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産まれてきた世界に馴染めなかった女神様


 加江須とイザナミが一通りの話をした後に仁乃たちがやって来た。

 扉を開けるといの一番に仁乃は乱雑に靴を脱ぎ捨てると加江須の許可なく家に中へと入って行き、居間にいるイザナミの姿を見つけると彼女へと飛び込むように抱き着いたのだ。

 まさか挨拶よりも先にハグをされるとは思っておらず目を白黒させて戸惑っていると仁乃は震えながら謝罪を口にする。


 「ごめんなさいイザナミさん。私のせいで…私のせいであなたは…私のために…」


 ヒノカミが訪れたあの時に仁乃は気を失っていたのであの現場でのやり取りを見てはいないのだろう。目が覚めた時にはイザナミが連れ去られており自分を助けてくれた感謝も謝罪も言えずじまいであった。そう考えればこのメンツの中で一番苦しんでいたのは張本人のイザナミを抜きにすれば彼女なのだろう。

 自分の目の前で震えながら謝り続ける仁乃を見てイザナミは困り顔で小さく笑った。


 「謝らないでください仁乃さん。それに私は何も後悔はありません」


 そう言いながら彼女は仁乃の頬に優しく手を当てて慈愛の目で目の前の少女を見つめる。


 「(ああ、この人を助けて本当に良かった)」

 

 涙交じりに自分に対して心からの謝罪をする仁乃を見てイザナミの心の曇りは完全に晴れてくれたのだった。たとえ自分の行いが神々の価値観からすれば非常識であれどこんなにも真髄に涙を流してくれる娘を自分は救えたのだ。この温かな少女の姿を見てどうして自分の行いを悔いれるのだろうか?

 イザナミは先程に自分が加江須にされたように仁乃を抱きしめる。

 

 「私はあなたを救えた事が誇らしいです。だからどうかもう謝らないでください」


 「イザナミさん…ありがとう…」


 本当であればどれだけ頭を下げても足りないぐらいなのだが彼女はあっさりと自分を許してくれた。

 この程度の謝罪で自分が許されるとは思ってはいないが当の本人であるイザナミにもう謝らないでと言われてしまえばもう謝るわけにもいかない。だからせめて感謝の言葉だけはちゃんと送ろう。

 

 「本当にありがとうイザナミさん。あなたのお陰で私はこうして生きられてます」


 心からの感謝と共に抱擁をするイザナミと仁乃、そんな二人の姿を見ていた加江須たちは顔を見合わせて互いに自然と笑っていた。




 ◆◆◆




 仁乃とイザナミが互いに涙を流しながら抱き合っていると時間も時間と言う事もあって母が家へと帰って来たのだ。さすがにこんな遅い時間に大勢の少女が家に居た事で少し驚ろかれたが、学友同士で集まって夏休みの宿題を皆で一緒にやるつもりだった、などと適当な嘘を言って誤魔化しておいた。


 そのまま皆は加江須の部屋へと集まった訳なのだが……。


 「……狭いね」


 今の部屋の状況を見て皆の思いを愛理が代弁する。

 彼女が口にした通り加江須の部屋には部屋の主である加江須、仁乃、氷蓮、黄美、愛理、イザナミの計6人も集まっているのだ。すし詰め状態とまではさすがに行かないが狭い事は否定できない。しかし親が戻って来た以上は居間などで話すわけにはいかない。


 「それじゃあイザナミ話してくれないか? あの後の大まかな出来事を」


 加江須はそう言ってイザナミに話をするように頼む。

 仁乃たちがやって来るまでに時間があったのだが、皆が来るまでは何があったのかは聞かないことにしていたのだ。二度手間でイザナミに話をしてもらうのも悪いと思ったからだ。


 「分かりました。では神界に戻った後の出来事を全てお話しします」




 ◆◆◆




 「私の娘はいつだって誰かの事を優先的に考えてしまう傾向が強かった」


 イザナミの父は怒りを隠し切れないヒノカミへ何故自分の娘を下界へと追放したのかその理由を話していた。

 残酷だと自分でも分かっていながらも自分は娘を下界へと送り出した。いや追い出した。だがそれは彼女の未来にとって一番の選択だと思ったからである。


 「娘が管理者となり死人の中から転生戦士を選出する事になった時に言っていたよ。『どうして適性が低いと言う運勢だけでこんな優しい人を転生戦士として生き返らせてあげられないのかな…』とな……」


 イザナミは転生戦士となる人物を生き返らせて現世に送り戻す際にはいつも思っていた。


 こんな酷い人でもまた記憶を持ったまま人間として人生をやり直せるのなら今まで〝審判の間〟へと送った人はどうなんだろう? 〝審判の間〟に送られた人の中には正義感の強い人も大勢いたのに……。

 

 「転生戦士の選出に対してまでそんな余計な事を考えてしまう。それは彼女が優しい心を持っているからではあるがその余計な情はこの神界では自分の首を絞める事だってある。現に娘は規則を破り人の為に自分の力を使役したしな…」


 「そんな優しい娘さんを誇りには思えないと…そう仰りたいんスか? それは神以前に親としてあんまりでしょうに…!」


 「……誇りに思っていたさ。優しい娘に育ってくれて嬉しかったさ」


 てっきりイザナミの情の深さを甘いと断じ愚娘だと言うかと思っていたが、予想を反して父親は娘の優しさに喜びを持っているとすら言った。


 その発言はますますヒノカミの反感を買う事となりもう一度拳で机を力づくで叩きつける。

 振り下ろした彼女の拳で机は完全に貫通し、バラバラに散った破片が床へと散らばった。


 「あれあれお父様? さっきから言っている事と娘に対して行った事が噛み合っていないと思うんスけど。それともウチがアホだから勘違いしてるだけなんスかね?」


 「……」


 「それからお母様? あんたもあんたで何か言ったらどうなんスか? ずーっとお父様がくっちゃべってるんスけど?」


 爪が皮膚に食い込んで出血するほどに拳を固く握りしめるヒノカミ。

 しかしイザナミの母は何も言おうとはしない。ただ黙り込んで俯き続けている。


 「ヒノカミ君。すまないが妻には当たらないでくれないか? 言いたい事ならば私に頼むよ」


 「自分の娘の言い分も聞かずに追放を選んだお父様のセリフとは思えないっスね」


 そう言いながら妻を庇う彼に対して皮肉気味に笑うヒノカミ。

 しかし自分をそれだけ貶されても彼は特に不満を口にはせず話を再開する。


 「あの娘はあまりにも優しい心根を持っている。そんな娘にとってはこの神界はさぞ生きづらい事だろう。今回の出来事がいい例だ。自分に下る制裁など考えもせずに行動をしてしまった。このままではあの娘は本当に重大な罰則を与えられるかもしれない」


 もしも今回の件でイザナミが自分の行いを悔いて人間や他人に対しても見方を変えて世渡り上手になってくれるなら追放など酷い事を言わなくても良かった。しかしあの曇りなき眼は今後もまた人間の為に体を張る可能性が極めて高い。一度ならず二度までも規則を破ればどうなるか……。


 「あの娘はこの神界ではさぞ生きづらいだろう。ならば…いっそのこと地上で生きた方が自分の思うままに生きられるかもしれない」


 彼がそこまで言うと今まで無言を貫いていた妻が両手で顔を覆って嗚咽を零し始める。

 

 「あの娘が…イザナミが例え私たちを恨んでも神としての職務を全うするより一人の女の子として笑って生きて欲しかった。この世界ではあの娘は幸せになどなれない。だったら地上で過ごした方が……」


 「……確かにイザナミ先輩の性格を考えるなら地上で生きた方が笑って過ごせそうっスね。なにせ私が迎えに行った時には地上で出来たお友達も居ましたし」


 「それは本当かヒノカミ君!! 地上にはあの娘に友が居たのか!!」


 今まで淡々と話していた父親は少し興奮したように椅子から立ち上がる。

 

 「ええ…あの感じは友達って感じだったスよ。それに気になる男の子もいたみたいっスよ」


 ヒノカミが下界へとイザナミを迎えに行った際の出来事を話してあげると父親は心底ホッとした顔をした。それは自分の娘が地上でも上手くやれそうだと思ったからかもしれないが……。


 「何やら喜んでいるみたいっスけど……ウチはあんたたちが喜ぶ資格は持ち合わせないと思うっスよ」


 「ああ分かっているとも。イザナミは私たちをさぞ恨んでいる事だろう。でもそれで構わない」


 地上へと追放と称して送り出した両親はあえてイザナミに冷めた対応をしていた。もしも少しでも優しさを見せてしまえば未練を残すかもしれない。それならばいっその事憎まれて恨まれて…自分たちや神界に愛想をつかして欲しかった。その方がイザナミは地上で何に縛られる事もなく生きていけると思ったからだ。


 「……縁談を進めていたのも結婚をし今の管理職から退いてほしかったからだ。人間の死後の管理は彼女には合わない。ならば結婚をし子を持ち幸せにと……」


 「そもそもその強引な縁談が原因で先輩は地上に逃げたんスけどね」


 「ああ…そうだな。私は何事も少し強引に物事を進め過ぎた。その結果がイザナミを追い詰めてしまったのだろう。だからこそ…もう神界には居るべきではない」


 「……それが真実だったとでも言うんスか?」


 そう言うとヒノカミは席を立ちもう用は無いと告げて部屋を出て行こうとする。

 ドアノブに手を掛けて部屋を出る直前、彼女は振り向くことなく最後に胸に詰まっていた言葉を口に出した。


 「ウチは時々地上に降りて先輩の様子を窺うつもりっス。もしも何か先輩の生活に進展があれば報告ぐらいには来るっスよ」


 そう言うとヒノカミは今度こそ出て行くのであった。

 部屋に残ったイザナミの両親はうつむいたまま何も言わず、肩を震わせている妻の事を夫はただ抱き寄せる事しか……できなかった……。 



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