加江須の力とモフモフと
動物の尻尾っていいですよねぇ。モフモフかぁ~…。
先程までぶつかり合っていた仁乃と氷蓮は今は互いに共闘して目の前の強敵へと懸命に立ち向かっていた。その相手はいつもはこの上なく頼もしく何度も自分たちの窮地を救ってくれた人物なのだが、今はその強さが少し恨めしい。
仁乃と氷蓮の放つ糸の槍と氷柱の群生を放たれても相手は余裕と言った感じで全てをさばく。
「どうした二人とも。息が上がってきているぞ」
未だに涼しさを残している表情でそう言う対戦相手は自分たちの恋人の久利加江須だ。
「たくっ、敵に回ると本当に力の差をありありと思い知らされてしまうぜ!」
そう言いながら氷蓮は頭上に氷塊を作り出すとソレを思いっきり加江須へと投げつける。
自分へと風を切りながら迫りつつある氷塊を加江須は変身した妖狐の尻尾で縦に切り裂いた。真っ二つに割れた氷の塊が加江須を避けて後方に左右に分かれて通過していく。
だが右側に割れた氷塊の陰に隠れていた仁乃が頭上へと飛び出し糸で形成した槍を手に持ち加江須へと肉薄する。
「だいぶ接近戦も強くなったな仁乃」
「そう思っているなら少しは苦しそうな顔をしてほしいわね!」
自分の事を評価してくれることはとても嬉しいが、今も彼は会話をしてくるほどに余裕を持って自分の攻撃をいなし続けているのだ。これでは嫌味を言われている様で少し腹も立つ。
「ぜあああああああッ!!」
意気込みと共に神力で槍を振るう腕力を強化して加江須の腹部へと突きを入れる。今まで以上の突きの威力を理解した加江須は今までは手で受け止めていた攻撃を今度は尻尾で受け止める。
見た目は柔らかそうなモフモフとしている尻尾だが、そんな印象とは裏腹に仁乃の渾身の力で突き出した突きを受け止める。さらに加江須は他の尻尾を動かし仁乃の全身を包んでしまった。
「うにゅう!? こ、これは…」
「この尻尾も随分と便利でな。こうして相手をホールドしてしまう事もできるんだよ」
そう言いながら加江須は毛並みの良い尻尾で仁乃を包み込んでしまった。
彼としてはこうする事で相手の動きを縛るだけのつもりであったが、彼のそんな予想とは裏腹にこの拘束にはもう一つの本人も気付かぬ効果があった。
「(ああ…これ凄いモフモフして気が抜けちゃう…♡)」
柔らかな尻尾に全身を包まれる事はとても心地よく思わずとろけてしまったのだ。
「(なんだ? 随分と大人しくなったな)」
加江須としては尻尾の中ですごい暴れまわると予想していたのだが思いのほか静かだったので少し疑問を感じるがすぐに意識をもう一人の対戦相手に向け直す。
気が付けば氷蓮は両手を合わせて自分の中の神力を一点に集中していた。恐らくは大技を放ってくる気だろう。
そんな彼の予想を全く裏切らずに両手を突き出して氷蓮が大技を解き放った。
「行くぜ加江須!! これが新技アイスドラゴンヘッドだッ!!」
氷蓮の突き出された両手からは凄まじい冷気と共に氷で造形された龍が飛び出して来た。
彼女の作り上げた龍は鱗から牙まで全身を精密に造形されており、凄まじい速度で加江須へと喰らい付かんとばかりに巨大な口を開けて差し迫る。
予想以上にド派手な技が飛び出て来た事に思わずのけぞってしまうがギリギリで横に跳んで回避することが出来た。
「……うお!? 追尾までしてくんのかよ!!」
無事にやり過ごしたと安心していた加江須であるが、なんと回避してそのまま通り過ぎて行った龍は上空で旋回すると再び加江須へと目掛けて突っ込んできたのだ。
まさかの遠隔操作に少し戸惑ってしまうがすぐに迎撃に移る。得意の炎で弾丸を連射して氷の龍を破壊しようと試みるが……。
「マジかよ。全然壊れないどころか溶けすらしないぞ」
龍の顔面に大量の炎の弾丸をぶち当てているにも関わらずにまるで龍の不死身と言わんばかりに氷は溶ける事すらないのだ。
予想以上の頑強さに驚く。恐らくだがあの龍には膨大な神力が籠められているのだろう。その証明としてあの龍は造形物でありながら凄まじい圧と神力を感じるのだ。
「本当に強くなっているな二人とも。でも……」
確かに凄まじい技ではあるがまだ弱点はあるようだ。
加江須が龍の攻撃を回避しながらチラリと横目で氷蓮の様子を見た。
「はあ…はあ…」
あの龍を出してから氷蓮は一気に疲労が目に見えて出て来た。あの技を発動した事も疲労の原因だろうが理由はそれだけではないだろう。見ていてわかったが氷蓮は先程から手首を動かして龍を操作しているのだ。どうやら手動で操作している間も神力を消費し続けるのだろう。しかもその間に他の技は打てないようだ。
そして彼女の体力が消耗して行けば自分を元気に追い掛け回している龍にも影響が出始める。
「……崩れて来たな」
加江須の言葉通りに彼女の作り出した龍は全身の鱗にヒビが入り、さらには炎の弾丸を浴びていた頭部も溶け出している。
「そろそろ決めるか。行くぞ氷蓮!!」
今まで逃げ続けていた加江須は急ブレーキをかけ、一気に龍へと突っ込んでいく。
「はああああああッ!!」
雄叫びと共に加江須は右腕に神力と炎を一点に纏い、もう目の前まで差し迫る龍の顔面目掛けて勢いよく拳を繰り出した。
まるで高速を出している車同士がぶつかり合う様な衝撃音と共に炎の拳と龍の頭部が激突する。
「ぐぐぐぐぐ……!」
予想を上回る龍の突進に僅かばかり加江須の体が後ろの方へと下がるがそこまでだった。その数秒後には拳がめり込んだ箇所から龍の頭部から尻尾へと向けて徐々に亀裂が入って行き、そして最後はピキピキと音を立ててバラバラに龍は砕け散った。
散りばめられた氷の欠片が降り注ぐ中に佇む雪の様に白い髪の妖狐は幻想的で思わず見とれてしまう氷蓮。
「はっ! ま、まだだ…」
自分の男の姿に見惚れていた彼女は自分の頭を軽く小突くと再び攻撃を再開しようとする。だが大技の直後で体はふらつきそのまま倒れそうになってしまう。
足元の感覚がおぼつかなくなりそのまま転んでしまいそうになる彼女であったが、その体を優しく伸ばされた尻尾が受け止めてくれた。
「うおっ…加江須……」
「お疲れ様。お前の今の技凄かったな。少し焦ったぞ」
「はは…お前をビビらせれるまでにはなったのかな?」
そう言うと彼女は温かな尻尾にそのまま自分の身をゆだねた。
体中の神力を一気に噴出したせいか疲労感から彼女は睡魔に襲われてしまう。しかも自分の全身を加江須の温かく柔らかな尻尾で包まれており尚更強い眠気が襲ってくる。
「(ああ…加江須の匂いだ…)」
自分を包んでいる尻尾に顔を押し当てて臭いをかぐ氷蓮。
碌に学の無い自分では上手い表現は出来ないが凄い落ち着く優しい匂いがするのだ。まるで加江須に抱きしめられている時に感じる匂いが全身を包んでくれる。
「おい氷蓮? あれ…寝たのか?」
尻尾に包まれた直後に寝息が聞こえて来て覗き込んでみると尻尾の中では安らかな顔で眠る彼女の姿が在った。
先程まであんなに苛烈な攻撃を繰り出した人物とは同一とは思えない程、そこには年相応の少女が眠っていた。
「お疲れ様。強くなったな」
もう夢の中に入る彼女へもう一度労いの言葉を掛けると頭を撫でて上げる。
加江須の手で頭を撫でられた彼女は目をつぶりながらも嬉しそうに口元に笑みを作った。
「そう言えば仁乃はどうしてるんだ?」
氷蓮よりも先に捕獲した仁乃がどうなっているのか尻尾を開いて確認して見ると、そこにはまるで小さな子供の様な幼顔で尻尾に頬を擦り寄せていた少女が居た。
自分の破顔しているだらしない顔が覗き込まれているとも気付かず彼女は未だに加江須の尻尾に顔をうずめている。
「はあ~…よくペット吸いなんて猫や犬のお腹に顔を押し当てている人に気持ちが分かるわ。これすごい何かが満たされるぅ♡」
「そんなに俺の尻尾が気になるのか?」
「そうねぇ~このモフモフは病みつき…んん?」
1人で加江須の尻尾を堪能していたはずなのに相槌を打たれている事に気付く仁乃。
尻尾に押し付けていた顔を上げるとそこには困り顔で笑っている加江須の顔が瞳に映り込んだ。
「な…なななななな!?」
自分を包んでくれた心地の良い感触に油断して周りが見えていなかった仁乃はようやく自分の醜態を見られていた事に気付いてくれた。顔を真っ赤に染め上げ頭の上から湯気をプシューっと噴き出している。
「ちが、違うからね!!」
「いや何が違うんだよ?」
てっきり何見ているのよ変態、なんて罵声でも飛んでくると思っていたが予想外の言葉をぶつけられて戸惑ってしまう。
「私は動物の尻尾とかが好きなだけであんたの体臭の匂いを嗅いでいた訳じゃないのよ!! 誤解しないでよねホントッ!!」
「いやそんな斜め上の事は考えていませんけど」
どうやら仁乃は彼氏の体臭を嗅いで興奮していた変態だと思われたかと思っていたようだがそんな事は微塵も考えていない。
「でもこのモフモフも捨てたもんじゃないよな。今の仁乃の様に無気力感を相手に与える事ができるんだから」
「そ、そうよ。私はあくまでこの柔らかな尻尾に心を奪われていたんだからね!! 勘違いしないでよね!!」
「だからしてないって…」
しかしこの妖狐の尻尾を気に入っていると言うのは本当みたいだ。その証拠に今も彼女は否定しつつも自分の尻尾の中に手を入れて撫でまわしているのだから。
「とりあえずもう出てくれないか? 少しくすぐったいし…」
「も、もう少しぐらいいいじゃない。私も戦いの疲労で動けないんだし」
そう言いながら再び加江須の尻尾に寝そべる仁乃。
単純な戦闘だけでなくこういう使い方もあったのかと自分の能力の隠された力に気付く。
「うふふ~♪ もふもふよぉ~♪」
たった今ガミガミと否定的な言葉をぶつけて来て起きながらもう虜となっている仁乃。そしてその隣の尻尾でスヤスヤと夢心地の氷蓮。
この二人の反応を見れただけでもこの能力を手に入れてよかったと思えた加江須であった。そして結局その後も仁乃は中々自分の尻尾の中から出てこようとはしてくれなかった。




