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膨大な力を持つ神と決して恐れない人間


 イザナミを引き連れてさっさと神界へと帰還する予定だったヒノカミであったが想定外の展開が発生していた。規則を破った彼女を連れて帰ろうとしたが、それを一人の人間の少年が邪魔をしたのだ。どうやら話を聞いた限りではイザナミが神の力を振るった理由が彼の大切な娘を救う為だったらしいが……。


 「(でも規則は規則。いくら真面目なイザナミ先輩とは言え例外は認められないっスよ)」


 出来る限り相手を刺激しない様に宥めようと努めたヒノカミであるが、相手の少年もしつこく中々理解してくれようとしない。

 言葉での説得は不可能かと思い強引にイザナミと共にゲートをくぐろうとしたがそれすらも目の前の少年は抗って来た。このまま行かせてなるものかとイザナミを抱き寄せ強い目で自分を見て来る。


 そして、あろうことかこのような発言まで口に出したのだ。


 「俺も一緒に神界へ連れて行ってくれ」


 この言葉を聞いた時、思わずヒノカミは自分でも間抜けな顔をしたと自覚出来た。

 この少年はイザナミの行動を正当化したいがために自分たちの世界まで赴き直談判をしたいのだと言っているのだ。そりゃ思わずはあ? と言う顔にもなってしまう。


 そんな彼女の心境を汲み取る事もなく加江須は再度要求してくる。


 「もう一度言うヒノカミ様。俺を神界まで一緒に連れて行ってくれ。そして彼女を連れ戻すようにあんたに命じた神様…上の連中と話をさせてくれ」


 「……いやいや、おたく正気っスか?」


 ヒノカミが目の前の少年へそんな言葉をぶつけるのは当たり前だろう。

 たかだか人の子が神々の世界へと足を踏み入れるなど馬鹿と言うほかが無い。


 「言っておくっスけど私もお仕事で来てるんですよ。上司からの緊急命令を無視できないんスよ」


 「だから命令を無視しろなんて言わないさ。ただ同行させてくれと頼んでいるんだ」


 「……もしかしてアンタ、こっちじゃ私が本気で力を振るえないと思っているんスか?」


 この瞬間、ヒノカミの放つ威圧感が先程までとは比べ物にならない程に強くなる。

 

 「確かに神様ってのは色々と下界じゃあ制約が付くっスよ。でもね、何事も例外ってもんがあるんスよ。自分は上の方から正式に許可を貰っているんスよ。もしイザナミ先輩を連れて行こうとする際に邪魔が在れば力を解放して多少は強引な手段を取ってもいいとね」


 そう言うと彼女は自らが内包している本来の力を見せつける。人間では決して持ちえない膨大な力の本流が彼女の全身から放出される。

 今のヒノカミの力は仁乃を助ける際に感じたあのイザナミと遜色がないほどに大きく圧倒的であった。しかもただ強大と言うだけではない。先程のイザナミの場合には大きな力ではあったが温かで安らぎも感じれた。しかし今放たれているヒノカミの力は邪魔者を黙らせようと言う意図のある敵意が含まれており思わず冷や汗が出る。


 「ぐ…マジかよ!? バケモンが……!」


 氷蓮はこの中で戦う力を持ち合わせていない黄美と愛理の二人を庇うかのように彼女たちの前へと壁の様に立つ。

 

 「な、何か寒気を感じるんだけど…」


 「これ…やばいんじゃ…」


 神力を扱えない二人は精神的だけでなく肉体的にも影響が出て来る始末だ。まるで冷房を至近距離で当て続けられているかのように小刻みに身体が震えてしまうのだ。この夏の日差しの中でだ。

 

 そしてそれは転生戦士として規格外の力を持つ加江須も例外ではなかった。


 「ぐ…マジかよ」


 ヒノカミの力に当てられた加江須は足が、いや体全体が思うように動けない。まるで金縛りにでもあっているかのように自分の意思とは裏腹に身体は動いてくれないのだ。

 その場で凍てつき固まる皆を見てヒノカミは少し得意げに笑った。


 「ふふん、いきがるだけじゃどうにも出来ないっスよ。自分はその気になればこうして力を滲ませるだけでもあんた達を押さえつけられるんスよ」


 そう言うと彼女は加江須へと一歩一歩距離を詰めて来る。

 

 「見ての通り神様ってのは転生戦士の何十何百倍の力を持ち合わせているんスよ。しかもウチやイザナミ先輩は神界全体から見れば平均レベルっス。これがどういう意味かご理解できるっスか?」


 ヒノカミは加江須の腕の中に入るイザナミの腕を掴みながら至近距離まで彼に顔を寄せ、圧倒的な現実を直接叩きつけてやった。


 「アンタ程度の一下界人がしゃしゃり出て来てもどうにもならないんっスよ。ウチにすらこんな醜態晒して起きながら上の方に何を言うんスか? 何を訴えるんスか? もしかしたら口すら開けず震える事しかできないかも知れないしょ? んん?」


 「それ…でも…俺は…」


 至近距離から叩きつけられるプレッシャーに内心で震えながらも加江須は何とか口を開こうとする。


 だが無情にも彼の腕の中にいたイザナミはヒノカミによって奪還されてしまう。


 「イザナミ…くそっ!」


 自分の腕の中にいた彼女をもう一度引き留めようとするが、まるで石膏で体を固められたかのように身動きを取れない。

 

 「じゃあウチらはこれで。さあ今度こそ行きますよ先輩」

 

 「はい…加江須さん、ありがとうございました」


 最後まで自分の為に庇ってくれた加江須にもう一度礼を言うと彼女は背を向けてゲートを通ろうとする。

 その際に見た彼女の横顔はどこか満足そうであったが、それはあくまで彼女だけの事だ。加江須は…この場に居る皆からすれば無理やり納得させられているだけだ。


 「ふざ…けんなぁぁぁぁぁぁ!!!」


 自分だけ勝手に納得して帰るなど見過ごせず加江須は激昂と共にヒノカミの放つプレッシャーを押しのけてイザナミへと手を伸ばしたのだ。

 自分へと手を伸ばしてくる加江須にイザナミは振り返り驚く。そしてそれはヒノカミも同じであった。


 「(な、うそでしょ!? ウチの力を跳ね除けて体を動かした!?)」


 相手は転生戦士とは言えあくまで人間にすぎない。

 自分はそんな人間たちを遥か高みから観察し管理している側の神だ。その上位の存在の放つ力に抗う事ができるなど微塵も考えてはいなかった。


 「イザナ――がふっ!?」


 あと少しでイザナミの手を掴める、その直前で加江須の腹部にはヒノカミの蹴りが直撃した。

 彼女の放つ蹴りは無論加減はしていたのだろうが神の放つ攻撃、まともに受ければ一撃で戦闘不能はおろか死に至る事もある。だがこの時にヒノカミの頭にはそんな考慮をする余裕はなかった。


 「(や…やっちまったス。でも…でも…!)」


 吹き飛ばされてビルの外壁に背中から叩きつけられる加江須。

 ズルズルと壁に背を着けながらずり落ちて行き、そんな彼に黄美と愛理が慌てて駆け寄ってくる。


 「加江……てめぇやりやがったな!!」


 加江須が攻撃を受けて血を吐いた事で氷蓮も恐れを一気に振りぬき大量の氷柱を展開し、それを全て射出しようとする。

 だが氷蓮が攻撃を繰り出そうとするとヒノカミはぴっと指先を氷蓮の方へと突き出すと、その直後に周囲の氷柱は溶け出して水へと戻る。

 

 「なっ、溶けただぁ!? てめぇ何をやって…うっ……」


 自分の展開した氷柱が解けたので氷蓮は一瞬だけだが目線をヒノカミから離してしまった。

 そう一瞬、たかが一瞬ではあるが目を離して隙を作ってしまった。そのコンマ数秒の間にヒノカミは氷蓮の背後に回り込み首筋に軽く手刀を落とし意識を刈り取る。


 「しっかりして氷蓮!」


 加江須に続いて氷蓮までやられて愛理はキッと怯えながらもヒノカミを睨みつけてやった。

 もうこれ以上この場を騒がせるべきではないと思い黄美と愛理も氷蓮同様に優しく気絶させようと動こうとするが、そんな彼女の肩をいつの間にかイザナミが掴んで動きを止めた。


 「もうやめて下さいヒノカミさん。私を連れて行けばそれでいいでしょう」


 「……そうっスね。私は先輩が大人しく一緒に帰ってくれるならそれで『いいわけねえだろ!!』……は?」


 自分の声をかき消して挟み込まれる言葉にヒノカミは視線を横へと向ける。するとそこには攻撃を受けた腹を押さえながらも立ち上がる加江須の姿があった。

 その姿を見てヒノカミは思わず息を吞んで後ずさった。それは圧倒的な力を保有している神らしからぬ行動である事はヒノカミ自身も理解している。


 「(でも…でもあの人間だって全然人間らしからないっスよ!!)」


 自分の放つ圧倒的なプレッシャーを跳ね除け、さらには神の一撃をまともに受けて立ち上がるなんて有り得ない。

 しかも彼は口から血を零しながらも全く絶望も無力感も感じない強い瞳をしたままだ。立ち上がれたからと言って力の差が埋まるわけではない。自分がもしも本気で攻撃すればあっけなく散る命なのだ。

 そしてその現実は彼にだって理解できているはずなのに……。


 「何でそんな眼をし続けられるんスかあんたは…」


 それはヒノカミの純粋な疑問であった。

 いくら恋人を助けてもらったからと言ってここまで彼が体を張る理由はないだろう。それなのに…それなのに……。


 「……何でそこまでして勝ち目のない神相手に立ちふさがるんスか」


 「そんなの…深く考えてねぇ。ただ…ごほっ、イザナミが罰を受ける事が納得できねぇんだよ…!!」


 「ぐ…うわあああああああ!?」


 加江須の決して折れない不動の心に神でありながら怯えを感じたヒノカミ。

 この人間とこれ以上会話をするのは危険すぎる。そう思うと彼女は力の使役を認められている事を理由に膨大な量の神力を右手の中に収める。

 激しい光がヒノカミの手の中へと収束していき、膨大な神力が圧縮されてボーリング玉くらいのサイズの光弾が作られる。見かけはだたの光の玉だが、その中に圧縮されている神力は加江須の放つ技の数百倍は籠められている。人一人の命など細胞すら残さず消し去れるだろう。


 「うわあああああああああ!?」


 「だめえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 絶叫と共に神力の塊をぶつけようとするヒノカミ、だがそんな彼女の腕をイザナミが掴んで狙いを上空へと逸らせる。

 そのまま光弾は上空へと飛んでいき、ビルよりも高く飛んだ光弾はそのまま空へと溶けて行った。


 「はあ…はあ…先輩?」


 「なに…考えているヒノカミさん。危うく加江須さんを殺すところでしたよ……!」


 そう言って涙目交じりにヒノカミの事を睨みつけるイザナミ。

 今までずっとオドオドしていた先輩に初めて責めるように見つめられてようやく我に返るヒノカミ。


 「あ…ウチは何を…」


 「……私が戻ればそれで終わりです。行きましょう」


 そう言うとイザナミはヒノカミの腕を掴んで自分からゲートをくぐろうとする。

 そんな彼女にか細い声を出しながら手を伸ばす加江須。


 「イザナミ…待てよ…こんな別れ方ないだろ…!!」


 その声に一瞬だけ体を震わせた彼女であったがもう振り返る事は無かった。


 そして彼女はヒノカミと共にゲートを通り抜けていき、そのゲートも綺麗さっぱりと抹消したのだった。



 

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