ディザイア過去編 もう少しであなたに逢える
綱木とディザイア、転生戦士とゲダツの二人が共同生活をしてからもうかれこれと約1年も時間が経過していた。この一年間で二人は種族など関係なく深い信頼関係が築かれていた。それはなんとゲダツであるディザイアが綱木とタッグを組んで他のゲダツと戦うくらいなのだ。
今日も彼女たちは街の中に現れたゲダツを仕留めたところであった。
「終わったわね。今回の相手は正直に言えば私が手伝う必要も無かった気がするけれど」
そう言いながら自分の髪をかきあげて余裕を見せるディザイア。
その隣では綱木が自分の傘を見つめて少し困った顔をしていた。
「あらどうしたの? そんな困惑した顔なんかして」
「うーん…大したことじゃないけれどね、ほらこれ見てよ」
そう言いながら綱木は自分がいつも武器として使用していた傘を見せて来た。
目の前に差し出された傘を見てみると生地に小さな穴が空いていた。どうやら今の戦闘で穴をあけられたようだ。
「あらあら小さな穴が空いているわね。これじゃ傘としての役割を全うできないんじゃないかしら?」
まあ綱木は雨から濡れる事を防ぐよりも戦闘で武器として利用している方のイメージが強いのだが。
そう考えると傘を武器にするなんて不自然だと改めて思った。武器として利用できるものなど世の中には他にもいくらでも候補などあるはずだ。それなのにどうして彼女は傘を、いやこの傘を武器として利用し続けるのか?
「いい加減にまともな武器を用意したら? もうその傘だって限界でしょ」
「そうね。でもこの傘のお陰でゲダツの様な化け物相手にも臆することなく戦えて来たわけだし…」
そう言う綱木の顔はどこか懐かしそうなものへと変わっていた。
彼女が手に持つこの傘をこのような顔で見つめる理由をディザイアはもう知っていた。
「それにしても祖母からの贈り物を武器として使うとはね。あの世であなたのおばあさんも呆れ果てているんじゃないのかしら? 自分のプレゼントをどんな使い方をしているんだと…ね…」
綱木が武器として利用しているこの傘は彼女の死んだ祖母から渡された形見であった。
初めて彼女がゲダツと遭遇したのは激しい雨の降り注ぐ日であった。外出の際に雨が降ると綱木は必ず祖母から譲り受けたこの傘を使っていた。この傘を手に入れて以降は他の傘に買い替えた時は一度もない。実はこの傘は彼女の死んだ祖母が綱木の為にと特注してくれた特別な物なのだ。
彼女が成人後の誕生日をむかえると祖母が欲しい物は何かあるかと聞いてきたのだ。しかしもう綱木も成人の大人の女性だ。いつまでも祖母に甘えず逆にこれからは自分が祖母を支えて上げようと思っていたくらいだ。
祖父が先立ってしまってひとり寂しくしている祖母にこれまでお世話になった恩を返したいと思う綱木であるが彼女の祖母も大概引き下がらない性格だった。祝い事の日には何か贈り物をして喜ばせて上げようとしてくるのだ。その結果、買ったばかりの傘が壊れたから新しい傘が欲しいと言ったのだ。
「てっきり安い傘を贈ってくれるかと思ったらまさかの特注品の傘を貰ったからね。もう大人なんだから気を使わなくてもいいと言ってもきかない人だったわ」
手に持っている傘を眺めながら小さな声でたははと笑う綱木。
そして…この傘が祖母から贈られた最後のプレゼントであった。
彼女が誕生日となり成人を迎えて大人になった事を大いに喜んだ祖母はその数日後に息を引き取った。まるで自分が大人になり無事に巣立つ事を見届けて安堵したかのように。
こうして祖母からプレゼントされた傘をその日以降から大事にし続けていた。
「でもまさかその2年後に一度おばあちゃんと同じ黄泉の国に足を踏み入れかける事になるとはね」
彼女は転生戦士である。と言う事は一度死んでこの世から命の炎を消してしまっているのだ。だが転戦戦士としての素質を持ち合わせていた為に再びこの現世に舞い戻れた。
だが無事に生き返れても最初は不安で不安で仕方が無かった。何故なら転生戦士として生き返った以上はゲダツとの戦いを避けては通れない。今までただの人間の女性として生きて来た自分にそんな大役が務まるか不安であった。
「……この傘を持っている日にゲダツと遭遇しなければ今の自分の様に戦いに進んで赴けたかどうか」
思い返すのはあの雨の日、初めて遭遇したゲダツに足が震えてまともに動けなかった。だがあの日、自分が雨に打たれながらも握りしめていた形見の傘、その傘から祖母の応援が聴こえて来た気がした。
――『諦めちゃならん』
自分は良く物事を途中で投げ出す性格であった。そんな自分にいつもは優しい祖母はここぞと言うときには一抹の厳しさを見せた。
あの時に聴こえて来た声は間違いなくただの幻聴だろう。だがたとえ幻であったとしてもあの言葉は自分の心を震わせ、そして勇気を与えてくれた。
そうして綱木はあの日ゲダツに勝利できた。祖母から渡された最後の贈り物を握りしめて。
「あの日以降この傘を使って戦っていると勇気が出てくるようになったのよ。気が付けば雨の降っていない日でも持ち歩くようになってしまったわ」
そう言いながら過去の戦いを思い出して懐かしそうな顔をする綱木。
しかしこの傘にも随分と無理をさせ続けて来たのかもしれない。そろそろ潮時なのかもしれない。
「今まではゲダツとの戦いの恐怖の雨をこの傘は弾いてくれたけどさすがにガタが来たし…ディザイアの言う通り何か武器になりそうな物でも近いうちに探しに行こうかしら」
「それがいいわ。いつまでのあの世のおばあちゃんに守られていたら恥ずかしいわよ」
「う、うるさいわね」
ディザイアがクスクス笑いながら馬鹿にしてくる。
そんな彼女に対して顔を赤くしながらも軽く言い返してやった。
「(もう、私だけ恥ずかしい思いなんて癪に障るわ。よーし…)」
いい年をしておばあちゃん子である事をからかわれた綱木は仕返しのつもりでこんな事を言ってやった。
「まあ今の私には背中を守ってくれる相棒が居るからね。だからもうおばあちゃんに守ってもらわなくても良くなったのかしら?」
「な…えっと…」
ウインクをしながらディザイアを見つめる綱木。
自分の事を相棒と呼んで信頼していると告げて来た綱木の事を少し恥ずかしそうに見つめるディザイア。しばし見つめ合っていた両者であるが恥ずかしくなったのかディザイアはプイッとそっぽを向いた。
「もう馬鹿馬鹿しいことを言って…帰るわよ」
「ああもう待ちなさいよ。先にからかってきたのはあなたの方でしょ」
もう付き合いきれないと言わんばかりにその場から立ち去ってアパートへと戻ろうとするディザイア。その背中を慌てて追いかける綱木。
この日から二人の信頼はより強固なものとなり、その後の戦いも二人は手を取り合い、助け合いながら生き残って行くのであった。
そう……あのゲダツとの戦いまでは……。
◆◆◆
目の前で加江須が自身の尻尾で半ゲダツ達を一瞬で仕留めた光景を見てディザイアは小さく笑っていた。いくら質の悪い半ゲダツとは言えこれだけの数を仕留めたのだ。この分だともう少し成果を上げれば彼はきっと願いを叶える権利を獲得できる。
そうなれば…そうなれば再び自分は綱木と巡り合えるのだ。
気が付けば綱木との日々を思い返していたディザイア。
「ずいぶん嬉しそうな顔しているなディザイア」
声に反応して隣を見てみるとそこにはヨウリが自分の事を見つめてどこか神妙な顔をしていた。
「お前の目論見通り加江須のヤツが一人で敵を片付けちまった。これでもしかしたらあと1体でもゲダツを倒せば願いを叶えられるかもな」
「…ええそうね。そうなればまた彼女と…」
「……まるで死んでいった恋人に逢える事を期待している乙女だな。憎らしいお前がそこまで骨抜きにされるなんて死んだお前の知り合いの転生戦士はイイ女だったのか? その女の持っていた傘を大事そうにいつも持ち運ぶくらいだからな」
ヨウリとしてはあのディザイアが期待に満ちた目をしていたので珍しさから何気なく言ったつもりだったのだが、セリフを言い終わると同時にディザイアから殺気がヨウリに向けられる。
「少し図に乗り過ぎよヨウリ。私と彼女は種族を超えて手を取り合った仲。あなた程度の半ゲダツが分った様な口を利くものではないわ」
いつもの人を小馬鹿にするような笑みはそこには一切なく、あるのは冷徹な凍える瞳が向けられているだけだ。本能的にこれ以上踏み込めば殺されかねないと思ったヨウリは口を紡いだ。
彼女の放つ殺気は直接向けられていない加江須の事も刺激し、思わず厳しい眼で彼女の事を睨みつける加江須。
「急にどうしたディザイア。ゲダツのお前がそんな殺気を放てば警戒もするぞ」
「あらごめんなさい。少し私の下僕が調子づいていたので立場を教えてあげただけよ」
そう言うと彼女はいつもの胡散臭い笑みをたずさえた顔へと戻っていた。
少し警戒心を湧きたてつつも加江須はその場で倒れている半ゲダツの亡骸をしばし見つめた後、二人へと今後どう行動するかを尋ねる。
「それでここからどうする? 地図に載っているラスボの根城はまだいくつもある。今から別の根城まで向かうのか?」
「確かにラスボ達組織の隠れ家は他にもあるが…今から全部の根城を回るとなると今日一日で回り切れないぞ。それに向こうだって半ゲダツの兵隊が大路居るだろうしな」
そう言って地図を懐から取り出そうとした瞬間――ヨウリの片腕が血しぶきとともに飛んだ。




