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混浴での意外な人物


 思う存分海を満喫した加江須たちは旅館へと向かっていた。特にイザナミは初めての海がよほど楽しかったのか未だに余韻が残り黄美たちと海での遊んだ感想を口にしている。

 そんな彼女の少し後ろを加江須と仁乃の二人が並んで後を追う形で歩いている。


 「それで加江須、あんたはいつ頃に浜辺へと戻って馬鹿共の相手をするの?」


 「あのチャラ男には夜の8時頃に現れるように報告させたからな。まだ夜までは時間がある。まずは旅館で温泉と食事を済ませるよ。それに…今ここで俺だけがあの浜辺に残れば他のみんなにも勘付かれるだろうしな」


 加江須としては一旦旅館に戻り、そしてタイミングを見計らって恋人たちの視線から外れたら独りで目的の場所まで出向く算段だ。

 そう考えると仁乃に知られた事はある意味で好都合であったかもしれない。何故なら仁乃が自分に協力してくれれば自分が旅館を出て姿を消しても誤魔化しがきく。例えば夜風に当たりたいから夜の散歩に行ったとでも仁乃の口から伝えてもらえれば他の皆にこの1件を知られずに済むかもしれない。


 そんな事を考えていると旅館へと到着した加江須たち。

 

 「やっぱり海から近い旅館っていいよね。遊んでいたとは言え疲れている体で長距離の移動は勘弁だからねぇ」


 愛理がそう言いながら旅館の扉を開けて中へと入って行く。

 

 割り振られた部屋へと戻るとまだ夕食までは少しだけ時間があるために部屋で各々がくつろごうとするが、そこへ黄美が昼間に考えていたある計画を実行しようとする。


 「ね、ねえカエちゃん。まだ夕食まで時間があるから温泉に入って外で溜め込んだ疲労を取ってこない?」


 「そうだな…でも今の時間帯って確か男性の時間帯だから黄美たちは入浴できないじゃ…」


 この宿の中居さんから事前に聞かされていた話では今の時間帯の入浴は男性の時間だったはずだ。そう指摘した加江須に対して黄美が少し恥ずかしそうにしながらこう言った。


 「確かにそうなんだけどね…でも〝混浴〟の方の温泉は別でしょ…」


 黄美が言った通り男女の使用時間が区別されているのは男湯と女湯が明確に区分されている温泉に限った話だ。それとは別に混浴エリアの温泉に関しては男女使用の時間指定は存在しない。

 

 「その…どうせ来たんだからみんなで温泉に行かないかなぁって…」


 黄美のその発言に加江須はしばし呆けていたが、数瞬後には彼の顔が一瞬で下から真っ赤に染まって行きボンッと煙を出した。

 

 「え…それって…」


 暗に示す彼女の発言の意味を理解した加江須は汗をかきながら慌て始める。

 これは十中八九一緒に混浴に入ろうと誘っているとしか思えない。しかしいくら恋人同士とは言え一緒に温泉に入ると言う大胆な誘いをすんなりと受け入れる事が出来ないヘタレな加江須。


 「さすがにそれは不味いんじゃないか…?」


 いくら黄美の方から誘って来ているとは言えやはり別々に温泉に浸かろうと提案しようとする加江須であったが、そんな彼の意見よりも先に他の恋人たちも口々に黄美の考えに同調する姿勢を見せて来た。


 「べ…別にいいんじゃない。私たちも温泉に入りたいし…」


 「え、仁乃?」


 「そうだよな。それに俺たちはもう恋人な訳だし別に問題はねぇだろ」


 「ひょ、氷蓮さん?」


 「そうだね…うん…私も加江須くんとならいいよ」


 「あ、愛理まで…」


 なんとイザナミ以外の女性たちも反対するどころか乗り気な姿勢を見せて来たのだ。てっきり仁乃あたりが否定的な事を言って黄美を止めるとばかり思っていた加江須としては意外過ぎて完全に戸惑いで脳内が埋め尽くされてしまう。

 

 「イザナミさんはどうですか? 恥ずかしいなら無理に付き合わなくても大丈夫ですけど」


 そう言いながら黄美はまだ賛成か反対か選んでいないイザナミへと自分はどうするのか尋ねた。

 黄美としては加江須と距離を縮めたいと言う思惑があり、いつも加江須と同じ屋根の下で暮らしている彼女は出来るならば断わってほしいなぁと考えていた。もちろん彼女が加江須と一緒に入浴したいと言うのであれば除け者にする気なんて微塵もないが。

 そして他の恋人たちも加江須とこの混浴と言うイベントを利用してより一層親密になりたいと言う思惑がある。だからこそ普段であれば注意に回る仁乃も黄美の案に乗り掛かったのだ。

 

 「えっと…その…じゃあ私も一緒に加江須さんと混浴に1票で…」


 まだ加江須と交際前の彼女であれば間違いなく羞恥心から今の加江須以上に真っ赤になって気絶していたかもしれない。しかし加江須と交際する様になってから彼女の積極性は大幅に増している。自分が心から好いている相手と一緒に入浴だって嫌だなんて微塵も思うはずもない。

 こうして見事に加江須の恋人たちが全員が混浴へ行く事を了承してしまう。しかしここで加江須は1つの妥協案を出すことにした。


 「わ、分かった。でも少しお願いがあるんだが…」




 ◆◆◆




 恋人たちに押し切られて加江須たちは混浴風呂へと全員で入浴をしていた。

 現在この混浴の温泉内には加江須たちしか客はおらず、そのどこか閑散としている浴場を見た時は驚いた。だが驚きこそしたが何となく混浴がガラガラだったのは理解できた気がする。

 今時の女性は積極性が増しているとは言え見知らぬ男が入ってくるかもしれない混浴へ足を運ぼうとは思わないのだろう。そして男性の方も若い女性が入ってくるはずが無いと理解している為に無駄に足を運んで浅ましい姿を見せたくないのだろう。

 だが他の客のいないこの状況は加江須にとっては好都合とも言えた。自分の恋人たちをジロジロと見られるのは気分が良くはない。例え混浴と言うルールが定められていたとしてもだ。


 まあ今の皆の恰好を見てみれば例え他の客が居てもそこまで問題はないが。


 「まさか温泉で水着を着ける事になるとは」


 そう言いながら愛理が自分の身に付けている水着を眺めながら呟いた。

 

 加江須が混浴に皆で入る際に水着を着用するように注文を付けたのだ。

 この混浴を申し出た黄美からすればできればもっと親密になり距離を縮めたいとのことで少し不満もあったが、しかし加江須の他に男性客が居たら見られることになる。そう言われると水着着用を受け入れるしかなかった。彼女たちとしても加江須以外に自分の裸体を見られるのは嫌なのだ。


 「まあ水着を着けての入浴は気になるけど…いい景色ね」


 仁乃はそう言いながら窓の外に映る景色を眺めながらそっと呟いた。

 窓越しに映る緑に生い茂る木々は中々に風情がある。そんな風に外の景色を堪能していると後ろの方で何やら騒がしい声が聴こえて来た。


 「ほーらカエちゃん。折角の混浴なんだからもっとこっちに寄ってよ」


 「よ、黄美落ち着けって…」


 仁乃が後ろを向くと湯船の中では黄美が加江須の腕を取って当初の目論見通り積極的にアピールしている。他の恋人たちも景色などそっちのけで加江須の周囲へと集まっていた。

 

 「あれ加江須くん顔赤いよぉ~♪ みんな水着なのに恥ずかしがらなくてもいいじゃない」


 「そ、そりゃそうだけど…」


 愛理が面白そうに笑いながら加江須の事をからかっており、氷蓮とイザナミは水着を着けていても混浴と言うのが恥ずかしいのか口数が少ない。しかしさり気なく彼の傍で座って居る。


 「(ま、不味い出遅れた!)」


 仁乃としても加江須と距離を縮めたいと思って恥ずかしながらも混浴と言う手段に賛同したのだ。ここで乗り遅れるわけにはいかないと急いで湯船へと駆け込んでいった。


 「た、たく…デレデレ鼻の下を長くしちゃって…このスケベめ…」


 「いや元々混浴に行こうって言ったのはお前たちだろ…しかもそう言いながら何故隣を陣取っている?」

 

 「な、なによ。私が隣に居たら迷惑なわけ?」


 そう文句を言いながら仁乃は黄美を真似て空いている加江須の腕をさりげなく取っている。


 そんな風に騒がしくしていると入り口の扉がガラガラと音を立てて開かれた。


 「あら…お邪魔だったかしら?」


 そこには黒髪の二十代の大人と言える女性が立っていた。

 彼女は加江須たちとは違い水着などではなくタオルを巻いており、染み一つ無い肌を大部分露出していた。


 「あ…いえ…」


 恋人たちと公共の場で騒いでいた事も恥ずかしかったが、それ以上に見知らぬ女性がタオル1枚で現れた事に反応が出来ずにいると――


 「見ちゃダメぇ!」


 そう叫びながら仁乃が後ろから加江須の目を覆って視界を真っ暗にする。

 そんな彼女とほぼ同時に黄美も加江須の手を引いて急いでこの混浴からすぐにでも出ようとする。


 「浮気はダメだよカエちゃん!」


 別段浮気と言う訳でもないのだが、自分たち以外の女性に見とれて欲しくないと思い急いで加江須を強引に誘導して温泉を出て行く一同。

 黄美たちとしてもまさか若い女性が来るとは思っていなかったのだ。


 そんな慌ただしい少女たちの姿を見つめながら女性はクスクスと笑った。


 「あらあら嫉妬させちゃったかしら。それにしても彼って初心な部分もあるのね。だって……」


 そこまで口を開くと彼女の姿が変容し始めて行く。

 髪の色や長さも変化し、身長も変化し、そしてそこに現れた人物は加江須と因縁のある人物となった。


 「私の正体にすら気付いていないんだからねぇ。正直隙だらけで殺す気が萎えてしまったわ」


 そう言いながら彼女――仙洞狂華は面白そうに笑っていた。


 「この温泉旅館で勝負でも仕掛けようと思っていたんだけどねぇ。あんな腑抜けた様子を見せられたら勝負を仕掛けるのはまた今度ね」


 そう言うと彼女は変身能力を使用して再び元の偽りの女性の姿へと変身して温泉を満喫し始めるのであった。


 「まあ…もう少しだけ様子を見てみるのも悪くないかもしれないわねぇ」


 そんな事を戦闘狂に言われているとは露知らず加江須は脱衣所で仁乃から説教を受けていた。


 「たくっ! 私たちと言う恋人が居ながらどうして他の女に目を奪われているのよあんたは!!」


 「そうだよカエちゃん! 浮気なんてダメなんだから!!」


 「別に見とれていた訳じゃないって! そもそも最初に混浴に行こうっていったのはお前たちだろ!!」


 そんな風に少し理不尽気味に恋人たちから注意を受けている加江須。

 まさか脱衣所の向こうの湯船の中に戦闘狂である仙洞狂華がくつろいでいるとは夢にも思っていなかった。



 

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