表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/335

女神、イザナミとの出会い

 

 全身を駆け巡る痛みが消え、声も聴こえず景色もぼやけ肉体は熱を失う。自分の生命が風前の灯火である事を自覚し、その命がそのまま消えていく事を自覚していた。自分の生死に関わることであるにも関わらず俺は落ち着いていた、というより興味すら失っていた。


 しかしそんな死に掛けの俺をまるで介抱するかのように幼馴染の黄美は俺の手を握ってきた。


 「ふざけるなよ…何で今更そんな心配そうな眼差しで俺を見るんだよ…」


 あの時、彼女の心配に溢れる瞳を向けられても自分の中に感謝も感激も、喜びも嬉しさも感じはしなかった。あったのは困惑、そしてどす黒い憎悪と言う名の感情だけであった。直前まであれだけ自分の存在を貶しておきながらよくもまぁあれだけの変わり身を見せれるものだ。


 「ふざけやがって、女優オーディションでも出ていやがれ……んあ?」


 憎き幼馴染に対して毒を吐いている加江須であったが、ようやく自分の今の現状に違和感を覚え始める。


 ――なんで俺はこうして普通にしゃべっているんだ? ついさっき交通事故で死んだはずだろう……?


 車にはねられ意識は薄れ、そして何も見えず聴こえず肉体が冷たくなるあの感覚は今でハッキリとしている。だが、確かに死んだはずの自分が今はこうして流暢に悪態を口から吐き出しているなどありえない筈だ。

 しかも死の間際の怒りで気づかなかったが、今の自分の居る場所を改めて見渡すと彼は今更ながらに目を見開いて驚いた。


 「どこだよ…此処は…?」


 呆然とした口調で加江須はそう呟いた。

 先程まで自分は学園の校門前で倒れていたはずだ。しかし死んだと思い目を開け、意識を覚醒させると自分は全く見知らぬ空間で座り込んでいた。


 そこは一面が真っ白な何もない空間であった。


 「な、なんだよこりゃ…?」


 周囲を改めて見渡すが理解がやはり追いつかなかった。

 左右上下を見渡しても全てが白、白、白で埋め尽くされ、左右の空間には果てがなく宙を見ても天井などは見えない。どれほどの広さがあるのか分からないが広々とした空間にも関わらず何も存在しない謎の空間。広々としているが息が詰まりそうな場所であった。


 「ここはまさか天国だとでも言うのか? 随分殺風景な場所だな…」


 あの世とは存外つまらない所だと思っている加江須であったが、不意に背後から何者かの気配を感じバッと背後を振り返る。


 「っ!? な、なんだアンタは…?」


 振り返るとそこには一人の女性がいつの間にか立っていた。先程に周囲をぐるりと見渡した際には確かに誰も存在はしなかった。だが、この女性はいつの間にか自分の背後に立っていた。一体いつからそこに居たのか分からないが、この謎の空間に気配も感じさせず現れる女の存在は加江須に十分な不安と警戒心を抱かせた。


 「……此処はどこだ? アンタは一体何だ?」


 目の前の女性はさらさらとした落ち着きのある空の様に蒼い長髪をしており、その髪を引き立てるかのような雲の様に白いワンピースのような服を身に纏っており、頭には青を強調した花びらのカチューシャを着けていた。年齢は二十代前半位であり、美しい顔立ちは街中で見かければ誰もが一度は振り返るだろう。

 だが、この奇妙な空間に得体のしれない彼女は美しさ以上に恐怖感を臭わせた。


 警戒心がどうやら表情に出ていたようで目の前の女性は少し慌てたように加江須に話しかけてきた。


 「きゅ、急にごめんなさい。いろいろと混乱していますよね? だ、大丈夫危害は加えませんから落ち着いて…」


 両手をわたわたと振りながら少し慌て気味で話しかけてきた女性の仕草を見て少し毒気が抜かれる加江須。しかし少し、というだけで完全に油断はできない存在であることに違いはなかった。

 兎にも角にもまずは自分の置かれている状況を確認する為に目の前の彼女へいくつかの質問を投げかける。

 

 「最初の質問だ。あんたはいったい誰だ?」


 「あっ、まだ自己紹介をしていませんでしたね。ご、ごめんなさい」


 正直話していてイライラするタイプの女だと加江須は内心で毒づいていた。いちいち求めてもいない謝罪をしてくるところが腹立たしい。そんな気弱なところが生前の自分に似ているところがなお彼の神経を逆なでした。

 そんな彼の心境など知らずに女性はたどたどしさを感じさせながら自己紹介をした。


 「わ、私の名前はイザナミと言います。い、一応神様をやっているです…はい…」


 「……はぁ?」


 目の前の女が何を言っているか解らず怪訝な顔つきになってしまう加江須。

 言葉が出てこず呆けてしまう彼に対してイザナミと名乗る女性は言葉を続けていく。


 「え、えっと…一応日本でもそこそこ名の知れた…あっ、いえ! べ、別に自分の事を有名人だと言うつもりはなくて…ええっと……」


 「……伊邪那美って言う神様は俺も知っているよ。そのメジャーな神様がアンタだと…そう言うのか?」


 「は、はい。そういう事で……」


 「ふざけてんのか!? そんなバカな話を信じられるわけねぇだろうがっ!!」

 

 自分を神様だと名乗る女性に対して怒りを隠すこともなく怒鳴り散らす加江須。

 突然の怒鳴り声に対してイザナミは小さな悲鳴を漏らして目をつぶる。閉じられた瞳からは僅かな涙がにじんでおり、その姿を見て彼女の発言をますます疑う加江須。


 「し、信じられない気持ちは分かります。で、でも本当のことなんです」


 「逆の立場で俺が同じセリフを言ったら信じられんのかよ? 神様だってんなら何か証明してみろよ」


 「そ、その…あの! この空間を見てもらえれば信じてくれるかと……」


 イザナミが涙目で周囲を指さし、改めて周りを見渡す加江須。

 目の前の女の神という妄言に苛立ちを覚えていた彼であったが、自分が今いる空間を見渡すと少し冷静さを取り戻す。


 「……あんたが神様云々はさておき…そうだな。此処がどこなのかは気になるな」


 「こ、ここは〝転生の間〟と言います。ほ、本来死ねば〝審判の間〟に飛ばされるのですが一部の人達はここにやってきて…その……」


 おずおずと説明を始めるイザナミ。また怒鳴られるとでも思っているのか彼女は加江須の目を直視しようとせず、その態度にまた苛立ちが感じるが怒りを抑える加江須。

 今の現状を詳しく知るためには目の前の女から聞くしかないのだ。もし不必要におびえさせ逃げられでもしたら厄介だ。最悪この何もない空間に置き去りにされるかもしれない。


 ――もしもこんな何も無い空間に一人残されたら発狂しかねない……。


 「え…えっと、ごめんなさい。わ、私の話…ちゃ、ちゃんと聞いてくれますか?」


 イザナミが怯えつつも自分の話をちゃんと聞いてくれるか確認を取ってきた。どうやら自分が彼女の話に集中していない事に気づいた様だ。

 おどおどしている割にはそれなりの観察眼はどうやら持ち合わせているようだ。


 「ああ悪い。今の自分の置かれている現状に戸惑い続けていた。少し遅れながらもようやく混乱が解けてたようだ」


 「そ、そうですか。む、無理もないですよね、いきなりこんな……。私ももう少し気を使うべきだったというか…。その、ごめんなさい…」


 とりあえず軽く謝罪をする加江須であるが、逆に何も非の無いイザナミも頭を下げ始める。

 

 先程からずっと思っているがこの自称神様は少し――いやかなりの臆病者、もしくは小心者のようであった。

 出会ってからまだ数分の間に一体何度彼女は『ごめんなさい』と言っているのだろうか。


 「(くそ…調子狂うじゃないかよ…)」


 当初イザナミに抱いていた警戒心が徐々に薄れつつあることに気づきはっとする加江須。再び気を引き締め油断なく彼女を見る。

 気を引き締めて眼光が鋭くなったからか、イザナミがまた少し怯えた様な反応を見せる。


 「…悪い、話を続けてくれないか?」


 また怯え始めているイザナミに軽く謝って話の続きを促す加江須。

 

 「え…えっと、じゃあ説明を再開します。さっきも話したけどこの転生の間は死んだ人間がたどり着く場所。死者の魂を転生と言う形で蘇らせる際には此処へと飛ばされます」


 「……という事は…俺は本当に死んだのか?」


 「う、うん。残念ながら…ごめんなさい…」


 またしても謝罪を口にするイザナミ。

 別段彼女は何も非がないだろうと思うが、ここでそれを言えばまた謝ってくるんだろうと思い何も言わないでおく。

 そのまま相変わらずたどたどしさの残る口調で説明を続けていくイザナミ。


 「そしてさっき口にしたもう一つの審判の間なんだけど、そこは転生ではなく魂と記憶を浄化して新たな生命として蘇らせる場所です。普通は死後、死者の魂はそこへと誘われます」


 「ならどうして俺はその審判の間とやらに呼ばれず此処に来たんだ?」


 「そ、それは貴方には転生と言う形で蘇がえってもらって頼みたいことがあるから…その…」


 目の前の自称女神――いや恐らくは本物の女神の話ではどうやら死んだ後は普通は〝審判の間〟とやらに飛ばされるのが基本の様だが、どうやらこの女神は自分に何か頼み事があるためこの〝転生の間〟とやらに呼び寄せた様だ。もっとも〝審判の間〟とやらがどのような所なのかも未だよく判ってはいないのだが……。


 その後、加江須は最初に審判の間についてイザナミから鮮明な説明を受けた。


 どうやら彼女の話では死んだ人間は基本的に審判の間へと呼び寄せられるらしい。

 その場所を管理しているイザナミとはまた他の神が訪れた死者と対面し、そしてその者の生前までの生き様を検分した後に魂を浄化し再び次の人生を歩ませるそうだ。

 だが魂を浄化されたその後、再び人間として生きられるとは限らないらしい。生前の犯した罪の度合いによって再び人間か、それとも犬や猫のような獣か、重い罪を犯した者はノミやダニのような害虫として次に人生を送る事もあるらしい。中々にゾッとする話だ。


 「この場所に呼び寄せられて良かったかもな。もし虫にでも生まれ変わる事を突き付けられたら死にたくなるよ。もう死んでるけど…」


 「よっぽど大きな罪を背負ってないならそこまで酷い生まれ変わりはしないと思います。す、少なくとも君はもう一度人間として生まれ変われていたと思いますよ」


 「…今更だけどあんたは俺の事を知っているのか?」


 「こ、この場所に訪れる人間の名前や大まかな事は…。えっと…か、加江須君で合っていますよね名前は。別段特に悪いこともしていないし、いっ、一般的見地から見ても優しさと常識のある男の子…」


 「褒めてくれてどーも。とりあえず審判の間がどういう所かは把握した。次は今いるこの転生の間についての補足説明をしてほしいんだが」


 「あっ、そ、そうだよね。今からこの場所や貴方を呼び寄せた理由を詳しく説明します。さ、先にこっちの方から話すべきでしたね。ご、ごめんなさい…」


 手を左右にわたわた振りながら頭を下げるイザナミ。この神様は本当に謝罪がお好きなようだ……。

 

 「こ、この転生の間は審判の間とは違い魂を浄化する事なく生前と同じ姿、そして記憶を引き継ぎ転生をして蘇れる所です。ですがその代わりこの場所に呼び寄せられた人にはとある事をしてもらいたいんです…」


 「とある事…何か嫌な予感がするな。アンタは俺に何をさせたいんだ?」


 一体何を自分にさせたいのかを尋ねる加江須。

 彼が目的を伊邪那美に問うと、彼女は頭を下げて彼へと頼み込んだ。


 「お願いします加江須さん。貴方には元の世界へと再び転生し、そしてある化け物と戦って欲しいのです!!」


 勢いよく頭を下げながらイザナミは出会ってから一番大きな声でそう頼み込んできたのだった。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんか口悪いし態度も悪いのは印象悪い子ですね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ