一瞬の決着
捕えたカゲキを処理したディザイアの口元には真っ赤な少し鉄臭い液体が付着していた。そんな彼女にヨウリはハンカチを手渡して口を拭うように言った。
手渡されたハンカチで食事終わりにするかのような上品な仕草で口を拭くディザイア。いや、この女にとっては立派な食事後だったか……。
「それにしても随分と不味かったわ。半ゲダツの味はやっぱり純粋な人間の肉より質が落ちるわね」
「誰も聞いてないんだよ。人間だろうが半ゲダツだろうがどちらにしろまともな人間の食べる物じゃないだろ。まだトマトソース的な物が付いているぞ」
「あら私はゲダツよ」
加江須の言葉に対して揚げ足取りをしてくるディザイア。
やはりこの女とは少しやりにくい。どこか自分を聞き分けの無い子供ように扱っている部分も少し嫌気がさしてくる事もしばしある。ちなみの捕食シーンは見たくないために彼女がカゲキを喰っている時は席を外していた。ヨウリも一緒に…。
「それよりも彼の話していたアジトまでもう少しで辿り着くわ。そこでは出来る限りあなたが敵を倒してね加江須」
半ゲダツとは言えゲダツはゲダツ。ソレを倒せば転生戦士としても願いを叶える為のポイントも溜まるので出来る限り加江須の手で敵を倒して欲しいとディザイアは考えている。その為にこの旋利津市には転生戦士は加江須だけで乗り込ませたのだから。
しかし…ああまで人を容赦なく喰い殺した彼女を見てやはり違和感を感じてしまう。
「人間を餌にしか見ていない様なアイツが転生戦士を…人間を生き返らせたいだなんてな…」
彼女が叶えたい願い、それは転生戦士であるひとりの女性を生き返らせると言うものであった。
「(初めてこの願いを聞いた時にはただの冗談かと思っていたが……)」
この願いを口にした時の彼女は普段見せている胡散臭さは微塵も感じられなかった。
一体彼女にとってその転生戦士はどういう人物なのだろうか? そもそもゲダツが転生戦士を生き返らせようとする事自体がおかしなことだ。普通は自分の目ざわりな天敵が死ねば喜ぶところだろう。
「……ディザイアの持っているあの傘はその転生戦士のものらしいぞ」
自分の隣から聞こえて来た声に反応して顔を向けるとヨウリが距離を詰めていた。どうやら無意識のうちに口から頭の中で考えていた疑問が漏れ出ていたようだ。幸いなことに先頭を歩いているディザイアには聞かれてはいないようだったが。
「俺も詳しくは知らないんだがな、どうにもディザイアはある転生戦士と共に行動していた時期があったらしい。今のお前と同じようにな」
「そうか…。でもその転生戦士、俺とは違ってただの協力関係だった訳じゃないんだろ」
もしも自分と同じ利害関係の一致から手を組んでいるだけならば彼女があの傘を大事に持ち続ける理由が見当たらない。しかしだとすればあのゲダツ女には一体どのような過去があったのだろうか? 今までは触れない様にと思っていた加江須であるが正直に言えば彼女とその転生戦士との関係が気になり始めていた。
どうせなら思い切って直接本人にでも聞こうかとすら考えたが、ここで加江須は嫌な気配を感知した。
「……ここか」
カゲキからの話と地図の印を頼りに歩いて行くとようやく目的の場所へとたどり着いていた。顔を上げれば荒れ果てている建物が目の前にそびえたっている。
「ここが半ゲダツ達が息を潜めている根城か。随分と荒れたい放題だな」
「そうね。でもドブネズミの住処と思えば中々に似付かわしいけれど」
そう言いながらディザイアは建物の入り口まで歩いて行き、そのと扉をコンコンと軽く叩いた。
「かなり頑丈で分厚い扉ね。まるで部外者は決して侵入を許さないかのように」
そう言いながら彼女は首だけクルリと振り向けヨウリの方を見た。
自分に向けられている視線の意味を理解した彼はポケットをまさぐって1枚のカードを取り出した。
「ほらよ、カードキーだ」
取り出したそのカードを彼女へと放り投げる。縦回転をしながら飛んでくるカードを綺麗にキャッチするディザイア。
この建物に来る前にカゲキから聞いた話ではどうやらアジト内に入るにはカード認証が必要なようだ。それがなければ内部へと入る事は不可能。何故なら重厚な扉が侵入者を阻むからだ。
今ディザイアが手にしているカードキーはカゲキから奪ったものだ。
「あったわ。ここにこのカードを通せばいいのね」
扉の少し隣にカードを読み込んで判別する機械が取り付けられておりそこにカードをスキャンするディザイア。
しかし傍から見ればもう老朽化して頼まれても人など寄り付きそうにない場所であるがよく見れば困かな改良が施されている。あの分厚そうな扉もそうだが、ボロボロの外壁とは裏腹に窓はとても綺麗で総入れ替えした形跡がある。恐らくは防弾ガラスなのかもしれない。
「良かった扉が開いたわよ。さあ行きましょうか」
根城の周囲を観察していると入り口の方から軽やかなディザイアの声が聴こえて来る。これから半ゲダツ達の懐へと飛び込む者のテンションとは思えない。
分厚い扉が開かれて解放された建物の中に足を踏み入れると驚いた。
「これは…外とは大違いだな…」
塗装も剥がれてボロボロの外装とは対照的に室内はとても清潔で整頓されている。
侵入した部屋の中には誰も人は居なかったが、しかしこの建物に入ると同時に小さなゲダツ特有の気配をちらほらと感じる。
「……かなり数が多いな」
加江須は周囲を警戒しながら奥の部屋の扉を見つめる。
あの扉の向こうから半ゲダツである連中の気配が集中している。その数は合計で7人分だ。
「どうやらラスボとやらは相当数の人間をゲダツへと改造しているみたいだな。この建物内だけでも7人も半ゲダツが居るぞ」
「凄いな。そんな正確な数まで見極められるのか?」
「本当、とても頼りになる戦士さんよね♪」
加江須の精密な感知能力にヨウリは驚きディザイアは嬉しそうに笑う。
あまりゲダツ連中に褒められても少し微妙な感じだ。だがそれよりもまずはこの奥に居る連中を殲滅する事を優先するべきだ。
そのまま歩を進め奥の部屋へと続く扉の前へと3人は立ちはだかった。
「随分と楽しそうにお話ししているみたいね。馬鹿笑いがここまで聴こえて来るわ」
ディザイアの言う通り扉の向こうでは複数人の男の声が耳に入ってくる。通常の人間よりも聴覚が強化されている加江須には扉一枚隔てていても会話内容が聴こえて来る。しかし何か重要な事を話しているでもなく猥談をしているようだ。
「たくっ…むざむざと侵入されておいて呑気なもんだな」
その言葉と共に加江須は思いっきり扉を蹴りでぶち破ってやった。
強力な蹴りで破壊された扉はそのまま部屋の奥へと吹っ飛んでいき、激しいクラッシュ音が部屋の中へと響く。
突然の強襲にしばし目を丸くしていた連中であったが、数瞬の静寂が過ぎ去れば次に周囲の空気は殺気立ったものであった。
「なんだテメェ等は!? どうやってこの中まで入って来やがった!!」
誰もかれもが血走った目をでこちらを睨みつけて来る。
全員は近くに無造作に置いてあった多種多様な凶器を手に取ってソレを構えて来る。
「随分と強気な態度じゃないかよ。それは半ゲダツになったおかげか?」
加江須がそう言うと今まで息巻いていて連中はあからさまな戸惑いの色を顔に浮かべ、互いに顔を何度も見合わせ間抜けに右往左往している。まさか自分たちが半ゲダツと見抜かれるとは予想もしていなかったのだろう。
「随分と焦っているわね。この程度で青天の霹靂とは…ふふ、随分と粗末な半ゲダツがいるものね」
ディザイアが小馬鹿にしたような口調でそう告げると馬鹿にされている事を理解した連中は逆上して色々と口汚く喚き散らす。しかしどちらかと言えば怒りと言うよりも戸惑いを隠すためにあえて怒っている様にも思える。
「コイツ等もしかして転生戦士とか言う奴等か! だとするなら3人ともぶち殺しちまえ!!」
半ゲダツの内の1人の号令と共に一斉に襲い掛かってくる半ゲダツ達であるが、正直に言えば加江須からすればそのスピードは余りにも遅く感じた。
その証拠に彼は一瞬で向かって来ている半ゲダツの男の目の前まで移動すると拳に炎を纏って腹部を思いっきり殴りつける。
凄まじい威力のその炎の拳は半ゲダツである男の体を天井へと叩きつけ、そして砕けた天井の破片と共に無様に床下へと落ちて来た。
「ぐ…お…」
消え入りそうな呻き声と共にガタガタと泡を吹いて倒れる仲間を見て動きが止まってしまう残りの連中。
この命懸けの戦闘の最中、それも部屋の中という限られた空間内でそのようなミスは戦いの場に置いて命取りだ。
それを教えるようにディザイアが手に持っている傘で呆然としている半ゲダツの1人を傘で突き刺した。
「うぎゃあ、いてぇ!!」
「あらごめんなさい。案山子の様に間抜けに立っていたものだから」
そう言いながらディザイアは男の脚に突き刺していた傘を引き抜くと、続けざまに残っているもう片方の脚を流れるように貫いてやった。
両脚を貫かれた男はそのままその場で崩れ去る。しかしトドメまでは決して刺そうとはしない。
「ほら1人動けなくしておいたわよ加江須。手早く始末しちゃってちょうだいな」
彼女があえて相手の脚を狙ったのはトドメは加江須へと譲るためだ。一番の目的は加江須に手柄を与えて願いを叶えてもらう、それを実行する為に。
一瞬で二人も戦闘不能とされてしまった事で完全に他の5人は浮足立つ。
やはり一般人にとっては恐ろしい力を持つ半ゲダツと言えども転生戦士である加江須からすれば赤子同然であった。もう勝負などこの場の雰囲気からして決着していた。
「もう終わらせるぞ。お前たちもゲダツに自分の意思で成ったんだ。それなら転生戦士にやられる覚悟もあるだろうな」
その言葉と共に加江須は妖狐の姿へと変身し、尻尾に神力と炎の二つを織り交ぜて半ゲダツ達へと一斉に突き刺した。
凄まじい速度で伸びた尻尾は的確に男達の心臓部を射抜き、しばしの痙攣の後に大量の吐血をして連中はそのまま力尽きて行った。
「これでお終いね。ちゃんちゃん♪」
この場には似付かわしくない明るいディザイアの声が部屋の中へと響いたのだった。




