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私の事を認めてくれてありがとう


 結局日が沈むまで加江須はベッドの上で無気力に過ごしていた。自分の無力感からくる苛立ちも消え、残ったのは何も出来ない自身への嫌悪感のみだ。

 けだるげに首を机の方に動かしてみると目覚まし時計と目が合った。しかし相手は今の時刻を淡々と告げるだけだ。無機質気味にカチカチと告げる針の音がどこかうっとおしかった。


 「もうすぐ母さんが帰って来るな…」


 別にだからどうだと言うんだ。いつも律儀に玄関まで出迎えをしている訳でもない。ただ何も言わず無言でこの部屋にいつづける事が嫌だったからそう口にしただけの事だ。

 そんな事を考えていると家のインターホンが鳴り響く。


 「………」


 しかしそれに応えようとはせずに枕に顔をうずめる加江須。

 もしも家族ならば鍵は開いているのだ。そのまま黙って入ってきている筈だ。となれば下らぬセールス辺りかもしれない。それとも空き巣が確認のために人が居ないか確認作業のために押したか。


 「もし本当に空き巣ならストレス発散でもしようかな。ははは…」


 力なく独りでそんな事を考えて笑う。とにかく今は動く気になれなかった。

 だがそんな彼の事情などお構いなしに更に2度3度と呼び鈴のやかましい音が家の中へと送られる。


 「うるせぇな…たくっ」


 いつまでたっても諦めようとしない相手に根負けして部屋を出て玄関まで出向く加江須。

 少しイライラしながらも玄関を開ける加江須であったが、その扉の向こう側に居た人物を見て唖然とした。


 「な…何でここに居るんだ――イザナミ…」


 まさかの人物の訪問に思考が一瞬だけだが停止しかける。

 扉を開いて待っていたのはボストンバッグを持ったイザナミだったのだ。


 「すいません…また来ちゃって…えへへ…」


 「いや別にそれは…ああいやそれより神界に連行されていって…いやそうじゃなくてああもう!!」


 何から言えばいいのか分からずに自分の頭を掻きむしる加江須。

 勿論ずっと心配していた相手がこうして目の前に現れてくれたのだから胸の内の不安は消えてくれたのだが、それでもこうしていざ目の前に本人が現れるとどう対応すればいいのか分からない。


 「とりあえずウチに上がれって。家の前で突っ立っている訳にもいかないからな」


 「し、失礼します」


 加江須に招かれてへこへことしながら彼女は彼の家へと上がって行くのであった。




 ◆◆◆




 「……ああ、うんそうなんだよ。とりあえず今から家に来れるか? うん…うん……」


 イザナミを居間の方へと招き入れた後、加江須はスマホで恋人達に連絡を取っていた。

 自分と同様に他の皆だって彼女の事を心配してるに決まっている。その証拠にイザナミがウチへと再びやって来た事を連絡すると電話越しでも慌てている様子がよく分かった。


 その中でも仁乃の動揺は一際大きく、イザナミが自宅に居ると告げた瞬間にその場で足を滑らせたらしい。


 とにかく全員にこの事実に関しての連絡を終えた後、スマホの電源を決してイザナミの対面に座った。


 「今みんなに連絡しておいたよ。そうしたらやっぱりウチに来るってさ」


 「ええ、今からですか。もう外も大分暗くなって…」


 「学生はまだ夏休み中だ。そんな些末事なんて気にしなくてもいいよ」


 そう言いながらくすっと笑う加江須。

 その少年の柔らかな声を聴くとつい安心してイザナミも釣られて笑ってしまった。

 

 「ふふふ…何だか加江須さんと話していると安心します。あ…そうでした。加江須さんにはちゃんと改めてお礼を言わないと…」


 そう言うとイザナミは正座の体制を崩さず僅かに後ずさり、上半身をかがめて頭を下げたのだ。

 

 「あの時…私のために身を挺して庇ってくれて本当にありがとうございました」


 彼女が頭を下げた理由、それはヒノカミに連れて行かれそうになった時の彼の行動についてだ。あの時に相手が神であるにも関わらず自分を守ろうとしてくれた事はイザナミにとって有難かった。

 今更その事で頭を深々と下げる彼女に対して加江須は少し慌てふためいた。


 「おいおいやめろって! 俺は別に礼が欲しくてイザナミの味方をした訳じゃないんだ。それに何度も言うが俺の方こそ本当にありがとう。仁乃を…俺の大切な人を助けてくれて」


 「……加江須さんは本当に優しいですね」


 イザナミはそう言って微笑んで彼の事を見つめた。

 だが加江須からすればまるで逆だ。本当に優しいのは……。


 「本当に優しいのはイザナミじゃないか」


 「……へ?」


 加江須の言葉に彼女は首を傾げた。その反応を見て彼は思わず苦笑してしまった。この女神様は本当にどこか抜けており人間らしい神様だ。

 自分が優しいと言われて首を傾げている彼女に加江須は優しい笑顔を向けながら自分の素直な気持ちを伝えて上げる。


 「イザナミは自分に被害が被る事も覚悟の上で仁乃を助けてくれた。自分に降りかかるリスクをお構いなしに行動できる神様なんて凄い立派で優しい心を持っている証拠だろ。俺は…お前の様な神様に転生戦士として選ばれた事を今では誇りにすら思えているよ」


 「あ……」


 その言葉はたやすくイザナミが堪えていたものを溢れさせた。

 

 自分は神界での規則を破り他の神々からは白い眼で見られた。上司にも蔑んだ眼で見られた。挙句の果てには自分の親ですら自分の事を見放してしまったのだ。そうなれば自分の胸の内でこんな考えが浮かび上がって来てしまうのだ。


 ――『私は正しい事をしたのかな?』


 自分の為に外の世界を案内してくれた仁乃さんを救えたことはイザナミにとっては大変喜ばしいことであり後悔は無かったはずだ。だがそれを認めてくれる人物は誰も居なかった。でも…今ここに自分の行いを心から感謝してくれて自分を認めてくれる人間が居てくれる。

 

 今まで押さえつけて来た感情がイザナミの瞳からボロボロと零れて行く。


 「イザナミ…お前…」


 「加江須さん。私…私の行いは無駄ではなかったんですよね? 私は…わたしはぁ……」


 もう心の奥から感情が滝のように流れ出し何を言えばいいのかも分からない。嗚咽を交えながら『私は…私は…』そんな同じ言葉を繰り返す事しか出来なかった。


 そんな涙と共に震えるイザナミの事を――加江須はそっと優しく抱きしめる。


 「辛かったよな。苦しかったよな。規則だのルールだの言われて自分のやった事を否定され続けるのは。でもどうか安心してくれ。お前の行いで今ここに救われた人間が居るんだ。だから何度でも言うよ。イザナミが納得するまで何度でも言うから――仁乃を助けてくれてありがとう」


 「うわああああああああん!! 加江須さん!! 加江須さん私はぁぁぁぁ!!」


 イザナミは加江須の腹へ顔をうずめてわんわん子供の様に泣き叫んだ。

 嬉しかった、ただただ嬉しかったのだ。自分をきちんと褒めてくれる事が、そして自分の行いが誰かの救いとなっている事が。


 その後しばしの間イザナミは押し殺していたものを全て吐き出して泣き続けた。

 そんな彼女を何も言わず優しく抱きしめ続ける加江須。そんな彼の瞳からもほんの微かに透明な雫がポタポタと零れ落ちていた。




 ◆◆◆




 「うう~すいません。私ったらはしたない事を…」


 溜まりに溜まったものを全て吐き出した後、自分の行動を改めて振り返ると恥ずかしかったのか赤面して目を伏せている。

 

 「年下の男の子に泣きついて子供みたいに…」


 「そうかぁ? 俺にとっては今更な気もするけどなぁ。だって今までのイザナミとの絡みを思い返せば今みたいに泣いてばかりだった気もするけど」


 「そ、そんな事はないです! 多少はドジな部分もありましたけど神様らしい振る舞いもしていたはずです」


 流石に心外ですと加江須の言葉を否定するイザナミであったが、転生してからのやり取りをひとつひとつ思い返してみる。


 「……いや神様らしかったか? 謝っては泣いての繰り返しだっただろ」

 

 「うう~……!!」


 そんな事ありません! とでも言おうとしていたのだろうが口を開きかけて彼女自身も自分の過去を思い出したのかそのまま涙目で黙り込んでしまう。


 「ははっ、ほら見た事か。俺の言う事が正しかっただろ泣き虫女神様」


 「うう~…返す言葉もございません」


 そう言いながらもイザナミの表情は泣き出す前に比べると晴々としており、そんな彼女の温かな笑顔に加江須も釣られて笑顔で笑っていた。


 そんな事を考えていると家のインターホンが鳴り響く。

 先程に連絡を入れた仁乃たちがどうやらやって来たようだ。




 ◆◆◆




 イザナミが下界へと追放されたその後、彼女の両親の元には一人の女神が訪問していた。


 「いやーいきなり押しかけてすいませんっスねぇ」


 イザナミの両親の元へと現れたのはヒノカミであった。

 つい一時間程前に娘を下界へと追放した親御さんに対してもいつも通りの軽々しい口調で話すヒノカミであるが、その瞳にはおふざけが一切感じられなかった。


 「いやー娘さんを追い出した直後にすんませんねぇ。でもどうしても聞きたくて仕方がなかったんスよ……何で先輩を追放なんてしたんスか?」


 それまでお茶らけた口調だった彼女の声色が一気に低くなる。

 目の前の二人はヒノカミの態度の変化に関しては特に反応はしなかったが、彼女の質問に対しては一切淀みなく答えて上げた。


 「あの娘にとってはこれが一番の対応だと思ったからだ」


 ――ガアァァァァンッ……!!


 父親の言葉に対してのヒノカミの返礼は目の前の机を強く叩き壊す事であった。

 人の家の家具を破壊しても悪びれる様子もなくそれどころか対面している二人を睨みつけるヒノカミ。


 「自分の娘をおん出していけしゃあしゃあとほざいてくれるっスよね」


 自分が無礼であることは百も承知であるが、ヒノカミにとってイザナミは心優しく尊敬できる先輩だったのだ。まだ新人だった頃の自分の面倒を見てくれ、自分のミスを一緒に頭を下げてくれた事もあった。今回だって人命を救う為に彼女は動いただけなのに……。


 「せっかく上司も注意だけで済ませてくれたんスよ。それなのに……それなのに神界からあの人を追い出す理由がどこにあったというんスかぁ!!」


 室内には涙交じりのヒノカミの怒りを灯した叫び声が木霊するのであった。



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