少年は自身の行為に押しつぶされ、そして奥底からのもう一人の目覚め
上空から一気に下降して行った河琉はそのまま真下に居たゲダツの頭部へと鋭利な爪を振り下ろしてやった。
彼の振るったその爪は複数持つゲダツの眼球を1つ残らずその爪で潰してしまい、視界を完全な闇に閉ざされてさらに激痛を伴ったゲダツは叫び声を上げる。
「耳に響くだろ。いい加減に黙ってくれよ」
その言葉と共に彼はゲダツの首を両手で掴むとそのまま万力の様な力で握りしめる。
「ぴ…ぴ…!?」
呼吸が出来なくなり途切れ途切れの苦しみの声を漏らすゲダツ。そうして抵抗が無くなった事を認識した河琉はそのまま倍以上の力で首を握り潰してやる。
思いっきり首を掴むと同時に何やらグギッと嫌な感触が手に伝わり、ゲダツの首は異様な方向へと曲がっていた。
「なんだ? 思いのほか呆気なかったな」
もう少し頑丈で手こずる物かと思っていた河琉であったが特に苦戦する事もなく始末をつけられて少し拍子抜けだと思った。
そんな感想のままもう命尽きたゲダツの亡骸を手で掴んで掲げたまま地上へと綺麗に着地した。
「焼いて喰っても不味そうだな」
その一言と共に彼はもう動かないゲダツを思いっきり上空へと投擲する。
風を切りながら凄まじい速さで周囲の建物を追い越すほどに打ち上げられる亡骸。それが再び地上へと重力に従い落下してくる。
しかしゲダツが地面に落下し始めると同時に地上から河琉が口を開き、そこから神力をエネルギーに変換した光線を放った。その光線は上空のゲダツを呑み込み骨すらも残さず蒸発させてしまった。
「はっ…焼き鳥どころか骨も残らなかったな」
そう嘲笑うかのようなセリフと共に変身して臀部から生えている尻尾を揺らした。
彼の能力、守護神の力をその身に宿すと言う力であるが守護神と言っても色々と存在する。その数ある守護神の中で彼が宿しているのは〝白虎〟と呼ばれる四神の一角である。そして彼の容姿も虎を模した尻尾や耳、そして爪と牙も鋭く長くなっている。髪の色も雪の様に真っ白となっており一般人が見ればコスプレとでも勘違いするだろう。
先程眼球を潰した際に付着した真っ赤なゲダツの血液を舐めながら獰猛な笑みを浮かべる河琉であったが、次の瞬間にはプツリと彼の中の何かが途切れる。
「………あれ?」
ここで彼の様子が何やら変化し始める。
少し呆然としつつ、その直後には自分の今の容姿を見て驚き慌てふためく。
「え、え、え? 何この爪、それに耳と尻尾も生えてる!?」
自分の白虎の姿を模した姿を見て驚き慌てふためく河琉。
先程までは邪悪な笑みを浮かべていた彼であったが、今の彼は普段通りの脆弱な精神の持ち主に戻っていた。
しばらくの間独りで騒いでいた彼であったが変身が解け元の姿へと戻る。
「もしかして今のが僕の特殊能力だったの?」
誰に問うのでもなく自問自答する河琉。
蘇ってから今まで一度も能力を使用した事が無かった、と言うよりも何をどうすれば変身できるのかすら分からず放置していたのだ。
「えーと…確か傲慢とこの空地でバッタリと遭遇して…それから…それ…か…ら…?」
どこか靄がかかっている自身の記憶を掘り返して何があったのかを思い出そうとする河琉。だが鮮明に記憶を思い返していくと彼は混乱に陥って行く。
「え? 僕がゲダツと戦って倒した? あれ、じゃあ傲慢はどうなったの?」
最初にハッキリと思い出した事はこの空き地にゲダツが現れ、そしてそのゲダツを自分が撃破した事であった。自分の様な軟弱な男が本当にゲダツを倒したのかと自分自身を思わず疑ってしまうがそこはまだいい。
「その後に傲慢はどうなったの? えっと…えっと…」
ゲダツとの遭遇や戦闘での記憶はドンドンとハッキリして行くにも関わらず傲慢がどうなったのかは思い出せない。いや、と言うよりも思い出したくない気がしたのだ。
――『やめろ。それ以上は何も思い出しちゃ駄目だ』
自分の中でそんな警告の言葉が響き渡るが、そんな静止の言葉を無視して更に自分の記憶の奥底に探りを入れる。
そして全てを完全に思い出したのだ。あの時に自分は傲慢に対して酷い暴力に訴えた事。そして挙句には彼を囮に使いゲダツに放り投げて食い殺させた事を……。
「うそだ…こんなのうそだよ……」
自分の働いた残忍冷酷な行いを必死に否定する河琉であるが決して気のせいではない。全てを思い返してあの時の自分の言葉、行い、彼を殴りつけた感触がドンドンと鮮明に蘇ってくるのだ。
「うあ……うわあああああああああ!!??」
ついに精神の限界が来た河琉は絶叫と共にその場から逃げ出した。
頭を抱えて嘆きの声と共に涙を流して全力でこの場を離れる。走り出しても目指すべき場所など決められずにいるがとにかくこの場から離れたかった。逃げ出したかったのだ。
河琉が立ち去った事でその場からは誰も居なくなり空き地に静寂がしばし訪れる。だがその数分後には再び空き地内に足を踏み入れる人物が現れた。
「この辺りからゲダツの気配を感じたんですがね……」
そう言いながら空き地へと現れたのは神正学園の生徒である武桐白であった。
彼女はすぐ近くで買い物をしていたのだが、ゲダツの独特な気配を察知してこの場に急行した次第だ。だが現場へと訪れた時には既にもう決着がついていたのかゲダツの姿は無かった。それに移動中にゲダツの気配が消失した事を考えると他の転生戦士に倒されたのだろう。
「しかし気になるのは誰が戦っていたかですね。久利加江須さんやその仲間の方々でしょうか?」
いずれにせよもうゲダツが居ない以上はこの空き地に留まる理由もない。
「しかし転生戦士には休みも満足に取れませんね。夏休み中でもこうして足を運ばなければならないとは…」
そんな愚痴を言いつつ彼女は立ち去って行き、そしてまた空き地は静寂に包まれるのであった。その空き地の中心部にはゲダツに食い殺された人間の血の雫が数滴零れ落ちている事も誰にも気づかれる事もなく……。
◆◆◆
自分の非道極まりない行為に耐え切れずに逃げ出した河琉は自分の部屋へと閉じこもっていた。
彼は自分の部屋へと戻ると布団を頭から被り体育座りでガタガタと震えていた。そして脳裏には完全に思い出された自分の空き地での行いが何度も映し出されていた。
「違う…違うよ。これは悪い夢を見ているだけ…」
そんな都合の良い言葉を延々と漏らし続けていた。どうか自分の脳裏に映り続ける映像が全て夢の出来事であるようにと何かに縋り続ける。
だがどれだけ現実から目を逸らそうとも行き着く場所はクラスメイトを殺したと言う現実だけだ。
「本当に僕が殺したのか?」
部屋で蹲りながら自問自答を約1時間もの間繰り返し続けて自分がクラスメイトを殺した、その現実を受け入れる事が出来た。と言うよりも受け入れざるしかないだろう。否定したところで現実は変わらなければ時が巻き戻る事も無い。
これで自分は殺人犯になってしまったのか、などと考えたが傲慢はゲダツに食い殺されていた。という事はもう自分以外には誰も彼の事を憶えていない。クラスのみんな、そして彼の家族ですらも……。
そこまで思考が行くと自然に彼がゲダツに食い殺された時の光景が鮮明に蘇り、自分の知っている人間が死ぬ瞬間の事をリアルに思い出した彼は強烈な吐き気が込み上げて来た。
「うぐっ、ううう~~~ッ!!」
クラスメイトがゲダツに真っ二つに食いちぎられた瞬間、肉が食いちぎられる生々しい音、そして苦痛と救済を求める傲慢の絶命間際の表情、それら全てが一気に頭の中でぶり返して彼は急いで洗面所へと駆け込んでいくのであった。
「はあ…はあ…うぷっ」
胃の中の物を吐き出して呼吸を荒くする河琉。
顔を上げて洗面台のガラスを見るとそこには何とも死にそうな少年の顔が映り込んでいる。こんな顔をする自分が本当に人を殺したのかと疑問を抱いてしまう。
「もう僕はどうしたらいいんだ?」
そう口にする彼の中の感情はもうぐちゃぐちゃであった。
そもそもあのゲダツと戦っていた時、もっと言うのであれば自分が傲慢に暴行を振るった時から意識が薄れていた気がする。
――まるで別の人間に体を乗っ取られていたかのように。
そこまで考えた時だ、まるで電源がブツンと切れたかのように河琉はその場で糸の入れた人形の様に崩れ落ちた。
◆◆◆
『まったく…本当に情けの無い男だな』
意識が突然消えたかと思えば次に目を覚ましたら河琉は見知らぬ湖の上に立っていた。
そんな自分と向かい合うかのように湖面の上には自分と瓜二つの姿をしている少年が立っていた。
『だ、誰なの君は…?』
まるで鏡の前に立っていると思えるほどに目の前の少年は自分とそっくりであった。そんな人物を前にすれば驚くのも無理はないだろう。
そんな自分の怯えを見せる姿に自分とよく似た少年は小さく舌打ちをした。
『お前にはやっぱりゲダツとの戦いは向いてないな。ずっと自分を苦しめていたいじめっ子を1人殺しただけでこの有様だ』
そう言うと湖面の上をまるで普通の道の様に歩いてこちらへと近付いて来る少年。
彼は自分の目と鼻の先にまで近づき、そして唯一自分とは全く似ていない鋭い眼で自分の事を貫く。
『しばらくはオレが表へ出てやるよ。その方がお前にとっても良さそうだ』
『え、何を言って…うぐっ!?』
どういう意味なのかを聞くよりも早く目の前のそっくりさんは自分の首を掴んで締めて来た。
『うぐ…やめ…』
必死に振りほどこうとする河琉であるがまるで引き剥がせない。
徐々に自分の意識が闇の中へと沈んで行き視界が暗がりとなり始める。
『だれ…か…助けて…』
その言葉を最後に河琉の意識は完全に闇の中へと沈んでいくのであった。




