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ディザイア過去編 この生活が続きますように…


 外の世界から朝の軽快な光が窓を通過し部屋の中へと差し込んで来る。

 とあるアパートの部屋の中には二人の女性が並んで横になって倒れていた。二人ともそれぞれ片手には空になっているビールの空き缶を握りしめており、もしも傍からこの部屋の惨状を見れば思わず引き攣って声も出せないだろう。何しろ部屋の中は暴れたと思うくらいにぐちゃぐちゃとなっており、布団だの座布団だの乱れており、さらには酒の肴であるつまみが床に散らばっている。ハッキリ言ってとても汚い。

 

 「……ハッ!」


 安らかな寝息を立てていた片方の女性が目元に当たる光に反応して目を覚まし、うつ伏せで転がっていた体を気だるげに起こした。


 「あれ、私は何をしていたんだっけ? ……いだっ!?」


 まだ覚醒しきっていない頭を必死に働かせて昨日の出来事を思い出そうとすると頭部に鋭い痛みが走った。

 凄まじい激痛ではないのだが、ガンガンと軽く頭部を叩かれているような痛み、というよりも脳内に五月蠅い音が延々と鳴り響く。間違いなく二日酔いの症状である。

 連続的に頭部に走る痛みに目をつぶり、そんな痛みの中で昨日の出来事を1つ1つと改めて思い返そうとする。


 「え~っと……昨日は確か……」


 ガンガンと鐘を鳴らしているのかと思う程のとめどなく襲いかかる痛みを堪えて記憶を探り、昨日の自分の行動を最初から思い出した。


 昨日は確か転生戦士と戦って私は敗北した。しかし止めを刺される事なく古びたアパートへと連れてこられた。そして傷の手当てをいつの間にか受けて…それから何故かその女に無理矢理な形で酒に付き合わされて……。


 そこまで思い出すとようやく絡み合っていた記憶の糸が解け、ふと隣を見てみるとごーっごーっといびきを立てて寝ている綱木の姿を見つけた。整っている顔をしているがまるでオヤジの様なイビキのかきかたには思わず渋面を浮かべてしまう。


 「……隙だらけ、と言うよりも隙しか見当たらないわね。一体どういう神経をしているのかしら?」


 敵をすぐ隣に置いておきながら度胸が良いと言うか何というか……。

 いや、それを言うのであれば自分も昨日は完全にどうかしていた。面倒な酔いどれの相手をしたくないためとは言え同じく転生戦士に勧められた酒を飲んでいたのだから。

 しかし今も熊が吠えているかのようなこの女はどうしようか? 


 「はあ…ねえ起きてちょうだいな。いびきが五月蠅いわ」


 取りあえずは耳障りなこのいびきを鳴りやませる事から始めよう。

 彼女は綱木の体を揺すって無理矢理眠りから覚ましてやろうとする。しばし体をユラユラと動かされた彼女は、んんっと言う言葉と共にゆっくりと目を開ける。


 「……あれ、ここ何処?」


 「いやあなたの部屋でしょ。普通は私が言うべきセリフよソレは」


 「あれ、あなた誰?」


 「昨日あなたが気まぐれで助けたゲダツよ。いい加減目覚めなさい」


 まだ寝ぼけ気味の綱木であったがゲダツと言う単語が耳に入ると一気に頭が冴えてガバッと体を起こす。しかしその直後に激しい頭痛が落雷の様に襲い掛かって来た。


 「いだだだだ! 頭いったぁ!!」

 

 アルコール頭痛で生じる痛みに声を出して大袈裟に騒ぐ綱木。

 彼女のその姿を見てゲダツ女ははあっと溜め息が漏れる。しかしこの女は痛みに騒ぐだけでは終わらなかった。


 「うぷっ…き、気持ち悪い」


 「え、ちょ、ちょっと…」

 

 「は、吐きそう」


 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 青い顔をして口元を押さえる綱木の姿に女性は大慌てし出す。このままでは自分の目の前で嘔吐されてしまう。そんなのは冗談ではない。

 

 「バケツ、いや袋はどこにあるの!」


 「そ、そこに……あ、もうムリ…」


 慌てて近くに置いてあったスーパー袋を手に取るが時すでに遅し、彼女が袋を手渡すよりも先に綱木の限界が訪れてしまったのだった。


 「う……うろろろろろろ」


 「いやあああああああああ!?」




 ◆◆◆




 「いやーごめんごめん。昨日は少し羽目を外し過ぎたわ」


 「軽い口調で謝らないでくれるかしら! その調子で謝罪されてもかえって腹が立つ!」


 綱木は吐き戻したお陰でスッキリとした顔をしており自分の汚した物を掃除している。そして何故か自分までも掃除に付き合わされている。

 正直目の前で嘔吐された瞬間には怒りのままに殺してやろうかと思った。ただし喰い殺す気にはなれないが。


 「何で私まで掃除に付き合わされなきゃ…」


 ブツブツと文句を言いつつも律儀に掃除をしている女性。

 そんな彼女の姿を見て綱木は素直に礼を述べた。


 「ありがとうねわざわざ手伝ってくれて。ゆっくりしてくれていいのに」

 

 「昨日の胃の中身を吐き出されてゆっくりなんてできないわよ。それにこの部屋、よく見れば所々が埃を被っているわよ。掃除はちゃんとしているの?」


 「いやー仕事忙しくてさぁ。それにゲダツとの戦いに駆り出される事もあるから掃除する気になれなくてねぇ」


 「そのゲダツが同じ部屋に居るんだけど…」


 いつの間にか二人はまるで友人の様に普通に会話をしていた。それはとてもじゃないが転生戦士とゲダツ、長年ぶつかり合い続けた存在同士とは思えない。

 

 綱木の汚した部分の掃除が終わると今度は指摘された部屋の掃除を気が付けば二人で行っていた。

 なんで自分がこんな事をしているのかと思いつつも女性の方も手伝っている。すると黙々と掃除する事も退屈なのか綱木がある疑問をぶつけた。


 「……ねえあなたは名前は無いの?」


 「そんなものあるわけないでしょ。私はゲダツ、しいて言うならそれが名よ」


 「それって種族って言うか……あなただけの名前はやっぱりないんだ。あっ、ちなみに私の名前は面伊綱木よ。まだ名乗っていなかったわよね」


 「あらそう。まあどうでもいいけれど」


 名乗って来た彼女であるが人間の名前になど興味はない。軽く聞き流して掃除を続けるが綱木の方はまだこの会話を終わらせる気はないようで次にこう言って来たのだ。


 「それなら名前を自分で考えたらどうかしら。私だっていつまでも『あなた』とか『あんた』とか言うのもアレだし」


 「別に名前なんて……」


 面倒くさいわねと思いつつも彼女も今更ながらに呼び名が無ければ不便である事を知った。これまでホテルでは偶々街中のポスターなどから目に入った名前を少しいじった偽名を使って来たので名前になりそうな物を探し始める。

 するとふと一枚のCDケースを見つける。その表紙には英語でdesireと書かれていた。


 「……じゃあディザイアでいいわよ。ディザイアで」


 「CDケースを見て名前を決める人なんて初めて見たわよ。まあ人と言うかゲダツだけど」


 「五月蠅いわよ。別に名前なんてどうでもいいんだから」


 何気なく大した考えもぜずに決めたこのディザイアと言う名前はこの日から正式な名前となった。その際にディザイアは情熱と言う意味もあると言われて綱木にからかわれもしたが。


 そしてこの日から二人の奇妙な共同生活が始まったのだった。

 別にどちらかが一緒に暮らそうなどと言った訳ではない。ただ気が付けば二人で生活をしていた。


 「ただいまー。ご飯できている?」


 「お帰りなさい。あら不機嫌そうな顔ね。また上司にでも嫌味かセクハラでもされた?」


 「その通りよ! あのハゲ、まじで訴えてやろうかしら!!」


 昼間には綱木は会社員として仕事に出かけ、家の家事など全般をディザイアが受け持って生活を行っていた。転生戦士とゲダツが共同生活などおかしいと二人とも内心では思いつつもそれをいつしか口にはしなくなり、ついには友人の様に、いや友人となっていた。

 そしてこの生活を通す事でディザイアにも変化が訪れた。なんと彼女は綱木と生活するようになってから人間を1人たりとも喰らっていないのだ。


 「……なんだか私もすっかり人間にかぶれたものね。あなたと暮らし始めてから人を食べていないのだから」


 「良い事じゃない。別にゲダツは人間を食べなくても生きていけるでしょ。人肉を食べるくらいなら普通の食事の方がおいしいはずよ」


 そう言いながら彼女はディザイアが用意した夕食を食べる。

 いつの間にか料理のスキルも上がっており、彼女の作った食事に舌鼓を打つ綱木。そんな姿を見ていると満更と悪い気もしない。


 「いやーいつもありがとね。こんな美味しいご飯が作られていると思うとただ家に帰ってくるのも楽しくなるわ」


 「……」


 ……不思議な感じだった。自分にとっては人間など餌、もしくは蟻と大差ない存在だったはずだ。しかしこうして笑顔で『ありがとう』と言われると胸のあたりがほわっと温かくなる。

 

 「大袈裟よ綱木。これくらいならコンビニ弁当とかわらないわ」


 「またまた謙遜しちゃってぇ」

 

 そう言いながら彼女は缶ビールを開けて飲み始める。

 

 「あまり飲みすぎちゃ駄目よ。明日は仕事もあるんだから」


 「分かってるわよ。一日2本まで」


 そんな取り留めのない会話をする二人。

 そこには転生戦士やゲダツなどの肩書など関係のない、二人の女性が笑いあっていた。


 ディザイアは決して口には出しはしなかったが今のこの生活を大層気に入ってしまっていた。そしてそれは綱木も同様であり、今まで家に帰っても帰りを待つ人もおらず寂しい毎日を送っていた。だがディザイアが住み始めてからは家に帰る事が楽しみになっていた。


 願わくばどうかこの生活がこの先も続きますように…二人はそんな同じ想いを胸に宿しながら毎日を過ごすのであった。



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