仁乃の手にした能力
何かを爆破した様な轟音を聞いて公園を飛び出る二人。
謎の破壊音と感じ取った不快な感覚、その発生源はすぐに確認できた。
「……ゲダツ」
公園を出て右を向くとそこにはまるで熊の様な化け物が立っていた。しかし熊の様ではあるが熊ではない。何故ならその獣には目玉が3つあり、そして背中から2本の腕、計4本の腕を兼ね備えているのだ。
しかしそのおぞましい見かけよりも気になる物がゲダツの足元には転がっていたのだ。
「…おい、あのジャージは…」
ゲダツの足元には先程公園で仁乃と喧嘩をしている際に見物していた青年が着ていた物と同じタイプのジャージが破れて落ちていた。しかしジャージは見つけたがソレを着ていた青年の姿はどこにもない。
「…のヤロウぅ…喰いやがったな」
ジャージの他によく見ると赤い液体が点々と地面に落ちている。そしてゲダツの口元もよく観察すれば赤く汚れていた。
そこまで確認が取れると加江須の右手が炎で包まれる。
「この熊もどき。すぐに灰にしてやるよ」
そう言ってゲダツに向かって歩を進めようとする加江須であったが、それを阻むように仁乃がばっと腕を広げて止めに入る。
邪魔をされて少し苛立ち気味に何のつもりか尋ねる加江須。
「何で邪魔するんだよ。さっさと殺ろうぜ」
「落ち着きなさいよバカ。少し頭に血が上りすぎよ」
加江須とは違い意外にも仁乃は冷静さを保っていた。どちらかと言えば自分以上に感情的になりやすそうに見えたが彼女は鋭くゲダツを睨んでいるが、それと同時に相手の様子を冷静に観察していた。
少し感情が昂っている加江須を諭すかのように落ち着いた口調で仁乃が話しかける。
「これは命がけの戦闘よ。もう一度死んでも2度転生は出来ないって私を生き返らせた神様も言っていたわ」
ここでまた自分の知らない新情報が提示されるが、元々その部分は期待していなかったので特にリアクションを見せない加江須。
しかし彼女の言う通り少し頭に血が上り過ぎていた事を反省し一旦クールダウンはする。彼女の言う通りこれは命がけの戦いだ。怒りにとらわれ過ぎれば頭に上った血液が自身に最良の判断をさせてくれなくなるかもしれない。
「(今は俺だけじゃなく仁乃も一緒に居る。それなのに一人で突っ込むのは確かに愚の骨頂だったかもな)」
ふーっと息を大きく吸い、そして吐き出す。
何度も深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻そうとする加江須の様子を見て仁乃がクスッと笑った。
「そうそうクールにね。今は先輩たる私も居るんだから」
「ああ、頼りにさせてもらうよ」
そう言ってゲダツへと向き直す加江須。昇っていた血は下がり始め、冷静さを意識して相手の次の挙動を決して見逃さぬように構える。
しかし構えを取ると同時にゲダツの様子に何か違和感を感じ取った。
――何でアイツは動こうとしないんだ?
昨日戦ったゲダツは勢いよく獲物目掛けて襲い掛かってくる獰猛省を兼ね備えていた。実際に相手が退治する力を兼ね備えた転生戦士である事もお構いなしに食らいつきに来ていた。
しかし目の前のゲダツは低い声で唸り続けているがこちらへと全く近づいてこない。
イザナミの話ではゲダツにも個体差がある事は聞いている。見た目だけでなくそれぞれ性格にも違いがあるのだろうか?
そんな風に考えを巡らせていると隣に居た仁乃が勝ち誇ったような笑みでこちらを見て来た。
「もうアイツは近づいてこれないわよ。今のうちに遠慮なく攻撃を当てなさい」
「はあ? 何でそんな事が言い切れるんだよ」
「じゃあ何であの化け物は一向に動かないのかな? あいつらゲダツは大して理性的でない生き物であることは戦った事のあるあんたなら分かっていると思うけど」
「……まさか」
改めてゲダツの様子を観察すると、微かではあるがゲダツの全身が少し動いていた。しかしまるで何かに捕まったかのように思い通りに動けないように見えたる。
「まさかお前がアイツの動きを止めているのか?」
「あとで種明かししてあげるわ。さあ、今なら攻撃し放題よ」
ウインクをしながら止めを任せる仁乃。
一度頷いた加江須は一気にゲダツへと攻め入り、一瞬で懐まで近づいた。
「焼き尽くせ!!」
渾身の拳でゲダツの無防備な腹部を抉り込むように打ち込む加江須。
その拳はゲダツの肉体を打ち抜き、次の瞬間には拳から放たれた炎が背中を貫通して出て来た。
拳を引き抜いて仁乃の元まで距離を取り様子を見守るが、今の一撃で再起不能と化したゲダツはそのまま地面へと倒れ込んだ。
地に付したゲダツの体は淡い光の粒となりその場から消失した。
「消えた…どういう事だ?」
光の粒子となって散らばっていったゲダツの様子を眺めていた加江須は何が起きたか理解できないでいた。そんな彼に対して何を不思議がっているのか分からず仁乃が疑問を投げかけてきた。
「どうしたのよ不思議そうにして…」
「いや、ゲダツの肉体が消えて行っただろ。あの現象は一体何だ?」
加江須が消えて行ったゲダツの倒れていた付近を指さしながら訊くと仁乃が解説を始める。
「再起不能となったゲダツは肉体を維持できなくなりああして消えていくらしいわ。元々アイツらは負の感情から生まれた存在だからね。まあ私も転生してくれた神様から聞いて知った知識だけど」
「それも俺の知らなかった情報だ。イザナミの奴…他の神と比べていい加減すぎやしないか」
深く質問を追求しなかった自分にも責任はあるかもしれないが、それを差し引いても必要最低限の情報位は向こうの方から率先して話してほしいもんだ。
「でも加江須は昨日ゲダツを討伐しているんでしょ? なら今みたいにゲダツの肉体が消えて行かなかったの?」
「昨日のゲダツは俺が骨も残さず燃やし尽くしてしまったから気付かなかったんだよ」
そう言って改めてゲダツの立っていた場所を見つめる加江須であるが、よく見るとゲダツの姿だけでなく先程まで地面を汚していた血の跡まで消えていた。
「地面に跳んでいた血が綺麗に無くなっている」
「砕かれた地面程度はともかく、血はその人物の情報を多用に含んでいるから消えるんじゃない。断定はできないけど」
「なるほどな」
そう言って再度周辺を観察するが血痕は全く見当たらない。
周辺を見ていた加江須であるが、そんな彼とは違い仁乃は先程の戦闘で加江須の見せた能力の方に興味がいっていた。
「それにしても随分と戦いに有利な能力を手にいれたみたいね。純粋な攻撃力は私の能力より上じゃない?」
仁乃が少し羨ましそうに自分の能力の事を評価しているが、そういう彼女がどんな能力を持っているのか加江須は未だに分からない。ゲダツの身動きを封じていた事から念力の様な力でも手に入れたのだろうか?
当面の危険が去った事で加江須が仁乃の能力についてその正体を聞き出す。
「結局お前の能力はどんな物なんだ? 相手の動きを止める念力の様なものか」
加江須がそう言うと仁乃は不敵な笑みを浮かべる。
――次の瞬間、加江須の後頭部にコツンと何かが当たった。
「いて…何だよ?」
後ろから何かをぶつけられ足元に落ちた物を見つめる。
彼の足元には小さな丸っこい石ころが転がっていた。それを拾い上げると無言で仁乃の事見つめる。
「これ…お前が今やったのか?」
「そーよ。どう、今ので私の能力が解けたかしら?」
意地悪そうに聞いてくる仁乃であるが、その前に注意を入れる加江須。
「お前な…小さいとは言え人の後頭部に石を投げるか普通? 怪我でもしたらどうするんだよ」
「う…ごめん。あんたなら大丈夫と思って……」
「まあいいが。しかし誰も居ない背後から石が飛んできたな……」
拾った石を手のひらの上でポンポンと弾ませ遊びながら彼女の能力を考える。さっき思った通り念力の様な力でも持っているのだろうか。
そう考えていると地面に転がっていた石ころがいくつも宙に浮かびだした。
その光景に驚くと、石ころは全て仁乃の方目掛けて飛んでいく。
「おっと危ない」
しかし仁乃の傍まで近づいていた石ころ達はいきなり方向を変え、彼女ではなく上空へと飛んで行った。
そのまま投げ出された石ころは地面に次々と落ちていくが、最後の1つは地面に当たる直前に不規則に空中で曲がり、仁乃の手の中へと綺麗に納まった。
よく見ると光に反射し、不自然に動いていた石にキラキラとした何か細い物が絡まっていた。
それに空中に浮かぶ石ばかりに目を取られ、仁乃の指が僅かに動いている事も今更ながら気づく。
「これは…糸…?」
「正解。透明な糸で石を掴んで振り回していたの」
そう言って仁乃は手のひらから糸を出し、その糸であやとりをして見せる。
「私が手に入れた能力は『糸を操る特殊能力』。手のひらや指先から糸を作り出してソレを操る能力よ」
「そうか…さっきゲダツが身動きを取れなくなったのはその糸で縛り上げていたからか」
「そーゆーこと。大分扱いも慣れて来てね。最初は糸が思うように出ないし本数も少ないしでコントロールするのに苦労したわよ」
そう言いながら手のひらの上で糸を大量に絡め、それを球状にして野球ボール位の大きさの玉を作り出す。それをヨーヨーの様に手で弾ませ披露する。
「おお、糸を束ねてそう言う事も出来るのか」
「そう、神力で強化されている状態で思いっきり投げれば十分武器にもなるわよ」
流石自分よりも先に蘇って能力をトレーニングしただけはあり、応用力に関しては自分よりも確実に上である。
感心したように仁乃のヨーヨーを眺めていると彼女は得意げな顔になる。
「ふふんどう。攻撃力はアンタに劣るかもだけど訓練次第では強力な能力に昇華できるのよ」
そう言うと加江須の頭にポーンと糸の玉を軽く当ててやる。
それをうっとおしそうに払いながらも確かに見習う部分がある事を認める加江須。
「(俺も自分の能力に関して色々と使い方について考えて行かないといけないかもな……)」
こうして思うと仁乃との出会いは自分にとってもとてもありがたかった。
自分よりも先に転生戦士となった彼女は能力者として一日の長がある。実際に今も巧みに能力を披露している事が何よりの証拠でもある。
気分が良くなったのか鼻歌を交えながら仁乃は加江須の頬を突っつき分かりやすく調子づく。
「まあ〝先輩〟としてこの先も私が能力向上に付き合ってあげてもいいわよ。ふふん♪」
「その割にはまだ1体しか討伐できてないんだな」
「ぐっ、うるさいわよバカ!」
糸で出来た玉をグリグリと頬に押し付けてうがーっと噛み付いてくる仁乃。
しかし口ではこう言っている加江須であるが、彼の内心はこの先の戦いに対して今まで以上の安心感を抱いていた。
「ちょっと何笑ってるのよ」
「いや、頼りになる奴と出会えて良かったなぁって…ハハハ…」
「むー…その笑い方、また馬鹿にしてるわね。こいつめこいつめ」
そう言って糸の玉を解除して解くと、また頬を軽く引っ張る仁乃。
しかし今の彼の発言は本心であり、だからこそいじられながらも、溜まっていた緊張が解れたようにスッキリとした顔で加江須は笑っていた。




