犠牲を覚悟の体当たり
尻尾の1本に滴る血をペロリと舐めながら加江須は目の前の相手を睨みつける。視線の先に居る形奈は落ちている自分の刀を拾うとソレを構え直した。
ここまでのぶつかり合いで未だ表情から焦りを見せない形奈の強さは本物であった。転生戦士の中で一際強い戦士ならば狂華の様なヤツとも遭遇した事があるが、目の前の女はタイプが違う。
狂華の場合は時間停止などの複数の能力を持ち手数の多さで厄介であったが、目の前の形奈は純粋に神力の扱いに長けて基礎能力が凄まじい。しかも不味い事に彼女の能力が未だ解明すらされていないのだ。
「くそ…ここまで手こずらされたのは初めてかもな…」
しかもその相手がゲダツではなく自分と同じ転生戦士だとは……。
「ふん、どうした? 3対1で随分と焦っているじゃないか」
そう言うと彼女は刀を降ろして不敵な笑みを浮かべる。
「そこのゲダツと言いお前と言い何やら七面倒くさい力を有している様だが私には効かん。この私を倒したいなら小細工なしに純粋な力で真正面からねじ伏せるしかないぞ」
「……随分と大仰な事を軽く吐くわね。どんな揺さぶりをされても自分の精神は揺るがないと?」
ディザイアがそう問いかけると形奈は自信満々に『ああそうだ』とハッキリ言った。
「そこの狐。お前は私たち転生戦士が特殊な能力を与えられて現世に生き返る事は知っているな。当然私もある能力を手にして蘇った。お前たちだって違和感を感じている筈だ。なぜ先程から自分たちの能力の影響をこの女には与えられないのか…とな…」
その言葉に対して返答こそは返さなかったが二人は内心で頷いていた。
何故ディザイアの欲求をコントロールする力や自分の幻覚を見せる力がまるで働かないのかと思っていたが、やはり彼女はすでに能力を使用していたようだ。
「冥土の土産に教えてやろうか? 私が手にした能力についてな」
「……なんだと?」
形奈が自らの能力を教えると口にした途端に加江須は眉を顰める。
普通ならば戦闘の最中に自分の力を教える者はいないだろう。そんな事をすれば能力の穴を突かれて形勢不利に陥る可能性だって十分あるからだ。そんな事などあれほどの手練れであれば分かりきっていると思うのだが……。
そんな事を内心で考えていると形奈は何の問題も無いと口にする。
「私の能力をここで教えても何の問題も無い。何故ならば能力を教えたところで一切戦況は変わらないからだ。私の能力は――『能力打ち消す特殊能力』、それこそが私の能力だ」
形奈の口から出て来た能力名に加江須は息を呑んでたじろいだ。
なんだその出鱈目な能力は? それはつまり相手の能力を無効化する能力だとでも言うのか?
「そう絶望的な顔をするなよ。能力を打ち消す、などと言っても何でもかんでも無力化できる訳でもない。私たち転生戦士の持つ神力や外傷までは防げない。だが精神面に影響する能力は全て効かないがな」
この能力を形奈は加江須たちと向かい合っていた時から常時発動していた。だからディザイアや加江須の能力が彼女に届かなかったのだ。
そしてこの能力を知らされた加江須たちは顔に焦りが浮かび始める。
「ふん、顔色が少し悪くなってきているぞお前たち。だから言ったんだ。私が自分の能力を披露したところで影響などないとな。むしろお前たちにより絶望を植え付けられた事を考えると話した甲斐があったかもな」
その言葉を言い終わると同時に合図なく戦闘再開となる。
床を強く踏みしめて一気に加江須へと真正面から向かって行く。
もちろん加江須も応戦するがまるで柳の様に複数の尻尾の豪雨をやり過ごして距離を徐々に詰める形奈。
「シャアッ!」
「ぐっ、うぉらァッ!!」
凄まじい剣速で振るわれる刀を尻尾で弾く加江須。
その内の1本の尻尾は斬られた傷が開き鮮血が宙に舞う。その血の雫が形奈の頬に付着し、口元まで垂れさがる血をぺろっと舐めながら口を開く。
「どうした、尻尾の動きが単調になってきているぞ。焦りが出ている証拠だな」
「相手が一人だと思わない事ね!」
背後から怒号と共にディザイアが傘を形奈の頭部目掛けて横に振るう。
その攻撃を首をひねって回避、逆に刀の鞘を腰から引き抜くと神力で強化してディザイアの腹部を突いた。真剣でないため肉体を貫通する事は無かったが、しかし鈍器としては使用できる。腹部へと突き刺さった硬化されている鞘の攻撃でディザイアは空気をがはっと吐き出して吹っ飛ぶ。
だが一瞬だけ加江須から視線を離してしまった彼女は反応が遅れ、直撃は避けたが頬に尻尾が掠める。
「ちぃ…攻め切れないか…」
繰り出された拳をガードしながら間合いを取る形奈。
尻尾が掠めた頬からは赤い血が床まで落ちている。その血を見つめながら彼女は狙いを1人ずつ確実に消していくべきだと判断した。
「(3対1…いやあの半ゲダツはもう戦力に数えなくてもいいだろう。今も間抜けに倒れて参戦してくる気配はない。そして一番脅威なのはやはりあの狐擬きだ。)」
正直神力の扱いに関しては自分の方が遥かに巧みだろう。だが自分の技術を強引に抑え込む圧倒的な火力が厄介であった。ここぞと言うタイミングで攻め切れないのだ。それでも1対1ならば勝てる自信はある。
「(その為にはやはりあのゲダツ女が目障りだな)」
加江須に劣る実力とは言えあの女は上級種である人型タイプ。もしもあの二人が自分との打ち合いでさらに連携を取れてきたら面倒なことになる。
それならばまずは弱い方から確実に処理をする!
加江須と向き合っていた形奈はくるんと振り返ると一気にディザイアの方へと跳躍した。
「くっ、私から消そうという事かしら?」
自分へと刀を振るってくる形奈に語り掛けるディザイアであるが彼女は何も答えない。最速最短で目の前の敵を消すために全神経を刀へと集中しているのだ。
戦いに意識を完全に委ねた形奈の斬撃の威力はさらに上昇、その上に剣速も上がっておりディザイアも完全に押し込まれ続ける。反撃しようにも傘を目の前の敵に振るう暇すらない。
そこへ加江須が援護をしようと試みるがソレを先読みした彼女は無言のまま剣を振るい続けつつ、ディザイアの周辺を近距離で移動し続けて彼女と距離を常に詰め続ける。
「(アイツ…ディザイアの周りにべったりと引っ付いてやがる。これじゃ攻撃をするとディザイアに当たるかもしれない。くそ…)」
確実にディザイアを仕留める為に彼女は斬りかかり続けながら彼女に密着するかのように離れようとしない。これでは遠距離攻撃はもちろんの事、尻尾などの大ぶりな攻撃も外れるどころかディザイアに直撃するかもしれない。
それならば接近して格闘戦で援護しようとするが相手もその選択を読み切っていたので手を打ってくる。
「お前の相手は後回しだ。しばらくは指を咥えてみているんだな!」
ディザイアに剣を振りつつ合間に加江須へと神力の塊を斬撃として飛ばしてくる。しかもその飛ぶ斬撃の密度は凄まじく思うように形奈との距離を詰め切れずにいた。
「ぐっ…近づけねぇ!!」
一気に接近して加勢に加わりたい加江須であるが思うように近づけない。
絶え間なく自分に飛ばされ続ける斬撃を炎を纏った拳や蹴り、そして尻尾で弾く加江須。
「こいつ…本当に…本当に強いぞ!」
思わず攻撃を弾きながら素直な感想が口から漏れ出てしまう。
同じ転生戦士でも練度の違いは明らかであり、もしもディザイアが戦闘不能となり1対1となれば本当に不利だ。
それはディザイアも同じ思いであった。もし彼女が標的を加江須に替えて彼が倒されてしまえば自分だけではすぐにやられてしまう。となればもっとも勝てる確率が高い戦法は1つだけだ。
「「(何としても2対1の接近状態の構図に持っていき一気に決着をつけなければ!!)」」
「(ふん…二人揃って接近戦で協力してゴリ押しで片を付けようと考えているのが目に見えているぞ)」
加江須とディザイアの心の内を読み取りそんな展開には持っていかせはしないと思う形奈。
それに…もうこのゲダツの方はこれ以上は持ちこたえられないだろう。
そう形奈が思うと同時であった。ついに彼女の剣速に追いすがりつけなくなり傘を持っている右腕が斬り落とされるディザイア。
「うぐっ…ちぃ…」
「武器だけでなく片手失ったな。これでまずは1人目だ!!」
武器を持っている腕を斬り落とされて次の一撃を防げる手段を失ってしまったディザイア。
すぐに足元に転がっている自分の腕に握られている傘を拾おうと試みるが間に合わない。武器を拾うよりも早くあの刃が自分の体を二つへと切り離すだろう。
その予測を裏切らないかの様に形奈の剣が綺麗にディザイアの首へと流れるように近づいて行く。
だがこの時に形奈はある1点を見落としていた。
確かにこの場で脅威になる事は加江須とディザイアの二人が接近戦で共闘して攻めてくることだ。だから彼と彼女を分断し、そして確実にディザイアを消そうと考えている。しかし彼女はそもそもの重要な事を頭から抜け落としていた。
この空間には今現在〝3人〟の敵がいるという事に。
――次の瞬間、形奈は何者かのタックルを受けて大きく横へ吹き飛んだ。
「ぐあっ! お、お前は!!」
自分の腰に抱き着くようにぶつかって来た相手を見て形奈の顔は怒りに歪む。
彼女に体当たりをしたのは入り口付近で倒れていたヨウリであったのだ。彼は回復がまだ完全ではないがディザイアを救う為に自らの命を犠牲にする覚悟で突撃して来たのだ。
「どうせあのまま寝ていればお前に殺されていた。それならあの二人が有利になるように危険承知で覚悟を決めてやるよ!」
「そうか、なら往生しろゲダツ擬きがッ!!!」
その怒声と共に形奈の持つ刀がヨウリの頭部を貫通したのだった。




