俺の恋人に手を出す気なら…
海でのゲダツとの戦闘を全員五体満足で終える事が出来た加江須たちは一旦海を出て砂浜へと上がって休息を取っていた。事前に皆は決めて置いた場所の砂の上にシートをひいてパラソルを立てて簡易的な休憩場所を作っておいたのだ。
時刻はもう昼近くとなっており、海の家の方角を見てみると大分賑わっていた。
「もう昼だしな。俺たちも昼食にするか」
「そうだな。俺らの場合は戦闘後だから猶更腹が減って仕方ねぇぜ」
そう言いながら氷蓮は自分の腹を擦って空腹を訴える。
その際に加江須は彼女が擦っている腹部より少し上の方に視線が無意識に移動してしまった。
そして先程に海で見た光景を思い返してしまい自分の頭をゴツンと軽く叩いて煩悩を追い出す。
「……加江須、今何を思い出していたんだ?」
少し頬を紅く染めながら加江須をジト目で見つめる氷蓮。
そんな彼女に何も思い出してはいないと誤魔化すがあの眼を見る限りではバレているだろう。そんな事を考えると無言で仁乃が頬をつねってきた。
「いででででで! 何だよ仁乃!?」
「べつに…なんか腹立ったから」
何だか久しぶりの仁乃の頬つねりに戸惑いながら黄美や愛理が諫める。
そんな光景を少し困り顔で見つめながらイザナミが用意して来た昼食を皆へと渡していく。
「おおサンドイッチか。美味そうだ」
イザナミに手渡されたサンドイッチを口にするとふわふわのパンに卵がマッチしており大変美味しかった。マヨネーズもきいておりサンドイッチを片手に彼はイザナミを称賛する。
「これめちゃくちゃ美味いぞイザナミ。本当にありがとな」
屈託のない笑顔と共に大好きな人に褒められて顔がほころぶイザナミ。
他の皆もサンドイッチをはじめ彼女が作って来た昼食を美味しそうにほうばっていた。特に氷蓮は両手に料理を持って次々と口に運んでいる。
そんな少し卑しさを感じる食べ方を仁乃が注意しようとするが、彼女が注意を入れる前に氷蓮は胸をドンドンと苦しそうに叩き始める。
「んぐっ! つ…詰まった…」
「あーもー馬鹿なんだから!」
そう言いながらクーラーボックスから飲み物を取り出して手渡すと、ソレを一気に喉へと流し込んでいく氷蓮。
そんな姿を見て愛理はクスクスと笑い、黄美は口元を拭うようにと紙ナプキンを手渡している。
好きな人達と一緒に輪になり昼食を取る。それがとても幸福に感じて思わず加江須の口角が緩んでしまう。
「加江須さん…もう一つサンドイッチ食べますか?」
「おお、じゃあそのハムのサンドイッチをくれないか?」
バスケット内にまだ余っているサンドイッチを一つ指差してまだ食べられる事を告げると、彼女は少し恥ずかしそうにしながらも彼の選んだサンドイッチを掴むとそれを口元まで運んで口を開けるように促した。
「じゃ、じゃあ…あーんしてください」
「おおっ、イザナミさん積極的だね♪」
イザナミが加江須に食べさせてあげようとしている現場を見て愛理がからかうが、それと同時に内心では少し驚きもあった。
「(なんだかドンドンとイザナミさんの積極性が加速気味な気がするんだけど…)」
その愛理と同様の思いは他のメンバーの中にもあった。
出会った当初よりもハキハキと意見を言うようになり、今の様に加江須へと自分たちの前でもアプローチもするようになった。
「(その上に同じ家で同居かぁ。なんだか置いて行かれている気分だなぁ。私たちもカエちゃんともっと距離を縮められる方法はないかな)」
黄美だけでなく他の恋人たちも今以上に加江須と距離を縮められる方法を考えていると、その中で黄美は1つの妙案を思いついた。
「(確か下調べしていたけど私たちの泊る旅館の温泉って……)」
海へと出向く前に旅館の中居である藤井さんから温泉の男女利用時間は聞いてはいたが、それとは別にあの温泉には混浴もあったはずだ。
「(よーし…旅館に戻ってからが勝負。折角の夏なんだから今まで以上にカエちゃんとの距離を…!!)」
そんな彼女の決心に気付いていない加江須はこそばゆそうにしながらイザナミにサンドイッチを食べさせられている。
だが加江須だけでなく黄美も気付いていなかった。同じ計画を他のメンバーまでも秘かに頭の中で練っている事を。
和気あいあいと言った雰囲気を見せつけながら親し気に昼食を取っている加江須たちの事を遠巻きに観察している者が居た。
「いやがったなあのガキ…!」
少し離れた岩場の影から加江須たちを怒りの眼で見ているのは先程に叩き伏せられたチャラ男の1人であった。彼の顔面には数枚のガーゼが貼られている。加江須だけでなくその後に兄貴分に顔面を殴られてしまったから応急処置をしたからだ。
「くそ…人様をこんな酷い有様にしておいて自分は女共とイチャコラかよ。舐めやがって…!」
自分は怪我を負った上に兄貴に制裁され今も顎で使われている。そんな不幸な思いをしている自分とは対極な幸福そうな少年の姿は怒りのボルテージをドンドンと上昇させていく。
本当であればこの激情に身を任せてあの男をぶん殴ってやりたいくらいだ。だがムカつくことだが自分はあの男にパンチ一発でのされてしまっている。ここで襲い掛かっても返り討ちにされる事は明白だ。しかも兄貴にはまずは自分に連絡するように言われている。
「とにかく兄貴に連絡だ。くそ…」
憎々し気に睨んでいた加江須から視線を一度切り、仕方なしに用意していたスマホに電源を入れて兄貴へと連絡を取ろうとする。
だがスマホの電源を入れたと同時、背後に人の気配を感じて思わず振り返った。
「よお、誰に連絡しようとしているんだ?」
「な…あ…!?」
一体どういう事だ。あの男と自分の居るこの場所まで大分距離があったはずだ。少なくとも自分が視線を切る前は女共と談笑していたはずだ。つまり目を離して僅か数秒で自分の背後に回り込んだと言う事になる。それはもう普通の人間の身体能力では不可能なはずだ。
「さっきから嫌な視線を感じると思ったけどまたお前か。俺たちを盗み見てどこに電話を掛けようとしているんだ?」
「べ、別になんでもねぇよ。どっか消えろや!」
その言葉と共にチャラ男は無意識に拳を突き出して殴りかかっていた。
自分でも喧嘩して勝てる訳が無いと理解はしているものの、動揺と日頃の短気な性格が災いして反射的に手を出してしまっていたのだ。
そんなスローな拳を加江須は軽々と躱し、強く拳を握りしめると容赦なく振るってやった。ただし彼の拳はチャラ男ではなくその背後の岩だ。
勢いよく突き出された加江須の拳はガゴンッと言う凄まじい轟音と共に深々と岩にめり込み、突き刺さっている拳の周辺には亀裂が走って行く。
「ば…化け物…!」
人知を超えた超人パンチにチャラ男の戦意は完全にへし折れ、情けなくその場で膝をついて震えていた。そんな体中を痙攣の様に震えている男の手からスマホを奪い取ると、そのスマホを男の目の前に突き出して改めて尋問をする。
「もう一度訊くぞ。お前は誰に連絡を入れようとしていたんだ?」
「そ、それは…」
ここでもしも加江須の質問に答えてしまえば裏切り者として兄貴に何をされるか分からない。その恐怖感から話す事を渋っていると、そんな彼の頬のすぐ隣を先程の超人パンチが通り過ぎる。そして再び背後の岩に深々と拳がめり込んでいる。
「もう一度訊くぞ。一体お前はこのスマホで誰に連絡しようとしていたんだ?」
「す、すいません。全部しゃべります…」
兄貴からの報復は確かに恐ろしいが目の前の男は人間でなく化け物だ。もしもこんな威力の拳を自分に放たれようものなら死にかねない。何しろ岩すらも砕くほどの威力なのだ。人体を壊すなど容易な事だろう。
このようなやり方は加江須としても不本意な部分がある。しかし一度痛い目に遭っておきながら自分に対して尾行紛いの事をしている以上は放置しておくには危険すぎる。
このチャラ男が自分だけを狙ってくるのならば放置しておいたかもしれない。しかしその魔の手が自分の大切な恋人たちに向く可能性があるのであれば話は別だ。
どうやら話を聞いたところこのチャラ男、自分にやられた事を兄貴分に話し仇討ちを頼んだようだ。
この男はどうやらこの地元の半グレ集団の一員らしく、兄貴分の命令によって自分たちを捜し出し、そして見つけ次第に連絡を入れる様に命令を受けていたようだ。
「なるほどね…じゃあ俺たちを見つけたから連絡を入れようとしていたみたいだな」
「そ、その通りです。その後尾行して居場所を突き止めた後に襲撃する手筈を整えるつもりでした」
「おい…まさか彼女たちにも手を出す気でいるのか。お前らの兄貴とやらは…」
加江須の問いに対して怯えながらも無言でチャラ男が頷いた。
その瞬間に加江須の瞳から光が消え、そして苛立ち気味にもう一度男の背後の岩に拳を突き出していた。その威力は先程の2発よりも威力が籠っており岩は砕け散る。
その光景を見てチャラ男はガタガタと歯を震わせ涙目となっている。
「おい…この岩みたいに五体が砕かれたくないなら俺のお願いを聞いてくれるよな?」
「は…はい…もちろんです」
「もしも俺を騙してその結果あそこに居る恋人たちに被害が僅かでも及んでみろ。その時は……」
そこまで言うと加江須は砕け散った岩の破片を掴み、それをチャラ男の目の前で粉々に砕いてやる。
「お前の全身の骨をこんな風に砕いてやるからな」
「は…はいぃ……」
人間離れした力を目の当たりにしてただ大人しく頷く事しか出来なかった。
◆◆◆
「加江須ったらまだ話しているのかしら」
そう言いながら加江須の姿が消えて行った岩場の方を眺める仁乃。
何やら薄気味の悪い視線を感じるかと思えば岩の影に先程のチャラそうな男がこちらを覗き見しており、それを気味悪がっていると加江須が話を付けて来ると言ってチャラ男の方へと出向いて行った。
岩場のせいで加江須とチャラ男のやり取りは見えておらず、中々戻ってこない加江須に黄美が少し不安そうに呟いた。
「カエちゃん大丈夫かな? まさか喧嘩になって襲われているんじゃ」
「いやいや黄美、その場合は相手の心配した方がいいでしょ」
加江須の身を案じている黄美に愛理が苦笑した。
相手はただの一般人なのだ。もしも喧嘩を挑まれても加江須が負けるはずが無いだろう。現に先程に既にあの男は加江須にパンチ一発で撃退されていたわけだし。
「まあ加江須に限らずこの場に居る全員が返り討ちに出来るだろうけど」
仁乃の言う通りこの場に居る皆は相手が先程の様なただの人間ならば絡まれても対処できる。黄美や愛理も神具を使いこなせてきているので一般人に負ける事もそうそうないだろう。
だが加江須があのチャラ男に負ける事は考えていないが黄美の言う通り少し戻りが遅い気がする。少し様子でも見てこようかと思って立ち上がろうとする仁乃であるが、岩の影からようやく加江須が姿を現してこちらへと戻って来た。
「悪い悪い。少し遅くなったな」
「心配したよカエちゃん。それでさっきのナンパ男はどうなったの?」
「ああ……少し脅してやったらもう付け回さないって約束してくれたよ」
そう言って特に何事もなかったと黄美に伝えると彼女は安堵した。
まあ転生戦士である加江須が一般人に後れを取る事なんてありえないと皆も思っていた。だがこの中で仁乃だけは加江須の表情の微妙な変化を読み取っていた。
「………」
自分たちを不安がらせない様に笑っている加江須であるが彼女は見た。ほんの一瞬であるが黄美にナンパ男がどうなったかを問われた時に彼の瞳から一瞬だけ光が消えていた事を。
「また面倒ごとを一人でしょい込んじゃって…」
加江須本人には聴こえぬように極小の声量で仁乃は独りそう呟いた。
彼女の視線の先では加江須は黄美に心配なかったと笑いながら誤魔化している姿が映り込んだ。




