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IFの物語 混乱


 昨日の出来事からなんとか立ち直る事が出来た加江須は朝の通学路を歩いていた。天から降り注ぐ早朝の日を浴びながら彼は一人の少女の事を考えていた。


 もしも昨日あの娘が助けてくれなきゃこの日の光ももう浴びれなかったんだろうな。

 

 彼が頭から離れない少女とは決して幼馴染であるあの性悪女の黄美の事ではない。その女に貶されて無気力感に苛まれる所を救ってくれたツインテールの少女である。


 「同じ学校だけどクラスは違うしなぁ。昼休みにでも礼を言いに行くか」


 命を救ってくれた恩人であるにも関わらず自分はその少女のクラスも名前も知らない。

 まずは彼女を見つける事から始めないと、そう考えていた加江須であるがその必要はすぐに不要となった。


 「え…うそ…」


 何故なら自分の視線の先ではツインテールの少女が歩いていたのだ。

 あの髪の色と髪型、後ろ姿だけしか見えてはいないがあの少女が昨日に自分を助けてくれた人物である事を理解でき気が付けば声を掛けた。


 「な、なあちょっといいか?」


 「んん? あ…昨日の…」


 突然背後から声を掛けられ少し不審そうに振り向いた少女であるが、話しかけて来た相手が加江須である事を確認でき表情が和らいだ。


 「誰かと思ったらあんただったの。正直あの後どうなったのか気になっていたのよ」


 元気そうな加江須の姿を見て少女が小さく微笑んだ。

 その慈愛を感じさせてくれる笑みを見て加江須の頬がまた少し赤みがさして来た。


 「その、昨日は本当にありがとう。きみのお陰で本当に救われたよ」


 「大袈裟…とも言えないわね。もう信号無視なんてするんじゃないわよこのバカ」


 そう言いながら少女は人差し指で自分のオデコをつんっと突っついてきた。

 

 「そう言えばあの時は名前も言わなかったわね。私の名前は伊藤仁乃よ。あんたは?」


 まさか彼女の方から名乗ってくれるとは思っておらず少し戸惑ってしまうが、すぐに自分も名前を名乗る。それから二人は話して気が合ったのかそのまま二人で学園へ登校を再開した。気になり始めていた少女と二人で並んで学校へ登校などと都合の良い展開に内心では焦り始める加江須。


 「ん? どうかしたの?」


 何やら加江須の様子がおかしいと思い少し訝しむ仁乃。

 その時にぐいっと顔を近づけて来たのでさらに焦りを感じてしまう加江須。


 「い、いやなんでもない」


 自分が照れていると思われたくない加江須は顔を背けて何でもないと答えて置く。

 仁乃の方は特に気にもしなかったのか再び他愛のない話を再開し始める。


 だが仁乃が再度口を開いたその直後、二人の背後から女性の声が叩きつけられた。


 「何やってるのよアンタは!!」


 背後から金切り声をぶつけて来た人物の正体は黄美であった。

 彼女は憤怒を連想させる怒りの形相で二人、いや加江須の事を睨みつけていた。そして目が合うと彼女はズカズカと地面を強く踏み抜きながら加江須へと近寄って行き――


 「随分と良い度胸しているじゃないの!!」


 「うおっ!?」


 ヒステリックに喚きながら彼女は加江須の頬を引っぱたいてきたのだ。

 あまりにも突然の暴力に思わず言葉を失って混乱してしまう加江須。それは隣に居た仁乃も同じであった。まさかの場面に遭遇して思考が止まってしまったのだ。

 そんな硬直している二人の事など知らず黄美は加江須の胸ぐらを掴むと予想外のセリフを口にしたのだ。


 「私と付き合っておきながら他の女の子と登校とはね!! 大した根性しているじゃない!!」


 ――………はあ?


 加江須の真っ白となっていた頭の中に最初に浮かんできた言葉はこれであった。


 目の前のこの女は一体全体何を言っているのだろうか? もしも自分の聞き間違いでなければ今この女はこう言ったのだ。『私と付き合っておきながら…』そう言ったのだ。


 「何を言っているんだ?」


 加江須の口からそんな混乱の混じった言葉が出て来る事は当たり前だろう。

 確かに自分は昨日の放課後に目の前の女に告白をした。しかし彼女は間違いなく自分の事を嘲り踏みにじり、自分の告白を拒否したはずだ。


 それなのにどうして俺は黄美と交際している感じになっているんだよ!? あれだけ侮辱しておいて傷つけておいてまだ俺を弄ぶつもりかよ!! どこまで人を惨めにさせれば気が済むんだこの悪魔は!?


 加江須はてっきり黄美が自分を馬鹿にして遊んでいるのだと思っていた。

 失恋した自分の事をさらに追い詰めようと今の様に難癖をつけ揉め事を起こしているのだと思ったのだ。


 「ふざけんなよ!! どこまで俺を不快にすれば満足するんだよ!!」


 流石に我慢が出来なかった加江須は傍に状況を呑み込めていない仁乃が居る事も忘れて感情の赴くままに叫んだ。

 まさか大声を出されるとは思っていなかったのか黄美がビクッと体を震わせて驚いた。


 「な、何を怒鳴ってるのよ。悪いのは浮気したあんたじゃない」


 「お前は本当に何を言っているんだ!? 浮気なんてしてないし、そもそも俺はお前の恋人でもないだろうが!!」


 加江須がそう言うと黄美は何を言われたのか分からないと言った感じで混乱を表情に出していた。しかしそんな顔をしたいのは他でもない自分の方だ。昨日は散々人の心を抉っておきながらこんな理解不能な理由で絡まれれば激昂もしたくなる。


 「あれだけ人を惨めにさせておいてまだ満足できないってか!? そんなに俺をからかって楽しいのかよ!! ええおいッ!!」


 「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ」


 事態は呑み込めていないが流石にこれ以上は放置しておくのは不味いと感じて仁乃が加江須を宥め始める。それによって興奮が僅かばかり冷め始める加江須であったが、逆に自分たちの間に割って入って来た仁乃に対して今度は黄美が食って掛かる。


 「さっきから思っていたけどあなた誰なの? 今私は加江須と話しているんだから邪魔しないでよ!!」


 そう言うと苛立っている黄美は仁乃の肩を軽く押しのけた。

 何一つ非の無い仁乃に対してのその行動を見て再び頭に血が上りかける加江須であるが、それを一早く見抜いた仁乃が口を開く。


 「いい加減にしなさいよあんたたち! こんな往来の真ん中でこれ以上もめれば迷惑になるわ。ほら、今だって周りから白い眼で見られているわよ」


 仁乃の言葉に反応して二人が周囲を見ると、何事かと興味心からこちらを見つめて来る通行人の野次馬が何人か居る。中には同じ学園の生徒も数人混じっている。

 流石にバツが悪くなったのか少し渋い顔した後に黄美は二人から離れて行くが、その去り際に彼女は加江須に指を差しながらこう言った。


 「昼休みに屋上に来なさい! じっくりと話を聞かせてもらうからね!!」


 そう言いながら走り去って行く黄美。

 その背中を加江須は憎々し気に睨みつける。その横顔を見て仁乃が少し聞きにくそうな顔をしながら詰め寄る。


 「ね、ねえ…あの娘と何かあったの?」


 正直自分が首を突っ込むべきではない気もするがこのような現場に出くわして見て見ぬふり、と言うのも気が引ける。それにあの娘は自分にも何やら突っかかって来た。もしかしたら自分の元にまた来るのではないかと考えるとやはり事情を知っておきたい。

 そんな自分の問いに少し言いずらそうな顔をした加江須であったが、しかし彼としても何も言わないままではいけないと思ったのだろう。どこか嫌気を残している顔をしながらも説明をしてくれた。


 話を聞くにどうやらあの娘は彼の幼馴染らしく、加江須は昨日の放課後に告白をしたが罵声と共にフラれたらしい。


 「(なるほどね…昨日あんな死にそうな顔をしていたのはそれが理由だったみたいね)」


 しかしあそこまで追い詰められた顔をしていたという事は、告白を拒否された際に相当な罵倒をされたのだろう。ただ失恋しただけであそこまで生気を失うとも考えづらい。

 

 「あれだけ人の想いを足蹴にしておいてどういうつもりだよアイツ…!」


 頭にまた血が上って行きギリッと奥歯を噛みしめながら拳を震わせる加江須。

 よほど怒りが込み上げているのか彼の握った拳は皮膚に食い込み少量だが血が滲んでいた。


 「ちょ、ちょっと血が出てるわよ」


 皮膚から血が出ている事に気付いた彼女は加江須の手を取るとハンカチで拭ってくれた。

 

 「あ…ありがと…」


 いたわるかの様な優しく手を握られハンカチで血を拭われるとドキッとする加江須。今まで沸騰しそうな怒りも思わず薄れて行く。

 同じ女性でも自分の幼馴染とは雲泥の差があるその優しさに胸が高鳴る。


 「その、洗って返すよハンカチ」


 「別に気にしなくてもいいわよ。それよりも昼休み、屋上に行くの?」


 別れ際にあの黄美と呼ばれる少女の顔は怒りが抜け切っていなかった。足を運べば面倒な事態になる事は彼にだって目に見えている筈だ。

 

 「いくよ…俺としてもどういうつもりで俺をボーイフレンド扱いしてんのか問い正さなきゃならねぇし」


 こんな朝からくだらない因縁を付けられて加江須の方も怒りが溜まっており、今後もこんな意味不明な難癖をつけられたくはない。

 

 「何だか申し訳なかったな。こんな事に巻き込んで…」


 「……別に気にしてないわ」


 黄美に絡まれた事に対しては正直言葉通りに気にはしていない。

 だが今の雰囲気から昼休みには面倒ごとに発展する事は想像できる。そうなると隣に居る彼が少し心配なのだ。


 「(また昨日みたいに死にそうな顔する様になったりしないでしょうね…)」


 これはあくまで幼馴染であるあの二人のいざこざだ。これ以上は踏み込む訳にもいかないと理解しつつも素直に引き下がる気にもなれなかった。


 「……まあきちんと話し合いなさいよ」

 

 「ああ、本当にすまない」


 加江須はそう言うとそのまま仁乃の事を置いて一人先に学園へ向かう。これ以上は迷惑を掛けたくないと思い自分から離れたのだろう。

 

 彼の背中を不安げに見つめながらも仁乃は口ではああ言っておきながら、昼休みにこっそりと屋上まで行って様子を見守ろうと決意するのであった。



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