噂話で盛り上がる女の子たち
加江須と公園で別れた後、仁乃もまた自分の家へと帰宅していた。
「ただいまぁ~…」
「あ、お姉遅かったじゃん」
家に帰るとすでに妹が学校から帰ってきており、リビングでテレビを観ながらくつろいでいた。
もうすぐ夕食前だと言うのにポテトチップスを齧っている姿を見て仁乃が軽く注意をする。
「あんたねぇ、もうすぐ晩ご飯できるんだから間食は控えなさいよ。太るわよ」
「うるさいなぁ~…ポテチ一袋くらいはいいでしょう」
ポリポリと音を鳴らしながらぶー垂れる妹の日乃。
相変わらず素直にハイと返事をしない妹に呆れてため息を吐く仁乃。
「(本当に生意気に育ってきちゃって…どこが私と似てるっていうのよ。見もせずに適当なこと言って加江須のヤツ)」
公園で加江須の言っていた事を思い出した仁乃であったが、同時に押し倒されて胸をタッチされた記憶も一緒に蘇ってきて顔が真っ赤になり始める。
突然顔色が変化したことに日乃が首を傾げる。
「どうしたのお姉、なんかいきなり顔色変えちゃって…」
「な、何でもないわよ」
そう言って自分の部屋へと向かっていく仁乃。
その後ろ姿を眺めながら日乃が不思議そうな顔をして見送った。
◆◆◆
自分の部屋に着くと鞄を適当に放り捨てベッドに背中から飛び乗りダイブする。
部屋の中はぬいぐるみが多く、いかにも女の子をイメージさせており、ベッドの上にも犬のぬいぐるみが置いてあった。
「ただいま大五郎。今日は本当に色々あったよぉ~…」
犬のぬいぐるみを持ち上げながら自分の名付けた名前を呼ぶ仁乃。
ちなみに部屋に置いてあるぬいぐるみには全て名前を付けてある。妹にはいい年して恥ずかしくないのかと言われているが……。
「私と同じ境遇者が同じ学校に居たなんてね。まあ向こうは昨日蘇ったばかりだけど…」
改めて今日出会った加江須の事を考え始める仁乃。
別れ際の出来事がまず頭に浮かび少し恥ずかしそうに唸るが、しかし同時にどこか安心感を抱いていた。
今までは自分一人でゲダツとの戦いをこなしており、時には心細くなった事もある。他にも戦いに巻き込まれた自分の現状を誰かに知ってもらいたいという想いもあった。しかしこんな話など普通の人に話せなければ、そもそも信じてもらえないだろう。身内にすらゲダツやその他の事を話せずにモヤモヤが胸の中にたまり続けていた。
だがそんな胸の内のモヤモヤが今はもう綺麗に消えてくれていた。
「もう独りじゃないのよね…」
少し腹の立つ部分もあるのだが、根は優しそうな同じ年の少年と出会え無意識のうちに仁乃の口からは笑い声が漏れていた。
「ふふふ…♪」
ぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめて少し嬉しそうにする仁乃。
するとドアがノックされて開かれる。
「お姉入るよ?」
「あんた…ノックしたら返事を待ちなさいよ。間髪入れずに開けたらノックの意味がないじゃない」
「もうすぐ晩ご飯だからわざわざ呼びに来たんでしょ。それよりも……」
じっ~と仁乃の事を見つめて言葉を途切れさせる日乃。
無言で見つめられ何なのかと思っていると、突然日乃が予想斜め上の発言をして来た。
「お姉…もしかして彼氏でもできた?」
「ぶはっ、ななな、何の話!?」
思わず吹き出しながら慌てふためく仁乃。
日乃としては半ば冗談のつもりであったのだが、予想外の姉の反応を見てまさかの図星だったのかと思い、より詳しく訊いてくる。
「ええ、もしかしてマジ? マジにお姉に男でもできたの?」
「で、できてるわけないでしょ! 何でいきなりそう言う考えに行きついたわけ!?」
「だってお姉の顔、何か少し嬉しそうだったからさぁ……」
「べ、別にいつも通りの顔よ。とにかく何でもないんだから変な勘繰りはしない!」
そう言ってベッドから起き上がり日乃を強引に部屋の外へと追い出そうとする。
「ちょ、ちょっともうすぐゴハンだって…」
「制服のままだから着替えてから行くわ。だからもう部屋を出てちょうだい!!」
部屋の外まで強引に押し出しドアを閉める仁乃。
妹を部屋の外へと追い出した後、ドアに背中を預けて座り込んで自分の顔を触る。
「嬉しそうな顔…してたかなぁ…」
確かに自分以外の転生者と出会えた事は嬉しいし、加江須は頼りになる存在だとも思う。そう考えればこの出会いは嬉しいと分類できるのだが、それはあくまで自分と同じ境遇者に出会えたことに対す喜びだ。
決してアイツを好きになったなど、そういうわけではない。
「そうよ。あくまで同じ境遇の者同士と言うだけ……それ以上でもそれ以下でもないわよ」
そう言うと彼女はドアから背を離して着替え始める。
制服を脱ぎ下着になると不意に視線が自分の胸の方へと向く。
「(そう言えば今日…あいつに胸を…)」
そこまで考えると仁乃は顔を赤らめながら拳を握りこの場に居ない加江須へと文句をぶつけ始める。
「あの変態、私の胸に手を置いていたのよね。う~…思い出したら腹が立ってきたわ!」
その場で怒りのあまり床をドンッと蹴る仁乃。
あの時、転んだ拍子に掴んだと見せかけて本当はわざと触れたのではないかと疑い始める仁乃。イチゴのショートケーキで手を打ったが少し罰が軽すぎた気がする。
「やっぱりケーキの他にイチゴパフェも奢ってもらう事にしよう。乙女の胸を揉んだんだからこれくらいは当然よ。そうよ…胸を…うぅ~……」
胸を押さえて恥ずかしそうに唸る仁乃。
ひとりで悶えているとドアが突然開いて追い出した日乃が顔をのぞかせて来た。
「随分悶えてたね。やっぱり彼氏できた?」
「うるさいうるさいうるさーい!!! 聞き耳たてるなー!!!」
脱いで下に落ちていた制服を日乃の顔面目掛けて投げつけながら、家全体を震わせるほどの怒鳴り声を家中に響かせた仁乃であった。
◆◆◆
翌日の朝、自分のクラスの机の上で仁乃は呆けていた。
今日は登校中も加江須と顔を合わせる事もなく、まだ一度も彼の顔を見ていない。クラスも違い、家が近くでもないので別に顔を合わせない事がおかしいわけではないが。
ぼーっと視線を正面に向けて気の抜けた表情をしている仁乃。視線の先では何も書かれていない綺麗な黒板が映るだけ。
「日乃のヤツめ…あの娘がへんな事言うから何となく顔合わせづらくなったじゃない」
本当は休み時間でも加江須のクラスに行って、昨日の件の償いにパフェも加算するよう釘でも刺しておこうかと考えていたが、クラスに入る手前で日乃の言葉が頭をちらついた。
「別にアイツは同じ転生仲間であるだけなんだから……」
自身にそう言い聞かせるように呟いていると、クラスの女子たちが数人自分の元までやって来た。
「ねえねえ伊藤さん。少しいいかな?」
「ん、なーに?」
一体何の様なのかと気を抜いた声で返事をする仁乃。
集まって来た女子たちは何やら目配せをした後、その中の1人が代表として質問をして来た。
「あのさ…伊藤さん、昨日は他のクラスの男子と一緒に居たけど……もしかして彼氏さんとか?」
「……ぶはっ!?」
一瞬質問の意味が解らずフリーズしてしまうが、すぐに意識が再稼働し遅れて吹き出す。
自分の妹が昨日同じ質問をして色々と悩まされている矢先、今度はクラスメイトから同種の質問をぶつけられるとは完全に想定外であった。
吹き出しを見せた仁乃の反応を見て女子の1人が顔を近づけ小声で話しかける。
「やっぱり本当なの?」
「いや違う違う! 私に彼氏なんていないし!? 男子と一緒に居ただけで何でそうなるの!?」
いくらなんでも話が飛躍しすぎだと思い、それが勝手な決めつけだと否定するが質問をして来た女子は何故そう思ったのか、その理由を話し始める。
「昨日購買の近くで伊藤さんが他のクラスの子に告白されていたとかなんとかって……」
「こ、告白? そんなのされて……はっ!」
昨日の昼休みの時間に加江須と購買部で騒いでいた事は理解できるが、別に自分は告白などされていなかった。しかしそこまで思い出すと同時に昨日、自分があの場で加江須に言っていた言葉も思い出した。
――『…ええ付き合えって何!? やっぱり私に気があるわけ!!』
あの時、勘違いをして自分はそう言っていた。しかも結構大きな声で……。
「(まさかあの言葉からこんな誤解が生まれるなんてぇ~!)」
「それにその後、二人で手をつないでいたとか……」
それも確かに事実だ。あの場から離れる際に加江須は自分の手を握っていた。しかしそれは単純にあの場から離れるためのはずだ。決して自分に気が合った訳ではない。
しかし周囲に居た人間からは仲の良いカップルにも見えたのかもしれない。
あの時の出来事を思い返していると、目の前の女子たちは少し興奮気味でさらに質問を繰り返す。
「やっぱり本当だったの? 伊藤さんに彼氏ができたって!」
「ええ、違うってば! か、加江須とはただの……」
「ほらほら名前で呼んでる! やっぱりそういう仲なんでしょ?」
「だから違うんだってばぁ~!!!」
必死に誤解を解こうとする仁乃であったが、クラスメイトの恋愛模様に興味が尽きず騒ぎ立てる。すると他の女子たちも集まってきてさらに騒がしさが増した。
「ねえねえ、その子ってどんな性格なの?」
「昨日一緒に学校を出ていたけどひょっとしてデート?」
「いいなぁ~。私もぶっちゃけ彼氏欲しいなぁ~」
ワイワイと盛り上がるクラスの女子たちに対し、全くの見当外れであると説明するがまともに聞いてもらえず、仁乃はこの場に居ない加江須に心の内で文句をぶつける。
「(アンタのせいで大変な目に遭ったじゃないのよ。バカ加江須!!!)」
結局次の授業が始まるまでの間、仁乃は加江須との関係を根掘り葉掘り聞かれ続けるハメとなった。




