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力と引き換えにこれまでの自分を失う少年


 「………ハッ!」


 「おお気が付いたか。まだ眠り続けるものだと思っていたが思ったよりもタフだなお前は」


 暗闇の中から意識が再浮上した奥手は倒れている体を起こしてバッと起き上がる。

 勢いよく体を跳ね起こしてしまった為に立ち上がるとたたらを踏みそうになり、踏み止まるとすぐに声が聴こえて来た方へと顔を向ける。

 彼が顔を向けたその先には形奈が立っていた。


 「お前…!」


 自分に暴行を加えて来た彼女をギロリと睨みつけるが手は出そうとはしない。そんな事をしても間違いなく自分は返り討ちに遭う事は分かりきっているので飛び掛かれない。ただ悔しそうな顔をして拳を握り震わせる事しか出来ない。

 そんな自分の惨めったらしい姿を見て小さく吹き出された。その仕草が更に彼の怒りのパラメーターを上げるのだが彼女はお構いなしに今の態度を一貫する。


 「そう怖い顔をするなよ。こっちは今お前の身に起きている現象を説明しに来たんだから」


 今まで怒りを滲ませていた奥手であったが彼女の口から放たれたこの言葉は彼の中の怒りを一瞬で打ち消した。それもそう、今彼がもっとも知りたい事は自分の身に起こっているこの現象なのだから。


 「顔色が変わったな。まあ無理もないか。まるで自分の事を知らない存在の様に扱われ続ければ怒りも沸く。まさか人を二人も殺すとは思わなかったが」


 「お前見てやがったのか!?」


 「ああ、だがそれは別にいいだろう。それよりも何故自分が周囲からこのような扱いを受けたかの方が気にならないのか?」


 言い返してやりたい気持ちはあったがソレを呑み込んだ奥手。

 ここで噛み付いても何にもならない。それよりも今は自分の身に起きた真相を知る事の方が遥かに重要な事だ。


 ようやく興奮も冷めて聞く姿勢が整った事を確認すると形奈は話を始めた。


 「お前は私に渡されたカプセルを飲んで強くなった。そこはお前も力を試して自覚は出来ているだろう。だが単純に力が上がっただけではない。お前の肉体の方も変化した、いや別の生き物になったと言った方が正しいかな?」


 形奈の話を聞いて行くうちに顔を青ざめて行く奥手。

 どうやら自分が飲んだカプセルの中身はやはり血液だったようだ。しかもソレは人間や動物などではなく話に聞いていたゲダツとやらの化け物の血らしい。その血を取り込んだ結果、自分は人間から半ゲダツとやらになっていたらしい。

 

 「お前に説明したがゲダツに襲われた者は世界の歴史から情報は抹消させられる。その効果は半ゲダツにも受け継がれる。あの時にお前が殺した二人の少年は半ゲダツのお前に殺された時点で少年たちの歴史を消され身元不明の死体になっている筈だ。どれだけ調べてもあの少年たちに繋がる情報は消され都合よく修正されている」


 「え、それじゃあ…」


 「ああ、お前が殺人犯と認識されないだろうよ。まあ私の様に誰かに見られていれば話しは変わるが、あの時には周辺には私しか居なかったから安堵しろよ」


 形奈から聞かされた話で顔色が悪くなっていた彼の顔には生気が戻り始める。自分が殺人犯としてこの先を生きて行かなきゃならないと思い気が滅入っていた所に救いを与えられた気分だ。だがまだ完全に喜ぶことは出来なかった。それはそうだろう。彼女の話では自分は半ゲダツとか言う訳の解らない生き物と化しているのだから。

 

 「だが半ゲダツとなってしまえば他者の歴史だけでなく自分のこれまでの歴史も消し去ってしまう事となる。そう、お前が今日まで生きて来た歴史は半ゲダツとなると同時に世界から無かった事となった」


 「……まさか」


 形奈の説明を聞きしばし考えが纏まっていなかった奥手であるが、必死に頭を働かせて自分が両親やクラスメイトからどうして赤の他人として見られていたのかその理由が理解できた。

 皆ふざけていた訳ではない。俺と言う人間の事を綺麗さっぱりと忘れてしまっていたのだ。俺が半ゲダツと成った事で俺の情報が消失し、俺の存在が無かった事になったから……。


 「そ…そんな……」


 今の自分の身に起きている真実を悟った彼はその場で膝を崩してしまう。

 目の前で崩れ落ちる彼を冷静に見つめ続けながら形奈が心配そうな声色で肩を叩く。


 「おい大丈夫か?」


 「大丈夫かだって? 大丈夫な訳がないだろうがよォッ!!」


 意気消沈から一変して激高する奥手。

 彼は青ざめていた顔を怒りで真っ赤にして思いっきり掴みかかり、そして彼女を罵倒しながら激しく騒ぎ立てる。


 「お前どうしてくれんだよ! もう俺は誰からも忘れ去られてしまったじゃないかよ! これから先の人生楽しめるどころか苦労しか出来やしねぇ! 何が久利みたいに強くなれるだ、よくもだましてくれやがったな!!」


 「私は別に騙したつもりは無いぞ。久利の様に強くなれるとは促したが転生戦士に成るとは一言も言ってはいない」


 「それでも半ば無理矢理お前があのおかしなカプセルを飲ませたんだろうが!」


 そう言いながら意識を失う前と同様に殴りかかろうとする奥手であるがここで違和感を感じる。

 目の前の憎らしい片目の女を殴ろうとした手を見つめる奥手。


 「あれ、何で俺の手が繋がっているんだよ?」


 目の前の女に意識を刈り取られる直前に確かこの殴りかかろうとしている方の手は斬り落とされていた筈だ。だが今はその事実が無かったかのようにちゃんと繋がっている。もちろん指だって自分の意思通りに動かせる。

 自分の手が繋がっている事に驚いている彼の様子を見て呆れる形奈。


 「今頃気付いたのか? そう、お前の見つめているその手はさっき私が一度斬り落とした。だが半ゲダツと成った事でお前の再生能力は人外の域に達している」


 「だ、だからどうした! つまりもう俺は人間じゃないって事だろ。そんな訳の分からない生き物になってしまった為に俺は実の親からすらも……」


 そう言いながら拳を再び固く握る奥手であるが、しかしもう殴りかかる気力もなくしてしまったのか力なくダランと腕を下げる。もう抵抗する気力すらも沸いてこなくなったのだ。

 そんな無気力にさいなまれ始めている彼を見て形奈は薄く笑うとそっと耳元で怪しげに囁いてきた。


 「そう落ち込むな。お前がまた人間に戻りたいと言うのであれば方法が無い訳じゃないんだ」


 形奈がそう言うと彼は目を見開いて彼女の顔を見つめる。そのとても分かりやすい反応に内心で笑い声を堪えながらその方法を教えてやった。


 「~~~という訳だ。この方法を使えばお前を人間に戻してやることが出来る」

 

 「……何が望みなんだよ」


 たったいま形奈が話してくれた方法なら確かに自分は人間に戻れるだろう。だが今彼女が口にした方法、自分は人間に戻れるが彼女には何のメリットも無い。となればこの女のこと、何か自分に見返りを求めるはずだろう。

 望みは何なのかと尋ねると予想通り彼女は自分に見返りを要求して来た。


 「勿論お前にはやってもらいたい事がある。私は決して慈善団体の人間ではないんだからな」


 その言葉と共に彼女はニヤリと笑みを浮かべるのだった。




 ◆◆◆




 「ただいまーっと…」


 学園が終わり家へと帰って来た加江須。

 玄関で靴を脱いでいると奥の廊下からイザナミがやって来た。


 「お帰りなさい加江須さん。もう晩ご飯の準備出来てますよ」


 「おおただいまイザナミ。アルバイトの方はどうだった?」


 初めてのアルバイトの感想を尋ねてみると彼女は笑顔と共に答えた。


 「すごくやりがいを感じました。それにバイト先の雰囲気も私にあっていて楽しくもありました」


 そう言いながら両手をむんと握りしめて笑みを向けて来る。

 初めての地上でのアルバイトと言う事もあり少し不安も感じていた加江須であるがイザナミの顔を見て内心で安堵した。

 

 「そうか、何も変な事もなくて良かったよ」


 イザナミの話では今週の学園の休みの日にシフトがあるらしい。その時にはこっそりと様子を窺いに行こうと思う。

 

 「加江須さんの方はどうでした? 夏休み明けの学校生活は楽しめましたか?」


 「いやーやっぱり長期休みの後の学校は少しきつかったかなぁ」

 

 まだ休み気分が抜けていない生徒が大半で授業中に昼寝をしている生徒が何人も居た事を教えると彼女は可笑しそうにクスクスと笑ってくれた。


 「それに放課後にはクラスメイトに変な因縁を……」


 放課後に呼び出された事も話そうとする加江須であるが途中で口を閉ざす。 

 今まで楽しそうに話していた加江須の言葉が急に切られた事に首を傾げるイザナミ。


 「どうかしましたか加江須さん?」


 「いや、何でもないよ……」


 どこか顔に影を差しながら彼女の隣を通り過ぎて行く加江須。そんな彼のどこか不自然な態度に少し心配そうな顔を向けるイザナミ。


 「……加江須さん?」


 何故だろう、今の彼からはどこか申し訳なさそうな気配が漂っている気がするのは気のせいだろうか?


 イザナミとの話を不自然に終わらせた加江須は部屋へと戻ると手に持っていた鞄を床に放り、その場で胡坐をかいて座り込む。


 「はあ……」


 放課後での話をイザナミにしようとすると同時に奥手から言われた言葉を思い出してしまったのだ。


 ――『複数の女と関係を持って自分は潔白だと言えんのかよ』


 「……俺は」


 下校時に恋人達と共に歩いている時にもこの言葉が頭から離れてくれなかった。そして今のイザナミの純粋な笑顔を見た際にもこの言葉が大きくなってぶり返された。

 

 「俺は…俺は本当にみんなを幸せにできるのか?」


 そう言いながら加江須は大きく息を吸い、その吸い込んだ息を溜息として吐き出す事しか出来なかった。



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