれた足を拾おうと這いながら手を伸ばすが、彼が拾うよりも先に白い体毛で覆われた何かが横を突っ切り先に脚を拾ってしまう。その白い体毛に覆われた物体は後ろへと引っ込み視線をそちらへと向けると姿が変貌した加江須が仁王立ちしていた。
「逃がす訳ないだろうが。大人しくしてもらうぞ」
目を離した一瞬の隙に加江須は妖狐へと変身を完了し、尻尾を伸ばして奥手の脚を彼よりも先に拾い上げた。
妖狐となった加江須の姿を目の当たりにして奥手は恐怖の余り失禁してしまう。
何なんだよアイツは? いくら転生戦士と言っても人間には違いない筈だろ? それなのにあんな漫画で出て来る狐の妖怪みたいな姿に変身して…本当にアレは人間なのかよ……。
怯えは全身に痙攣として表れ、恐怖の余り喉の奥から声が上手く出てこない。完全に委縮してしまって口を動かす事すらままならない。
「そうだ、それでいい。そのまま抵抗の意思を見せるな」
加江須はそう言うと一瞬で奥手と距離を詰めて顔を近づけて来る。
「お前は何が目的で俺の母校へと踏み込もうとしていた? 嘘偽りなく話してくれよ」
そう言うと彼は奥手の顔を覆っているフードを剥ぎ取ってやった。
「なっ…お前……」
相手の顔を窺おうと思い素顔を晒させたが、そこから出て来たのはまさかの自分のクラスメイトであった事に驚いてしまう。今ままで真剣の様な鋭い加江須の眼も驚きで丸くなり、重苦しい口調も思わず普段の軽いものへと戻ってしまう。
「何でお前が半ゲダツ達と行動してるんだよ!? いやそれよりお前まで何で半ゲダツになっているんだよ!!」
てっきりゲダツに喰い殺されてしまったとばかり思っていたが彼はなんと半ゲダツとなっていた。以前にディザイアから聞いた話では半ゲダツとなった者はそれまで生きて来た自身の歴史を消してしまう。だから自分の様な転生戦士以外は誰も彼も奥手の事が記憶から消えていたのだ。
「おい蓮亜どういう事か説明しろ! 一体何が狙いでこれだけの半ゲダツで攻め入って来た! それにお前まさかラスボとか言うゲダツともつながっているのか? 答えろ蓮亜!!」
加江須は尻尾を彼の首へと巻き付けて怒鳴り散らして尋問をする。まさか自分と同じクラスメイトが犯行に及ぼうとしていたとは思いもしなかった彼は心の中に僅かに動揺を招いていた。
一方で首根っこを尻尾で絞められているとは言え、相手がクラスメイトと分かり雰囲気が少し穏やかになった加江須に落ち着きを取り戻した奥手が騒ぎ始める。
「全部…全部お前のせいだろうがぁ!!」
そう言うと彼は渾身の力で自分の首を絞めている尻尾に狂犬の様に噛み付いてきた。
だが彼が噛み付くよりも先に尻尾に神力を籠めて硬度を上げたので噛み付いた彼の歯が逆に何本か砕け散る。
「ぐがぁあ!? この化け物が死ね!!」
そう言いながら唾を飛ばしてくる彼を尻尾をブンと地面に叩きつけて解放してやった。
まるでゴミの様に捨てられた事に奥手は地に這いつくばりながら血走った目で睨んでくる。だがそんな同年代の少年のガン飛ばしなどまるで迫力不足だ。
加江須は少し心を落ち着かせると冷静な口調で改めて奥手が何故犯行に及ぼうとしたのかを聞き出そうとする。
「なあ蓮亜、お前は何がしたかったんだ? こんな連中とつるんで学校に襲い掛かろうだなんて虚しいとは思わなかったのか?」
「何で俺がてめぇにお説教されなきゃならないんだよ!! そのすまし顔がムカつくんだよこのイカサマ野郎が! てめぇが強くなったのは運よく転生戦士に成れたからだろうが! それなのに我が物顔で神様から与えられた力で学校生活を楽しむなんてクソすぎるんだよてめぇは!!」
奥手は口汚く罵り続けるが、加江須は罵声よりも彼が自分の事を随分と深く知っている事の方に内心で驚いていた。少なくとも昨日の段階では彼はゲダツの事も転生戦士の事も全く知らなかった筈だ。それなのに一日明けてこの世界の裏側の事情を詳しく把握し、尚且つ自分の正体も把握している。これは間違いなく誰かに話を聞いた証拠だ。それに自分の正体を知っている事から彼にこの説明をした相手は自分の事を知っている存在、つまり自分と同じ転生戦士でありラスボの仲間である形奈と昨日の間に接触していた事まで思考がたどり着いた。
となれば恐らく奥手や他の自分が倒した連中は形奈から何かしらの指示を出された事は間違いないだろう。しかし問題はその命令内容が何かだと言う点だ。
「奥手、お前が形奈と接触した事はもう分かってる。一体アイツから何を指示されてこんな暴挙に出た? これ以上隠し立てするならお前相手と言えども俺は容赦を捨てるぞ」
加江須はそう言うと9つの尻尾に炎を点火して猛る炎とは真逆に氷の様に冷たい眼で見つめる。
目の前の妖狐の瞳に射抜かれた奥手はガチガチと歯を鳴らして怯えを見せる。だが恐怖も一周まわってタガが外れてしまったのかもう彼は自分でも今の精神状態を理解できずに喚き散らす。
「うるせぇんだよぉ! 全部全部全部ぅお前のせいだぁ! 俺が騙されて半ゲダツとか意味不明な生き物にされたのもお前のせいなんだよ! 何で俺があんな訳の解らねぇ片目の女に使われなきゃならねぇんだよ! 俺はただお前みたいに強くなれたら良かっただけのなのにあんまりだ! お前が女を侍らせていなきゃ俺だったあんなヤツの口車に乗る事もなかったのによぉ!!!」
「はぁ……」
どうやら自分はコイツの事を追い詰めすぎてしまったようだ。さっきから知りたい情報を口に出してはいるが会話が成立していない。ただ自分の思いを一方的に吐き出し続けているだけだ。これでは事情を聞くのも一苦労だ。
だが悠長に考えていた彼であったが、次の奥手の口から出て来た言葉はとても落ち着いて聞いていられはしなかった。
「お前が俺に見せびらかす様に女を侍らせていたから悪いんだ! だから形奈のヤツにお前の対抗策としてあの女共を利用されることになったんだよ!!」
「……おい今何を言った?」
呆れ顔で話を聞いていた加江須の顔から表情が抜け落ちる。
なにしろ目の前のコイツは確かにこう言ったのだの。『あの女共を利用』とハッキリとそう言った。
次の瞬間に加江須は尻尾を凄まじい速度で振るって奥手の残っている四肢を全て弾き飛ばした。
「あんぎゃあああああああ!?」
片脚だけでなくもう片方の脚、そして両腕までもが切り捨てられ凄まじい激痛と灼熱感に切断した断面が襲われる。だが彼が悲鳴を上げた次の瞬間に彼の頭部を加江須は容赦なしに思いっきり踏みつぶす。
「うがっ! や、やめろぉ…」
四肢を失いまともに動けない彼は真上から落とされた加江須の足に後頭部を踏みつけにされる。
半ゲダツとは言え同じクラスメイトだった相手に対して鬼畜とも思える行為を働く彼であるがその眼には罪悪感はない。ただあるのは目の前の芋虫から自分の大切な人達をどうしようとしているのかを聞き出す事だけしか頭にはなかった。
「おい奥手、今から俺の質問にちゃんと答えろ。お前は…形奈のクソ野郎は俺の恋人達をどうしようとしているんだ?」
後頭部を踏みつけられており顔面を地面に接地しているので加江須の表情は窺えない。しかし顔は見えずとも彼の声は怒りに満ちている事だけは把握でき、痛みと恐怖で彼から解放したいがためにアッサリと彼は全てを自白した。




