不発し続ける能力
自らの名をようやく名乗った彼女、東華形奈の気配は名乗りと同時に明らかに変化していた。
彼女の開かれる隻眼からは妖しい光が漏れており、まるでソレは人と言うよりも得物を狙う百獣の獣であった。
「……では行くぞ」
その一言を彼女が口から放った次の瞬間には彼女の姿がブレた。
形奈の姿が消えるよりも早く加江須は既に行動を起こしていた。
彼は彼女が口を開くと同時に妖狐の姿へと既に変身していた。そして彼が変身を完了させると同時に彼女は一言いい終え、次の瞬間には加江須の目の前まで迫っていた。
「シィッ!」
「ぐっ!!」
小さな掛け声と共に形奈の斬撃が加江須の胴を切断しようと滑って来た。もしも変身する前の通常の状態であればこの一撃で自分は即死だったかもしれない。しかし妖狐となっている彼の身体能力は飛躍的に上昇しているので自分に迫る凶刃を尻尾で受け止める。
神力を纏っている尻尾は全ての毛が硬質化しており斬れる事なく刃を受け止めた。
「ほおその姿は妖狐か? まさか太古の物の怪と戦う事になるとは…なッ!!」
加江須の変身姿に驚きこそはしたがこの程度の事で彼女は思考を止めはしない。他の8つの尻尾が襲い掛かるよりも早く動いて横へと大きく跳躍する。
だが彼女が跳んだ方向にはヨウリが立っており、彼は拳を爪が喰い込んで血が滴るほどに握りしめると勢いよく顔面目掛けて振りぬいてきた。
「お前も大概ワンパターンだな」
しかし形奈はヨウリの攻撃に対してもう飽き飽きとしたと言わんばかりの表情を浮かべている。それも無理はないだろう。先程から馬鹿正直に殴りかかって来るだけしかあの男には攻撃手段が無いのだ。
自分の顔目掛けて振るわれた拳へと目掛けて刀を振り下ろすとその刀は拳の肉を縦に引き裂いた。一つの拳が二つに分離されて切り口から噴水の様に血液が噴射した。
だがこれこそがヨウリの狙いであったのだ。
「捕まえたぜ。ぐっ…人の腕や手をかまぼこみたいに何度も斬りやがって…」
刀が拳を割って腕の半ばまで斬り込んで来た時は激しい痛みと熱が奔ったが、それをこらえてヨウリはもう片方の手で腕に喰い込んでいる刀を握って止めたのだ。
肉を切らせて骨を断つ。彼はあえて分かりやすい拳による単純攻撃を繰り出し、そこを攻撃して来た瞬間にダメージ覚悟で形奈を捕まえようと考えたのだ。
「ぐっ…あえて自分の腕を斬らせて私の動きを止めるか」
「いまだディザイア!! その傘でこいつの体を貫いてやれ!!」
形奈の言葉には一切受け答えをせずにディザイアへ今がチャンスだと知らせる。
彼が口を開くよりも先にもう彼女は動いていた。傘の持ち手を強く握りしめ、そのまま先端部に力を籠めて心臓を貫こうとする。
唯一の武器である形奈の刀は自分が握りしめているので防ぐ手段は彼女には無いと思っていたヨウリであったが、ここで彼の予想は外れてしまう。
「刀を掴んで私にはもう武器が無いと? はん、浅知恵だな」
自分の武器である刀を掴まれて手持ちの武器が無くなった筈の形奈は未だに余裕が顔から消えてはいなかった。
――ザシュッ……。
何やら水音が混じったかの様な生々しい音がヨウリの耳に響き、次にはボトンと言う何かが床へと落ちる音が2つ鼓膜に届いてきた。
自分の足元を見てみると両方の腕の肘から先が床に落ちていた。
「転生戦士は神力を自在に操れる。刀から神力の塊である斬撃を放てれば、このように神力を集中して神力の刀剣を作る事も出来る」
そう言った形奈の左腕からは金色の光が集約して刀剣の様に固定された状態で放出しており、ヨウリが驚くよりも先に彼女は彼の両脚を手の先から放出している神力で作り出した剣で斬り捨てる。
「うがっ!?」
短い悲鳴と共に四肢を全て斬り落とされるヨウリ。
そして身動きが取れるようになると同時に振り返って、自分目掛けて突き出されているディザイアの傘の攻撃を防いだ。
「ぐっ、ヨウリ!?」
加江須は血相を変えてヨウリの元まで駆け寄った。
神力で剣を作り出した事も驚きだが今は四肢が切断されて転がっているヨウリを救い出す事が先決だ。
「流石に半ゲダツはしぶといな。普通ならばもう助からないあんな芋虫状態でもまだ懸命に生きているからな。まあ痛々しいだけだが」
「余所見をしている暇があるのかしら?」
「そう言うセリフは相手よりも優勢な場面で使うセリフだぞ」
ヨウリから意識を自分に集中させようとするディザイアであるが、彼女もハッキリ言って形勢不利であった。二人の打ち合いは完全に相手の形奈の方が上回っている。
しかしディザイアは人型タイプの上級ゲダツ。片手間に軽くあしらえる相手でもなくヨウリの身柄を確保している加江須の方に行けずにいる。その隙に加江須は床で這っているヨウリの体を抱きかかえ、斬り落とされた部位を尻尾で拾ってくっ付けてやった。
「とりあえずこれで腕と脚は繋がったな。どうだヨウリ、動けそうか?」
「…いや、ダメージが大きすぎる。動けるようになるにはもう少し時間が…」
先程と同様に断面をくっつけてやると半ゲダツの回復力で腕と脚は繋がって行っている。しかし四肢を同時に斬り落とされて内部のダメージも酷いのだろう。今すぐに動けるまでには回復に至らなかった。
「お前はもう休んでいろ。あとは俺とディザイアで……!」
ヨウリを部屋の入り口付近で寝かせてディザイアの方を見ると彼女の脇腹から出血している姿が見える。完全に胴を切断されたわけではないが完全に形勢不利、このままではディザイアが殺されると思い一気に形奈へと飛び掛かって行く加江須。
いくらゲダツとは言え今は味方なのだ。むざむざ見殺しにはできない。
「下がれディザイア! お前も回復に努めろ!!」
そう叫びながら加江須は9本の尻尾をまるで鞭の様にしならせて一気に形奈へと振り回す。
加江須が叫ぶと同時にディザイアは彼の言う通りにバックステップで距離を取る。
「やれやれ厄介な尻尾だな!」
離れて行くディザイアを追跡しようと試みる形奈であるが、加江須の尻尾が降り注いで行く手を阻んでくる。
彼女は両手に神力を集約させて放出、そして神力で作り出した二本の剣で乱れ迫ってくる尻尾を捌いて行く。
「うっとおしいぞ狐! 切り刻まれろ!!」
尻尾の攻撃を二刀流で捌きながら剣を横薙ぎに振るうと斬撃が加江須の本体へと飛んでくる。その飛ぶ斬撃を遠距離系の炎の弾丸で相殺して行く。
「まさか神力で剣を作ったり、神力の束を斬撃にして飛ばして来るとはな」
恐らくだが最初にヨウリの片腕を斬り落としたのもあの飛ぶ斬撃なのだろう。
「(こいつ…悔しいが俺以上に神力を扱えている。俺は神力を体内に巡らせて身体能力を向上させる事は出来る。だが神力を塊として体外に放つ事は出来ない)」
自分の遠距離系の攻撃は所詮能力から繰り出しているものだ。決して神力単体で遠距離の相手を攻撃する事は今の加江須にはできない。しかし加江須にはもう一つ気になる事があった。
アイツはどうしてディザイアの能力の支配下に置かれない? 彼女はもう形奈の欲求をコントロールしたと言っていたが戦闘欲が落ち着いている気配は微塵もない。確かに転生戦士あいてならば能力が一般人より効きにくい事もあるかもしれない。だが全く効果を受けないなんて事があるのだろうか?
その同様の思いはディザイア本人にもあり、彼女も体についている無数に小さな傷を回復させながら形奈の事を観察する。
「私の能力がまるで効かない。そんな事は普通に考えたらあり得ないわ。効果の効き目に差があるのはまだしも一切能力が通用しないなんておかしいわ…」
かつては自分と同じ人型タイプのゲダツ相手にすらもこの『欲求をコントロールする特殊能力』はちゃんと発動していたはずだ。だとするならば……。
「もしかしてアイツの能力の影響かしら?」
転生戦士は必ず何かしらの特殊能力が付与されると綱木から聞いた事がある。
手にする能力は完全にランダム性だがその人物専用の力を必ず入手できる。もしかして彼女は既になにかしらの能力を使用しており自分の能力を無力化しているのではないだろうか?
ディザイアがそんな予想を立てている間、加江須は目の前の形奈の斬撃を尻尾で弾き返してやった。
弾かれた斬撃は形奈の頭部をスレスレに通過し、一瞬だが彼女の肝が冷える。時間にしては本当に一瞬であるがそのタイミングを見計らって加江須が叫ぶ。
「動きが止まったな!!」
そう言うと加江須は尻尾の1本を形奈の体へと巻き付ける。
「ふん、この程度の拘束で私が参るとでも? すぐに抜け出してやる」
このまま圧殺でもするのかと思った形奈は全身を神力で強化する。
彼女の神力を操る技術力は完全に加江須を上回っており、全力で絡めていた尻尾をあっさりと解きかける形奈。
だが加江須の狙いは形奈の事を圧死させる事ではない。
「いや一瞬で十分だ。一瞬でもお前の体と俺の体の一部分が触れ合えばそれで充分だ」
そう言うと加江須は妖狐の持つ力、相手に幻覚を見せる力を発動する。
未だにこの能力を完全には使いこなせていない加江須であるが特訓のお陰で以前よりも使いこなせるようになっていた。自分の肉体の一部分を相手の体に触れ、そこから自分の神力をある程度流し込む事で相手の脳に幻覚を見せる事が出来るようになったのだ。
「これでお前は幻の世界へと誘われ……」
だがここで予想外の事態が発生する。
尻尾を通して自分の神力を流し込み幻を見せたはずだった。だが形奈は意識を正常に保ったまま尻尾からそのまま抜け出し、一気に加江須へと斬りかかる。
自分の頭上に両手の二つの剣を振り下ろされ、それを尻尾で受け止めるがその直後に凄まじい熱を感じる。
「ぐ、こんのぉ!!」
加江須の蹴りが形奈の腹部へと突き刺さりその体を大きく後退させる。
間合いを取れたことを確認すると今度は熱を感じる尻尾を見てみる加江須。すると今斬撃を受け止めた尻尾は鮮血のせいで赤色に染まっていた。
「ほう、ただの飾りではなかったんだな。お前にも真っ赤な血が通っていたか物の怪よ」
そう言いながら不敵に笑う形奈。
限られた空間で3対1と言う不利な状況にも関わらず未だ彼女の顔には焦りが浮かんではいなかった。




