海に行く約束とイザナミの強さ
仁乃に続いて氷蓮が無事に実践モードを自力で達成したその後、部屋でしばし氷蓮と本物の仁乃による言い争いが起きはしたが無事に勝利を収めた二人の姿に加江須は胸を撫で下ろしていた。
それからはしばし休息も必要とのことで女性陣たちは色々と雑談を繰り広げていた。しかしやはり輪の中で唯一自分だけが男と言う事もあって少し女性たちの話題に付いて行けない部分も多々あった。
「(しっかし、女の子ってのはお喋りが好きだよなぁ…)」
これは目の前に居る自分の恋人たちの様な若い女性に限らない。おばさんや主婦同士などでも井戸端会議などの現場もよく見かけるぐらいだ。
だがこうして目の前の彼女たちの会話を聞いていると何が好きなのか? どのような趣味を持っているのかなどそう言った話もポロリと零れて来るので彼氏としてタメにもなる。
「でさでさ~加江須聞いてる?」
「ん、あ、ああ…」
愛理が楽し気な顔をしながら加江須に自分の話をちゃんと聞いているのか確認する。
ふと時計を見てみるとお喋りが始まってからもうかれこれ1時間近く経過していた。正直に言えば自分にはこれ以上今話せるような話題がなくなり相槌を打つ事しか出来なくなっている。よくまぁ女の子たちは次から次へとネタが尽きないもんだと感心してしまう。
そんな彼の心情など知らずに皆はその後もしばしおしゃべりを続けたのだが、ここで愛理の口から出て来た話題でイザナミの瞳が輝きだす。
「海ですか…確かに凄く興味があります」
「やっぱり神界には海とかないんだね」
夏休み中ともあって話の中に海が出て来る事は自然な流れとも言えるだろう。そして自分の住んでいた世界に海が存在していないイザナミは凄く興味心がそそられたようで、愛理の話に今までで一番喰いついていた。
「海…行ってみたいですね…」
愛理の話を聞き一度でいいからその海と呼ばれる場所に足を運んでみたいと言う欲求に駆られるイザナミ。
まるで童心に帰り子供の様な好奇心溢れるその姿を見て加江須がこんな提案をする。
「それなら近々みんなで海に行かないか? せっかくの夏休みだ。一度くらいは海に行かないと夏って感じがしないしな」
加江須がそう言うとイザナミが喜びを隠し切れないのか少し興奮気味で首を縦に振って頷いた。
「い、行ってみたいです! もし迷惑にならなければの話ですけど」
「何で海に連れて行ってやるだけで迷惑なんだよ? お前だってただ話を聞いただけじゃ満足できないだろ? せっかくだし行こうぜ」
加江須がそう言うとイザナミが嬉しそうにしながら加江須に抱き着いてきた。
「ありがとうございます加江須さん。私の要望を叶えてくれて」
「お、おいこら…」
恋人関係になってから甘え癖ができたのか自分から抱き着いてきたイザナミ。
そんな光景を見て他の恋人たちが黙っている訳もなく、まず最初に黄美が動き出す。
「カエちゃんずるいよぉ。私だってあなたの恋人なんだからね」
頬を膨らませながら左腕の方にむぎゅっと抱き着いて来る黄美。
彼女の抱き着いてきた左腕には何やら温かく柔らかな感触、そして二人の女性の少し甘い匂いが加江須を包む。
「二人とも少し離れ…」
「あっ、ずるいずるい。私も~」
二人を引きはがそうと試みる加江須であったが、止めるどころか逆に便乗して愛理も加江須の背中へと抱き着いてきた。
3人の女性に詰め寄られて赤面している加江須を見て仁乃と氷蓮が少しむくれながら腕を組んでこちらを見ている。
「たくっ…こんな日も沈んでいないうちからよぉ…」
「鼻の下伸ばしちゃって…ふん」
どちらかと言えば素直でない二人は今の状態の加江須を見て少しむくれる。
もちろんこの二人だって加江須の立派な恋人なのだからただ羨ましがらずに行動に移せば良いのだろうが、天邪鬼な二人は自分から大胆に振舞えずにいた。
そんな二人を見かねて愛理が仕方ないと思いながら後押しをしてあげた。
「二人ともさぁ、羨ましがっているだけじゃなくて二人もこっちに来ればいいのぃ」
「「う…それは…」」
愛理に煽られて少し言葉を詰まらせる二人であったが、ここで仁乃は意を決した顔をすると加江須へ声を少し荒げながら近づいて行く。
「もういつまでやっているのよあなた達は! 加江須も加江須でいい加減にしなさいな!」
そう言いながら仁乃はどさくさに紛れて加江須の腕を取って自分の方に抱き寄せていた。思うように素直になり切れず仲裁の体で加江須に抱き着く仁乃。
そんな彼女のアイディアに便乗して氷蓮も同じ手口で加江須の方に身を寄せる。
「おい仁乃、お前もお前で何やってるんだよ!」
こうして5人の女性に囲まれてしまい逃げ場が完全になくなってしまう加江須。
大好きな恋人達に抱き着かれることはとても嬉しいのだが、この様な状態は流石に刺激が強かったのかこの間の加江須は顔を赤くしてまともに口を開く事が出来なかった。
◆◆◆
世の中の男が見れば血眼で睨んでくる状態がしばし続いた後、今度は加江須は再び水晶内の異空間へと降り立っていた。しかし仁乃たちの時とは違い今の異空間の設定は修練モードである。
そして今この空間では二人の人物がぶつかり合っていた。
「ずあッ!!」
意気込みと共に炎を纏った拳を超スピードで連続に繰り出しているのは加江須だ。
彼の放っている燃え盛る拳はそうとうの破壊力を秘めており、並大抵のゲダツであれば一撃で吹っ飛ばせるほどに強烈なはずだ。
そんな大きな殺傷力を秘めている拳を目の前の女性は焦らず冷静に捌き続けている。
「流石ですね加江須さん。拳に籠められている神力、とても猛々しいですね」
「それを冷静に受け流し続けているお前の方が凄いぜイザナミ!!」
そう、加江須の攻撃を今現在も受け流している人物はイザナミである。
いつも見せて来る弱気な部分や甘えて来る部分など今の彼女からは感じられず、取り乱すことなく加江須の攻撃をさばき続けるイザナミ。
女神としての力をほとんど失っている今の彼女は神力の総量は目の前の加江須とさして変わらない程だろう。しかし神力自体が減少していても力を操る技能に関しては女神であった頃とほとんど変化がないのだ。今の自分の持ちうる神力がどれほどのものかを理解し、それを巧みにコントロールして使いこなしているのだ。
例えば燃え盛る炎の拳を手で受け流しているにも関わらずイザナミの皮膚には火傷の一つも負ってはいない。
その理由は多大な量の神力を手に覆い手袋の様にしてガードしているからだ。
「ぐっ…はぁ…はぁ…」
かなりの長時間の間、加江須は連続で拳を繰り出していたが一旦イザナミから離れて距離を置く。
ここまで徒手で打ち合い続けていたが、疲弊していたのは加江須だけの方であった。まだ神力に余裕があるとはいえ息が少し上がり始めている加江須に対し、イザナミの方はまるで呼吸に乱れはなく小さく笑みを浮かべながら余裕を感じられる。
二人の戦いを遠目で観察していた他のメンバーはどうして加江須だけが疲れ始めているのか疑問を感じていた。
「なんだか不思議な感じするよね? 見ていた限りじゃ二人とも互角に戦っていたみたいだけど加江須君だけがぜえぜえ言っているし…」
「あれだけ動けば普通の事なのかもしれないけど…でもカエちゃんと違ってイザナミさんは全然疲れた様には見えないけど…」
何故互角に戦っている様に見えていた二人がこうまで疲弊の仕方が異なるのか疑問を感じ、自分たち以上に神力に詳しい仁乃と氷蓮の方へと彼女たちは視線を傾けた。
向けられている視線に気付いた仁乃は顎に手を当てながら自分の憶測を口にする。
「直接イザナミさんに聞いてみないと分からないけど…多分だけど神力の消費量による結果じゃないかしら?」
これは自分の憶測にすぎないが、今戦っているあの二人から感じ取れる神力の量はイザナミの方が小さいように感じる。もしもこの予想が当たっているのであれば神力を多く消費している加江須の方が先に息が上がるのは自明の理ではあるが……。
「でもだとしたら僅かな神力であの加江須の猛攻を抑え続けられるのはどうしてかしら…?」
この仁乃の疑問は戦っている加江須も感じていた。
今のイザナミは明らかに自分よりも神力を抑えながら戦っている。にもかかわらず何故神力を多大に使役している自分の攻撃をいなし続けるれるのだろうか?
そんな考えと共に加江須の炎の纏われた蹴りがイザナミへと横薙ぎに振るわれるが、その蹴りをしゃがみ込んで彼女は躱した。
そして蹴りを空振りした事で加江須に隙が生じ、がら空きの彼の腹部にイザナミは自分の手の平をそっと当てる。
「ハッ!!!」
「ぐわッ!?」
イザナミは気合の籠った声と共に加江須の腹部に当てている手の平を押し出した。
その瞬間、まるでハンマーでぶっ叩かれたかの様な錯覚すらするほどの凄まじい掌打で貫かれた。
吹き飛ばされた加江須はそのまま無様にも地面へと倒れてしまい、掌打で強い衝撃を受けた彼は横隔膜が一瞬麻痺してしまい呼吸がしばし出来なくなる。
「ぐっ…ごほっ! はぁ…はぁ…」
一瞬詰まりかけた呼吸が数秒後に回復して正常に戻る。口の周りに無限にある空気を吸い込んで呼吸を整えていく。
そんな彼にイザナミが歩み寄ってくるとそっと手を伸ばしてくれた。
「大丈夫ですか加江須さん? はい、手をどうぞ」
「ああサンキュ。それにしても強いなイザナミ」
彼女を守ると誓っておきながら逆にしてやられて少し情けなくなる加江須であった。
だがそんな彼に優しい目を向けながらイザナミはこう言ってくれた。
「私もただ守られるだけは嫌ですからね。ここから二人でもっと強くなりましょう。私にもまだまだ教えられる事があると知れて嬉しいです」
「ああ、そうだな。二人で…いやみんなで強くなろう」
戦いが終わった事で見学していた皆もこちらへと近付いて来る。
目の前のイザナミとそんな彼女たちを見ながら少しづつ強くなって見せよう、そう心に強く誓う加江須であった。




