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夏の締めくくりは花火で


 親に買い出しに行かされてホームセンターで偶然にも見かけたクラスメイトの久利加江須。そんな彼の周りには複数人の美少女達が群がっている。その光景を見た奥手は思わず血涙を流さんばかりの嫉妬心をあの男へと向けていた。

 しかしここで愛理や黄美の口にした言葉を聞くと彼は頭が真っ白となった。

 

 「こ、こ、こ…恋人達ってどういう事だよ?」


 今のは自分の聞き間違えだろうか? いや聞き間違いなどでは決してない。その証拠はあの男の周りに居る少女たちの乙女の顔が何よりの証拠だ。

 あまりの衝撃的な事実に呆然としていると視線の先では加江須がヨシヨシと彼女達の頭を撫でている。


 「な…あああ…アイツ…!」


 加江須が馴れ馴れしく女性達の頭を撫でても彼女達は嫌がる素振りは見せない。それどころか喜んでいる。どうやら本当に…本当にあの男は1人で5人の女性と恋人関係を築いている様だ。


 「な、何でアイツがあんなにモテるんだよ?」


 買い物も済み遠ざかって行く加江須の背中を見つめながら奥手は奥歯をガリッと噛みしめた。

 自分と同じクラスメイトの久利加江須は少し前までは自分と大して何も変わらない平凡な生徒だったはずだ。だがここ最近、夏休みに入る前にあの男は少し変化が起きた。体育の時間では運動部の連中をまるで子供扱いするかのような身体能力を何度も発揮している。


 「そこからだよな…アイツの周りに女子が群がるようになったのは…」


 自分と何も変わらぬただの一般生徒と思っていた男がある日を境に急に超人となり、その日以降から周りにも女子が集まるようになった。一体彼に何があったと言うのだろうか?


 「う…羨ましすぎる。何でアイツばかり……」


 夏休みに入る前には自分には誰とも交際をしていないなどと言っていたがどうやら嘘だったようだ。

 もしも自分のクラス内の男子達がこの事実を知れば余りの怒りで総出となって襲い掛かってくるかもしれない。かく言う自分も思わず飛び出して久利のヤツに問い詰めたい気分になりもした。


 「くそ…なんて惨めな事を考えてんだ俺は…」


 自分がなんとも矮小な事を考えていると自覚をすると益々惨めさが際立つ。

 俯かせていた顔を上げるともう久利の姿はどこにも無かった。


 「……いきなり身体能力が上がったり、複数の女性に好かれたり絶対におかしい。アイツにはきっと自分の人生を変える何かがあったんだ」


 そうでなければ自分とさして変わらぬ平々凡々なアイツがあそこまで勝ち組になれるなんてあり得ない。

 しばし悔しそうな顔をしていた奥手であったが、彼は何かを決心するとその場から無言で立ち去って行った。


 「夏休みが終わったら問い詰めてやる…!」


 そしてあわよくば女子にモテる様になった理由も知りたいと心の奥底で思う奥手であった。




 ◆◆◆




 外の世界は少し前までは薄闇でまだ物の姿がなんとか認識できる明るさであったが、今はもう完全な夜となり闇が立ち込めている。

 そんな暗闇の中で加江須たちは近くの公園までやって来ていた。今日みんなで買って来た花火をするために広い場所を選んだのだ。


 「よし、火の始末の為の道具も準備したな」


 加江須の少し後ろの方には水を入れたバケツが置いてあり、遊び終わった後の後始末の準備も事前に整えてある。

 準備が整うと加江須が指先から火を出して花火へと点火した。


 火をつけられた手持ち花火からは鮮やかな火花が放たれ、その美しさにイザナミがわーっと声を漏らす。


 「見てるだけじゃ退屈だろ。ほらイザナミも」


 片手で花火を持ちながらもう片手で火の付いていない手持ち花火を渡す。周囲を見てみると他の皆もそれぞれが花火を手にし、間近で散りばめられる鮮やかな花びらを楽しんでいる。

 それからは小型の打ち上げ花火や蛇花火など様々な種類の花火を楽しむ一同。そして楽しい時間というのはあっという間に過ぎて行き、大量に購入していた花火もついに残り1種類となっていた。


 「いやー遊んだ遊んだ。気が付いたらもうコレしか残っていないぞ」 


 そう言いながら加江須が取り出したのは線香花火であった。


 「コレも花火なんですか? 何だか今までの物と比べると小さい花火ですね」

 

 加江須の手の中に握られている線香花火の束を見つめながらイザナミが首を傾げる。


 「ああ、この線香花火は花火の締めで良く行われる花火なんだよ。今までの花火と比べると派手さには欠けるが最初から最後まで変化を楽しめる花火だ」


 そう説明しながら線香花火を恋人達へと手渡していく。そして全員の手に花火がいきわたると加江須が指先から小さく火を出して花火へと点火する。

 火をつけられた線香花火の玉はブルブルと小刻みに震え始め、そこから徐々に火花が散って行く。その火花は少しずつ大きくなり、パチパチと鮮やかな音を奏でている。


 「わあ…」


 自分の線香花火を見つめながらイザナミが感嘆の声を漏らしていた。確かに加江須の言った通り今までの花火と比べると少し地味かもしれない。しかしこの控えめな火花を見てると心が落ち着くのだ。やがて火花は小さくなっていき、さながら菊の花の様に火球は燃え尽き、そして地面へと燃えカスとなった火球がポトンと落ちた。


 「…もう夏も終わりだな」


 地面へと儚く燃え落ちた火球を眺めて呟く加江須の声にはどこか寂し気な色が含まれていた。まだ子供の頃に線香花火を終えた後はどこか虚しくなった事を思い出す。周囲を見ると他の皆も似たり寄ったりの表情をしている。


 「今年の夏も終わっちゃったね。なんだか毎年夏休みが終わる直前は寂しくなるよ」


 愛理がそう言いながら空を見上げると夜空に点々と星が光っていた。

 夏の終わりを溜息と共に噛みしめている恋人たちに加江須は一度小さく呼吸をすると明る気に声を掛けた。


 「夏は毎年巡ってくる。来年にはまたみんなで花火でもしようぜ」


 加江須がそう言うと恋人達はどこか切なそうにしつつも笑顔で頷いた。


 花火を終えた後にはきちんと後片付けをする加江須たち。遊ぶだけ遊んでゴミを撒き散らして立ち去るなどマナー違反は決して犯さない。

 花火の燃えカスを一か所に集めていると黄美が掃除をしながらも隣まで近寄って来た。


 「何だか懐かしいね。この公園で一緒に花火をするなんて…」


 「…ああそうだな。本当に懐かしい」


 幼い頃にはこの公園で黄美とよく遊んでいた。夏休みには今回の様に親同伴とは言え一緒に花火をしたこともあった。

 そんなかつての幼い記憶を思い返していると黄美がどこか申し訳なさそうな表情を見せる。


 「本当に良かった。またカエちゃんとこの公園で思い出を作れて…」


 「黄美…お前…」


 「私は一度あなたに対しての接し方を間違えてしまった。もう二度と昔の様にこの公園でカエちゃんと思い出を作れる日は訪れないかとも覚悟した」


 まだ小さな頃は純粋に自分の感情を表に出せていた黄美であったが、ある時期から彼女は恥ずかしさから本心を罵倒で隠す様になってしまった。そして長い間、加江須の事を苦しませ続けてしまった。今にして思えばあのまま自分は彼に見放されてもおかしくはなかっただろう。だからこうして彼の隣に居る今の状態がとても幸福であった。


 「私もう二度と間違えないから。もう二度と本心を隠すためにあなたを傷つけないから。だからこれから先も一緒に居てねカエちゃん」


 「ああ。心配しなくてもこの先の未来はずっと一緒だ」

 

 二人はしばし見つめ合い、そして二人同時に顔を近づけて唇を合わせる。

 

 「これから先もよろしくな黄美」

 

 「うん、私の方こそねカエちゃん」


 そんな花火の熱に負けない程に熱い視線を交わしていると他の恋人達が詰め寄って来た。


 「あー黄美ばかりずるいよ。加江須君の恋人は私たちだってそうなんだから」


 そう言うと愛理は加江須に近づくと目をつぶって少しだけ唇を前に突き出して来た。その行動の意味を理解して少し恥ずかしくなってしまう。だが黄美にだけあんな事をして他のみんなにはしない訳にはいかない。


 「愛理もこれからもよろしくな」


 「ん…」


 黄美に続けて彼女とも一瞬のキスを交わす。

 そうなると他の恋人たちも口にこそ出しはしないが自分の口元を指でなぞってモジモジとしている。


 「……あんま待たせんなよ」


 恥ずかしがりながらも氷蓮がそう言うと彼女の方から唇を押し付けて来た。

 それに続いて仁乃とイザナミもそっと一瞬のキスをしてきた。


 「たくっ…前にも言ったけど全員平等に大事にしなさいよ」


 仁乃がそう言いながら腕苦をしてぷいっとそっぽを向いた。

 そんな彼女の言葉に答えるように加江須は5人の恋人たちを丸ごと抱きしめてあげた。


 「じゃあみんな、この先も俺と一緒に同じ道を歩んでくれ。必ずみんなの事は俺が守るから……」


 そう言いながら最愛の宝物たちをギュッと強く抱きしめた。

 彼の腕に抱きしめられながらも恋人たちは互いに顔を見合わせると困り顔で笑い、そして逆に全員で加江須の事を抱きしめ返してあげた。


 「気持ちは嬉しいけど一人だけで抱え込むのは禁止よ」


 「ただ守られるだけじゃ嫌だ。俺たちだってお前の事を守るからよ」


 「カエちゃん、困ったときは私たちにもちゃんと相談してね」


 「そーゆーこと。持ちつ持たれつって感じで」


 「互いに支え合いながらこの先も……」


 恋人達のその言葉に加江須は目を閉じ、そして嬉しそうに頷いた。

 ああ…幸せだ。こんなにも自分のことを想ってくれる人たちがすぐ傍に居る。


 こうして加江須たちの夏は終わり、いよいよ新学期が始まろうとしていた。



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