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壊れ始める幼馴染


 加江須と仁乃の2人がゲダツを倒していた頃、その近くに一人の少女が近づいて来ていた。

 整った顔立ちに風で靡く綺麗な金髪。学園では誰もが強い憧れを抱く才色兼備な生徒、そして加江須の幼馴染である黄美であった。


 「カエちゃん…どこにも居なかったなぁ…」


 放課後に彼のクラスに顔を出したがすでに加江須は居なかった。

 クラスを出てから学校内を見回ったが見つけれず、もう家に帰ったのかと思ったのだが、直接彼の家まで1人で行く勇気が出ずに最初は当てもなく歩き続けていた。しかし当てもなく彷徨うようにしばらく歩いていると彼女はふと〝ある場所〟を思い出し、今はその思い出の場所へと赴いていた。


 ――もうすぐあの公園に着く……。


 彼女が目指す場所は今いる場所からもう少しすれば辿り着く公園。

 別段特別な場所ではないが、幼い頃に自分はその公園で加江須と一緒に何度も遊んでいた。その思い出が恋しくなりその場所を目指している。


 歩き続けていると目的の公園が見え始める。


 「あそこで昔はカエちゃんと遊んでいたっけ……昔はもっと素直に彼と一緒に居れたのに……」


 そう考えると一気に足取りが重くなる。公園へと近づくにつれ進む歩幅が狭くなり、移動の速度もゆるやかとなる。


 しかし暗い顔をして歩いていた彼女であるが、公園から聴こえて来た声が耳に入り勢いよく俯かせていた顔を上げる。


 「(この声って…もしかして!)」


 心臓の鼓動が一気に早まり、ドクンドクンと爆音を体の内側で鳴らし続ける。


 「(行こう! 今日謝ろうと決めていたんだから!!!)」


 声の主の正体を知り、意を決して小走りで公園まで走っていく黄美。

 この勢いのまま彼と顔を合わせようと考えていたが、彼女が公園の入り口までやって来た瞬間――瞳に映った光景に思わず絶句した。




 ◆◆◆ 




 ゲダツとの戦闘が終わった後、加江須と仁乃の二人は公園へと戻りまたベンチに腰を降ろしていた。

 並んで座りながら二人は先程の戦闘……ではなく取り留めのない日常的な会話をしていた。


 「へ~、お前には中学の妹がいるのか。俺は一人っ子だから兄弟がいるってどんな感じだ。やっぱり賑わって楽しいのか?」


 「加江須が考えている様な仲良しこよしみたいな感じじゃないわよ。最近では中々に小生意気になってくれたし…はぁ、昔は純粋だったのにねぇ」


 自分の妹が変わり始めたことに嘆いている仁乃。

 そんな彼女の疲れた様子を見て少し同情するが、それ以上に姉妹が居る事を羨ましがる加江須。小さなころは自分も兄弟が欲しいなと思っていたもんだ。

 

 そんな加江須の心情とは裏腹に仁乃は頭を悩ませるように話を続ける。


 「ほんの些細な事でもすぐにカーっとなるし…どこでああなっちゃのかしら?」


 「いやお前を見てだろう。妹の事言う前にお前も自分の性格を見直せよ。人の振り見て我が振り直せと言うだろう」


 「なっ!? それじゃ私がすぐに騒ぎ立てるじゃじゃ馬だって言いたいの!?」


 「いや、今のそのリアクションがそう物語っているだろう」


 現在進行形でその通りだと言ってやるとむきになって更にぐわーっと噛み付いてくる仁乃。そのままさらに距離を詰めてきて頬に手を伸ばしてきた。


 「させるか!」


 しかしもう行動パターンが読めた加江須は彼女の手が自分の頬を掴む前に逆に腕を押さえる。


 「くっ、小癪な!」


 「もうお前の大方の行動パターンが読めてきたよ。ワンパターンだからな」


 互いにギリギリと押し合ってにらみ合う加江須と仁乃。

 お互いに腹を立てた顔をしてはいるが、傍から見ればそれはまるでカップルがいちゃいちゃしている様にも見える。


 「ぐぐぐぐぐ…」

 

 「お、お前もしつこいな…」


 何とか加江須のほっぺを引っ張ろうと意地になり仁乃は全然引こうとはせず、流石に少し呆れてしまう加江須。

 超人と化している仁乃の力ならば大抵の相手に負けはしないのだが、同じ条件の加江須には腕力ではわずかに劣っていた。


 その事実に今まで仁乃がしていた意趣返しのつもりで今度は加江須が勝ち誇ったように笑う。


 「どうやら身体能力の面は俺の方が上みたいだな先輩」

 

 「なっ、生意気なぁ~…。おりゃあ!!!」


 「うおバカ!?」


 加江須の挑発に乗って勢いよく力を上げて加江須の頬を掴もうとする。しかし急な力の入れ方に加江須も彼女の腕を掴んだ状態でそのままバランスを崩してしまう。


 「うおっ!?」

 

 「きゃっ!?」


 そのまま二人は仲良くベンチから揃って落ちてしまう。

 密着した状態で地面へと倒れてしまう二人であるが、その際に加江須は仁乃を押し倒す形になってしまった。


 「いてて……ん、何だこの柔らかい感触は?」


 下を見ると自分の下には仁乃が倒れており、そして自分の手は彼女の大きな胸の上に置かれていた。

 

 「いっつ~…気をつけなさい……ふえ?」


 加江須の下で文句を言う仁乃であったが、今の自分の体制に言葉を失った。さらには自分の胸に加江須が手を置いており、あまりのショックに思わず黙り込んでしまう。


 危ない体制のまま両者は硬直し、そして仁乃の顔が徐々に赤く染まり始める。


 「あ、あの…仁乃さん? 一応言っておきますがわざとでは……」


 「こ、こ、こ、こ…このド変態めぇぇぇぇぇ!!!」


 顔が真っ赤に染まり、目尻に涙を浮かべながら今までで一番強い力で加江須の頬を限界まで引っ張った。凄まじい握力で頬を摘ままれ加江須が悲鳴を上げる。

 

 「いででででで!? 今までで一番痛いぞこれは!!」


 「当り前よこのスケベめぇ!!! どさくさに紛れてどこ触ってんのよ!?」


 「わ、わざとじゃないんだよ!! イツツツツツツツ!!」


 「てゆーかいつまでタッチしてるのよ!! まずは手をどけなさいよバカぁ!!!」




 ◆◆◆




 公園では加江須の悲鳴と仁乃の怒声が鳴り響く。

 不幸中の幸いにも周囲には人の目がなく、存分に騒げた二人であるがこのやり取りを眺めている者が居た。


 「なんで、なんで、なんで……」


 まるで壊れたラジオの様に同じ単語を繰り返す黄美。

 あの光景が目に入った瞬間バイクの様に鳴りやまなかった心臓の鼓動音はちいさくなり、緊張から額に流れていた汗も引っ込み、瞳からは色彩が失われた。


 「あの娘…確か今朝カエちゃんと一緒に居た」


 よく見れば加江須と一緒に居るあの少女、今朝の通学路でも何か言い争っていた娘だ。


 「ねえカエちゃん。その娘は誰なの?」


 消え入りそうな声で加江須へと疑問を投げかけるが加江須は答えてはくれない。今も自分の視線の先で楽しそうに自分以外の女の子とじゃれあっている。


 「………」


 ――ガリガリガリ……。


 無意識のうちに自分の爪を噛んでいた黄美。

 どろりと黒く濁った瞳で加江須と仁乃を見ながらガリガリと爪を噛み、もう片方の手では地面をガリガリと削っていた。


 「ねえカエちゃん答えてよ。その娘は誰なの?」

 

 黄美はそう言いながら自身の爪を削っていき、いつの間にか両手の爪にはにじみ出た血が付着し始める。それでも彼女は爪を噛み続け、爪で地面を削り続ける。


 ――ガリガリガリガリガリガリ………。


 不快な音を鳴らしながら聴こえるはずもない相手に声を掛け続ける黄美。


 「誰なの。お願いだから答えてよ」


 ――ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ……………。


 「どうしてあなたの隣に居るのは私じゃないの?」


 ――ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ………………。


 どれだけ問いかけたところで消え入りそうな彼女の声は加江須には届かない。それどころか彼は自分の存在にすら気づいていない。


 今もあの名前を知らない女の子と楽しそうにじゃれあっている。


 「ふふ…ふふふ……あはははは……」


 力なく笑い声を漏らしながら黄美はゆっくりとその場から立ち去り始める。

 その場を離れながら、今もなお公園で何やら大きな声で言い合っている加江須と少女の声を背中で受け止めながらトボトボと歩き続ける黄美。


 嚙み続け、削り続けて指先からはポタポタと真っ赤な雫が地面に落ちていく。

 ジンジンと指先が痛むが、今はそんな物理的な痛みなんて気にもしなかった。それ以上に彼女の心は酷く傷ついていた。


 「大丈夫…だいじょうぶ。明日ちゃんと謝ればまた元の関係に戻れるから……」


 ひびの入った壊れかけの心を何とか繋ぎ止め、落ち着かせようと自分に言い聞かせる黄美。

 

 明日は朝一からカエちゃんに謝ろう。誠心誠意、心を籠めて謝ればきっと許してくれるはず。だって私の幼馴染はとてもとても優しい人なんだから……。


 「何も心配なんてないよ。だってカエちゃんはずっと私を想ってくれていたんだから……」


 昔はいつだって自分に手を差し伸べてくれた。その手を途中から自分は振りほどいてしまったがまだチャンスはあるはずだ。彼の手をもう一度とるチャンスは自分にだって絶対にある。


 「そうだよ。今からでも遅くなんてない。もう一度彼の手を掴んで見せる」


 そう言って黄美は自分の手を見つめる。

 爪はボロボロになり、べったりと傷口から流れた血で汚れた指先を見て黄美はこのまま汚い手では駄目だと思う。


 「家に帰ったらきれいに洗わないと。カエちゃんの手を取るときにこんな汚い指は見せられないよ。家に帰ったら包帯巻かないと……」


 幽鬼の様に歩き続けていた黄美は一度立ち止まるとさっきまで自分が居た公園を見る。


 「明日になったら今度こそ謝らせてねカエちゃん。もう酷い事は言わないから安心してね」


 そう言って無意識に再び爪を噛み始める黄美。

 再び歯で噛むと指先からは血が出てきて、その血は黄美の口元をまるで口紅のように赤く染め上げていた。

 


 

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