絶望からの責任転換
どうして…どうして…どうしてどうしてどうして!! どうしてこうなったんだよ!!?? 何で俺がこんな不遇な目に遭わないといけないんだよ!! 俺が一体何をしたって言うんだよ神様!!
彼は自分の身に降りかかって来た突然に不幸に心の底から嘆いていた。
ただほんの些細な苛立ちから軽く手を出しただけのつもりだった。だが突如として手にしたこの力を上手く制御できずに二人…二人もの人間を殺してしまった。もう取り返しがつかない。
今は一秒でも早く殺害現場から離れる事しか頭になかった。だが人を殺してしまった以上は家にも帰れないだろう。頭の中にはとにかく遠くへ逃げ切る事しか思い浮かばなかった。
「はあ…はあ…逃げないと…!」
半ゲダツとなり手に入れた身体能力を最大限に駆使してパルクールの選手の様に軽やかにひたすら逃げ続ける奥手。すれ違う人々はその華麗な身のこなしに目を丸くしていたがそんな周囲の反応など気に掛ける余裕など微塵もありはしない。もう自分しか彼には見えていない状態なのだ。
一体どれぐらい走ったのだろうか。気が付けば来たことも無いような大通りへと出ており、息を乱しながら近くの木に腰かけていた。
「どどど……どうすればいい?」
殺害現場から全力で逃げてきたわけだがこの後にどうすればいいのか分からずに途方に暮れる。
木々から少し離れて地面に散らばっている葉の上でうずくまって頭を抱える奥手。
「くそぉ…くそぉ……」
殺害現場から逃げたからと言って別に逃げ切れたわけではない。今のご時世では日本の警察は決して無能などではない。行方不明者となり見知らぬ場所に隠されている死体すらも見つけてしまうくらいなのだ。ましてや自分はあの男子たちの死体をその場にただ放置したままだ。もう今頃には人も集まり大騒ぎとなっている頃だろう。それにあの二人には自分の指紋だってバッチリと付いている。間違いなく自分が疑われるだろう。
どうしてこんな不幸すぎる展開が自分の身に訪れなければならない? クラスメイトに強い劣等感を植え付けられてウジウジとしていたが自分も久利のヤツに負けない程の力を受け渡された。これで自分もこの先の人生は楽しくなると信じていた。だがその直後に実の親、そして同じ教室のクラスメイトから赤の他人として扱われ、それで腹が立ったから軽く手を出したら勝手に死んでしまって……。
「……もう俺の人生終わりじゃねぇかよ」
このどん底からまだやり直せる方法を模索し続けるが何も思い至らない。
もう家にも絶対に帰れない。それどころかこの焼失市に留まる事すらも危ぶまれるだろう。つまり警察の手から逃れるには見知らぬ土地まで逃げなければならない。最悪…他国まで逃げなければ……。
「はは、何だよ他国って。簡単に言うけどそんな金なんて俺にはねぇだろ……」
たまたま制服のポケットに突っ込んでいた財布を取り出し中身を確認して見る。
財布を開くとその中には千円札が3枚と小銭が少々しかない。こんな資金でどうしろというのだろうか。国内を逃亡する費用にすらならない。雀の涙以下の金で……。
絶望のあまりに壊れた様な笑い声を奥手は漏らしていた。
「俺はどうすればいい……?」
自問自答してみるが答えなんて返ってくるはずが無いと頭では理解している。
だが今の自分の発言に対して目の前から答えが返されたのだ。
「決まっているだろう。お前は今後は半ゲダツとして生きて行けばいい」
その声に反応して地面を見つめていたその顔を持ち上げれば目の前には形奈が立っていた。
「どうしたんだ? あれだけ強くなれた事に喜んでいたじゃないか。それなのにそんな今にも死にそうな顔を曝け出して」
形奈がセリフを言い終わると同時に奥手は蹲っていた体を起こして彼女へと乱暴に掴みかかった。
「おいどうしてくれるんだよ! お前が与えた力のせいで人を殺してしまったじゃないかよ!! どう責任取る気だよ!?」
人を殺した責任はどう考えても直接手を下した奥手自身にあるのだが現実逃避をしている彼にはそんな常識は通じない。すべての元凶は人を殺めた自分自身にあると言うのに擦り付けを平気で行う。
首をガクガクと揺らされながら形奈は呆れたような目で彼の事を見つめる。そんな見下す様な瞳が気に入らずに逆上した奥手は拳を固く握ると思いっきり怒りの感情の赴くままに彼女の事を殴ろうとした。
だが彼の拳が形奈の顔面を捉えるよりも先に手首から先がポロリと地面に落ちた。
「少しは落ち着かないか。そう興奮していては話も出来ん。血の気を抜いておいてやったぞ」
「ぐ、あああああああ!?」
地面に落ちた右手を眺めながら絶叫を上げる奥手。
脂汗を流しながら視線を上へと向けると彼女はいつの間にか腰の刀を抜いており、その刀身にはベッタリと赤い液体が付着している。
「て、てめえなんて事をしやがるッ!!」
「だから静かにしろと言っているだろ」
中々喚くのを止めようとしない彼に対して業を煮やた彼女は鞘の方も腰から引き抜くと、その先端部を凄まじい速度で彼の喉へと突き刺した。
喉仏へと重い衝撃と痛みが走ると同時に彼の意識はプツリと途切れ闇の中に意識は沈んでいった。
「さて…まずは場所移動から始めるか…」
◆◆◆
奥手がクラスメイトを二人殺めて公園付近から走り去って行った後、言うまでもないが現場にはもう警察が複数人駆けつけて来て調査を行っていた。
周囲には大勢の見物人が怖いもの見たさで群がっており、そんな周りの野次馬を警察が立ち入り厳禁と警告をして離れるように促している。
そんな人混みの中には一人の女子生徒がじーっと倒れてシートを被せられている男子二人の亡骸を見ていた。
無言で見つめ続けていただけの彼女は気が付けば足を前へと進めて死体へ近づこうとしていた。
「キミそれ以上近づいたら駄目だよ! 離れて離れて!!」
現場に踏み込もうとしている少女を怒号と共に追い出す警察。
大声で離れる様に注意を受けた彼女は無言無表情のまま頭を軽く下げると大人しく指示に従い現場から離れて行く。
一見すれば大人しそうな少女だが、警官に背を向けたと同時に能面の様な彼女の表情は大きく変化していた。
「やっば……生の死体なんて初めて見ちゃった……」
そう言いながら彼女は自分のスマホを取り出すと写真を入れて管理している複数のフォルダから『R18』と表記されているそのフォルダを開いた。
タッチされて開かれたフォルダの中の写真、それは奥手によって殺された二人の男子の死体であった。それは今現在の様なブルーシートを掛けられている状態でなく死に様がハッキリと剥き出しの状態で撮影されて写真に残っているのだ。
「警察が来る前に撮影しておいて良かった。できれば間近でもう1枚撮影したかったけど」
警察がこの殺人現場へと到着するよりも先に何人かの人間がこの場には既に居り、シートで覆われる前の死体も目にしている。その中にはこの少女、猪錠刹那も居た。
ドラマや映画でもなく現実の人間の死体など一生に一度も見られない事が普通だろうが、だからと言ってソレが見れたからと言って決して運が良かったとは言えないだろう。むしろその逆、運が相当に悪いとも言える。現に見物人の一人は気分が悪くなり道の傍らで嘔吐していた。他の者達も皆がすぐに目を背けて口元を覆っている。だがその中で唯一彼女だけは特に不快そうな顔もせず、それどころかこっそりと死体の撮影をスマホでしていたのだ。
「すごいなぁ…本物の人間の死体の写真を撮影できるなんてぇ……」
刹那は濁った瞳でスマホの中に写っている殺された二人の少年の姿をニマニマと眺め続けていた。
刹那の事を怒鳴った警官は再び死体や事件周辺の調査を再開しようとするがまたしても死体の近くに一人の少年が近づいており現場の様子を眺めていた。
「ほらほら離れる!! 現場に近づくな!!」
追い払った矢先にまたしても近づいてきた野次馬に思わず少し乱暴な口調で対応する警察。
その怒声に対して少年はとくに驚く様子もなく軽く頭を下げて現場から離れた。
「ゲダツの気配が微かではあるが感じた気はするんだけどな。気のせいだったか? もしもゲダツに殺されたのなら食い残す事もないだろうから騒ぎにもならない筈だからな。ただの殺人事件だったか……」
そう言いながら警察に怒鳴られた少年、玖寂河琉は一人で納得をしてこの場から離れようとする。だが現場を離れる際に彼の目の端に一人の少女の姿が映り込んだ。
「あん? あれは確かオレと同じクラスの……」
河琉の視線の先では自分と同じクラスの女子である猪錠刹那の姿を確認できたのだ。
別に彼女とは特に親しげでも無ければ会話だって全くしない。せいぜい顔を合わせれば挨拶をする程度の間柄だ。そんなさほど興味の無いクラスメイトだが今の彼女はどこか気になって仕方がなかった。
「何やら危ない顔でスマホを見ているな」
視線の先で教室内では絶対に見せないような嫌な笑みを顔に張りつけている刹那。
別に仲の良い友人と言う訳でもないので話し掛ける理由もない。それにああいう顔をしている奴に個人的に近づきたいとも思わない。
「ゲダツ絡みでないならオレが関わる理由はないな」
その言葉と共に事件現場を後にする河琉。
そんな彼の背後では相も変わらずおぞましさすら感じる顔でスマホの画面を覗き込む少女の姿が在った。
「あー…またこんな風なマジもんの人間の死体とか見れないかなぁ~……」




