海での唐突な戦闘
「たくっ…もう絡んで来るなよ」
「ぶげげ…」
「ず、ずいばぜん…」
加江須の足元では金髪の馬鹿2人が仰向けで鼻血を出しながら倒れていた。
自分の大切な人を汚らわしい手で触れようとしたのだ。しかも攻撃を仕掛けて来たのはこの二人の方であったために力づくで無力化してやった。とは言え勿論ほとんど力を籠めてない。加江須にとっては軽く撫でる程度の攻撃だ。
だが手加減したとはいえ転生戦士の拳の威力は大きく、加江須は相当に加減したがそれでも殴られた二人の馬鹿は鼻が少し曲がっていた。
その様子を見ていた周りの人間たちは加江須を見て驚いていた。
「すげぇなあの兄ちゃん。パンチが速くて見えなかったぞ」
「見た目は凄く細いのにねぇ~」
周りの人間達はてっきり加江須がやられると思っていたので一瞬で馬鹿どもを無力化した彼の実力にたいそう驚いていた。
そんな周囲の目が気になり加江須は恋人たちと共にこの場を離れる。
「行こうぜみんな。あまりここに留まっていたら面倒だ」
そう言うと女性陣たちも頷き一先ずこの場から離れて行く。
こうして加江須たちが立ち去った後には鼻血を流して倒れているチャラ男たちだけとなる。
「ぢ、ぢぐしょうめ。このままじゃ済ませるかよ」
加江須の姿がなくなった途端に今まで反省の言葉を述べていた二人組が立ち上がり顔に怒りを滲ませる。
「あのクソガキ、目にもの見せてやるぜ」
「ああ…〝兄貴〟にすぐに報告に行こうぜ」
そう言うと二人組は未だに赤い血を垂れ流している鼻を抑えながら立ち去って行った。
◆◆◆
下らない輩に絡まれた加江須たちであったがようやく海を堪能する瞬間が訪れた。
波打ち際まで移動するとイザナミはしゃがみ込み、目の前の水に指を付けてその水を一舐めする。
「ぺろ…本当にしょっぱいですね。これが海の水ですか」
皆から聞いてはいたが海の水の塩っ辛さに驚くイザナミ。
これほどまでに雄大な湖以上に広々とした水の世界だけでも驚いたが、しかもその水に多量の塩まで含まれているのだから神界出身者からすれば驚愕物であった。
「さーてじゃあ泳ぎますか!!」
そう言うと愛理はその場で軽くストレッチをすると海へと飛び込んでいく。
それに続くように氷蓮も頭から海の中へと潜って行く。
「ちょっと待ちなさいよ!」
少し遅れそれに続くように仁乃も海の中へと飛び込んでいく。
「カエちゃん、イザナミさん。私たちも!」
「ああそうだな。行こうぜイザナミ」
「は、はい!」
こうして残りの三人もそのまま海の中へとダイブした。
冷たい海の水がこの夏の日差しにはとても心地良い。それに潜った海の中は思ったよりも綺麗で泳いでいる小魚も確認できる。
「ぷはっ! それそれそれ!!」
「うおっ! やりやがったな!」
息継ぎの為に海面から顔を出した氷蓮の顔面に愛理が手の平ですくった水をぶつける。
それに対して彼女も笑いながら水をすくい上げてやり返す。するとはしゃぎ合っている二人の間に仁乃が息継ぎの為に顔を出し、その瞬間に勢いよく両サイドから飛沫がぶつけられる。
「ぷあっ!? あんたらねぇ!」
顔面に水をぶつけられ仁乃も二人のやり合いに参戦し、バシャバシャと二人へと勢いよく飛沫をぶつけてやる。
そんな光景を見て思わず加江須が笑っていると、背中にバシャっと水がかけられる。
「油断大敵だよカエちゃん。それ!」
そう言いながら楽しそうに笑顔で黄美も水をすくってぶつけて来る。
「イザナミさんもカエちゃんに攻撃しましょう! こんな風に!」
「は、はい。えい!」
黄美の真似をしてイザナミも同じくはしゃぎ始め、そんな二人に対して負けじと加江須も水をすくって二人へと飛ばしてやる。
「お返しだ! そらそら!!」
「うわっぷ! カエちゃん激しすぎ」
「ぷ……あはは。お返しです!」
加江須の反撃は黄美たちよりも激しく、その飛沫が仁乃たちの方へも飛んでいく。
「この、加江須あんたもやる気ね!」
「一斉攻撃だぁ!!」
こうして皆で笑いながらはしゃぐ加江須たち。
その中で一番印象的だったのはやはりイザナミの子供の様な笑顔であった。心の底から子供の様に楽しんでいる彼女の姿はどこか新鮮で思わず見とれてしまっていた。
それからしばしふざけ合っていた一同であったがここで異変が起きた。
最初に違和感を感じたのは加江須とイザナミの二人であった。
「……イザナミ」
「はい、間違いありませんね」
今まで楽しそうに遊んでいた加江須とイザナミの二人が突然神妙な顔つきになった。そんな二人を不思議そうに見ていた4人であるが、その数秒後には仁乃と氷蓮も二人と同様に厳しい顔つきとなる。
「え…どうしたの?」
「カエちゃん? みんな…?」
明らかにこの場の雰囲気がピリピリとした殺伐な感じに変化している事に戸惑っていると、加江須が未だ状況の呑み込めていない黄美と愛理の二人を自分の元へと引き寄せる。
「カエちゃん…こんな所で…♡」
「だ、大胆だね加江須君」
加江須に肩を掴まれ抱き寄せられて二人の頬が赤く染まる。しかしそんな照れ臭そうな二人とは違い彼の顔はこわばっており、そっと二人に耳打ちをする。
「黄美、愛理、ふたりとも気を付けてくれ。すぐ近くに……ゲダツが居る……」
加江須のその言葉に恥ずかしそうにしていた二人も一気に緊張した面持ちとなった。
すぐに二人は自分の指に神具である指輪がはめてある事を確認すると、他の皆と同じように周辺を警戒し始める。
「黄美に愛理、お前たちはあまり自分たちが前に出ようとは考えるな。まだ二人は神力を完全には扱いきれてないだろ。いざとなれば俺の背後に隠れるんだ」
その言葉に対して二人は無言のまま頷いた。
本音を言うのであれば自分たちも守られるだけでなく一緒に隣で戦いたいのだが、自分たちの今の実力はよく理解している。下手に前に出て戦おうなどとすればむしろ迷惑をかけてしまう。
すぐ近くに感じ取れるゲダツの気配に警戒をしながら仁乃が疑問を口にする。
「どういう事よ…気配は感じるのに姿が見えないわ」
「ああ、でも近くに居るぜ。今も粘っこいゲダツの気色わりぃ気配を感じるぜ」
この場に居るほとんどがゲダツの存在を感じ取れるのだが、どういう訳か姿が見えてこないのだ。だが間違いなく近くに居る。
「……ん?」
ここで周囲を警戒していた加江須は仁乃のすぐ近くの海面が跳ねる現場を見た。
一瞬は波で海面が跳ねただけかと思ったのだがそれにしては飛沫が随分と飛んだ気がする。そこまで考えるとハッとなり海水を掻き分けて仁乃の方へと急いで走った。
「気を付けろ仁乃! お前の近くに〝何か居る〟ぞ!!」
「え、なにが居るの!?」
加江須が自分に近づきながらすぐ近くに何か居ると言われ自分の周辺を慌てて観察する。しかしやはりゲダツはおろか小魚の姿すら見えない。
「何も居ないわよ……きゃっ!?」
特別変わった事もなく少し気が抜けてしまう仁乃。
そんな彼女の油断した刹那を狙いすましたかのように仁乃の目の前の海面から〝何か〟が飛び出して来たのだ。
「な、何よこれ!? ヌルヌルするわよ!?」
何かぬるっとする気色の悪い感触が腰回りにくっついている。
だが目を凝らしても自分の腰回りには何もへばり付いてはいない。だが感覚はきちんとある。
「なるほどね…透明なゲダツってわけね!」
だが姿が見えない敵との戦いはこれが初めてではない。かつてウォーターワールドと言うプールでは透明な液体生物を操る転生戦士と戦った事もあり、不快な感触に嫌悪感を抱きつつも仁乃は糸を出して自分の腰に巻かれている見えない触手の様な物を切断する。
仁乃が糸で見えない何かを切り離した瞬間に彼女は見た。自分のすぐ近くの水中に何やらタコの様な化け物がこちらを見ている事に。
「ぐっ、姿を現したわね!!」
ダメージを受け相手の姿が見えた瞬間に仁乃が追撃を放とうとするのだが、またしても透明な海水内にゲダツの姿が溶け込み一体化してしまう。
「ぐ…見失ったわね…うえええ!?」
苛立ち気味に相手を見失ってしまった事に顔をしかめる仁乃であったが、先程自分が切り落としたタコの足が腰に吸盤でへばり付いていた。どうやら本体から切断された足はもう普通に視認できる様だ。
表面が何やらぬめっているたこ足に仁乃は青ざめながら騒ぎ出す。
「ととと取ってこれ! 気持ちが悪いぃぃ!!」
直接素手で腰にへばり付いているタコ足を取る勇気が持てずに他の誰かに助けを求める。
そんな彼女に呆れながら近くに居た氷蓮が素手で豪快に足を掴んで引っぺがしてやった。
「たくっ、こんなモンになにビビってんだよ」
「う、うるさいわね。うえ…ベトベトしてる」
言い返してやろうとする仁乃であったが体に付着している粘液が不快すぎるので海水で洗い落とす。
だが仁乃のお陰で相手の姿を一瞬だけ見る事が出来た。何やらタコの様な姿をしたゲダツだ。しかも相手は自らの姿を透明化する事が出来るようだ。確か本物のタコにも自らの色を変色して背景に溶け込み擬態する能力もあったはずだ。しかし相手はゲダツ、他にも何か特殊な能力を宿している可能性がある。
「下がっていろ仁乃。お前のすぐ近くにあのタコ擬きが居たならこうしてやんよ!!」
仁乃の前へと移動した氷蓮がその周辺に氷柱を連続で射出する。
本当ならばこの辺りを氷漬けにしたいのだがすぐ周辺には仲間たちが居る。さすがに仲間達まで巻き添えにしかねない攻撃は出来ない。
「……当たってねぇよな多分」
勢いよく放った氷柱はそのまま底まで沈んでいきゲダツに当たったとは思えない。その直後に自分のすぐ隣の海面が跳ね、何やら胸元の水着が掴まれる感覚を感じる。
「このタコ野郎が!! 人の水着を引っ張んなぁ!!」
そう叫びながら氷蓮が見えないタコの足を振りほどくが――振り払った足と一緒に彼女の水着のブラも剝ぎ取られた。




