半ゲダツの根城に現る思わぬ敵
半ゲダツ達を無事に撃破した加江須たちはこの後の行動方針を決めようとしていた。その為にラスボとやらの率いる半ゲダツ達の根城がいくつか記載されている地図を懐から取り出すヨウリ。
彼が懐から地図を取り出すと同時であった。彼の地図を掴んでいる右手、いや右腕が肩の根元から切り離れて宙へと舞った。
「ぐ……ああああああああ!?」
突然腕が切断されて断末魔を上げるヨウリ。
痛みと唐突な出来事による二つの混乱が彼の頭をぐちゃぐちゃに搔き乱し、視界が真っ赤に染まる。
そして混乱は腕が千切れ飛んだ彼だけでなく、被害にあっていない加江須とディザイアの二人も出し抜けの展開に一瞬だけ目を瞬かせるが、すぐに入り口の方へと顔を向けた。
二人の視線が向けられた入り口には一人の女性がこちらを能面の様な顔で見ていた。
女性の容姿は年齢は二十代半ばぐらいで背丈は平均女性より高く加江須と同じくらいだ。そして髪の色は青みを帯びた鮮やかな青紫色のショートヘアーで、左目は小さな切り傷と共に閉ざされている。
「まさか様子を見に来てみれば乗り込まれているとは。しかしこれは思いがけない異色のコンビだな」
女性はそう言いながら加江須とディザイアを見比べると小さく笑った。
「まさかゲダツと転生戦士が共闘して半ゲダツの根城を壊滅しているなど微塵も予想できない事態だ。もし襲撃があったとしてもどちらか単体だとばかり思っていたからな」
そう言いながら彼女は右手に持っている日本刀の切っ先を加江須たちの方へと突き付けた。
「ラスボにやられるくらいなら先手必勝で乗り込んで来たか? まあ奴は転生戦士だけでなくゲダツからも敵視されてもおかしくない男だからな」
「……あなた、転生戦士ね」
目の前の女の事をしばし観察していてその正体に気付いたディザイアがそう言うと加江須は驚きの顔でディザイアの方を見て、次に青紫髪の女性へと視線を戻した。
「転生戦士? じゃあこの根城に居たゲダツを倒すために…?」
最初はこの部屋の中ですでに息絶えている半ゲダツ達を転生戦士の使命とし、コイツ等を討伐に来たこの旋利津市に住んでいる転生戦士なのかと思った加江須であったがすぐにそれは違うと思った。何故なら目の前の女は様子を見に来たと口走っていた。つまりこの半ゲダツ達が根城に利用しているこの場所へと足を何度も踏み入れた証拠だ。それにリーダー格であるラスボの名前も知っている。
「(ちょ、ちょっと待てよそれはつまり…)」
そこまで思考が進むと加江須の背中に嫌な汗が浮かんできた。
じゃあつまりこういう事か? 目の前の転生戦士はラスボと言うゲダツと協力関係を結んでいると言う事なのか?
真実を確かめようと思い女に話しかける加江須。
「アンタ…この旋利津市で転生戦士、ゲダツと見境なく次々に狩っているラスボとやらの仲間なのか?」
「仲間と言う訳ではないが協力関係と言うのであれば正解だな」
「……転生戦士のアンタが何でゲダツと手を組んでいるんだよ? アンタは本来はこの場に居る連中を止める立場だろうが。そこにむしろ加担するだなんて」
気が付けば加江須の手は少し震えていた。まだ実際に顔を合わせた事はないがラスボとやらは大勢の人間を半ゲダツへと変貌させ、さらに自分の暮らしている焼失市にも魔の手を伸ばしている相手だ。そんな奴と手を組んでいる相手を前にして良い気分はしない。ましてやゲダツを倒す為の存在である転生戦士ならば尚更の事。
だが非難めいている目をしている加江須の事をふんっと鼻を鳴らして冷めた目で見返してくる青紫の女。
「ずいぶんと偉そうな発言だな。たかだか16、7歳ていどの小僧がこの私に説法でも説く気か? この私に立場を弁える様な発言をするわりにはお前だって何故そこの人型ゲダツと手を組んでいる?」
刀の切っ先をディザイアへと向けながら目の前の女の口元はくっくっと小さく笑っていた。
「この二人と手を組んでいる理由は正にお前たちが関係している事だ。俺の住んでいる町にまでラスボってヤツは進行して害を撒き散らそうとしているみたいじゃないか。そして同じゲダツすらもラスボってヤツは消していっている。だから俺たちは一時共闘しているんだよ」
加江須はそう言いながら拳を固く握りいつでも相手の攻撃に対応できる姿勢を整えておく。
ディザイアの方も今までずっと浮かべていた薄ら笑いを消し、真剣な眼差しで相手の女を睨みつけるかのように見ている。
「ぐ…ちくしょうめ…」
そして加江須の前で膝をついていたヨウリが苦悶の顔でゆっくりと立ち上がる。
半ゲダツの治癒力は凄まじく、彼の腕を斬り落とされた断面からの出血は既に止まっていた。しかし小さな傷はともかく腕1本まではトカゲの様に生えて来る事はなく斬り落とされた腕を拾うと断面同士をくっつける。すると接合面から煙が出て腕が元通りになるヨウリ。
「いきなりやってくれたな転生戦士。当たり前の様に人の腕を斬り落としやがって」
「人の腕、というのは語弊があるだろ。お前は人ではなく半ゲダツだ。そして転生戦士である私にはお前を斬る理由も権利もある」
「ゲダツと手を組んでいる戦士様が偉そうによ」
そう言うとヨウリは怒り任せに女目掛けて突っ込んでいく…などとはせずにチラリとディザイアの事を見た。
自分に向けられるヨウリからの視線の意味を理解できたディザイアは口を開いてこう言った。
「急かさなくてももう〝私の能力〟を発動しているわ」
ディザイアの言葉に加江須と青紫の女は怪訝な顔をするが、加江須の方はすぐにあっと小さな声を漏らして彼女の持つ能力の事を思い出した。
そう言えばそうだ。あのディザイアは転生戦士を喰った際にその能力も手に入れていたのだ。そうたしか…『欲求をコントロールする特殊能力』と言う能力だ。相手の中の欲求心を押さえる力があったはずだ。
あの能力を使えば相手の戦闘意欲をコントロールして戦う気力を削ぐ事が出来るかもしれない。
「ふん…どうやらそこの人型ゲダツ、何か仕掛けを施しているようだな。だが残念ながら私には通用しない!」
そう言うと同時に青紫の女は一気に踏み込んでディザイアの目の前、眼前まで一瞬で距離を詰め、光り輝く刃を彼女の喉元目掛けて横薙ぎに振るう。
だがディザイアもただやられるつもりなど毛頭ない。手に持っている傘で刀の斬撃を防ぐ。
「うらぁッ!!」
気合の籠った声と共に近くに居たヨウリが拳を思いっきり女へと振るった。
だがそんな攻撃を軽く回避して後ろへと跳ぶ女。だがそこへ加江須の手によって追撃が加えられる。
「うららららら!!」
ヨウリに負けず劣らずの大きな声と共に炎を纏った拳のラッシュを繰り出していく。
まるで本当に腕が分身していると見まがえるほどの速度、並の転生戦士であれば防ぎきれないだろう。だが相手はその攻撃を全て回避し、しかも拳の合間に刀を滑らせて逆に斬りつけて来た。
「ちいッ!!」
自分の攻撃の間隙を縫って斬りかかってくる彼女に舌打ちをしつつ拳を引っ込めた。あのままラッシュを繰り出し続けても全て避けられ、しかも下手をすれば拳を斬りつけられる可能性もあったからだ。
「中々に速い拳の速度だな。だがその程度では私には届かん!!」
後ろへと後退する加江須に付いて行き距離を開かせない青紫の女。
しかしこの戦いは1対1の戦闘ではない。加江須には今は味方が二人も居るのだ。
「くらえテメェ!!」
「ふっ!」
加江須が脚に力を籠めて一気にまるで吹き飛ぶかのように後退して無理やり距離を開いてやった。そして入れ替わるようにヨウリとディザイアの二人が攻撃を繰り出して来た。拳と傘の物理攻撃に対して相手はすうーっと息を吸い込みながら凄まじい速度で攻撃に対応する。
ディザイアの傘を刀で弾き、そしてヨウリの片手の手首を斬り落としたのだ。
「ちぃ…なんてスピード…!」
「うがぁッ!? ま、また斬り落としやがって…!」
ヨウリの方はあっさりと手首を斬り落とされて呻いているが、ディザイアの方は目の前の女の剣速に喰らい付いていた。しかし相手は未だに涼し気な顔をしている。
そこへ加江須が真上へと移動し、眼下に居る女に目掛けて炎の弾丸を連続で放った。
「炎の特殊能力か。中々に苛烈な力ではあるが…」
ディザイアと打ち合いつつも自分の真上から迫りくる火炎弾を冷静に捉え、強烈な足蹴りでディザイアの腹部に蹴りを入れて吹き飛ばし、そして真上から落ちてきている炎の弾丸目掛けて刀を振るった。
彼女の振るった刀は何もない空を切ったかと思えば、振るわれた刀からは斬撃が放たれてその斬撃は上空の火炎弾を切り裂き相殺した。
「何だ今のは!? 刀から何か出たぞ!!」
もしかしてあれがヤツの能力なのかと考える加江須であるが、自分の斬撃に驚いている彼の姿を見て彼女はどこか呆れていた。
「今の斬撃を見て不思議がるとはな。まだ神力を完全にコントロール出来ていない証だな」
「なっ、どういう事だ!」
これまで何度も死地を乗り越えて来た自分に対して神力をコントロール出来ていないと言われ反応する加江須だが、そんな彼の質問に答えずに、着地した彼の背後に一瞬で回り込むと刀を振るい首を落とそうとしてくる。
その攻撃を首を下げて避けると振り向きざまに蹴りを放つ。その蹴りに対して彼女も蹴りを放ち二人の脚が交差し、そこから生まれる衝撃に二人の体が吹っ飛んだ。
「ぐっ…いてぇな…」
神力で強化していた筈だが衝突した脚からは僅かに痛みが走る。蹴りが交差した時にはアイツの脚は鋼作りなのかと思う程に頑丈であった。吹き飛んだ女の方を見てみると彼女は自分の様に痛みで表情を歪ませることなく澄ました顔をしている。
「ほお…この私にここまで喰らい付いて来るか。いいだろう。なら――ここからは本気で行こう」
そう言うと女は自らの名を名乗って刀を構えた。
「転生戦士、東華形奈だ。この名前を私に斬り殺されるまでの残り少ない余命の中に刻み込め」




