忘れてはならない、彼女はゲダツであることを…
繁華街の道端で絡まれていた加江須たちがそのゴロツキ達を撃退したので先に進もうとしたのだが、その行く手を塞ぐかの様にまた新たな男が現れる。
その男の登場に地面で痛みに蹲っていた連中は顔を僅かに輝かせた。
「カゲキさん来てくれたんっスね!」
ゴロツキの1人がそう言いながら立ち上がるとカゲキと呼んだ男の方へと歩み寄る。
「この女と男二人が俺らに因縁を付けて来たんスよ! ここは兄貴の力でケジメをつけてやってください!」
そう言いながら男はカゲキへと頭を下げている。
いやいや随分と都合の良い言い分だな。まるでこちら側から絡んで来たみたいな物言いではあるが実際にはお前等の方が先に絡んで来たんだろうが……。
この加江須の思いは隣に居るヨウリも同じく思っていたようで彼も疲れたような顔をしている。その隣ではディザイアが面白そうに口元を隠し笑いをこらえていた。
いっその事手っ取り早くぶちのめして先に進もうかと考えていると――
「いぎゃあああああああ!?」
何やら野太い悲鳴が耳をつんざき顔をそちらへとバッと向けた。
加江須の視線の先ではカゲキに助けを求めていたさきほどの男が顔を押さえて蹲っていた。しかも両手で覆っている顔の隙間からはポタポタと血が零れ落ちている。
「てめぇ、こんな餓鬼相手に何をしてんだ? ケジメつけるべきはテメェだろうが」
そう言うカゲキの手にはナイフが握られており、その刃にはべっとりと血が付着している。
「とりあえずケジメとして目ん玉1つ潰しておいたが、もし次に情けねぇ姿見せたらこれだけじゃ済まねぇぞ。全盲は覚悟しておけ」
……どうやらあの顔を押さえている男は壮絶な制裁を受けた様だ。
「それにしてもテメェ等随分と肝が据わっているじゃねぇかよ。こんな場面見ても平気なツラしてるなんて大した精神力だぜ」
そう言いながら手に持っているナイフを放り捨てるカゲキ。
てっきりあのナイフを使うと思っていたので意外だなと思っていると彼は構えを取った。
「こう見えても元ボクサーでな。やっぱ喧嘩は拳の方がらしいと思わねぇか?」
その言葉を放つと同時であった、目の前の男から感じる空気が明らかに変わったのだ。
「おいこの気配は…」
「どうやらただのチンピラってわけじゃないみたいね」
加江須だけでなくディザイアも目の前のカゲキが〝ただの人〟でない事が理解できた。
何故なら目の前の男が身に纏っているこの気配は間違いなくゲダツの気配だったからだ。その威圧感と不快感は普通のゲダツよりも劣るが間違いない。という事は目の前のこの男の正体は――
「どうやら半ゲダツみたいだな」
そう言ったのは同じく半ゲダツである元人間のヨウリであった。
最初のゴロツキ達の時には余裕を浮かべていた彼も相手が同じ半ゲダツであると知ると気を引き締めていた。
「確かすぐ近くに地図でマークしていた拠点の1つがあった。という事はコイツはもしかしたら関係者かもな」
ヨウリはもしかしたらなどと言っているが間違いなく関係者だろう。だと言うのであれば目の前の男はこれからの戦いにとっての重要な情報源とも言える。
そう言う事ならばこの男はここで捕えておくべきだ。
「どいていろヨウリ。今度は俺がやるよ」
「……分かった」
相手がゲダツであるならばここは転生戦士である自分が戦うとしよう。
ヨウリの方も自分より加江須の方が遥かに強い事を理解しているので大人しく後ろへと下がった。それに相手が同じ半ゲダツならば自分では確実に勝てる保証もできない。
「最初はお前が相手するのか? いいぜ、かかってこい……ぎゃばんッ!?」
カゲキがクイクイと手を曲げて挑発したがソレと同時に決着がついた。
加江須の踏み込みの速度は凄まじく、この場で彼の姿をきちんと捉えられていたのはディザイアただ一人であった。その隣にいたヨウリの目のは加江須がまるでテレポーテーションでもしたかのように映っていた。当然殴り飛ばされたカゲキも拳が顔面にめり込むまで何も気づけなかった。
「がっ、ごっ、げっ!?」
自分が殴られた事もイマイチ認識できていないままバウンドして行くカゲキ。その兄貴分の無様なやられようを見て下っ端達はあんぐりと間抜けに口を開いて呆然とするしかできなかった。
◆◆◆
真打登場とばかりに現れたカゲキと名乗る半ゲダツを撃破した加江須たちは近くの裏路地へと彼を連れ込んでいた。この男が自分たちの目的としているゲダツの手先なら色々と情報を抜き取る必要があるからだ。
ちなみにコイツの部下共はカゲキを連れ去ろうとする事に対して全く引き留めてこなかった。それどころか無様にワンパンチで叩き伏せられた彼に対して罵声すら浴びせていたぐらいだ。
「自分の兄貴分がやられてもあの態度、大した仲間関係だな」
「そんな良いものじゃないでしょ。この男もあの取り巻きも互いに利用関係としか思っていなかったでしょうに」
ディザイアはそう言いながら薄ら笑いと共に傘の先端で気絶しているカゲキの額を突っついている。
「それじゃあ尋問を始めましょうか。まあ彼の態度次第では拷問に変わるかもしれないけどね」
笑顔でそう言う彼女はまごうことなき人に仇名すゲダツそのものであった。
目が覚めたカゲキは加江須たちへと色々と話をしていくつかの情報を教えてくれた。
最初は何も知らないなどと下手な芝居を打っていた彼であるが、ディザイアの正体がゲダツ、そして加江須が転生戦士である事を知って一気に顔を青ざめた。そしてディザイアが何も話さないなら食料として頂こうかとほのめかすと今までとは打って変わり洗いざらい話し始めてくれた。
やはりこの男は例のラスボとやらの手先の1人らしい。そしてこのカゲキはこの近くの根城の1つの管理をしている1人らしい。
「それで? お前、いやお前等がそのラスボに従う理由は何だ?」
ラスボは戦力を集めるために半ゲダツを増やしているのだろうが、しかしその下に付いている人間はどういう理由からラスボに協力しているか加江須は疑問を感じていた。最初はただ無理矢理半ゲダツとなり無理やり従わされているとばかり思っていたのだが、話しを聞くうちに目の前の男が無理矢理従っている訳でもない事が何となく分かったのだ。
もはや反抗する気など無いカゲキは黙秘する事なく加江須の質問に正直に答えた。
「理由は単純だよ。あの人、いやゲダツさんの血を取り入れる事で人間離れした力が手に入る。そのおかげで俺たちの組織はこの繁華街で一気に勢力を広げれたんだよ」
「組織って言うのはラスボとやらが立ちあげているものか?」
加江須がそう言うとカゲキは首を横に振って否定して来た。
「ラスボさんの立ち上げている組織は半ゲダツだけで構成されているもんだ。一般人なんて居たところで役に立たないって事でな。俺の今言った組織は俺個人が所属しているこの繁華街にある極道絡みの組織だよ」
詳しく話を聞いて行くとラスボは自分の協力者を増やすためにこの繁華街にある極道組織の1つへと乗り込んで来たらしい。当然いくら極道とは言えゲダツに勝てるわけがない。一瞬で殲滅させられたらしい。
だが叩きのめされた連中にラスボはある提案をして来た。
――『俺の血を取り入れればお前たちはより強く、より強靭な肉体を手に入れられる。この血を受け入れればこの繁華街でお前たちの弱小組織も頂点に立てるぞ』
ラスボが襲撃した組織はハッキリ言ってこの界隈にある組織の中では弱小組織であった。ラスボはその事を知っていた上でカゲキの所属している組織へと襲撃を掛けたのだ。
ボロ雑巾の様に叩き伏せられたカゲキ達はそこでゲダツの存在を教えられた。そんな非科学的な存在など普通は信用できない。だが自分達を汗一つ流さず一瞬で殲滅してしまったその力は人間のものとは思えず、そしてその圧倒的な力にカゲキ達は魅了されて彼の血を受け入れた。
「その結果俺たちは半ゲダツになった。そのお陰で今じゃこの界隈でも俺たちの組はかなりの勢力を手に入れられたんだよ」
「………俺たち?」
カゲキの話を聞いていた加江須はここで眉を顰める。
「お前の組織に居た連中は全員が半ゲダツになったのか? その結果誰も死なずに半ゲダツに成れたのか?」
かつてディザイアから聞いた話では半ゲダツに成れる確率は低い筈だ。無事に適合する者よりも不適合の結果死に至る者の方が遥かに多いらしい。それなのにそれだけの数の適合者が現れるなど違和感を感じる。それはディザイアも同じようで今までの薄ら笑いは消え、どこか怪訝な眼をカゲキへと向けている。
そんな疑いの視線の中に晒されながらカゲキが口を開く。
「別に全員が血を取り入れた訳じゃない。ラスボさんが判別して適合できると判断した奴だけに血を与えてくれたんだよ。ほら、さっきの下っ端達も俺の組織の末端連中だ。あいつらは血を貰えなかった奴等だよ」
どうやらラスボはこの男の組の連中全員に血を与えた訳ではないらしい。
だが気になるのはラスボは半ゲダツと成れる存在とそうでない存在を見分けられる力が有るのだろうか? そうでなければ適合できる奴だけに血を与えるなどしないだろう。
「普通は血を受け入れられるか否かはやってみないと分からないものだけどね」
加江須に対してディザイアがそう言った。やはり同じ人型ゲダツである彼女からしてもそのラスボが何故判別できるのかは謎の様だ。
「な、なあもういいだろ。俺の知っている事はこれで全部話したんだから解放してくれよ」
「そうね、じゃあ解放してあげるわ。この世からね」
そう言うと同時にディザイアは手に持っている傘で彼の胸を一突きにした。
ずぶりと言う生々しい音に思わず目を見開いて驚く加江須。まさかこうまであっさりと命を奪うとは思わずつい声を出してしまった。
「何をやって…!?」
「あら何か不味かったかしら? この男は半ゲダツ、もう人間ではないのよ」
「それはそうだが…」
確かに相手は半ゲダツだが元人間でもある。それを目の前であっさり殺されてしまえば何も感じない、という訳にもいかなかった。
どこか釈然としないと言わんばかりの加江須の態度に彼女は呆れたようにすでに亡骸となったカゲキの胸から傘を抜き取り言った。
「私は人を何人も食べて来たゲダツなのよ。あまり人間的な感情を持っているとは思わない事ね」
そう言いながら彼女は傘の先端部分に滴る真っ赤な血を舐めて怪しげに笑っていた。




