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上手い話には裏があるもの


 目の前に突き出された赤い液体の満ちているカプセルを奥手は訝し気に見つめていた。

 どう考えてもヤバい代物にしか見えない。そもそも自分は相手が何者なのかすら知らないのだ。ハッキリ言って得体の知れない相手から渡される薬の様な物など体内に取り入れるなんてかなり覚悟がいる。


 「……コレを飲めば俺も久利みたいな超人になれるのか?」


 「ああ間違いなくな。つまらぬ自分を脱却する男にはかなり有り難い代物だと思うのだがな」


 そんなことを言われてもやはりこの怪しげなカプセルを口に放る度胸は持てない。

 すると形奈はカプセルを握りしめて奥手へと顔を近づけてきた。女性特有の花の様ないい香りが鼻孔をくすぐり心拍数が高まる。


 「お前は悔しくないか?」


 自分の耳元で怪しく、そして色気を感じる声色で囁かれる。

 

 「何の苦労もせずに強大な力を手に入れてお前たちを内心で見下す男と同じ学び舎に通う事はさぞかし窮屈じゃないか」


 「それは…まあそう言う思いが無いわけじゃないが…」


 実際に自分は久利のヤツに対しては大きな劣等感を抱いているのは事実だ。そして激しく羨みもし、嫉妬の余り脅しの様な真似も働いた。

 

 「もしも…もしもお前にも力が有ればその無力な自分から抜け出して変われるんじゃないか?」


 「……」


 「心配せずとも金銭なんぞ不要だ。騙されたと思って…」


 そう言うと彼女は半ば強引に彼の口の中へとカプセルを押し込んだ。

 彼も無抵抗という訳ではなく軽い抵抗を見せていたが久利の時と同様にまるで逆らえない。細い腕からは想像できない程の力で半ば強引に薬を呑み込まされた。


 「ぐっ…ごほっ…」


 口の中に納められたカプセルはすぐに唾液で溶けて行き、喉の入り口付近で中身が溢れ出た。それはとても鉄臭く不味かったが彼はこの味を知っていた。


 「何だこれ…血の味じゃないのか?」


 自分の舌が感じ取った味覚の正体を解き当てると同時であった。


 「い、があああああああああ!?」


 ――痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイ!!??


 全身の至る場所から凄まじい激痛が突如として襲い掛かって来たのだ。

 まるで体の内側に網の様に張り巡らされている神経を麻酔無しで引きちぎられているかのような感じだ。その激痛は耐えがたく彼は思わず地面に倒れてのたうち回る。


 「おま、何を飲ませ…あああああ!?」


 制服を汚す事もお構いなしに地面を転がる奥手。

 一体何を飲ませたのかと問い正そうとしても痛みで声が上手く出てこない。


 「(死ぬ…俺はこのまま死ぬのか…?)」


 痛みの中でそんな考えが頭の中に浮かんできたが、その直後には今までの激痛が嘘の様に綺麗さっぱりと消え去ったのだ。

 

 「あ、あれ…楽になったぞ…」


 顔から吹き出していた汗を拭いながら起き上がるとパチパチと目の前で形奈が小さく笑みを浮かべながら拍手を自分に送っていた。


 「おめでとう。どうやら無事に〝適合〟を果たせたようで何よりだ」


 「ぐっ、てめぇ俺に何を飲ませたんだよ!」


 信じられない程の激痛を味合わされた事で反射的に形奈へと掴みかかろうとしてしまう奥手。

 彼が伸ばした手は虚しく空振りしたのだが、この時に奥手は自分の肉体能力に思わず度肝を抜きそうになった。

 起き上がって手を伸ばした際に自分は足に軽くしか力を籠めていなかった筈だ。にもかかわらず避けられこそしたが一瞬で形奈の傍まで移動したのだ。

 

 「な…何だ今のは…俺は軽く脚を動かしただけのつもりだったのに…」


 「それが強化された今のお前の力だよ」


 自分の今の状態に戸惑っていると背後に避けた形奈が声を掛けて来た。


 「あの薬はお前が憎々し気に目の敵にしている久利加江須に限りなく近づける強さを引き出す秘薬だ。今のお前は外見にこそ変化はあまり見られないがその強さは一般人を遥かに凌駕している。実際に今の一連の動きで自覚出来ただろう」


 「マ…マジなのか?」


 確かに今自分は以前ならば出来ないような動きをしてみせたが……。

 どうにもまだ自分の変化を完全に信じ切れない彼は先程の形奈が屋根を飛び移っていた事を思い出し、自分も同じように人知を超えたジャンプが出来るかを試してみた。


 「いっせー…の!」


 その場で何度か小刻みなジャンプをした後、思いっきり膝に力を入れて天へと目掛けて跳躍して見ると自分が完全に人間を止めた事が自覚出来た。

 何故なら飛び上がった彼は二階建ての家の屋根上へと飛び乗れたのだ。


 「す…すげぇ。すげぇすげぇすげぇ!! マジで俺ってばチート化したのかよ!!」


 もはや疑う余地もなく自分は完全に人知を超えた存在に至っている。その事実に最初は少し震えていたがそれも一瞬の事。すぐに彼は他人の家の屋根上で馬鹿みたいにはしゃぎ始める。


 「これはいいぜ! もうコレならオリンピック選手とかも子供同然だろ!! 俺も完全に人生勝ち組入りだぜ!!」


 有頂天となり周囲に人が居るかもしれない事も忘れて屋根上で馬鹿騒ぎをしている奥手の事を地上からは形奈が哀れな者を見るかのような眼で見ていた。


 「おい、あまりそんな場所で騒がない方が良いんじゃないのか? 人の目に触れると色々と面倒ごとに発展するぞ」


 「おおそれもそうか。よっと…」

 

 形奈によって窘められて我に返った奥手は屋根の上から軽やかに地上へと着地を決める。その際にドヤ顔をしていたので内心で軽く引いていた形奈。

 彼は自分の体を改めて見回した後に形奈へと礼を述べる。


 「本当にありがとうなお姉さん。あんたのお陰で俺のこの先の人生も楽しくなりそうだ」


 「それは良かった。さっきも言ったが別段金の請求などはしない。残りの人生を精々楽しむことだ」


 「ああ感謝するぜ! ありがとな!!」


 嬉しそうな顔をしながらお礼を言うと彼はそのまま走り去って行った。その後ろ姿を眺めながら遂に堪えきれなくなった彼女は奥手の姿が見えなくなるとその場で吹き出してしまった。


 「ぶっ…ふふふ…何も知らずになんとも間抜けな男だ」


 あの狂喜乱舞な振る舞いは見ていて本当に滑稽であり、腹の中で笑いを殺すのに苦労した。

 ひとしきり笑って満足すると彼女はスマホを取り出してある人物へと連絡を送った。


 「……もしもしラスボか。ああ…どうやらお前の血に適合したみたいだ」


 彼女が電話を掛けた相手はゲダツのラスボであり、彼女は彼に手渡されたあの怪しげな薬の様な物の効果を伝えていた。


 「カプセルに詰まっていたお前の血液、ソレを体内に取り入れ適合したあの男は完全な半ゲダツとなった。やはりお前の言う通りあの手の類の人間は半ゲダツ化しやすいようだな」


 『俺たちゲダツは元々は悪感情から成り立っているからな。それ故か知らんが邪な考えを持つ者ほどゲダツの血を受け入れられる』


 「それに関しては頷けるものだ。何しろお前の血で半ゲダツとなった連中はどいつもこいつも我欲が強い連中だからな」


 そう、自らの欲望が、我欲が強い者ほどこの血には受け入れられるのだ。あの少年もそう、小さな小さな嫉妬心を剥き出しに他者を羨み自分が今よりも成り上りたいと言う欲求が駄々洩れであった。だからこそあの男にラスボの血が適合するかを試したのだ。


 「しかし本当に哀れだ。奴は私や久利加江須のような転生戦士になった訳ではないのに。今後の人生が楽しみだなどと抜かしていたが今の自分に降りかかった現実を思い知るとどんな顔をするのだろうな」




 ◆◆◆




 「ふんふんふ~んっと♪ 夢みたいだけど現実なんだよなこれ。俺も手に入れたこの力を使えばこの先の生活は楽しくなりそうだ」


 形奈から飲まされたカプセル、正確にはそのカプセルの中に詰まっていたラスボの血液のお陰で彼は無事に半ゲダツとなっていた。しかし彼はその事に気付いていない。自分はただ加江須と同じように超人と化した、その程度に考えていた。

 だが彼はまだ知らない。半ゲダツとなり大きな強さを得た変わり、そんなものよりも遥かに大切な物を一挙に失ってしまっている事に。


 ノリノリな気分で自宅へと帰って来た彼は家の扉を開けて中へと入ろうとする。


 「ただいまーっと」


 家の中には専業主婦をやっている母が居るので帰宅を告げる。すると奥の廊下から母親が歩いてきて出迎えをしてくれた。


 「よお帰ったぞ母さん。今日の夕飯って何?」


 靴を脱ぎながらそう尋ねる奥手であるが返事は返って来ない。

 何も言わない母親に無視でもされている気がして少し不機嫌な顔をするが、すぐに彼の顔は困惑へと変化した。

 

 何故ならば視線の先に居る母はまるで赤の他人でも見るかのような眼で自分の事を見つめているからだ。


 「な、何だよその眼は? 実の息子に対して…」


 「……あの、家を間違えていませんかあなた?」

 

 「はあ?」


 何を言われているのか全く理解できなかった奥手。

 ここは間違いなく自分の家だ。人の家に勘違いをして上がるなんて間抜けを晒した覚えはない。そもそも実の母親が目の前に居るのだ。間違えもくそも無いだろうに。

 質問の意図が分からず何を言いたいのか詳しく尋ねる奥手。


 「おい何をふざけているんだよ母さん?」


 「わ、私はあなたの母親じゃありませんよ。早く帰ってください」


 ……目の前の母親が何を言っているのか本当に理解できない。

 

 「おいふざけるのもいい加減に…」


 そう言いながらゆっくりと母親へと手を伸ばす奥手であるが、その手は母親が思いっきりはたき落とした。


 「け、警察呼びますよ! 私には〝息子〟なんていません!!」


 自身を拒絶してそう叫ぶ母の目は完全に自分を敵として見ていた。



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