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苦い記憶と再戦


 誤解から始まった恋人談義、その対応に休み時間の合間に追われていた仁乃は放課後、机の上で疲れたように突っ伏していた。

 あれからどうにか誤解は解けたが、まだ自分が照れ隠しをしていると思い違いをしているクラスメイトは恐らく何人かは居るだろう。しかしその誤解を解くのも億劫なほどに疲れ切った彼女はもうなるようになれと言った心境である。


 「はあぁぁ……」


 胸の内にたまった疲れと共に溜息を吐きながら席を立つ仁乃。

 今日はもうこのまま帰ってしまおうとするが、教室を出ようと廊下に一歩出ると加江須の姿が目に入った。


 「(ヤバっ!!)」


 慌てて教室の中へと舞い戻った仁乃。

 

 「(…って、何で隠れてるのよ私は…)」


 別にやましいことなど何もない。勝手に周囲がまくし立てている噂話など気にせず普通に声でも掛ければいいはずだ。むしろ変に意識する方がくだらぬ噂に信憑性を持たせかねない。

 意を決して廊下に出る仁乃。その先では今も加江須が立っている。


 「あれ…あの娘だれ?」


 先程は加江須の姿を見たとたんに視線を切ってしまい気づかなかったが、よく見ると加江須は女子生徒と話をしている。

 

 加江須に何やら必死に話しかけている女子生徒を見てソレが誰かすぐに理解できた仁乃。


 「あれって確か愛野さん…じゃなかったっけ」


 綺麗な金髪に整った顔立ち、学園内で中々に評判の高い少女。成績も優秀で自分のクラスでも男女共に人気がある生徒だ。噂では彼女のファンも存在するらしい。

 そんな人気者と加江須に一体どういう繋がりがあるのだろうか? もっとも元から彼の交友関係などほとんど知らないのだが……。


 それにしても気になるのは向かい合っている二人の表情があまりにも違う気がする。


 話しかけている方の愛野はどこか必死さを感じられる笑顔を向けながら話しているようだが、対して加江須の方はその正反対、とてつもなく不機嫌そうな顔をしているのだ。

 とても仲睦まじい関係には見えず、あそこに割って入って加江須に話しかけられる雰囲気ではない。


 「なに話してるんだろう?」


 その気になれば強化された聴覚に意識を集中すれば、なんとかあの二人の会話内容を拾えるが……やめておく。

 もしかしたら他の人間には知られたくない事を話しているのかもしれないし、そもそも盗み聞きなど恥ずべき行為だ。


 「ここは黙って立ち去った方が無難ね」


 あの二人の関係は知らないが自分が割り込んでいい空気でもないことは分かる。少なくとも今すぐ彼と話し合わなければならない事だってないのだ。ならば今日はこのまま黙って帰ってもいいだろう。

 

 教室を出て加江須とは反対方向の廊下を通って玄関まで小走りで向かう仁乃。

 移動しながらもう一度、反対方向の廊下で話し込んでいる二人の様子を見てみるが、相も変わらず二人の表情はまるで異なっていた。




 ◆◆◆




 学校を出てから仁乃はまっすぐ家へと向かう――ことはせずに近くの街中などを歩き回っていた。ゲダツがいつどこで現れるか分からないので、転生してからはこうして時々自分の住んでいる町などをパトロールしているのだ。流石に焼失市の全域を見て回る事は出来ないが、自分の住んでいる身近な場所位は見て回っている。


 通常の人間であれば大した範囲をパトロールなど出来ないが、強化された身体能力を駆使すれば通常の人間以上の広範囲をパトロールできる。例えば人気が無ければ加江須がやっていたように屋根の上へと飛び乗ったりして短時間で広範囲を見て回れるのだ。


 しばらくパトロールを続けていた仁乃であったが、学校から南東に位置する大きな河原へとたどり着くと足を止めた。


 土手の上から眼下に広がる大きな川を眺めて昔の記憶を思い出す仁乃。


 「ここで初めてゲダツと遭遇したんだったっけ…」


 土手下の地面を見つめながら初めてゲダツと遭遇した時の記憶が蘇る。


 元々ここは人気が少なく、自宅からも随分と離れていたのでこの場所でかつて自分は手にした能力のコントロールをする特訓をしていた。しかしまだ能力を完全に操れていない段階でゲダツと遭遇し、強制的に戦う事となった。

 

 ――その結果は当然のごとく敗退、逃げる事を余儀なくされた。


 まだ自分の能力もコントロールできず、さらに元々命がけの戦闘なんて経験した事もないため手にした超人的な力もうまく活用できなかった。あの時に自分が出来た事は襲い来るゲダツに必死に逃げ続けるだけであった。


 「…今にして思えば情けなかったわよね」


 誰に言うでもなく自分自身へと言い聞かせる仁乃。

 初めてでの戦闘では情けない記憶しか残っておらず、そう考えると加江須は自覚がないだけで通常以上に戦闘のセンスでもあったのだろうか。転生して初日からゲダツを倒してしまうなんて……。


 「(先輩なんだと意気込んでいたけど…実際はどうなのかしらね…)」


 そんな風に軽い自己嫌悪に浸っていた仁乃。

 土手を降りるとそのまま座り込み景色を眺め、物思いにふけっていた仁乃であるが、気が付けば随分とこの場所にとどまっていたようで空に赤みが差してきた。


 「もうこんな時間かぁ…」


 夕焼け空の映り込んだ水面を見つめながら随分と時間が経った事を知り、立ち上がろうとする仁乃。


 ――しかし彼女が立ち上がろうとするその刹那、どす黒い気配を感じ取り勢いよくその場から跳躍をして離れる。


 「ッ!? この気配は…!!」


 すぐに邪悪なオーラを発生している場所に目を向ける仁乃。見上げると土手の上には予想通りいつの間にかゲダツが立っており自分を見下ろしている。


 しかし彼女がそのゲダツを見た途端、通常以上に緊張感が走り抜けた。


 「アイツは…」


 土手上から自分を見ているあのゲダツ、その姿は忘れもしなかった。

 自分の中の苦い記憶が蘇ってくる……。


 「久しぶりじゃない。あの時はどうも…」


 そう言って仁乃はギリッと歯を噛みしめながら拳を握って睨みを利かせる。

 

 忘れもしないあの姿、アレはこの場所でかつて戦った個体と同じゲダツだ。

 まるでカマキリが人型サイズまで巨大化した様な容姿、全身の色はどす黒く中々にグロテスクな姿。

 まぎれもなくこの河原で戦ったあの個体だ。


 「あの時は随分とお世話になったわね。リベンジさせてもらおうかしら」


 そう言って仁乃は不敵に笑うと身構えて戦う姿勢をみせつける。

 挑発された事を理解したかどうかは定かではないが、キシャシャシャと耳障りな声を出しながらこちらへと背中の羽を広げて飛んできた。


 「来なさい!」


 そう言って意識を相手の動きを見極める事に集中し、こちらへと向かってくるゲダツの攻撃を回避する。


 「ふっ!」


 両手の鎌の様な切り裂き攻撃をバク転で避け、距離を取る仁乃。しかしただ避けただけでなく川の中へと糸を伸ばしていた。

 彼女の放った糸は川の中で転がっている大きな岩をいくつか掴み取り、それを川から引き上げると勢いよくゲダツに向かってぶん投げる。


 仁乃の放った投石はゲダツへと凄まじい速度で飛んでいくが、ゲダツはその石を上空に飛んで回避する。

 回避された投石は地面に当たり、当たった個所の地面に深くめり込んだ。


 「やっぱり空を飛ぶタイプは厄介ね」


 そう言って上空目掛けて投石を繰り返すがそれを回避し続けるゲダツ。しかも攻撃を回避しつつ相手は徐々に間合いを詰めてきている。

 このままではジリ貧だと思った仁乃は投石攻撃をやめ、直接捕えようと考える。


 「キシャア!!!」


 攻撃がやんだ途端に一気に加速して仁乃へと突っ込んでくるゲダツ。

 しかしそれこそが仁乃の狙いであった。急接近してくるゲダツ相手に仁乃は逃げようとせず、それどころか不敵に笑みすら浮かべていた。


 「そうよ、こっちに来なさい」


 そう言いつつ仁乃は指をコキコキと鳴らし、上空から迫りくる異形に狙いをつける。

 対するゲダツは何の迷いもなく仁乃へと突っ込んでいき、両腕に備わっている鎌を振り上げ仁乃の体を引き裂こうとする。

 

 ゲダツが腕を振り上げた瞬間、もう間近まで迫られているにもかかわらず仁乃は勝ち誇ったような顔をしていた。

 

 「投石が止んだからからと言って諦めた訳じゃないわ。むしろより確実に仕留めるために誘い込んだのよ」


 彼女はそう言うと両腕を交叉し、まるで何かを挟み込むかのような仕草をする。

 それと同時にゲダツの動きが空中で止まり、振り下ろされた鎌の切っ先は仁乃の顔面ギリギリで止まっていた。


 「キシャシャシャシャ…!」


 声を上げながらもがこうとするゲダツだが、その体は空中で静止したまま全く動かなかった。それもそのはず。ゲダツの肉体には仁乃の作り出した糸が巻き付いており完全に動きをロックしているのだ。

 

 「さあ、往生しなさいな」


 そう言うと仁乃は指をぽきぽきと鳴らしながら、糸を引っ張りゲダツを身動きの取れないまま上空高くまで持ち上げ、そこから一気に地面へと叩き落とす。


 「脳天垂直コース! 潰れなさいな!!」


 まるで隕石でも振って来たかのような速度で地面へと叩き落とされたゲダツ。

 落下した際に凄まじい轟音が鳴り響くが周囲には誰もおらず遠慮する必要は無い。


 「まだまだぁッ!!!」


 地面に頭から突き刺さっているゲダツを引き抜き、もう一度天高くまで持ち上げる。この程度でくたばるとは仁乃も思っておらず、更なる追撃をかけていく。


 「さあ2度目の空中脳天叩き落とし、味わいなさい!!!」


 そう言って先程よりも速度をつけ地面へとゲダツの体を振り下ろす仁乃。

 落下しているゲダツは先程自分の空けた穴にまるで吸い込まれるように落ちていく。


 ――ドズゥゥゥン……。


 激しい音と共に地面の土や石が散らばり土煙が蔓延し、地面の形を変形させる。

 しかしまだ安心できない仁乃はだめ押しにもう一度叩き落そうとする。


 しかし糸を手繰り寄せようとする仁乃であったが、急に手ごたえを感じなくなった。


 「え…軽い…?」


 今までゲダツを縛っていた時に感じていた重さが急に抜けて一瞬戸惑う仁乃であったが、すぐにその理由に気づきゲダツが落下した地点の方を向く。


 しかし彼女が顔を向けると同時、土煙の中から自由の身となったゲダツが飛び出してきた。


 


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