いざ旋利津市へと
まさかの訪問客のディザイアから聞かされた話、旋利津市では半ゲダツを大量に生み出し組織化を図っているゲダツが居るらしい。しかもそのゲダツは放置しておけば最悪加江須の住んでいる焼失市にまで足を延ばす可能性があるらしい。
そんなふざけた目論見を指を咥えて見続ける気はない加江須はディザイア、ヨウリと共に旋利津市へとやって来ていた。
「ここが旋利津市か。見た感じではなんて事はないな」
初めて足を踏み入れた場所はとても新鮮…と言う感想を抱く事は無かった。
電車を利用して駅を降りた先に広がる旋利津市の姿と言うのは別段驚くような部分など無かった。頭の中に浮かんだ感想はたった今口に出した様になんて事はない、だった。
「まあ当たり前と言えば当たり前だな。別に異国へ来たわけでもないんだから」
飛行機にでも乗って別の国にでも降り立つのであれば外の景色を見て感じる印象は色々とあるのだろう。だが同じ日本、しかも大した距離の移動もしていない場所など特別な感情は抱かない。
それに自分たちはここへ遊びに来たわけではないのだ。命懸けの戦いの為にここまで来たのだから観光気分など命取りだ。
「それで連中の具体的な根城場所は把握できているのか?」
「ええそれは問題ないわよ。その事も含めて彼には聞いておいたんだから。ねえそうでしょ?」
加江須の問いに対してにこやかに問題ないと告げるディザイア。
彼女は笑顔のままで自分の腹部を擦りながら『ねえそうでしょ』と言っており、その仕草を見ていたヨウリがうえっと吐く様な仕草を見せた。
「あんまりそう言う事はするなよ。あんたがあの男を喰い殺していた場面を思い出しちまったじゃないかよ」
さらりとショッキングな発言をするヨウリ。
どうやら彼は写真に写っていた男がディザイアに捕食される瞬間を目撃していたみたいだ。何となく加江須も頭の中で想像を働かせてみるがイマイチ想像が出来なかった。彼女が今まで見て来たゲダツと同様に異形ならば想像はつくが、自分と同じ、いやそれ以上に小さな口の彼女が人を食べるイメージ画が描けない。もしかしてナイフで切ってフォークで口にしたのだろうか?
「(何を考えているんだ俺は? やめやめ…)」
自分の脳裏に浮かんできたイメージを消し去り目的の場所を目指す事とした。
「じゃあ早速奴らの根城まで行こうぜ。場所が特定できているなら楽な事だろう」
「はいはい慌てないの。いきなり本拠地に足を運ぶのは少し危険だと思わない? 確かにヤツが従えている連中は半ゲダツばかりだけど数が多いわ。馬鹿正直に真正面から突撃すれば数で潰される可能性もあるわ」
「それもそうか。でもディザイア、お前には確か便利な能力があったはずだろ。えーっと……」
「それは『欲求をコントロールする特殊能力』のことかしら?」
「そうそれ、その力が有れば相手を無力化する事も出来ないのか? 例えば戦う気力を根こそぎ削ぎ落したりしてさ」
ディザイアの持つこの能力を使えば戦わなくてもケリをつけられるのではないかと尋ねる加江須。確かに彼女のこの能力は相手の戦闘に対する欲求を抑制する事も可能だ。しかし相手が本当にただの一般人の集団であれば彼女1人で片を付けれるのだが、相手が半ゲダツ達では話が少し異なる。
「いくら元は人間とは言え半ゲダツ達はゲダツの血と力を宿しているわ。もちろん全く効果が無いわけではないけどただの人間と比べると効き目が薄いでしょうね。それでも相手が単一であれば完全に能力の支配下に置けるけど大勢いる半ゲダツ達を一遍にとなると効き目も薄くなるわ」
どうやら自分が考えているほど手早い決着とはいかないようだった。それに冷静に考えてみればもしディザイアだけで収束させれる問題ならば自分の元まで足を運ぶ事もないだろう。
駅を出てからヨウリは懐から1枚の二つ折りの紙を取り出してソレを開く。
「ボスであるゲダツの姿は俺もディザイアも直接この目で見た訳じゃない。捕縛してコイツに喰い殺された半ゲダツから風貌は一応聞いているがな。あと名前も」
ディザイアの命を狙って来た半ゲダツが言うには彼等を率いているゲダツの名はラスボと言うらしい。その容姿はやはりディザイアと同様の人型で黒い髪に大人しそうな顔立ちらしい。パッと見れば普通の高校生ぐらいにしか見えないとも言っていたらしいが。
「何か余り想像がつかないな。要するにソイツは俺みたいな学生ぽい容姿なのか?」
「あくまで話を聞いた限りではだがな」
そう言いながらヨウリは手元の紙の中をずっと見つめ続けていた。
さっきから何を見ているのか気になりその紙に何が書かれているのか尋ねた。
「アイツらのアジトは複数あるらしい。どうやら連中は点々と居場所を変えているみたいでな」
どうやら相手のゲダツは転生戦士対策の為に拠点をいくつか用意しており一つ所にずっと腰を落ち着けないらしい。半ゲダツを大勢用意するだけあって警戒心が強いみたいだ。彼の手元で開かれている地図の中には赤丸で拠点を示している場所が複数確認できた。
加江須に続いてディザイアも地図を覗き込みながら彼女が小さく笑う。
「まるでヤドカリでしょ? 落ち着きなく何度も身を置く場所を移っているんだから」
そう言うと彼女は手に持っている傘をクルクルと回しながら言った。
今までも何気に気にはなっていたのだが彼女の持つあの傘は一体何なんだろう。思い返せば彼女はいつもあの傘を肌身離さず手に持っている。今の様な晴れの日にも傘を持っている姿は改めてみるとどこかアンバランスだ。肌を焼くほどの気候であればまだ日傘の代わりとも頷けるのだが。
「なあヨウリ。あいつがいつもあの傘を持ち続ける理由は何だ? まさかあいつなりのファッションか?」
自分のこの予想が不正解だと何となく理解しつつもヨウリに真相を尋ねてみる。
「………」
「…どうした?」
今まで普通に会話のドッヂボールが成立していたのだが、この質問をした瞬間に急に彼はボールを返してこなくなった。
彼の目は何やら複数の感情が混ざっているかのように思えた。どこか悲しみが宿っている様な、どこか同情が宿っている様な、とにかく上手く表現できない表情だったのだ。
そんな曖昧な視線をヨウリは手元の地図から目の前を歩くディザイアへと向けていた。
「……まあ時間があれば話してやるよ」
そう言うと彼は再び地図の方へと視線を移すのであった。
何となくではあるがこれ以上は深入りしない方が良いと思い加江須も無言となった。
◆◆◆
旋利津市の駅を出てから地図の中に印されている赤丸の近くまでタクシーで移動する3人。目的の近くまで辿り着くとそこからは歩きとなる。
タクシーに乗り込む際には周りの風景は至って平凡な街中と言った感じであったが、タクシーを降りた場所は周りの雰囲気が大きく変わっていた。
「何だかいかにも治安が悪そうな街だな」
辿り着いた繁華街へと足を踏み入れて思った印象はお世辞にも良いものではなかった。
今も街の中を歩いているのだが何やら怪しげな店をいくつか見つけたし、それに路上で寝転がっている人間もかれこれ数人見かけている。少なくとも健全な学生の歩くところじゃない。
「この辺りには暴力団の事務所もいくつかあるらしいわ。変な連中に絡まれない様に気を付けないとね」
そう言いながら口元に手を当ててクスクスと面白そうに笑うディザイア。
この繁華街では実際に何度も暴動が起きており、しかも表沙汰にはなっていないが殺人だって発生している。当然そんな場所で生活をしている者達の中には頭のネジが数本外れている者も居る。
そして早速そのネジの外れている奴等が現れる。
「おいおいこんな場所に随分と綺麗な女が遊びに来たじゃないか」
「本当だ。若い男二人をはべらせてデートでもしていて迷ったか?」
周りの治安の悪そうな雰囲気から予想はしていたが想像通りの連中が加江須たちの前に立ちはだかった。しかも連中は光物を普通に手に持っている。
「(人の目のあるこんな場所で刃物を堂々と出すか。しかし……)」
周りをチラリと見てみると誰もこの連中を止めようとしなければ特に反応も見せない。剥き出しの刃物をこちらへと向けているにも関わらず繁華街内には悲鳴すら出てこないのだ。
恐らく、いや間違いなくこのような場面はこの繁華街では珍しくも何ともないのだろう。まあ別に周囲に助けを求める気などサラサラ無いが。
それにこの場合は心配すべきなのはむしろ目の前の阿呆共だろう。
「おいお前たち、悪い事は言わないからこの女にはちょっかいは出さない方がいいぞ」
「ああ、何をカッコつけてんだお前? 先にぶっ刺されたいの?」
一番先頭に居る男が勝手に話をした加江須に苛立ってナイフを突きつける。
普通の高校生なら目を血走らせている刃物を握った相手はさぞかし恐ろしいだろう。だが人を喰うゲダツを常日頃から相手している加江須はまるで怯えを感じない。
刃物を見せてもすまし顔をしている加江須の事が気に喰わないのか一番先頭に居た男が怒号と共に斬りかかって来た。
「なに余裕ぶってんだコラァッ!!」
そう言いながらナイフを振り下ろして来た男であるが、加江須が対処するよりも早くヨウリが先に動いていた。
彼は加江須に向かって振り下ろされるナイフを男の手首を掴んで止め、そのまま手首ボギッとへし折りナイフを奪い取る。そして流れる様に奪い取ったナイフをへし折られて垂れさがっている男の手の甲へと突き刺したのだ。
「ぐぎゃあああああ!?」
ナイフで手の甲を貫通させられた男は悲鳴と共にその場で跪いて叫ぶ。
その絶叫を合図に他の仲間達も凶器片手に一斉に襲い掛かって来たが、それをヨウリは瞬く間に無力化した。
「ぐがっ…いてぇよぉ……」
返り討ちになった男たちは全員が奪い取られた凶器が身体の一部分に突き刺さっていた。
地面には赤い血が点々と零れ落ち、汚い悲鳴を漏らしている。そんな彼等に対してヨウリは呆れたように言った。
「その程度で済んで良かったな。もしも直接この女を狙っていたらどうなっていただろうか」
この連中が知らない事は無理も無いが相手は人を喰うゲダツなのだ。もしディザイアに手を出そうものなら最悪命すら奪われていたかもしれない。
「……騒ぎにならないんだな」
加江須が周りを見てみるが膝をついて呻いている男達を見てもやはり周りの連中は何も騒がない。この辺りがいかに治安が悪い世界なのか再認識していると……。
「おいおいウチの部下共に何をしてるんだよ?」
その言葉と共に両腕や顔にタトゥーを入れた男が加江須たちの前へと現れたのだった。




