人は生まれながら不平等である
この章では主人公は出てきません。この物語の準主人公がメインの章です。もっと早く登場させたかった……それでは新章スタートです!!
この世の中は本当に不公平だとしみじみ思う事がある。
人間はこの世に生まれ落ちた瞬間から不平等なのである。例えば人一倍記憶力を有してる者。例えば人一倍運動神経を兼ね備えている者。例えば人一倍端整な顔立ちを持って生まれて来る者。他にも色々と他の者よりも優れた能力を持って生まれる者も大勢いるだろう。
そして厄介な事に人間と言う生き物は多種多様な感情を胸の内に宿している。怒り、悲しみ、優しさなど複数の感情をその胸の中に内包しているのだ。それが人間なのだ。
そして時には自分の優れている能力や部分を過剰に強調する者も居る。それだけならばまだ珍しくも無ければ取り立てておかしな事でもない。しかし時には自分が他の者より優れていると理解してその能力を、特徴を振りかざして傲慢な態度を取る者も居る。
例えば生まれつき力が有り背の高いものが力も背も低い者を身勝手にいたぶるかのように。
そして今この空地でも自分の持つ優れた身長や体格を武器として振りかざし、自分よりも弱い立場の者をその武器で苦しめている者が居る。
「ケッ……たったの2千円かよ。しけてやがんなぁ」
空き地では二人の少年が向かい合っていた。ただし片方の背丈が高い少年は仁王立ちをしており、そしてもう片方の少年は地面にうつ伏せで倒れ込んでいた。
「今回はこの程度で勘弁してやるよ。次はボコられる前に財布出せよな」
そう言いながら背の高い少年は手に持っていた財布から中身の札だけを取り出し空となった財布を眼下で転がっている少年へと放り捨てる。
そのまま抜き取った2千円を自分のズボンのポケットに捻じ込みその場から立ち去って行く少年。
「……んぐ」
地面の上で無様に転がっていた少年はゆっくりと体を起こし始める。
彼の服は砂利などで汚れ、そして鼻から血が零れている。それに彼の服には足跡がいくつか付いている。
「うぐっ……またお金盗られちゃった」
そう言いながら少年は泣きそうな声で自分の目の前に放り捨てられた空の財布を握りしめる。何も出来ずに一方的に搾取された先程の出来事を思い返すと彼は思わず目尻に涙が溜まって来た。
「どうして僕はこんなに弱いのかなぁ?」
そう言いながら少年は袖で目元をゴシゴシとこすって拭う。
この少年の名前は玖寂河琉と言い、神正学園の2年生であった。そして先程この空地から立ち去った少年は同じクラスの傲慢剛と言う所謂いじめっ子であった。
あの傲慢と言う生徒はクラス内では、と言うよりも神正学園では手の付けられない不良であった。クラスでは彼とは関わらぬように皆は目を合わせず、クラス内では誰も彼に逆らおうとしない。もしも下手に逆らおうものなら痛みを持って教育を施される。そう、今ここで這いつくばって涙を流しているこの少年、河琉のように。
基本的にはあの傲慢は相手が誰であろうと強気な態度を崩さず乱暴な態度を一貫している。しかしこの河琉に対しては特に辺りが強く因縁もよく付けている。
「こんな顔をしているせいで大損してるよ僕は…」
そう言いながら河琉は自分の顔を恨めしく思う。薄黄色の柔らかそうな髪、エメラルド色の瞳、そしてこの自分の顔立ちこそが自分が他の者よりもあの傲慢に目を付けられる理由なのだ。しかし彼は自分の顔立ちを恨めしく思っているが決して不細工と言う訳ではない。むしろその逆、彼はとても端整な顔立ちをしており女性と見間違えるほどの美少年なのだ。
とても美しく儚さを感じる彼の顔立ちは女性受けが良く、クラス内はおろか他のクラスや学年の女子生徒から大変人気があるのだ。だがそのせいで彼はあの傲慢から他の者よりも強くいびられている。
「逆恨みも良い所だよね。周りが勝手に騒いでいるだけなのに…」
傲慢が彼に対して誰よりも一番理不尽な暴行を振るう理由は単純な醜い嫉妬心からである。
クラスや周りの女性から河琉が黄色い声を投げかけられる現場はクラス内でもよく見かけられ、他の男子からは嫉妬じみた視線を良く向けられる。そしてそれはあの傲慢も例外ではなかった。しかも神正学園が夏休みに突入する少し前に傲慢は彼女にフラれて失恋したらしい。そのせいで女子からチヤホヤされる彼が気に入らずに学校の見えない場所では今の様に暴力を振るわれるようになった。それだけではとどまらず今回の様にお金を取られてカツアゲもされることもしばしある。
しかも厄介な事にあの傲慢は人気の無い場所で暴力を振るってくるのだ。もしも人の目がある場所で堂々と河琉に暴力を振るえば教師や彼の身を案じて女子の誰かが学校側に訴えるだろう。そうならないためにあの男は決して第三者の見ていない場所で河琉に痛みを与えて来る。
「はあ…学校にもう言おうかな」
しかし第三者の目に届かない場所で暴行を受けているかもしれないが直接本人である河琉が周りに訴えれば解決できるはずだ。
だが情けないことにこの少年は誰にも自分がイジメられている事を告白できずにいた。
その理由は単純、もしも話せばより一層の報復を必ず行うと釘を刺されたからだ。その時の警告をした傲慢の眼がとても恐ろしく内気な彼は真実を誰にも話せずにいた。
しかしその臆病な性格は彼の傲慢ぶりを増長させ続けているのだ。だからこそ夏休み中の今でも姿を見つけられれば人気の無い場所まで連れ込まれ良いようにいたぶられる。
「もういやだなぁ…どうして僕はこんなに弱いんだろう」
そう自分の弱さを嘆きながら空き地を出る河琉。
あの傲慢はただ態度が大きいだけではない。あの男は小柄な自分とは対照的に背も高ければ体格も良い。もしも彼が本気で自分に暴行を働けばどうなるか分かったものではない。そう考えると益々報復を恐れて誰にも自分の苦しみを親にも学校にも話せず胸に仕舞い込むしか出来なかった。
典型的ないじめを受け続けていて彼の精神はどんどんと摩耗していた。今はまだ夏休み中ともあってあの男とは今日は運悪く遭遇してしまったが基本は顔を合わせる事は無い。だが学校が再開すればまたあの男と毎日顔を合わせる事になる。
「はぁ…もう死んでしまいたい」
ついポロっと口に出たその言葉に思わず息を吞む河琉。
「な、何を口走っているんだ僕は。少しイジメられているだけで馬鹿な事を…」
――『きゃああああああああ!?』
自分が馬鹿な事を口走ってしまった事に内心で戸惑っていると背後から悲鳴が聞こえて来た。
「え、なに?」
まるで絹を裂くかの様な悲鳴に振り返ると一人の男性と思われる人物がこちらへ走って来ていた。何故明確に男性と判別できなかったのか、それはこちらへと走ってきている人物はフードを深々と被って顔を窺えないからだ。つまりは漠然と男であると思ったに過ぎない。
見知らぬ男と思われる人物がこちらへと走って来る事は少々驚きはしたが、彼が真に驚愕をしたのはその男よりも更に後方の光景であった。
「え…あれってまさか……」
彼の眼に飛び込んで来た光景は思考を停止させるには十分であった。
視線の先では先程叫んだ女性が腰を抜かして倒れており、その隣では成人を迎えているであろう若い男性が仰向けで倒れていたのだ。しかも彼の腹部には真っ赤な染みが出来ており、口からも血を垂れ流しているのだ。
「し、死んでいる? うそでしょ…」
本物の人間の死体など目にしたせいで体が硬直してしまった河琉。
その結果、彼の身には最悪の事態が発生してしまったのだ。
「邪魔だてめぇぇ!!」
唾を飛ばしながら野太い声を放ちながらこちらへと走ってくるフードを被った男。
その怒号でようやく我に返った河琉であったが未だ思考が完璧に纏まっておらずその場でオロオロと立ち尽くしてしまい、その結果彼はこちらへと走ってきている男の進路をふさぐ形となってしまったのだ。
「どけって言っているだろうがッ!」
そう言いながらフードの男は右手を思いっきり自分の首へと向けて薙ぎ払って来た。
「え…なに……?」
こちらへと走って来たフードの男はよく見れば右腕に真っ赤な液体が付着しており、そして彼の握られた手の中には1本のナイフが納まっていた。
そのナイフを握った腕を目の前の男は自分の首筋へと横に一閃していた。
そこまで考えた直後に自分の首筋が少し寒く感じ、次の瞬間には一気に熱くなった。
――そして河琉の首からは大量の鮮血が宙へと舞った。
「あ…あ…」
痛みは無いが代わりに凄まじい灼熱を首筋に感じ、そして地面には自分の切り裂かれた首から零れ落ちる血液が地面を真っ赤に汚して血だまりを作り出す。
「どけクソガキがッ!!」
フード男は大量出血で意識が遠のく河琉の体を弾き飛ばしそのまま逃げ去って行く。
押し倒された河琉は自分の血液で作り出した血だまりの中に倒れ、そのまま体を横に倒しながら遠のいて行くフード男を呆然と眺めていた。
「(そうか…さっきの倒れている人はあの男に刺されたんだ)」
こんな時に何を考えているのだろうと我ながら感じていた。しかし意識が薄れ死を自覚出来てしまった彼の脳はむしろ冷静になっていく。それはもう自分はここで死んでいく定めから逃れられないと理解できたからだろう。この期に及んで騒いでもどうにもならないだろう。
これが死ぬと言う事なのかなぁ。死ぬときはもっと苦しくなったり痛い思いをしたりすると思っていたけど案外楽なんだな。ドンドン眠くなってきた……。
自分の首筋を触るとぬるりとした感触と鉄の臭いがした。しかもまだ血は止まっていないのか噴き出ている事も実感できた。
ああ眠いねむ…い…。もうじき僕は死ぬんだろうなぁ。まさか見知らぬ通り魔に殺されるなんてなぁ……。
そこまでがハッキリと頭の中で言葉を並べられた限界であった。それ以降はもう言葉すら頭の中でまとまってくれない。とにかく眠たくて眠たくて仕方がない。
そして彼はゆっくりと瞼を閉じて行き永遠の眠りへとつくのであった。
◆◆◆
「う…うぅ……あれ……?」
大量の出血で意識が一度は闇の中へと沈んでいった河琉であったが、ここで彼にはあり得ない事態が発生した。それは普通に考えれば二度と開くはずの無い瞼が開き、しかも意識もハッキリとしているのだ。
横に倒れていた体を起こして目をこする河琉であったが、すぐに異常事態が発生している事が理解できた。
「……どこなの此処?」
先程までは至って普通の街中であった筈だ。しかし目を開けると自分の周りは白一色で建物も何もない空間に放り出されているのだ。しかも果てが全く見えない。延々と何も無い空間が続いている。
「ど、どうしたらいいの? と言うより僕って死んだはずじゃ?」
何故自分が生きているのか? 何故自分はこんな場所に放置されているのか? いやそれとも自分はただ夢を見ているだけなのだろうか? この空間はもちろん街中で通り魔に殺された事も全てが白昼夢でも見ているのだろうか? 首筋にだって切り裂かれた跡もないし……。
そんな事を考えていると背後から女性の声が聴こえて来た。
「どーも、また新たな転生戦士サンのご入場っスねぇ~」
陽気な声に反応して振り返るとそこには長い黒髪の女性が立っていた。
「あなたは…?」
「初めまして! 自分はヤソマガツヒノカミと言う者っス。こう見えても神様っスよ神様!」
えっへんと胸を張って誇り高々と言った顔をしながらそう名乗る彼女に対して河琉は小さく『はあ』としか声を出せなかった。




