番外編 女の子になっちゃった 2
加江須の部屋には色々な女性物の服が並べて置いてあり、その並べられた服を次々と彼、いや彼女は着せ替え人形の様に半ば強引に着替えさせられていた。
「カエちゃんすごく可愛いよ! 次はコレを着てみて!!」
「はあ……」
イザナミの持ってきた神具を迂闊に触れてしまい女体化してしまった加江須は恋人たちに着せ替え人形として遊ばれていた。母親の若い頃の服を色々と持ってきて次々と着せ替えられている。ちなみの下着に関してはパンツのままで上は何もつけていない。流石にブラやパンティーなどは抵抗がある。
「ねえ加江須、ブラか何かつけた方が良いんじゃないの?」
「いやいくらなんでも母親の下着を無断で使うのは絶対ダメだ。シャツを1枚多く上から着ていればいいよ。それよりもいつまで俺はこんな着せ替え人形していなきゃならないんだよ?」
いい加減に付き合いきれなくなってきたのか加江須はげんなりとした顔をしていた。
彼の表情を見てさすがに悪ふざけが過ぎたのかと思ったのか一番盛り上がっていた黄美と愛理も反省したようでようやく熱を冷まして彼、いや彼女の事を解放した。
「ごめんなさいカエちゃん。つい暴走しちゃって」
「まあそれはいいけど…俺はまだこの格好のままか?」
加江須は解放されはしたが一番最後に着衣していた母親のお古の服を見つめながら言った。しかしお古などとは言っても外を歩いても時代錯誤とは思われないだろう。しかも加江須自身は認めたくないだろうが凄い似合っている。
「今日一日はその服を着ていなさいよ。男物の服よりは自然よ」
仁乃は似合っているとは言ってくれたが素直に喜べない。だって俺は男の子なんだもん……。
「(まあ今日一日の我慢だ。明日になれば元の男に戻れるんだから辛抱辛抱っと…)」
それからは加江須がこんな状態と言う事もあっていつもみたいに異空間で特訓する気も起きずに部屋の中で楽し気に談笑する一同。ここで加江須が感じたのは自分の精神も少し女性に近づいていると言う事であった。
「(いつもは女性はよく長時間もお喋りができると思っていたが今は苦でも何でもないな)」
よく見かける恋人たちの長話を今は楽しく感じられる。どうやら感性の方も変化させる力があの神具にはあったようだ。
長時間の談笑を一切苦に思わず楽しい時間があっという間に過ぎて行き、気が付けばもう時刻は夕方の4時に近くなっていた。
「うお…いつの間にこんなに話こんでいたんだ?」
今の時刻を見てようやく我に返った加江須。
まさか少し長話をしていた気はするがここまで時間が過ぎ去っていたとは思わず少し呆気にとられる。我ながらよくもまぁこれだけ長時間の間口を動かし続けていられたもんだ。しかし他の恋人たちは特に不思議がる事はなかった。
「べつに女の子同士が家で集まるとこれくらい普通の事よ?」
「そう言えば俺も余羽のやつと話し込んでいつの間にか夜遅くまで時間が経っていた事もしばしあるしなぁ」
仁乃と氷蓮の言葉に改めて女性がおしゃべり好きな生き物だと思う加江須。まあ今の自分もそのおしゃべり好きな女性なのだが。
「まあ今日はもう遅いから解散という事で……あッ!!」
突然大きな声を出した加江須に思わず皆が驚いてしまう。
「いきなり大きな声を出して何よ? ビックリしたじゃない」
仁乃がそんな文句を呟いているが加江須の耳には届いてはいなかった。何故ならば今の自分には大きな問題がある事に今更ながら気づいてしまったのだから。
「俺…今日何処で生活すればいいんだよ……」
「はあ? 何を訳の分からない事を言っているのよ。どこで生活ってあんたの家はここ…あ…」
加江須が何を言っているのかまるで分らなかった仁乃であるがここで彼女の発言の真意に気付いた。
それに続いてイザナミも気付いたようでああっと声を小さく上げた。
「今の加江須さんは女性に変身しています。ご両親にはどんな説明をしたらいいのでしょうか……」
そう、イザナミの言う通りである。今の自分は男ではなく女となっているのだ。当然外見だって普段の自分とは似ても似つかない。そもそも性別すら異なる生き物になっているのだ。そんな状態で両親の前に出て『実は女の子になっちゃいました』などと言っても信じてもらえないだろう。
「そうかぁ。加江須君の親御さんには説明のしようがないからねぇ。そもそも転生戦士の事だって知らないわけだし」
愛理がそう言うと次に口を開いたのは氷蓮であった。
「別に明日には元の男に戻れんだろ。お前の両親には正体だけ隠してこの家に泊まっている事にすればいいんじゃねぇの?」
「いや、確かにクラスメイトが泊まりに来たって言えばウチの両親も1日ぐらいは泊めてくれるんだろうけど女子はどうかな……それにさ、肝心の俺が家に不在だと怪しまれるかもしれない。それなら俺が一日家を空ける方がまだ変に勘繰られずに済む」
加江須は高校生になってからは外出する事も増え、休みが続く時には家を空ける事も時々だがあった。最近では色々と周囲で非日常が巻き起こっているので丸一日家を空ける事は無くなったが親には友達の家に泊まる事になったとでもメールを送れば納得はしてくれるだろう。
「家を空ける事に関しては親にメールしておけばいいだろう。問題はどこで1日を過ごすか…」
さすがに丸1日野宿と言うのは不味いだろう。それに夜の見回りをしている警官に真夜中を歩いている現場でも見つかれば補導されかねない。そうなるとかなり厄介だ。
「しゃーなしだ。ネットカフェにでも行くか」
あそこなら一日寝泊まりも出来る。さすがにホテルなどは値が張るし一日家を空ける為だけに利用する気にもなれない。
しかしここで加江須に待ったをかけたのは黄美であった。
「それならカエちゃんは今日は私の家に来たらいいわ。家族には私から言っておくから! 幼馴染のカエちゃんならいきなりの訪問でも両親も納得するはずよ」
「ああ……いやそれは難しいんじゃないか?」
一瞬納得しかける加江須だがすぐに無理だと判断する。その言葉に黄美はどうしてなのかと不満そうな顔で呟いた。
そんな不満そうにしている彼女の事を諫めながら加江須は自分の顔を指差しながらこう言った。
「今の俺は女だぞ。つまり黄美のご両親にとっては面識なし、初対面の他人だ。そんな相手にアポもなしの状態で一晩泊めてくれるかな?」
「う…それは……」
加江須に言われて黄美も思わず心の中で確かに、と呟いていた。それは愛理も同じで彼女の方も家族が首を縦に振ってくれるとは思えなかった。もし予め予定を立てておいたのならば話は別だがいきなり家に連れて行き泊めさせようとするのは少し無理があるかもしれない。
「じゃあウチの方に来ないか加江須。ウチなら親の問題は一切ないぜ」
「ダメに決まっているだろ。ウチならなんて言っているが余羽のマンションだろ。いくらなんでも彼女に迷惑をかけすぎる。そもそも部屋の持ち主である当の本人が居ない所で決めていい事じゃない。せめてこの場に余羽が居れば頼み込んでいたかもしれないが……」
やはりここはネカフェの様な格安の所へと赴こうと思った加江須であるがそんな彼女に仁乃が手を上げて自分の家に来ればいいと誘いを入れて来た。
「私に家ならどう? ウチの両親はすごい寛容な性格しているから頼めば一日ぐらいは大丈夫だと思うわ」
「でもやっぱり迷惑だろ。それに妹さんだって居るし…」
「だからって今のあんたを一人にしておく方が不安よ。ただでさえ女体化なんておかしな状態に晒されている訳なんだし」
そう言うと仁乃は自分のスマホを手に取ると自宅へと連絡を取る。
「うん…うんそう。学校の友達でさ…うん…」
しばしスマホの向こう側に居る彼女の、恐らくは親御さんと話しているようだ。やがて会話が終了するとスマホの通話を切って加江須へと顔を向ける。
「オーケーみたいよ加江須。一日ぐらいはお泊りもOKだって。自分の友達だって言ったらアッサリ了承してもらえたわ」
「本当にいいのか?」
念のために確認を取ると仁乃は溜息と共にこう言った。
「もう許可取っちゃたんだからガタガタ言わない。いいからあんたは今日は私の家に泊まる事」
ビシッと人差し指を突き付けて半ば強引に決定をする仁乃。
その迫力に押されてこれ以上は何も言えなくなる加江須。
「……少しは私たちにも頼りなさいよバカ。いつも体張ってるんだからさ」
そう言いながら仁乃は呆れ気味のような顔で笑うと頭を撫でて来た。この行為は普段は自分が恋人たちに行っている事で、逆に自分がされて思わず顔がカーっと赤くなっていく。
その表情の変化に愛理がニマニマと笑いながら指摘してくる。
「あれあれ加江須君、いや加江須ちゃん顔が真っ赤だよ。仁乃さんの男らしい態度に惚れ込んだかなぁ?」
「ばっ、いやその…あの…」
不思議な感じであった。なんだかいつもよりも胸がドキドキとする。たかだか頭を撫でられただけでこんなにも胸の鼓動が早まる事が自覚できる。もしかしてこれも女になった影響なのだろうか。
「な、何でもないって! あまりからかうなよ!」
上手い誤魔化し方が頭から出てこない加江須は強引に声を大きくして会話を打ち切った。
「じゃあ今日はウチに泊まり込むことになるから着替えは用意しておいて。さすがに私の下着は貸せないわよ」
「心配せんでもそんなこと考えとらんわ!」
こうして男に残るまでの残り時間を急遽仁乃の家で過ごす事となった加江須であったのだった。




