仁乃のちょっとした嫉妬
加江須の恋人に新たにイザナミが加わり彼の命を懸けてでも守りたい者がまた1人増えた。
イザナミの告白劇のその後なんだが、心なしか彼女の積極性が増した気がした。と言うのもイザナミが自分にあからさまに甘えて来るのだ。
例えば告白後なのだが部屋で二人きりとなると隣に座り自分の肩に頭を乗せてきたり、いつもは別々の部屋で寝ていたのだが真夜中に自分の部屋へとやって来て一緒に寝たいなどと上目遣いで甘えて来るのだ。
「これ…寝れるかな…」
そう言いながら自分のベッドで横になっている加江須が呟く。
隣に視線を向けるとイザナミが無防備な寝顔と共に熟睡している。しかも彼女は眠りにつきながらも加江須の手を握っているのだ。
「……寂しいのかな?」
確かに自分と彼女は晴れて恋人同士になりはしたがここまで甘えて来る理由は他にあるのではないかと加江須は考えていた。
今はこうして安らかな顔をしている彼女ではあるがその境遇は中々に重いものだ。自分の両親から今まで育ってきた世界を追い出されてしまい地上での生活を余儀なくされた。そうそう地上にも訪れた事のない彼女からすれば地上での生活は元の世界との食い違いもあり不安もあるだろう。しかし自分と言う支えてくれる人物が現れた事でその人間に寄り添って不安を消そうとしているのではないだろうか?
「どうしてこんな良い人が追放なんだよ。ちくしょうめ…」
隣で眠っているイザナミがとても儚く感じて思わず抱きしめてしまう。
「加江須さん…これからも…一緒に…」
抱きしめられながら寝言を口にするイザナミ。
その姿が余りにも愛おしく彼女をさらに強く抱きしめながら加江須も眠りへとつくのであった。
◆◆◆
翌日も加江須の家には仁乃たちが集合して特訓に勤しむ。夏休み中は時間があれば異空間で特訓を積む事にしているのでしばらくはこの家に恋人たちも通い詰めとなるだろう。特に黄美と愛理の2人はまだ指輪の力を十全に扱えていないから猶更だ。
ただ余羽に関しては今日は足を運びはしなかった。一応はイザナミから神力のコントロールのコツを教えてもらっているので自主的に特訓を行う事にしたと同居人である氷蓮が話していた。
昨日と同じようにイザナミに神具の水晶を用意してもらった。その水晶に加江須が手を置くが他の女性陣は同じように水晶に手を置いて移動する準備を整えようとしない。
「ねえ加江須。移動する前に訊きたいんだけど良いかしら?」
「え…ああなるほど」
一体何を訊きたいのかと思った加江須であるが、すぐに彼女の質問内容を予測できた。と言うよりも本来なら昨日の事を自分から皆に言わなければならない筈だと反省する。
そして自分の予想通りの質問が仁乃の口から放たれた。
「昨日イザナミさんと何かあったんじゃないの?」
「ああ、ちゃんとみんなにも言わないといけないな」
加江須は一度イザナミの顔を見ると、彼女は少し照れ臭そうに笑いながら頷いた。それに返すよう彼もまた少し口元を緩めて頷いた。
「みんなが帰った後に実はイザナミから告白をされたんだ。そして…俺はイザナミをみんなと同じ様に受け入れたんだ。だからみんなもイザナミを受け入れて欲しい」
加江須がそう言うと一番最初に反応を見せたのは黄美であった。
「おめでとうイザナミさん! これであなたも私たちと一緒にカエちゃんの恋人になれたんですね」
まるで自分の事の様に黄美は嬉しそうに笑いイザナミに抱き着いた。
「ありがとうございます黄美さん。それに皆さんの後押しが勇気を与えてくれたお陰です」
自分の事を祝福してくれる黄美に感極まったのか僅かに目尻に涙が溜まっているイザナミ。そこへ愛理もイザナミの頭を撫でて一緒にはしゃぎ始める。
その隣では氷蓮が満足そうに口に笑みを浮かべており、仁乃は喜びつつも加江須へと呆れた様な視線を向けていた。
「たくっ…イザナミさんを祝福する半面にあんたが流されやすい男にも見えるかも」
「そ、そりゃないだろ仁乃。いやまぁ…否定できない部分もあるけどさぁ」
仁乃の言葉を全て否定できずに目を背けていると、彼女はそっと加江須へと近づくと彼の胸に指を押し当てながら念押しをする。
「言っておくけど今までと同じように依怙贔屓は無しよ。みんな平等に愛しなさいよ」
「ああ…それは命を懸けてでも約束するよ」
「当たり前よ…ふん…」
なんだか仁乃が少しむくれている様に見える。
そんな彼の予想は物の見事に的確に正解をついていた。
イザナミが加江須の恋人となった事は他の皆と同じように素直に祝福の気持ちを持ってはいる。しかしここで仁乃はイザナミと差を付けられている様に感じてしまったのだ。その差と言うのは加江須と一緒に居る時間についてだ。
イザナミは今現在は遠縁の親戚と言う事で加江須、つまりは彼氏と同じ屋根の下で同居生活を送っている事になる。もちろん加江須の親の目もあるが自分たちと違いいつも一緒に居られる環境を羨ましく思ってしまうのだ。
「(イザナミさんが少し羨ましい…そう考える私は浅ましいのかしらね?)」
しかしそんな彼女の不安を拭おうとでも思ったのか加江須は仁乃を優しく抱きしめてあげる。
「ちょ…いきなり何よ?」
突然抱きしめられて驚きはするが決して嫌ではないので大人しくしながら何のつもりかを問う。
「いや、なんか仁乃が不安そうな顔してたから…なんか抱きしめたくなった」
「ぷっ…何よソレ?」
要するに心配しているがどんな言葉を掛けて上げれば良いのか判らず行動に移す事にしたと言う事だろう。
しかし加江須の体温を感じていると落ち着いて来るのでイザナミに対して抱いていたプチ嫉妬も消えてくれた。そしてそんな場面を見れば他の皆も黙ってはいない。
「ちょっと仁乃さんだけなんてずるーい。私にもハグしてよー」
そう言いながら加江須の背中にまるでコアラの様に引っ付いてくる愛理。
その後は恋人たちと一人一人にハグをしてようやく皆は水晶内の異空間へと入って行ったのであった。
◆◆◆
水晶内の異空間へと飛び込んだ皆はそれぞれが訓練を早速開始する。
黄美と愛理の2人は今回もイザナミの指導の下で訓練を行い、仁乃と氷蓮は実力の近い者同士で実践を意識した戦闘を繰り広げる。そして加江須は自らの持つ2つの能力をさらに向上させようとしていた。特に第二の能力である妖狐の変身能力に関してはまだまだ完全に使いこなせていない。
妖狐の姿へと変身した加江須は自分のこの姿で今現在出来る事を整理する。
「俺がこの姿になって出来る事は主に2つか…」
・1つ目は純粋に戦闘能力を増大させる事ができる。第一の能力である炎を操る能力も強力となり火力も上がる。
・2つ目は相手に幻覚を見せる力なのだが、こちらはまだまだ不安定だ。
「幻覚を見せると言っても相手の頭部に触れないと今の俺には幻の世界に落とす事はできないしな。本物の妖狐ならイチイチ相手の頭に触れなくても幻覚ぐらい見せれるだろうしなぁ」
もちろん妖怪などと実際に対面した事などないから確信は無いが……。だがネットなどで昨日調べてみたが伝説級の妖怪である妖狐には様々な伝説が残っている。その歴史が真実か虚偽かは定かではないがゲダツや神様が居る位なのだ。すべての伝説が嘘ではないと加江須は思っている。
「幻覚を少しは使えるようになったがこの程度ではまだ実践向きじゃないよな。相手に触れずとも幻覚を見せれるほどまでには仕上げて置いた方が良いよな」
歴史上の妖狐は幻覚だけでなく自分の姿も変化で変える事も出来たと言う。その力を自分も身に付けられれば戦闘の幅も広がるはずだ。
「よし…集中……」
目を閉じて神経を集中し始める加江須。
単純に腕っぷしを鍛えるだけでは幻覚能力は伸びはしないとイザナミから聞いている。神力を精密にコントロールできなければ相手を幻の世界に落とす事は出来ないとイザナミからも言われた。
こうして加江須は手に入れた妖狐の能力を今以上に引き出す。仁乃と氷蓮は純粋な戦闘能力を加江須に近づける。黄美と愛理は神力の基礎的な扱いを完璧にする。と言った具合にそれぞれが強くなるための方針を概ね自分の中で決めることが出来た。
その後しばしの間、加江須たちはそれぞれが強くなるために自身を研磨している時、一旦戦闘を終了した仁乃と氷蓮が彼に近づいてきた。
「ねえ加江須、少し聞きたいことがあるんだけど」
「ん~? どうした二人とも」
話し掛けられて一度意識を自分の内側から二人へと傾ける。
随分と激しい戦闘を繰り広げていたのだろう。二人は派手な出血はしていないが服の至る所がボロボロとなっている。自分の鍛錬に集中し過ぎていて二人の戦闘音に気付かなかった。
「確かこの異空間って〝実践モード〟って設定もあるのよね?」
「ああ、その名の通り自分の記憶の中に居る人物を敵として生み出し戦う設定だ。それがどうかしたのか?」
加江須がそのモードについて何が聴きたいのか尋ねると氷蓮が仁乃の続きを引き受けて口を開く。
「ちょっと実践モードってやつを試してみたいんだよ。今の自分が命がけの戦闘でどこまでやれんのか知りてぇからよ」
どうやら二人は実践モードを実際に体験してみたいらしい。
その言葉に少し不安が圧し掛かってくる加江須。それは実際に一度実践モードを経験しているからだが、いざとなれば強制的に異空間を抜け出せる事も出来る事を知ったのでそうそう問題も無いだろうと思った。
それに二人も自分の今の力を試してみたいと言う気持ちもあるのだろう。
「よし、じゃあイザナミに実践モードに切り替えるように頼んでみるか。でも危険と感じたらすぐに異空間から脱出してくれよな」
そう言うと3人は今も黄美と愛理の二人を指導しているイザナミの元へと向かう。
こうして加江須に続き仁乃と氷蓮の二人も実戦形式の修行を体験する事となった。




