2度目の死の危険、それを救う少年
土煙の中から飛び出してきたゲダツに一瞬体が硬直してしまう仁乃。その一瞬が命がけの場では致命的であった。
ゲダツが鋭利な鎌で彼女を切り裂こうと腕を振るう。
「ぐっ!?」
紙一重でその攻撃を回避できた仁乃であるが、硬直後のタイミングで攻撃を避けたために不自然な体制で避けてしまい次の攻撃に対して手が回らなかった。
「ギジャアッ!!!」
「がぐ!?」
カマキリの様なゲダツは複数生えている脚の一本を使い、まるで人間の様な綺麗な蹴りを放ってきた。
するどく、そして速いその蹴りは仁乃の肩を蹴り飛ばし、彼女の体はまるでボールの様に弾き飛ばされる。
蹴り飛ばされた仁乃は地面に1度バウンドしてから転がっていく。
「ぐっ…ごほっ、ごほっ…」
咳込みながらもすぐに起き上がり前を見る仁乃。
彼女が顔を上げた時にはもうゲダツは再び上空へと舞い上がっていた。
「くそ…アイツらも中々賢いし…もう同じ手は通用しないかな」
しかし気になるのは一体どうやってあの糸の拘束から逃れたのかだ。逃げられぬようにギッチリと縛っておいたにも関わらず、土煙が舞い上がって視界が消えた一瞬の間に脱出されてしまっていた。
改めて上空で滞在しているゲダツを見据えながら考えていると、ゲダツの鋭利な両腕の先端を見て謎が解ける。
「あの鎌で糸を切って脱出したな。私も少し迂闊過ぎたか……」
相手の最大の武器である両腕の鎌、その刃で糸を切断して難を逃れたと推測できた。それと同時に自分の戦いが少し浅はかである事も理解できた。よくよく相手の姿、特徴を確認すればあの鋭い鎌で糸を切られる事も予測できたはずだ。しかしあっさり捕まえれたことで気分を良くしてその展開を予想できなかった。
命がけの戦いの場で余裕を持っていた自分に活を入れるため頬を叩く仁乃。
「集中しなさい仁乃。これはゲームじゃないのよ。一度ゲームオーバーしたらもうコンテニュー出来ないんだから…」
意識を今まで以上に尖らせて上空で自分を見下ろしているゲダツを睨みつける仁乃。
もう一度投石攻撃を繰り出すか、それともカウンターを狙い絡めとるか……。
相手の出方を見て攻撃方法を瞬時に決めようとする仁乃であったが、ゲダツは先程までとは違い全然近づいてこようとはしない。空中にとどまり続け自分の事を見下ろし続けている。
「(全然近づかないなアイツ。不用意に近づいたら掴まれると学習されちゃったかな…)」
そんな事を考えているとようやくゲダツに動きがみられた。
ゲダツは自分の腕を持ち上げると、その腕を勢いよく振りぬいた。
「…? 何やって……」
ゲダツの取る謎の行動に首を傾げるが、その直後に自分のすぐ隣で地面に切り込みが入った。
「!? な、なに!?」
突然切り裂かれた地面を見て驚くが、そんな反応など気にせずゲダツは上空からもう一度腕を振るってくる。
身の危険を感じてその場を離れる仁乃。その数瞬後に今まで自分が立っていた場所がズタズタにされる。
「これって…鎌鼬?」
ゲダツが腕を振るうと地面が切り裂かれる。その事からこれが鎌鼬であることが予測できた。あの凶暴な鎌を振り下ろし風の刃を飛ばしているのだろう。
想定外の攻撃に思わずたじろいでしまう仁乃。
そんな彼女を上空から再び腕を振るい攻撃を繰り出してくるゲダツ。しかも今までとは違い連続で腕を振り連続で鎌鼬を発生させる。
「くそ、面倒な攻撃を!」
振るわれる腕の照準から何となくではあるが狙いを予測し攻撃を回避し続け、それと同時に彼女は再び川の方に糸を伸ばして先ほど同様大きな岩などを掴んで投げ飛ばしてやる。
投げ飛ばした投石は凄い速度で飛んで行ったが、そのことごとくがゲダツの巻き起こす鎌鼬で切り裂かれる。
「だったらコレはどうかしら!」
ただの石程度では歯が立たない事が分かり攻撃手段を変える仁乃。
糸を一転に集約して即席に武器を作り出す。糸を集約して作り出したのは外観が槍にも似ており、それを複数瞬時に作り出した。
「なずけて『クリアランス』とでも言おうかしら。一斉射出!!」
能力の糸を集約して槍の形をしている武器を大量に作り出し、それを一度に全て上空に居るゲダツへと射出した。
先程の石と同様に迫ってくる脅威を切り裂こうと刃の風をぶつけるが、迫ってくる糸の槍達は石の様には細切れにならずそのまま向かってくる。
「幾重にも糸を絡めて作り出した武器よ。さっきのように細い糸で巻き付けていた時とは強度が違うわ」
そのまま槍はゲダツへと向かっていき、その攻撃を回避しようとするゲダツであったがすべては避けきれずにいくつか直撃をしてしまう。
そのまま体制を崩し下降していくが、地面に落ちきる前に再び体制を整えるゲダツ。
だがその一瞬の隙を逃さず仁乃が跳躍し、空中に居るゲダツのすぐ近くまで接近していた。
「(ここでもう一度コイツを捕える! さっきとは違い全身を糸で縛ってやるわ!!)」
大量の糸を手のひらから出してゲダツを縛り上げようとする仁乃。
――しかしゲダツを縛ろうとした瞬間、仁乃の本能がすぐに離れろと警告して来た。
「(何この感じ…何か不味いわ!?)」
自分の本能に従いゲダツから一度離れようとする仁乃であったが、彼女が行動を起こすよりも早くゲダツが予想外の攻撃を仕掛けて来た。
「キシャシャシャ!!」
「な、なにコレ!?」
ゲダツは顔を仁乃の方へと向けると同時に口から糸を吐き出したのだ。
まるで蜘蛛の様に糸を口から吐き出し逆に仁乃の体が糸で縛られる。
「し、しまった!?」
なんとか振りほどこうとするが自分の糸とは違いゲダツの放ってきたこの糸は粘着性が強く、もがけばもがくほどにより肉体へ絡まってくる。
「(ま、不味い不味い不味い! 早く抜け出さないと…!)」
必死に拘束を振りほどこうとするが、ゲダツは先程仁乃がやったように顔を振り回して口の糸で拘束している仁乃を振り回した。
「くっ、きゃあああああああ!?」
グルグルと身動きの取れない状態で振り回される仁乃。
そのままぶん回されていると、ゲダツの口元から出ていた糸が切れた。
「ちょ、うそでしょ!?」
空中で振り回されていた仁乃の体は下の川へと落ちていく。
この高さから落とされても着地さえできればダメージは無いのだが、肉体を粘着性の糸で拘束されてはまともな着地など出来るはずが無い。
しかも彼女が落下した場所は地面ではなく川の方なのだ。
「くぅ…は、早く解けてよ…!」
しかし相変わらずもがくほどに糸はより一層絡まり、その状態のまま彼女は川の中へと落ちていった。
「がぼ…ぐ…ごぼぼ…」
必死に水面に顔を出そうとする仁乃であるが、身体を動かせなければ水面まで上る事も出来ない。満足にもがく事すら出来ずに沈んでいく仁乃。
「(く、苦しい…だれか…)」
手を伸ばすことも出来ずに沈んでいき川底まで辿り着き、そのまま背中をぶつける。
川底でもがいて脱出しようとする仁乃であるがソレは叶わず、焦りから冷静に思考も出来なくなる。
「ごはっ…ごぼ……っ!」
そろそろ呼吸も限界なのか表情が一気に苦しそうな物へと変化する。
小刻みに体を揺らしてどうにかしようとするが当然どうにかできる訳もなく、とうとう意識まで遠のき始める。
「(わ、私…ここで死んじゃうの?)」
一度死を経験したからと言って死に慣れる訳でもない。助かる可能性がこの状況では皆無だと思えば思う程に胸の中から恐怖と言う名の感情が全身へと浸透していく。
「(い、いや。死にたく…死にたくないよぉ…)」
首を横に振って迫りくる死の現実を受け入れたくないと訴えるがどうしようもない。
そしてとうとう死にたくないと訴える気力すら削がれてしまい、コポコポと口から空気を吐き出す。
「(たす…けて…)」
最後に彼女はその願いが届くわけもないと思っていながらある人物へと助けを求めた。
それは昨日出会ったばかりの1人の少年。すぐに反発して憎らしいところもあるが、話していると不思議と楽しくなり、そして自分と同じ境遇の少年。
仁乃は最後の力を振り絞り、その少年の名前を心の中で叫ぶ。
――『助けて加江須!!!』
その願いを最後に仁乃の意識は一気に薄暗い闇へと落ちていく。
だが、彼女の意識が完全に闇に呑まれる前に川底で沈んでいた体が突然持ち上がった。
「(だ…れ…?)」
今まで目指していた水面に徐々に近づいている自分の体、誰かが川の中から引きずり上げている証拠だ。一体だれが自分を助けようとしているのかゆっくりと瞼を開きその人物を見ようとする。
――彼女が瞼を開けた隣には、必死な形相をした加江須の顔が映り込んだ。
「(ああ…本当に来てくれた)」
もう助からないと思っていた、そんな窮地を自分が最後に助けを求めた人物が救い上げてくれた事に仁乃は無意識に涙をこぼしていた。
「(来てくれたのね加江須。本当に……嬉しい……)」
そう考えると同時に安心感から仁乃は今度こそ意識を失った。
◆◆◆
「ぶはっ! おい仁乃しっかりしろよ!!」
水中から仁乃を抱きかかえながら飛び出して地面へと着地した加江須。
彼はすぐに仁乃に声を掛けるが返事はなく、一刻も早く彼女の意識を呼び戻そうとする。
――しかしその直後、背後から気持ちの悪い視線を感じた。
「………お前」
振り返れば川に飛び込む直前に蹴り飛ばしたゲダツが起き上がり、両腕の鎌をかち合わせながら加江須と仁乃を見ていた。
「てめぇ…」
まずは仁乃の救助から始めたいがあの化け物がそれを許しはしないだろう。自分が全神経を仁乃の為に向けたその刹那に襲い掛かってくる危険がある。
ならばまずは目の前の化け物を処理しなければならない。
「てめぇに時間を割きたくなんてねぇがどうせ邪魔すんだろ。いいぜ、相手してやるよ」
そう言うと加江須は地面を踏みつけ大地を揺らした。
その振動で揺れ動いてバランスを崩しかけたゲダツ、その一瞬の隙を加江須は逃さなかった。
「消えろよクソッたれ」
崩れたバランスを戻すよりも早く加江須はゲダツの目の前までやって来ており、振りぬいたその拳は怒りに満ちた炎にくるまれていた。




