イザナミの気持ち
しばし恋人たちに弄ばれた後に再び修行をそれぞれ開始する加江須たち。ちなみにだが彼がもみくちゃにされている間に余羽はどこか冷めた目をしながらその光景を眺めていた。もはやあの甘々な砂糖塗れの空間は見飽きているので特にツッコミも入れずに自分の特訓に専念していた。
あの後にイザナミから仁乃と氷蓮も神力の扱い方に対してのアドバイスを貰っていた。ただ二人の場合は実戦を何度も積みそれなりに鍛えていた為に余羽の様な飛躍的な進化まではできなかったみたいだった。それは加江須も同じで微力な神力のコントロールは出来るようになったがそれくらいだ。
「すいません大して力になれず…」
今まで順調に自分の意見が参考になっていたせいか余り変化を与えられなかった事に対して申し訳なさそうにするイザナミ。
「別にそんな謝んなくてもいいだろーが。イチイチ頭下げてたらキリがねぇぞ」
元々は自分で強くなろうとしていた氷蓮からすればイザナミが謝る筋合いがないために逆に気を遣ってしまうのだ。それは仁乃も同じ思いであり彼女からもイザナミに対して優しく指摘してあげる。
「ねえイザナミさん。もう私たちは人間だの神様だの境界線はないでしょ? だから些細な事でお礼や謝罪はいらないわ。本当に私たちを仲間とみてくれるならそう振舞ってちょうだい」
「わ、分かりました。これからは気を付けて行きます」
仁乃の言う通り今の自分たちは対等な関係のはずだ。それならば今まで見たく無暗に頭を下げたり謝られたりはナシにしてほしい。
だがここ最近のイザナミを見ていると加江須は少し気付いた事があるのだ。
「(しかしイザナミも大分泣き虫は治った気がするけどなぁ…)」
今までは事あるごとに泣いてばかりいた彼女もここ最近はマシになった気がする。確かにまだ少し弱々しいイメージは拭いきれていないがそれでも初対面の頃に比べれば少し肝が据わったと言うか……。
そんな事を考えながら彼女の事を見ているとイザナミが視線に気付き何故自分を見つめているのかを尋ねる。
「あの加江須さん。私の顔に何か付いてますか?」
「んん? いやそうじゃなくて…イザナミも少し変わって来たなぁ~って…」
加江須の言葉の意味がよく分からず小首をかしげていると愛理が彼女の後ろから顔を出してからかってきた。
「なになにぃ? もしかして加江須君ったらイザナミさんの美貌に見とれていたのかにゃ~? 私たちと言うものがありながら」
「違うって。イザナミ、基本的にはこの娘の言う事は信じなくていいぞ」
これからも付き合いが長くなるだろうと思い愛理のからかい癖に対して注意をしておくが、ここでイザナミの様子が少しおかしい事に気付く。
「え…み、見とれて? そ、そのぉ…」
……何だろう? 自分が思っていたのとは少し違う反応を見せて来る。
てっきり顔を真っ赤に派手に慌てふためくと思っていたのだが、何やら指先を合わせてモジモジとしているのだ。顔が赤く染まっていると言う点は当たっているがリアクション自体は薄い。
このイザナミの反応を加江須は不思議そうにしているのだが、勘の鋭い女性陣達はすぐにイザナミの心情を理解できた。
加江須とイザナミから少し距離を置いて恋人達がコソコソと話し合いを開始する。
「ねえあの表情ってもしかして恋する乙女なんじゃないかな?」
「私も愛理の考えに一票だわ。どう考えてもあの顔はそうでしょ」
改めてイザナミの方へと視線を向ける仁乃。
自分の瞳に映る彼女はまだ加江須に告白する前、胸の内に抱いていた想いを自覚しつつも伝えられなく葛藤しているときの自分そのものであった。鏡に映る自分もあんな感じだったなぁ……。
「まあ同じ屋根の下にいたなら有り得ない事じゃねぇだろ。行く当てのない自分を置いてくれて優しくされてコロッといったんじゃ…」
実際にはただ家に置いてくれたからと言う単純な理由だけではないがイザナミが加江須に無自覚で惹かれている事は大正解であった。しかし肝心の加江須はまるで気付いておらず今もイザナミの態度に違和感を感じる程度だ。
彼の恋人と言う立場としてはこの場合どうすれば良いのか分からない氷蓮たち。このまま黙って静観していた方がいいか、はたまた加江須に伝えて上げた方が良いのか。
どうする事が正解なのか悩んでいる仁乃、愛理、氷蓮であるがそんな3人とは違い黄美は迷いなくこんな事を言ってのけた。
「ならイザナミさんもカエちゃんの恋人にしてもらえばいいんじゃないかな? それなら万事解決でしょ」
「……はぁ」
黄美の発言に仁乃は頭を押さえてしまう。この展開は以前も経験したことがある。確か余羽のマンションで自分たちの正体を話したときにも彼女は先陣を切って今と同じことを言っていた。
「…お前はそれでいいのかよ? 俺たちがいながら更に女作る事を」
「私だって誰でもカエちゃんの彼女になるのは嫌だよ。でもイザナミさんなら嫌悪感は全然ないかな。他のみんなはどうなの?」
黄美に言われて皆は頭の中で各々が考えてみた。
加江須を中心に自分たちが周りにおり、そしてその中にはイザナミも一緒に居る。その光景を思い浮かべても特に嫌な気はしなかった。もしもこの輪の中に顔も知らない女性が立っていれば絶対にごめんだが、自分たちの友であり仲間であるイザナミであれば文句も異論も感じなかった。
「まあでもイザナミさんがどう思っているかよね」
仁乃の言う通りそれが結局一番の要因であった。自分たちと一緒に加江須の元に居るかどうか以前に彼女が本当に彼を好いているのかが大事だ。
そうと考えれば恋人たちはイザナミの本心を確かめようと考える。
「ねえ加江須、さっき花沢さんがあんたに話があるって言っていたわよ」
「え? なんだろ…」
まずは彼とイザナミを引き離そうと思い仁乃が加江須の事を余羽の元まで嘘で誘導する。
特に疑いもなく加江須は余羽の方まで歩いて行くと彼女に声を掛ける。
「俺に話って何だ花沢さん?」
「え、話って何のこと? 私何も言ってないけど…」
てっきり神力で何か訊きたい事でもあったのかと思っていた加江須であるが当の本人は何のことやらと言った顔をしている。
「あれ? 仁乃から花沢さんが俺に訊きたいことがあるって…」
「そんな筈ないけど…」
どうしてそんな事になっているのか分からず後ろの方で固まっている仁乃たちの方を見てみると氷蓮の申し訳なさそうな顔が映る。彼女は頭を下げながら両手を合わせている。
「……ああそうなんだ。実は久利君に能力を使う際の具体的なイメージを教えて欲しいと思ってね」
何が何やら分からないが氷蓮のお願いしますと言った感じの表情を見てしまい一芝居打つことにしてしまう余羽。何気にしばらく同居して居るだけあってそれなりに信頼があるのだろう。面倒だと思いつつも氷蓮のためだと思い我慢する。
こうして加江須の注意が余羽へと引きつけられている間にイザナミを回収して仁乃は思い切って彼女に尋ねてみた。
「ねえイザナミさん。少し気まずくなるかもしれないけど良いかしら?」
「なんでしょうか?」
突然仁乃たちに詰め寄られて何を訊かれるんだろうと少し緊張してしまう。もしかしたら神力の扱い方に関して質問されるかと思ったが、どうにも4人の表情を見ているとそうは思えない。
何を訊かれるんだろうと内心で身構えていたイザナミであるが、仁乃から出て来た質問は予想外のものであった。
「もしかしてだけど…加江須の事…好きになっちゃった?」
「え…えええええええ!?」
予想外の質問に思わず口を震わせて声を上げてしまうイザナミ。
加江須にこの話を聞かれては不味いと思い4人は揃ってイザナミの口へ手を重ねて彼女の声が外に漏れぬように努める。
少しの間口を押えられ続けてようやく声量が小さくなるイザナミ。
「と、突然どうしたんですか? わ、私は加江須さんには感謝はしていますが別に好意は……」
好意は抱いてなど居ません、何故かその言葉が喉につかえて出てこなかった。
言葉に詰まってしまった彼女を見て恋人たちは自分たちの予想が物の見事に的中していた事を強く理解した。
「やっぱりイザナミさんもかぁ。まあ私たちも彼に惹かれているから気持ちはわかるかなぁ」
愛理が我が身の事を考えながら苦笑する。
だがそんな楽観的な態度を取る彼女とは裏腹にイザナミの顔色は優れない。
「どうして…どうしてそんな笑っていられるんですか?」
イザナミには愛理の考えが分らなかった。
自分たちの恋人に横からいきなり好きになった卑しい自分を何故責めないのか? 人の恋人に惚れるなんて卑しい行為だと言わないのか?
「そうです…。私は加江須さんの事をお慕いしてしまったのです。でも…でもあの人にはもうあなた達が居るんです。それを分かっていながら私は……」
そこまで口にすると自分の目頭が熱くなるのを感じたイザナミ。
ああ…もうすぐに泣かないと決めたはずなのに自分はまだこんなにも弱い。
イザナミの悲しそうな顔を見て愛理が少し焦り始める。別に自分たちは彼女を責め立てる為に話を聞こうと思った訳ではないのだ。
変に誤解をしてほしくないと思い愛理は訳を話そうとするが、それよりも先に氷蓮が彼女のオデコをピンとデコピンで弾いてやった。
「あうっ!」
「なに申し訳ありませんって顔してやがんだよ。別に俺たちゃオメーを叱ろうなんて考えちゃねぇぞ」
「で、でも私は好きになってはいけない人を好いてしまったんですよ。それなのに…」
「どうしてあなたがカエちゃんの事を好きになってはいけないの?」
まるで取り返しのつかない事をしたかのように悔いる彼女の手を黄美が優しく握ってあげた。
「私たちはあなたの事を信頼してます。勿論のこと軽い気持ちでカエちゃんに言い寄るような女性はお断りだけどあなたはそんな安い感情からカエちゃんを好きになった訳じゃない。だから私たちは彼に想いを寄せるあなたをむしろ応援したい」
それはイザナミと言う優しい女神を知っているからこそ言えたセリフであった。仁乃の命を救い自分たちの為に女神の地位すら捨てた人だからこそ……。
「イザナミさん。遠慮なんてせずに改めて素直な気持ちを教えてくれないかしら? あなたは――加江須の事が好きなの?」
仁乃のその純粋な言葉はイザナミの中のわだかまりなど消し、彼女は意を決して自分の胸に抱いている一人の少年に対して持っている素直な感情を口にした。
「私は…私は~~~~~~ッ!」
彼女の口から出て来た答えを聞いた仁乃たちは優しく笑ってくれたのだった。




