ホームセンターで見た妬ましい光景
もうまもなく日付も9月を迎えようとしていた。それはつまり学生にとっては長期の休みである夏休みも終了しようとしていると言う事だ。
新学期まで残り3日となった昼頃、加江須の部屋にはいつもの恋人達が集まっていた。
「はあー夏休みももう終わりかぁ。なんだか終わってみると早いもんだね」
加江須のベッドの上でゴロゴロと横になりながら愛理は口惜しそうにしていた。
そんな彼女を見つめながら加江須も少し残念そうな顔で呟く。
「そうだよなぁ。折角の夏休みだってのに半分近くは特訓だの戦いだのに巻き込まれていたからなぁ」
思い返せばこの夏に何度も戦いに巻き込まれたことか。
まずはウォーターワールドでは転生戦士の無差別犯行に巻き込まれ、しかも狂華の様なイカれた戦闘狂に目を付けられる事となった。
そして空きビルでは大切な恋人をサーベントと言う人型ゲダツの手によって囚われの身となりかつてないほどに怒りを覚えた物だ。
イザナミに海を見せて上げたくて計画した温泉旅行では馬鹿な半グレグループに狙われ、しかもゲダツとも戦闘を行った。
挙句には数日前にはとうとう焼失市の外へとまで足を延ばして半ゲダツ、そして同じ転生戦士の形奈と激突した。
他にもイザナミが神界から追放されて加江須の家に住む事になり、ゲダツとの戦いに備えて特訓を行ったりととてもハードな夏休みだったとしみじみ思う。
しかし今はこうして部屋の中でだらけてはいるがこの夏休みで問題も出て来た。
「それにしても加江須から聞いたその〝ラスボ〟ってヤツが下手したらこの焼失市にまで来るかもしれないのよね? そう考えると私たちもうかうかしていられないわね」
「ああ、今よりももっと強くならなきゃならねぇ事は加江須の話を聞いて嫌という程に理解できたぜ。ましてや俺と仁乃は一度人型のゲダツ相手に捕まった経験もあるしな」
そう言いながら氷蓮はこの夏休み中に経験した苦い思い出を改める。
そしてようやく戦う力を手にした黄美と愛理の二人もイザナミから託された指輪を強い瞳で見つめる。もう自分たちもただ守られるだけじゃない、ゲダツと戦う立派な力を手にしているのだから。
そんな皆が覚悟を決めた強い顔をしているのとは真逆にイザナミは悲痛そうな表情をしていた。
「どうしたのイザナミさん? 何か元気ないけれど…」
悲しそうに俯いている彼女の様子を心配して仁乃が話しかける。
「いえ…まさか転生戦士の方がゲダツと協力をして縄張りまで作っているとは……」
その言葉に加江須は何も言えなくなってしまう。
イザナミは元女神だ。そして彼女はこの下界のゲダツと言う脅威を排斥する為に転生戦士を生み出して来たのだ。そんな人類を守るための戦士が敵側として、それもゲダツと手を組むなんて思うところもあるのだろう。
「でもその形奈って女は私も許せないね。ゲダツと戦う為に生き返らせてもらっておきながらそのゲダツと手を組むだなんてさ」
そう言いながらこの場には居ない形奈に対して軽蔑を抱く愛理。
そして彼女に便乗するかのように氷蓮もある転生戦士について文句を言い始める。
「あのウォーターワールドで殺人を起こした狂華ってヤツもそうだよな。戦いに取りつかれてゲダツだけじゃ飽き足らずもう人間だって何人も殺しているんだしよ」
「それにその狂華って人はカエちゃんの命も狙っているんだよね? 許せないなぁ…もし私の目の前に現れたなら燃やし尽くしてやるのに…」
そう言いながら指輪からメラメラと炎を沸き立たせる黄美。その瞳には自分の大切な人を絶対に殺させないと言う決意と怒りが激しく燃え盛っていた。それは他のメンバーも同じであり、普段は温厚なイザナミですらも怒りに満ちている貌をしていた。
そんな怒りで仏頂面をしている彼女たちに加江須は落ち着かせようと優しく語り掛ける。
「みんな心配してくれてありがとな。でも安心しろ。お前たちを残して俺は勝手に死なないよ」
加江須が笑みを浮かべながらそう言うと彼の恋人たちは頬を紅く染めて頷いてくれた。
「まあ夏休みも残りたったの3日だ。戦いばかりじゃ潰れてしまうし、最後にみんなで何か思い出でも作らないか?」
「うーん…思い出かぁ……」
加江須のこの言葉に皆は顎に手を当ててうーんっと唸りながら考える。
この夏休み中は確かにこの場に居る皆と色々と一緒に出掛けて思い出は作ったがその行く先々で戦いに巻き込まれてきた。最後くらいは穏やかな時間を恋人と過ごしたいと言う思いはこの場に居る全員共通の思いであった。
しばし考え込む一同であったが、ここで黄美が夏ならではの良いアイディアを思いついた。
「そうだ、そう言えば私この夏はまだ花火をしていなかったんだ」
「花火…ああそう言えば私もまだしていなかったわね」
黄美の発言でこの場に居る全員が夏の風物詩である花火をまだしていない事を思い出す。
「そう言えばもう随分とやってない気がするなぁ…花火…」
加江須はそう言いながら昔の夏の夜にはしゃいでいた自分の事を思い出していた。
そういえば小さい頃は毎年家の庭や玄関などで花火をしていたものだが…思えばいつ頃からやらなくなったのだろう? やはり成長するにつれて子供の頃にしていた当たり前の遊びを忘れてしまうのだろう。
「でも花火と言えば少し前に花火大会があったよね? まあ私は会場に行かず自分の家の庭で眺めていたけど」
愛理がそう言いながら数日前の夜の空に打ち上げられた花火を思い返していた。
「あれだけデカい花火見た後だとお店とかで買える花火ってちょっとしょぼい気がするけどなぁ。他にももっと面白い事があるんじゃない?」
「そ、そうかなやっぱり」
愛理の指摘を受けて小さくなってしまう黄美であるが、そこに待ったを掛けたのは加江須であった。
「いやそんな事ないだろう。花火大会の花火と家でやる花火はまた別もんだと俺は思うぞ」
確かに愛理の言う通り規模こそは小さなものであろうが家庭用の花火には家庭用の花火の良さもちゃんとある。打ち上げ花火とは違い自分の手で花火を持ち間近で煌びやか花を観賞でき、それに仲の良い者同士で行えばなお楽しく感じれるだろう。
加江須は黄美の提案に賛成の空気を出しているとソレに触発されたイザナミも興味を持ち始める。
「私も花火をやりたいです。以前に加江須さんの部屋から見せてもらった打ち上げ花火も派手で美しかったですし。ここに居る皆さんで花火なんてとても楽しそうじゃないですか」
「俺もだな。そういや花火をやるなんてもう数年も経験してねぇしよぉ」
イザナミに続いて氷蓮も賛成し、やがては仁乃と愛理も黄美の出したこの案に賛成をしていた。こうして全員が賛成した事を確認すると加江須は立ち上がって皆に指示を出す。
「よし、どうせならここに居るみんなで買い出しに行こうぜ。花火にも色々と種類があるからみんなの好きな花火を選ばないとさ!」
「そ、それはいいけど加江須なんか嬉しそうね?」
いつにもまして盛り上がりを見せる加江須の反応に少し戸惑う仁乃。
今でこそはもう家で花火など行わなくなったが昔の幼い頃を思い出して童心がくすぐられてしまったのだ。
そのまま少し興奮気味の加江須に連れられて一同は早速夜のイベントの為に買い出しへと出掛けるのであった。
◆◆◆
彼らが向かった先は日用雑貨や住宅設備に関する商品を販売する小売店、つまるところホームセンターである。昔のまだ懐かしき小学生時代などは良く此処で父親にねだって花火を買ってもらっていたものだ。
店の中に入ると彼らは花火の置いてあるであろうコーナーへと足を運ぼうとする。しかし未だ下界にある様々な店を全て把握できていないイザナミはホームセンター内を興味深そうに観察していた。
「やっぱり気になるかイザナミ? お前はまだこの下界に慣れてないからな。こういう店にだって入った事がないんだろ」
「あ、はいすみません。まるで子供みたいな反応をしちゃって…」
まるで生まれたての子供の様にキョロキョロとしていた自分が恥ずかしく頬を羞恥心から赤く染める。そんな彼女の姿を微笑ましく思いながらも加江須はこう言った。
「そんなに気になるなら少し見て回って来たらどうだ? これからは下界暮らしなんだからさ。それにホームセンターってスーパーほどじゃないけどそこそこ足を運ぶこともあるだろうし」
「そーゆー事なら私が軽く案内してあげるって♪」
そう言いながらイザナミの手を取ったのは愛理であった。
彼女はイザナミを連れてそのまま店の奥の方へと歩いて行く。その際に黄美に『花火選びは任せたぞー』なんて言いながら。
「さてじゃあ俺たちは花火を選びに行くか」
加江須の言葉に残りの3人の恋人たちは頷いた。
◆◆◆
「くそっ…何で俺がこんな買い物頼まれなきゃならねぇんだよ!」
そう言いながら棚に置いてある商品をカゴの中に乱雑に入れている少年が居た。
彼の名前は蓮亜奥手と言い加江須と同じ新在間学園の生徒であり同時に彼のクラスメイトでもある。
彼は残り少ない夏休みをクーラーの効いた部屋でくつろいでいた所を母親からこのホームセンターに買い物を頼まれたのだ。なんでも父が自作の棚を作るとか何とか。
「知らねぇんだよ棚作るとかなんとか。大体何を置くつもりなんだよ?」
自分の親父は昔から手作りで色々と物を造っているがわざわざ自作せずにその現物を購入した方が良いと思う。自分で作るからといっても費用だって掛かる。その上にこうして自分が買い出しに使われる事もある。個人的にはそれが一番ムカつく事だ。
「くそ…うぜーな。早く家帰ってアイス食いてぇ…あん?」
ふと女性の楽し気な会話が聞こえて来たのでそちらに目を向ける。するとそこには加江須と別行動をとっている愛理とイザナミが居た。
「うおっ…美人じゃねぇかよ…」
仲睦まじ気に話をしている愛理とイザナミを見て思わずポロっと本音が零れる奥手。
だがよく観察してみると女性の片割れが同じ学園の生徒である愛理である事に気付いた。
「あの娘ってウチの学生だよな? あれ…俺は彼女をどこで見たんだっけ?」
同じクラスではないがあの愛理の姿を学園で自分はよく見かける気がする。しかしどこで見かけたのか明確には分からずに首を捻っていると彼女に声を掛ける人物がいた。
「ここに居たか二人とも。探したぞ」
「あ、加江須君。ごめんごめん、イザナミさんと色々見ていたんだぁ」
愛理に話し掛けたのは花火を選び終わった加江須であり、彼の姿を見て自分が愛理をどこで見かけていたのかをハッキリ思い出した奥手。
「そうだそうだ思い出したぞ。あの娘はいつも学校で久利のヤツと一緒に居た娘だ」
視線の先に居る加江須の存在を憎々し気に睨みつける奥手。
アイツは最近あの愛理ちゃんを始め複数の女子生徒と一緒に居る現場を学園で何度も見かけていた。
自分があの娘を見かけたのは久利のヤツと一緒に居た時だったのだ。
「おーい加江須、二人は見つかったか?」
また新たな女性の声が聴こえてきたので見てみると氷蓮たちが加江須と合流していた。
「あれは愛野さんと伊藤さん! しかも見た事の無いに少女がさらに二人…あ、あの野郎……!」
思わずあれだけの美少女を独占しているあのクラスメイトの男を呪い殺そうかとすら思ってしまった。しかしその後に愛理の放った言葉を聞いて彼の思考は停止した。
「じゃあ買い物も済んだなら帰ろうか彼氏様♡」
そう言いながら愛理は加江須と腕を組む。
するともう片方の空いている腕に黄美がすかさず自分の腕を絡めて言った。
「ずるいわよ愛理。カエちゃんの恋人はあなただけじゃなくて私たち全員なんだからね」
その言葉を陰で盗み聞いていた奥手は思わず手に持っていたカゴをその場に落としてしまった。




