仁乃と氷蓮の今の強さ
水晶に神力を送り込んだ直後視界が光で包まれたかと思うと、次の瞬間には異空間内へと無事に転移されていた加江須たち。
殺風景極まりの無い果てなく続く世界に圧倒される黄美と愛理であるが、他の転生戦士たちは加江須の時と同じ感想を口にする。
「ここって私が死んだ時の〝転生の間〟じゃないの?」
「…あっ! 見た事ある場所だと思えばそれか!!」
中々思い出せなかった氷蓮が仁乃の言葉でポンッと手を叩いて納得する。
「イザナミに聞いたが似てはいるが関係はないそうだ」
「ふーん…なんか死んだときの事を思い出すわねぇ」
仁乃は何気なしに口にした一言であったがこの言葉に加江須は一瞬息が詰まる。
冷静に考えてみればその通りだ。今では普通に笑い合っている仁乃や氷蓮も自分と同じように一度は死を経験している筈だ。
「(二人とも…何が理由で死んだんだろうな?)」
今までは特に気にも留めなかったと言えばそれは嘘だ。
初めて仁乃や氷蓮と出会い転生戦士と知った時、二人は何が原因で転生戦士になった。つまりはどんな理由で一度死んだのだろうと思ってしまったのだ。だがそれを訊くのは失礼かと思いあえて口にはしなかった。例えば自分が死んだ理由は失恋直後の事故死だ。そんな死に様を自分から話す気にもなれなければ出来る事なら触れられても欲しくない筈だ。
「(そう言えば氷蓮も願いを叶える為に戦っている。そこまでして叶えたい願いは一体……)」
彼女は元々は願いを叶えるチャンスを得るためにゲダツと戦っていた筈だ。今は次の願いは以前共闘したディザイアとの契約で彼女の願いを優先的に叶える事となっているが。
そこまで考えると加江須はふとこんな事を考えてしまう。
「俺って恋人たちのことで知らない事が多いんだよなぁ…」
別に不満があるわけではない。ただ何かモヤモヤとするものが胸の中に溜まっているのだ。
「(馬鹿かオレは。人には知られたくないものだってあるだろう)」
そう言いながら自分の胸に去来した考えを拭い捨てる。
彼女たちがどのような過去を持っていたとしても自分の彼女達に向ける目が変わるわけではない。
「ねえカエちゃん。神力の使い方を教えて欲しいんだけど…」
気が付けば黄美と愛理が自分の元へと集まって来ていた。
どうやら指輪に宿る神力を上手く扱えないようで困っている様だ。
「昨日は家でも試してみたんだけど感覚が掴めなくて。加江須君たちってどんな風にしてあんな超能力的な力を使っているの?」
見ているだけでは簡単そうに加江須は炎を手や脚、そして全身から放出しているが実際に黄美と愛理は指輪に付与されている炎と雷の力が発動できずにいた。それどころか神力で自らの身体能力を高める事すらできなかったのだ。
黄美と愛理も互いに意見を出し合い色々と試したが効果は得られずじまいで困り果てていた。
「俺が神力を使う際には……あれ?」
説明しようとした加江須であったが自分はいつもどのように神力を高めたり能力を発動したりしているのだろうか? 神力を高めようとする際に別に力んだりしているわけではない。炎や変身能力を使用する際にも深く考えてはいない。まるで体を動かすかのようにイメージしている程度だ。
「俺はそうだな…イメージを強くしているな。炎を生み出す際にはその部位が燃え上がるイメージをしたりと」
「なるほど。じゃあ私も…んん~……」
両手を突き出して手のひらから炎を出そうと奮闘する黄美。
だがどれだけ唸っても彼女の手からは一向に炎は出る気配はない。
「むむむむむむッ! ど、どうカエちゃん。少しは火が出ている?」
「いや出てないな。マッチ程度の火もついてない」
「ど、どうしたらいいのかな?」
加江須の言われた通りの方法を試すも効果がなく途方に暮れる黄美。
愛理の方でも一応はイメージを重視した方法で雷を出そうと奮闘してみるが結果は虚しい。
「う~ん…やっぱり俺のイメージだけで上手くは行かないか」
どうすれば良いのか考えていると少し離れた場所から何やら轟音が鳴り響いてきた。
そちらに3人が視線を向けると2人の転生戦士たちが早速戦闘を繰り広げていた。
「この無数の糸の槍、すべて防ぎきれるかしら!」
「甘ぇよ仁乃! そんなもんで俺の防御を突破できるかよぉ!」
仁乃が糸を集約させて作り出した無数の糸の槍を氷蓮目掛けて発射するが、その槍の群生を氷蓮は巨大な氷の壁を自身の前へと作り出して防ぎきる。
しかし神力を通わせた糸の束で出来ている槍は中々に攻撃力が高く氷壁に深々と突き刺さり壁にはヒビが入って行く。
「第二波は防ぎきれないわよ!! さあどうする気かしら!!」
先程の倍近くの槍を作り出して再び投擲するが、氷蓮は槍が壁を破壊するよりも先に強化した足蹴りで自分から氷壁を破壊する。
蹴りによって砕かれた壁は無数の氷の飛礫となり仁乃へと向かって行く。
「しゃらくさいわよ氷蓮!」
仁乃は作り出した槍を1本握るとソレで自分へと飛んできた飛礫を全て叩き落す。
だが飛礫によって彼女の意識は一瞬だけだが氷蓮から外れ、その隙に彼女は一気に彼女の元まで地面を蹴って跳躍する。
「ぐっ、近づかせないわよ!!」
こちらへと跳んでくる氷蓮に対して再度槍を作り出すが、それに合わせて氷蓮も自分の周囲の水分を利用して大量の氷柱を作り出す。
両者は全く同時のタイミングで自分の周囲に浮いている槍と氷柱を射出し、放たれた互いの射出物が中央でぶつかり合って砕け散る。
「これで王手だぜ仁乃!」
氷蓮は右手に神力を集約させると氷の剣を造形しそれを構える。
しかし仁乃も糸で形成された槍を強く握り彼女の剣を受け止めた。
「それは悪手だったな仁乃。受け止めるんじゃなく避けるべきだったぜ!」
「何を言って……うそ!?」
剣による攻撃を防げたにも関わらずに悪手と言われ訝しむ彼女であったが、ここでその言葉の意味を思い知らされた。
受け止めた氷の剣からは冷気が放たれており、ぶつかりあっている仁乃の槍を徐々に氷漬けにしているのだ。
「う…らぁッ!!」
「きゃあ!?」
完全に凍り付いた槍を剣で薙ぎ払い粉々にする氷蓮。
手持ちの槍ごと後ろへと仁乃の体は吹き飛んでいってしまう。
「いつつ…あ…」
背中を強打して苦悶に顔を歪ませていた彼女であるが、目を開けると自分の目の前には氷の剣の切っ先が向けられていた。そして視線を少し上に上げると勝ち誇ってこちらを見ている氷蓮の顔も映り込んだ。
「どーよ? やっぱり俺の方が一枚上手みてぇだったな」
「うぎぎぎぎぎ……」
自分の嫌いな相手の勝ち誇っている顔を向けられ悔しそうに唸る仁乃。
「まあ無理もないよなぁ。転生戦士としての実戦経験は間違いなく俺の方が上だろうしなぁ。一日の長ってやつかなこれが」
「ふん! その理論で言えばあんたが加江須にも勝てるって言っているみたいじゃないのよ。じゃあ今からあいつと戦ってみたら?」
腕組をしながらそっぽを向いて彼女の腹立たしい笑みを見ないようにする仁乃。
そんな反応が気に入ったのか氷蓮はますます彼女に対して煽るような態度を取った。
「確かに加江須にはまだ勝てねぇけど俺がオメーに輝かしい勝利を勝ち取った事は事実だよなぁ。まあそこまで気にすんなよ。戦う前からこの結果は分っていたようなもんだからな。アッハッハッハッ!!」
「~~~~~~~~ッ!? たった一度のまぐれで何調子づいてんのよ!! 3回勝負よ3回勝負!! それでもあんたが勝てば認めてやるわよ!!」
「おっ、いいなソレ。流石に3回連続で負けりゃ上下関係もはっきりするかもなぁ」
「上等じゃない!! 今に吠え面かかせてやるんだから!!」
苛立ち気味のバンッと地面を叩いて立ち上がる仁乃。
そんな彼女に余裕そうな顔と共に距離を空けて第2回戦の準備を取る氷蓮。
二人の一連の戦いを見ていた黄美と愛理は少し苛烈な二人の攻防に僅かに引き気味となっていた。
加江須の背中に隠れながら果たして自分たちもあれだけの戦いが出来る程に強くなれるか不安になってしまう。
そんな二人の頭をポンポンと軽く叩いて気分を落ち着かせようと振舞う加江須。
「そう心配しなくても今すぐあそこまで目指さなくても大丈夫だって。今はまず目先の事から出来るようになればいいさ」
「そ、そうだよね。まだ私たちこの指輪すら使いこなせていないんだし」
「……やっぱりこういう事は神様から聞いた方がいいのかもな」
そう言いながら加江須はイザナミの方へと視線を傾ける。
彼女はなにやら余羽と話し合っており、イザナミから話を聞いている余羽はどこか驚いている様な雰囲気であった。
餅は餅屋と言う事で3人はこの中で一番のアドバイスをくれるであろう彼女の元へと寄って行く。
「ちょっといいかイザナミ? 実はこの二人にアドバイスをしてほしいんだ。俺は教えるのは相当ド下手みたいだからな」
「分かりました。それで聞きたいこととは?」
イザナミは黄美と愛理の二人に何を教えて欲しいのか尋ねる。自分が頼られている事が少し嬉しいのか彼女は嫌な顔を一つもしていない。
本当に優しい神様だと思っていると余羽が何やら興奮気味に喜んでいた。
少し気になり一体彼女から何を教わったのかを尋ねてみると興奮したまま教えてくれた。
「凄いよコレ! 実はイザナミさんから神力の使い方を色々とレクチャーしてもらったんだけどちょとコツを聞いただけで凄い力がみなぎって来たんだよ!!」
そう言うと彼女は自分の言葉が事実である事を証明するかのように自らの神力を高めてみせた。
彼女が神力を高めると同時に加江須は少し驚いた。何故なら今の彼女から感じる神力の大きさは以前の時の彼女の数倍は力強かったからだ。
「(ちょっとコツを聞いただけでここまで成長するものか? だとしたらイザナミの指導の良さは俺なんかとは比較にならないぞ。いや、それよりも仁乃や氷蓮がイザナミに鍛えてもらえば今の俺よりも強くなれるんじゃないのか?)」
そう思いつつ当の本人たちへと視線を移す加江須。
少し離れた場所では先程と同様に苛烈な戦闘を繰り広げていた。
今の段階でもあそこまでの強さを秘めている彼女たちだ。それ以上に短時間で強くなるのであれば二人にもイザナミから神力を扱うコツとやらを教えてあげてほしい。
そんな事を考えていると彼の耳に喜びに満ちた二人の女性の声が聴こえて来た。
「わあ凄い凄い!! 本当に手から火が出たよ!」
「おおー…私も指先がスパークしてますなぁ…カッコいいかも…」
なんと今まで指輪の力を全く使えなかった二人がまだおぼつかないとは言えそれぞれ指輪の能力を発現しているのだ。
「これは…イザナミがいると頼りになるな」
もしかしたら自分も短時間で一気に強くなれるのかと期待してしまうのも無理ないだろう。とは言え彼女から何でもかんでも聞いて強くなるのは依存しすぎかもしれない。ひとまずは自分で鍛錬を積んで強くなろうと思う加江須。
「イザナミ、まだ黄美と愛理はとてもゲダツとの実践は早すぎる。しばらくは二人のサポートに回ってくれないか」
「分かりました。ではお二人の修行の補助は私に任せておいてください」
イザナミとしても二人には神力と能力を完璧に使いこなして欲しいので異存はなく喜んで引き受ける。
加江須が離れて特訓をしようとすると黄美が手を振りながら声を掛けて来た。
「カエちゃん私頑張るからね! カエちゃんの方も特訓頑張って!!」
笑顔で自分の事を鼓舞してくれる黄美に少し照れ臭そうに微笑みながら手を振り返してあげる。
加江須の笑顔を見て黄美のやる気も上昇したのかイザナミに色々と質問攻めをしている様子がうかがえた。
しばらく自分の分の鍛錬をした後にもう一度二人の様子を見に行こうと考えていると加江須のすぐ傍に氷柱が1本飛んできた。
「おっとっと……」
自分の足元に跳んできた氷柱を軽く避けてこの氷柱の飛んできた方を見てみると、すぐ近くでは先程以上に苛烈な激戦を繰り広げている仁乃と氷蓮の姿が瞳に映った。
氷蓮は氷で巨大なハンマーを造形してソレを眼下の仁乃へと振り下ろす。
頭上から迫りくるハンマーに対して仁乃は回避行動はとらず、神力で極限まで硬度を高めた糸を網目状に散布してハンマーを絡めとった。
「そぉれッ!!」
力強い掛け声と共に仁乃は糸を引いてハンマーを粉々にする。
「チッ! やるじゃねぇか!!」
しかし1つのハンマーを破壊されたぐらいどうという事は無い。神力の余裕がある以上は氷で様々な武器を造形できるのだ。そう考えながら両手に氷で造形された剣を持って仁乃へと斬りかかる。
だが彼女の振るった剣が仁乃の体に触れる直前で氷蓮の動きが空中で停止してしまったのだ。
「か、身体が動かねぇ。こ…これはまさか…」
自分の身に起きている現象に一瞬だけ戸惑うがすぐに原因を理解できた。
身体を動かそうとすると何か細い物に縛られている事に気付いたのだ。
「これは前にお前が使っていた透明な糸か。くそ…セコいぞ…」
「あらそれは負け犬の遠吠えかしら?」
氷蓮のハンマーを砕いた際に仁乃は無色透明な糸を散布しており、その糸が彼女の体の周りを囲んでいたのだ。そして彼女が剣を作り出すと同時に糸を引き絞り拘束した。
「くそ! 身体が動かなくても技はまだ使え…うおおおおおおお!?」
空中につるされている状態で自分の周辺の水分を利用して氷柱を数本作り出すが、その氷柱が自分の向かって放たれる前に縛り上げた氷蓮の事を大きく空中で振り回してやる。
「うぐぐぐ…き、気持ちわりぃ…」
縛られている氷蓮は高速で延々と回転を強いられ周囲の景色が目まぐるしく変わり目を回す。当然そんな状態では能力を維持できるはずもなく彼女の氷柱も地面に落ちて砕け散る。
そしてしばし回された後に地面へと落とされてしまう。
「うう~~~……ぎぼぢわるい」
思わずこの家に来る前に食べた食事が逆流しそうになるが何とか堪える氷蓮。
そんな彼女の前に仁乃がしゃがみ込んで笑顔で挑発して来た。
「今回の勝負は私の勝ちよねぇ~。いやーみっともない負け方しちゃってぇ♪」
「て、てんめぇ…うぷっ」
反論してやろうと口を開くがすぐに気分が悪くなり手で押さえてしまう氷蓮。その様子をケラケラ笑いながら楽しそうに彼女の頭をぺちぺちと叩く仁乃。どうやら先程に煽られた仕返しのつもりのようだ。
その様子を見て苦笑する加江須。あの二人は本当にどこか意地を張り合っている所がある気がする。
「しかし二人とも随分と強くなっているな」
やはり自分と同じく実践を何度も経験しているだけはある。今の二人なら並大抵のゲダツ相手なら手こずる事もないだろう。
「……よし、少し自分で確かめてみるか」
今の二人の戦闘を見て何かを決断した加江須。地面で倒れている氷蓮とそれをからかう仁乃の元へと彼は足を運んでいった。




