ディザイア過去編 高みの見物
街中を特に当てもなく徘徊していた女ゲダツである彼女は今はホテルの一室でくつろいでいた。この人間の体を手に入れてからはホテルの様な清潔な場所を根城にしている。ちなみに不法侵入などではなくきちんと人間の金銭を支払ったうえで寝泊まりをしている。その資金源はどこから来ているのか、それについては聞かない方が良いだろう。
彼女はホテルの個室でソファに座って備え付けの大型の薄型テレビをぼんやりと眺めていた。
今彼女の見ている番組は娯楽番組で、映像の中では何やら小太りの男と背丈の低い男のお笑いコンビが漫才を繰り広げている。
「ふああ~……退屈ね……」
映像の中では漫才コンビが何やらネタを披露しており、その繰り広げられるネタを見ている映像内のステージの外に居る観客たちの笑い声が聴こえて来る。しかし盛り上がっている映像内とは対照的に彼女は欠伸をして死んだような目でテレビを観ている。
「映像の中では笑い声が響くけど…一体何が面白くて笑っているのかしらこの連中は……」
人間の娯楽に興味を持ち始めていた彼女ではあるが普通の人間と比較したらやはり感性が薄い気がする。
手元に置いてあるリモコンを持ち上げボタンを操作してチャンネルを次々へと変えていく。愛らしい動物番組、ニュース番組、料理番組など色々なジャンルの放送が流れているがどれもこれも興味心をくすぐるものではない。
退屈しのぎになるかと思いテレビを観ているが残念ながら暇を潰せない。人間達は何が面白くてこんな物を見ているのだろうか?
「やっぱりテレビは面白いとは思えないわ。外にでも繰り出しましょうか」
そう言いながら彼女はテレビの電源を消した。
夜の街にでも舞い出て遊びに行こうかと財布を手に取り部屋を出て行こうとした。
――だが扉に手をかけると同時、全身の神経を一瞬だけ刺激する濃密な気配を彼女は感知した。
「……ふふ、この気配は間違いなくゲダツ。どうやら私以外にもこの町に居るみたいね」
外に出ようとはしていたが、何処に行こうなどとは考えてはいなかった。しかし今の同族の強い気配によって行き場は確定した。
「さぁて夜のお散歩と行きましょうか♪」
この気配の感じる所へと足を運んでみよう。そうすればきっと楽しい事と巡り合えるかもしれない。
そんなどこか興味心の強い子供の様な思考と共に彼女は部屋を意気揚々と出て行った。
◆◆◆
「あははははっ! 本当にこのコンビは面白いわね!」
少し古びたアパートの一室で1人の女性がテレビに映るお笑いコンビを見て大笑いしていた。
冷蔵庫の食材を使い自分で料理した野菜炒めを口に運びつつ、テレビ画面に映る番組に釘付けとなっているのは数刻前にゲダツ女である彼女と肩がぶつかった面伊綱木であった。
「せっかくDVDを借りて来たけど今日は見る暇ないかなぁ。私の大好きな番組が放送日だったことをすっかり忘れていたわ」
本当はレンタルビデオ店で借りた感動モノの映画を観ようと思っていたが、何気なしにテレビを点けると自分の好きなお笑い番組が映し出されたので予定変更したのだ。
「あーおかし…。あっ、ビールビールっと……」
机の上に置いてあった缶ビールに手を伸ばして缶の飲み口を開けようとするが、缶を手に持つと同時にビクッと綱木の体が震えた。
「……近いわね。位置的に近くの公園かしら?」
何が近いのか、それはゲダツがすぐ近くに現れたという事だ。
「……はあ、しょうがないわね」
仕事の疲れを癒してくれるビールを名残惜しそうに机の上へと戻し、その場で軽く屈伸をすると彼女は玄関の方へと歩いて行く。
「転生戦士には会社の仕事が規定時間内に終わってもゆっくりする暇はないわね」
せっかく自分の自由時間を過ごしくつろいでいたのに急遽入って来た残業のせいでため息が出て来る綱木。
玄関で靴を履き、今までだらけていた顔を叩いて引き締める。そして――玄関の横に置いていた傘立て、その中に突き刺してある1本の傘を引き抜いて手に握る。
「今日も私に力を貸してね。おばあちゃん」
その言葉と共に玄関のドアを開けて外へと出る。
すると冷たい夜風が頬を撫でて来る。しかし冷たい夜の世界とは裏腹に彼女の心は熱い炎が灯っていた。
「さて…行きますか!」
そう言うと彼女は思いっきり跳躍して闇の中へと消えて行った。
◆◆◆
ホテルを出たゲダツの女は自分と同じ気配を放っている存在の元を目指して駆けていた。ただし彼女は地上ではなく様々な建物の屋根を飛び跳ねて移動している。
屋根から屋根へと飛び移りながら空中から眼下を眺める。そこにはこの近くにゲダツが居る事も気付かず呑気な顔をしている人間が街灯に照らされてちらほらと見かけた。
「自分たちが暮らす町の中に化け物が居る事にも気付かずに能天気な顔を誰も彼もしているわね。本当、人間と言う生き物は危機感が薄くて脆い生き物だと思ってしまうわね」
まるで馬鹿にするかのように、見下しているかのように彼女は上空から道中で瞳に映る人間達をどこか憐れみすら感じさせる目で見下ろす。
やがて気配が強烈に感じられる目的の場所へと降り立つ彼女。
「……この公園から気配が放たれているわね。でも……」
夜の公園、点々と一定の感覚で設置されている街灯の光だけがこの闇の中に佇む公園を照らしている。ゲダツである彼女からすれば何も感じないのだが、人間からすれば夜の公園はどこか不気味で昼間は小さな子供の遊び場も今の時間は静寂に包まれていた。
だがその静かな公園内から何やら激しい音が聴こえて来た。
「……あっちね」
まるで爆発でもしたかのような轟音が轟いても特に驚きもしない彼女。それはこの音の理由がもう理解できているからだ。
その音の出所を頼りに移動をするとそこには予想通りの光景が広がっていた。
街灯の光で照らされている一定の空間、その光の近くには2つの影が向かい合っていた。
「ゲダツの気配が動いていたからもしやとは思ったけど…これは面白い展開ね♪」
彼女が移動している最中、目的の場所から感知していたゲダツの気配が動いていたのだ。しかも小刻みに忙しなくだ。それでもしかしたら転生戦士とぶつかり合っているのではないかと思ったら案の定の展開が待ち構えていた。
「あら、あの女性はたしか…」
街灯の光で照らされているゲダツと転生戦士の姿は綺麗に映し出されていた。
ゲダツの方は般若の様な凶悪な面をしており、しかも手には何やら鉛で出来ている様な金棒的な物が握られている。その出で立ちを見て彼女は思わず吹き出しそうになってしまう。あれではまるで日本昔話などで出て来る鬼みたいだ。
「まるでお伽話を見ているみたいね。でもあっちの女性の方が驚いたわ」
そう言う彼女の視線の先に映っている女性は何と今日の昼過ぎに自分が肩をぶつけてしまった彼女だったのだ。
「まさか彼女が転生戦士だったとはねぇ。でもお陰で面白い見物になりそうだわ」
そんな事を考えながら高みの見物を決め込む女性。
そして彼女が腰を落ち着けた直後、視線の先に映る二つの影がぶつかり合った。
「グオオオオオオオッ!!」
鬼の様なゲダツは腕に持っている金棒の様な武器を剛腕で勢いよく振り下ろした。その威力は人間の様な脆い生き物など潰れたトマトにしてしまうだろう。
だが頭上目掛けて振り下ろされた金棒を綱木は手に持っている傘で受け止める。そんなどこにでも手に入れられる様な物であんな超重量の得物を重力に従い振り下ろされれば防ぎきれないだろう。だがそれは相手が普通の傘を持っている一般人であればの話だ。
「ぐっ、重いわね!」
神力を扱える転生戦士である綱木は身体能力だけでない。手に持っている傘を神力で包み込んで強化する事も出来るのだ。
まるで鉄同士がぶつかり合う様な金属音が周囲へと響き渡る。
「こんのぉ!! パワー馬鹿め!!」
上から振り下ろされている金棒を強引に傘で受け止めながら持ち上げ、そして傘を横に振るってその上に重ねられていた金棒を横に弾く。その結果相手のゲダツは僅かに体制を崩し、その隙をついて傘の先端をゲダツの片目へと突き刺してやった。
眼球が潰れる生々しい感触に少し不快感を感じつつも相手の光を片方奪うことが出来た綱木。
「ギ、グゲガアアアアアッ!!」
片目がやられて痛みに叫びながらゲダツは凄まじい蹴りを風を切りながら綱木の側頭部へと放つ。しかし彼女は傘を開いて蹴りを防いだ。
だが衝撃までは防ぎきれずに吹き飛ばされそうになるが、足元に神力を籠めて踏み止まろうとする。
「ぐぐぐ…重いわね見た目通り…!」
衝撃を殺しきれずに地面を抉りながら僅かに後退してしまうが踏み止まる綱木であるが、相手もすぐに距離を詰めて金棒を連続で振るい続けて来た。
「ぐ、ぐ、…調子に乗り過ぎよアンタは…!」
神力で極限まで強化を施した傘で攻撃を受け止め続ける綱木であるが、単純なパワーは向こうの方が上の様で攻撃を受ける度に傘は無事でもガードが少しずつ崩れていく。
歯を食いしばりながら攻撃を必死に受け止め続けるその様子はゲダツにも自分が有利だと思わせたのか、金棒を振り続けながらゲダツは口元に歪な笑みを浮かべている。
「グオオオオオオオオオッ!!!」
まるで『これでもう止めを刺す』と言わんばかりの雄叫びと共に今まで片手で振るっていた棍棒を両手で握って横薙ぎに振るって来たゲダツ。
その金棒が脆そうな横腹に直撃する直前――綱木は不敵に笑った。
「言ったでしょ。調子に乗り過ぎだってね」
その言葉と共に彼女の姿はその場から〝消えた〟のだ。
対象者が消えた事でフルスイングした金棒は空を切った。
「残念だったわね。これで…最期よ」
先程まで目の前に居た綱木はいつの間にか背後へと移動しており、彼女は先端部に神力を一点集中した傘の突きでゲダツの頭部を貫いた。




