戦闘狂と混浴と
夜の海辺の戦いはなんとも胸糞の悪い収束ではあったがこれで面倒な半グレ共とのいざこざも、そしてゲダツの討伐の二つの問題を解決できた事になる。だがあの狂華と遭遇した事はやはり未だ胸の内にモヤモヤとした物を残してしまった。やはりあの砂浜で彼女を倒しておくべきだっただろうか?
「今更何を後悔しているんだ俺は。もう旅館の真ん前まで来ていると言うのに」
そう言いながら加江須は辿り着いた旅館の扉を開く。
そして自分の割り振られた部屋へと戻って襖を開けると同時に恋人たちが一斉に詰めて来た。
「どこ行ってたのカエちゃん! もう心配したんだから」
「え、いや…散歩だけど…」
「散歩に行っていた事は知ってるよ。でもいくら何でも外に出ている時間が長すぎるって」
「そ、それは…」
顔を上げて上目遣いで加江須へと文句を漏らす黄美と愛理。他の二人のイザナミと氷蓮も似たような顔をしている。どうやら長時間部屋へと戻らなかった彼の身に対して不安に思っていたのだろう。それは他の恋人達も同じで口々と話しかけて来る。
その中で唯一事情を知っている仁乃だけは苦笑しながら加江須の事を見つめていた。
「心配かけた罰ね。あとはあんたで誤魔化しなさいな」
そう言いながら仁乃はヒラヒラと手を振ってヤレヤレと溜息を吐いていた。
◆◆◆
夜の砂浜での出来事を追求してくる恋人達のことを何とかうまく言いくるめる事が出来た加江須。
戦闘での疲れが安全な旅館に戻ってからドッと出て来たのか彼はしばし恋人たちと談笑した後に温泉へと向かう。ただ今の時間は女性の使用時間帯であるために時間指定の無い混浴の方へと向かった。
「(少し抵抗があるが大丈夫だろ。それにこの時間に温泉に浸かる女性も居ないだろうし)」
何より温泉事態の使用時間帯だって間も無く終了だ。こんなギリギリの時間に風呂に浸かろうと思う相手も少ないだろう。ましてや混浴の方に女性が来るとも思えない。今はまだ女湯が開放されているのだから少なくとも女性はそっちへ足を運ぶと判断した。
そんな事を考えながら脱衣所の中をのれん越しに一応確認してみる。もしも見知らぬ女性客が居たら残念ながら入浴は断念しよう。
……よし、右も左も誰も居ないな。
脱衣所には女性はおろか男性客も見当たらなかった。
やはりこんな時間に混浴の方へ来る女性は居ないのだろう。それに混浴に来るくらいなら女湯に行った方がいいだろう。そうすれば異性の目を気にする必要も無いのだから。
そう一人で納得しつつ浴衣を脱いで腰にタオルを1枚巻き付ける。
先程の入浴時には恋人達と共に入浴する為に海パンを履いていたがどこか釈然としなかった部分があったのだ。何というか風呂に浸かっている気がしないと言うか、やはり温泉に水着は合わないのだ。
着替えが完了して温泉へと向かう加江須。脱衣所と同様に今現在にこの混浴に入浴している客も居らずホッとする。
「ふい~…極楽極楽~♪」
身体をシャワーで軽く流してから湯船の中へと腰を降ろし表情をほぐす。
温かなお湯が戦闘の疲れを一気に癒してくれて少し爺臭いセリフが口から自然と抜け出て行く。その後も湯船の中にしばし浸かり続けていると脱衣所と温泉を区切るガラス戸が開く音が聞こえた。
もう間もなく使用時間が終了するこの混浴に今更誰が来たのかと思って振り返るとそこにはタオルで身体を隠している仁乃が立っていた。
「なっ、に、仁乃!?」
「何を驚いているのよ。ここは混浴でしょ…」
まさかの訪問者に思わず立ち上がって驚いてしまい、そのせいで腰のタオルが外れそうになり慌てて再び湯船の中に沈む加江須。
そんな大袈裟気味に驚いている彼に呆れながら仁乃はゆっくりと同じ湯船の中へと入って来た。
「ど、どうしてこんな時間にここへ?」
「何よ…私が温泉に浸かったらダメなわけ?」
そう言いながらさりげに加江須の隣へと座り込む仁乃。
すぐ隣でタオル1枚の無防備な恋人の状態に少し戸惑いながらも言葉を返す。
「ダメとはいわないけどさぁ。その…今の時間は一般の方の温泉は女性が使用できる時間帯だろ。だったらわざわざこっちに来なくても…」
視線を仁乃から逸らしながらそう言い淀む加江須。
そんな初心な反応を見せる彼の事を横目で見ながら仁乃はわざと体を傾け加江須の肩に自分の頭を乗せる。
「まったく…せっかくの息抜きの為に遊びに来た日にまであんな下らない連中と揉め事を起こすなんてね。そしてその面倒ごとを自分一人で受け持つなんてね。カッコつけ過ぎなのよあんたは」
「なんだよそれ。わざわざ皮肉言う為にこんな所に顔出したのかよ」
「…違うわよ。私はただ温泉に入りたかっただけなんだから」
それならば一般の温泉に行けばいいのに、とは言わずに黙っておく。
そこからは互いに無言の状態がしばし続いた。正直に言えば互いに無言のままのこの静かな状態は意識してしまうので仁乃には喋っていて欲しいのだが自分の肩に頭を預けたまま何も言ってくれない。
「加江須…いつもありがと…」
「え…な、何だよ急に」
突如の静寂を突き破ったのは仁乃のいきなりの礼であった。
いきなりの感謝の言葉に思わず戸惑ってしまうのは無理も無いだろう。そんな加江須の疑問はそのままに仁乃は少し甘えた様な声色で更に頭を肩へと預け、そして距離も物理的に更に縮まり腕と腕も密接する。
「今回のあの不良擬きの連中と言い、それにこれまでのゲダツの時と言い、あんたには何度も助けられたから言っておこうと思ったのよ」
「……そうか」
こんな時にどんな言葉を送り返してあげればいいのか分からずこのような冴えない単語しか口からは出てこなかった。しかし仁乃も仁乃で自分が気の利いた言葉を口にする事もないだろうと予想していたのだろうか。自分のこんな返答に対してクスッと小さく笑った。そんな彼女の笑みを見ると無意識に自分も笑っていた。
「加江須これからも…よろしくね…」
「ああそうだな。今後ともよろしく」
そう言いながら今まで逸らしていた目を彼女の顔へと向ける。
しばし無言で互いに見つめ合い続ける二人、次第に両者の顔は徐々に近づいて行き二人を瞼を閉じ唇を合わせようとする。
だがそんな二人の空気をものの見事にぶち壊す者がいきなり現れた。
「へえ~…意外と積極的なんだぁ」
「「!?」」
突然二人の耳に聴こえて来た謎の女性の声に二人は瞼を開いて声の方へと揃って顔を向ける。
そこには体をタオルで隠してこちらをニヤニヤと眺めている仙洞狂華が湯船に浸かっていたのだ。
「え、だ、誰なの?」
今の今までこの温泉内には自分と加江須の二人しか確かに居なかった筈だ。この温泉に続く扉だって開けられる気配も無ければ湯船に人が入ってくる気配もなく、目の前の女性は本当に比喩でもなく突如として現れた。
そこまで考えていると加江須が自分の事を抱き寄せて来たので慌てて彼の顔を見る。
「ちょっと待ってよ加江須。人に見られて恥ずかし…い…?」
目の前に見知らぬ少女が居るにもかかわらず大胆にタオル1枚の自分を抱き寄せて恥ずかしそうに抗議しようとするが、その抗議の声はすぐに彼女の口から中断してしまう。
何故ならば加江須はまるで敵でも見るかのような眼で目の前の少女を睨みつけていたからだ。
「何でお前がここに居る仙洞狂華」
「え…せんどうきょうか?」
加江須が口にした名前はどこかで聞き覚えがあるような……?
「………!?」
しばし自分の記憶を探っていると彼女はその名前をようやくどこで耳にしたのかを思い出す。
この夏休み中にウォーターワールドで同じ転生戦士の白から聞かされた名前だ。戦いに魅入られてしまった哀れな狂った戦闘狂、その人物こそが確か仙洞狂華と言う名だったはずだ。
「加江須…コイツって白の言っていた…」
「ああ、ゲダツに転生戦士と相手を選ばず戦いに明け暮れる粗相のない転生戦士だよ」
加江須の口から改めて目の前の少女の事を確認できると仁乃も敵意を含んだ視線を彼女へとぶつける。そんな二人の針の様な鋭い視線に貫かれながらも狂華は邪悪な笑みで二人へと返答する。
その笑みは同じ人間のものとは思えず仁乃は無意識に加江須の腕を掴んでいた。
「気を付けろ仁乃。アイツは時間を止める能力を持っている事は知っているだろ。今突然目の前に現れたのはその能力を使用したからだ」
「時間停止ね。本当にふざけた能力ね」
話で聞いてはいたが改めてふざけた能力だと言う事が実感できた。
目の前で彼女が声を掛けるまでその存在に全くもって気付かなかった。もしも自分が一人で目の前の転生戦士と戦う事となってしまえば勝てるイメージが湧いてこない。
そんな戦うまでもなく勝ち目の無い事実を突きつけられた仁乃をまるで安心させるかの様に加江須が更に強く彼女を抱き寄せる。
「大丈夫だ仁乃」
それはとても短く小さな声であったが力強くて安心感を持てた。
相手が時間を止められる化け物であるにもかかわらず、こうして抱き寄せてもらえるだけで無条件で心を落ち着かされた。
そんな仁乃の表情を見て狂華がクスリと笑った。
「あらあら頼られているわねぇ。羨ましいわぁ頼れる彼氏が居るって言うのは」
そう言いながら狂華は仁乃の事をジロジロと見つめ続ける。
「ほんとう…羨ましいわぁ……」
そう言う狂華のこちらを見る瞳を見て仁乃はどこか違和感を感じていた。
目の前の少女の瞳の中には単純な興味心の他に別の感情が入り混じっている様に感じたのだ。どこか羨望の色が混じっているかのような……。
そんな彼女の視線を遮るかのように加江須が立ちはだかり仁乃から視線を切らせる。
「もしも仁乃に手を出して見ろ。そのときは……」
その時には一切の容赦をしない、そう態度で示すと狂華は湯船の中から立ち上がると自分の体を抱きしめてゾクゾクと震える。
「ああその眼……本当に心地いいわぁ♡」
「な、なによコイツ?」
殺気を籠めた加江須の視線をぶつけられてもむしろ嬉しそうにしている彼女を薄気味悪く見つめる仁乃。そんな彼女とは違い加江須は油断ならないと言う感じで狂華の事を睨み続けていた。
「もう前置きはいいだろう。一体何の用だ?」
加江須がいい加減に目的は何なのか尋ねると、彼女は毒気を抜いたかの様な表情でこう言った。
「別に目的なんてないわよ。ただ私もこの旅館に宿泊していてねぇ。温泉に浸かってリフレッシュしようかと思っただけよ」
そう言いながら彼女は再び湯船の中へと沈んでいく。
そんな今は戦う意思が無いと示すと加江須も無言で仁乃と共に湯船に浸かった。しかし仁乃の事を守るかのように彼女を自分の背に隠す。
3人の転生戦士、1人の戦闘狂と2人のカップルが向かい合いながら湯船に浸かり続けるのであった。




